雨生龍之介の作品が大好きな女の子。概念ニャルラトホテプを召喚する 作:零眠れい(元キルレイ)
実際にこんな文章が書かれていたというより、なんとなくこんな話が載っていた程度のふわっとした雰囲気です。
たぶん全部で十二個あった短編のうち、三つほど思いついたので勢いで書きました。おまけとして最後にこの短編に関する夢月と龍之介の掛け合いがあります。
なお、本編に関わる伏線はありません。短編集の内容がなんとなくわかるだけの回です。
これは最近描いた夢月です。
【挿絵表示】
第一の語り、ぼくの冒険談。
ぼくは今日も穴を掘っていた。小粒の宝石が散りばめられた綺麗な土を掘っていた。
長年地道に進めていたおかげで、すっかり洞窟のような形になっている。途中でお腹が空いた時には、休憩として壁に寄りかかって腰を下ろし、土に混ざっているその宝石を食べた。
綺麗で、小さくて、美味しくて、数粒だけでも満腹感を得られるぼくの好物。ひたすらに穴を掘る作業は単調で少しつまらないけれど、宝石を食べると幸せな気持ちになるから、苦痛さはなかった。
――十分に心と身体を癒した後、作業を再開しようと立ち上がって、そのとき気付く。ぼくの愛用していたシャベルが壊れてしまっていたのだ。
素手で掘るのはできなくもないけれど、両手が痛くなってしまうし効率が悪くなってしまうので、ぼくはその日、久しぶりに自宅まで引き返した。
自室にある予備の愛用シャベルを持って、ぼくはすぐに掘り進めている洞窟へと戻るべく、我が家を出た。――だけどそこでふと、とある『おかしなもの』を目に留める。
とても遠くにいたから何かがありそう、くらいにしか判明できないけれど……妙に気になったぼくは、シャベルを片手にその『おかしなもの』へと歩み寄った。少しずつシルエットも鮮明になってきて……それが、倒れている動物であることに気づく。
危なくないものだとわかってからは、ぼくは駆けるようにしてその動物――足枷のついた小型犬に、至近距離まで近づいた。
誰かの配下にある犬なのだろうか……もしそうなら勝手に連れ出すのは良くないだろうけれど、その犬はかなり弱っているみたいだったから、できることなら家で看病してあげたい。
そんなことを思って迷いながらも持ち上げると、どこからか声が聞こえてきた。
「君……るんるんるーんの知り合いなの?」
すぐ近くの茂みから出てきたのは、ぼくと同じくらいの歳の女の子だ。踊り子のような衣装を身にまとっている、とても華やかな子。
この子の踊りを見てみたいと、思わずぼくは目を惹かれてしまった。
「るんるんるーんって?」
そう問い返すと、女の子は答える。
「その犬の名前。――ねぇ、君さえよかったら、私と一緒に冒険しない? あの滝を渡った先にね、どんな生物でも治療できる神秘的な場所があるの。……けど、独りじゃ怖くって」
「……そうだね。たしかに、どんな所でも独りは怖い」
急な話ではあったけれど、ぼくは断ることをしなくて、それどころか頷こうとさえしていた。
犬が可哀想に思えたからかな。それとも、唐突に現れたその女の子が、気になってしまったせいかな。
なんとなく、ついていきたくなった。
「ねぇ、その旅って何日くらいかかりそうなの?」
「たぶん長くても、二日くらいで帰れるんじゃないかな」
「なら――ぼくも行く。二日だけなら、作業を中断しても大丈夫だと思うから」
そう答えると、女の子は安心感に包まれたように笑った。きっと不安が薄らいだからだろう。
その雰囲気にぼくも嬉しくなって、同じように仄かな笑みを返した。
……その後、途中で少女と犬が死亡するも、辿り着いた場所で生き返り、無事に二人と一匹が帰路する展開が書かれている。
第三の語り、料理を作って提供する日々。
石積みの壁に、一つの窓枠があった。他にもベッドが一つ、机と椅子がワンセット、その上に素朴な小瓶、石畳の冷たい床にはオレンジ色の円形カーペットが敷かれている。
そんな小さな部屋での私の楽しみは、その窓から外を眺めることだった。左半分に見える色とりどりの街並みはとても綺麗だったけれど、私の本命は右半分に映る海だ。
正確には、海の上にぷかぷかと浮かんで、さざなみと共に揺れ動く三日月――もちろんこのままでも十分に素敵な景色だけれど、私はあの月が太陽に変わる瞬間を見届けたいと、いつもいつも願っていた。
今日こそは見れないかな。
今日こそは見たいな。
いつか――見てみたい。
……だけどやっぱり、難しいみたいだ。
「あっ、またお仕事サボってるー! ダメでしょ? 朝になるまでにお料理完成させないとっ」
「ら、良々(らら)ちゃん……」
背後の階段から走ってきた女の子――良々ちゃんに今日も邪魔されてしまった。見ての通りしっかりした性格の、私のパートナーである。
せめて私の身分がもう少し……あと一段階でも高かったら、この部屋にも扉を設置できるんだけど。そうしたら予めノック音が聞こえて、毎回彼女の唐突な出現にそこまで驚かずに済むのに。
――だけど、そんな私の理不尽に感じる反応を余所に、良々ちゃんは無理やり私の身体にエプロンをつけて、腕ごと引きずってでもこの部屋から連れ出そうとする。
「ほーらっ、煮物はもう茹で始めたから、砂矢(さや)ちゃんも野菜を切って炒めるっ! 具材はもう準備してあるからっ」
「うぅ……わ、わかってるよ。でも……」
「でもじゃない! 太陽になる瞬間が見たいなら早めに終わらせて、ここに戻ってきたらいいでしょ? あ、けどだからって、適当に作って納品したらいけないんだからねっ!」
「う、うぅん……」
良々ちゃんのことは大好きだけど、それはとても耳が痛い正論であった。――とはいえ、彼女が生真面目であるからこそ、私が少し怠け気味でいられる部分もある。そう思えばむしろ、感謝するべきことだった。
それとこれとは別に、やっぱり不満は隠しきれないけれど……しかし最終的には、どれほど残念でも正論に屈するしかない。
「い、行くからっ! 自分の足で歩くよっ」
良々ちゃんの手を離して横に並び、私は今日の仕事内容について確認する。
「それで、煮物以外のお品はどんな感じなの?」
「んっとねー。お味噌汁と、お浸しと、お茶漬けと……他にもピザってやつと、ポテトってやつも作るよ」
「ピザとポテト……? どっちも初めて聞くお品だね、レシピは難しそう?」
「詳しくは後で見せるけど、まずピザっていうのは――」
そうやって話を聞きながら、私たちは下の階の台所へと向かった。
……その先は、良々と砂矢の調理工程が一つずつ丁寧に描写されていて、部屋に戻った時には既に太陽に変わっていたというオチで締めくくられている。
第八の語り、麗しい銀髪の少女。
私の姿は黒くて傷だらけで汚れていた。生まれつきそんな姿で、自分が何者かもわからないまま、光の届かない真っ暗闇な場所で悲しみに暮れていた。
そんなところで何日も過ごした。
何日も何日も、途方に暮れて座り込んでいた。
私の姿は黒すぎて、他の色が一つも混ざれない。自分の『◯◯』を動かそうとしても、その『〇〇』の名称が知れずにいて、どうすることもできなくて、何も見れないまま終わってしまった。
私の姿はあまりにも傷だらけすぎた。擦り傷と切り傷と刺し傷と咬み傷が深すぎて、光を浴びてしまったら血が吹き出てしまうらしい。私はこの真っ暗闇で過ごすしかなかった。
私の姿に汚れていない箇所がなかった。身体だけでなく心も魂さえも汚れていた。少しでも清められないかと、この空間を掃除しようと思ったことがある。だけどそのやり方が結局わからなかった。
そんなある日のことだった。どこからともなく、天の使いが現れた。
長い銀髪に青い瞳の、華奢で麗しい小柄な少女。性別どころか、人間であるかも怪しい私と違って、その少女は色鮮やかで、輪郭がくっきりしていて、周囲を照らすほどの輝きに満ちていた。
しばらくぼうっとしていたが、そこで私はふと気付いた。
(どうして、私はこの子が見えるのだろう?)
これまで視界というものを持てなかったなのに、いくらその少女が天の使いとして圧倒的な存在感を放っていたとしても、私には視認することなんてできないのではないか?
そんな困惑を見て取ったのか、天の使いは淑やかに口を開く。
『今しがたあなた様に与えたものは“眼”といい、周囲にある光景を知ることができます。次はあなた様に“手”を与えましょう』
そう告げて、天の使いは跡形もなく消えてしまった。
これが〇〇――“眼”という名前の部位なのかと、私は混乱しながらも周りに漂う闇を眺めて、その日は過ごした。
次の日、また天の使いがやってきた。予告していた通りに、今度は私に手を与えてくださった。
私は左右に浮かぶ肌色のそれを使って、恐る恐る眼があるそこに触ってみた。――なんだか湿っていて、柔らかくもあって、不思議な感触だ。
そこで私は、眼が球体であることを知った。
……そこからは爪、あばら骨、胃腸、耳、心臓などの部位を一つずつ、天の使いから受け取る描写が淡々と繰り返されている。
おまけ。冬木市に向かう途中の、夢中夢月とちょっと困り気味の龍之介の掛け合い。
「――あ、とうとう最後のページまで来ちゃった……いつもならこんなにボリュームあったら圧倒されちゃうのに、面白い作品だとあっさり一気読みできちゃうんだね。凄いなぁ……」
「……なぁ、夢月」
「え、呼んだ? お兄ちゃん」
「うん。少し気になって……そんなに気に入ったの? その短編」
「そりゃもちろんっ。すっごく良いよ、こんなに文字が嫌に感じないのもこれが初めてっ。お兄ちゃんには刺さらなかったみたいだけど……きっと好みの問題だね」
「あー……そのことなんだけどさ、ぶっちゃけ取り憑かれてる線はないの?」
「――へ? え、どういうこと?」
「上手く言えないけど、いくらなんでも気に入りすぎっていうか……さっきは歩きながら読もうとまでしてたし、それから神様の気配を感じるんでしょ? だったら――」
「むぅっ、酷いよお兄ちゃん! 今の発言はさすがに見過ごせないよっ。あの時は良いところでバスから降りることになったから、その部分だけでも確かめたかっただけっ。それに注意されてからはすぐに止めたじゃん。お兄ちゃんだって夢中になれることがあったら待てずにやっちゃうでしょ? それと同じだよっ」
「んーまぁ、それはそうなんだけど……けどさぁ……」
「けど……なに?」
「…………だってそれ面白くないじゃん」
「言い淀むんならオブラートに包んでもいいんじゃないかなっ!? ……家でも聞いてたから驚きはしないけど、これって単に感性が違うからなんじゃないの? 少なくとも洗脳なんかじゃないよ」
「逆に夢月はなんで洗脳じゃないって断言できるの? そういうのも読み取れるとか?」
「そんな能力じみたのはないけど……この小説――短編? とにかく名作じゃん! ストーリーもキャラも世界観も惹き込まれるじゃんっ! 疑ってるお兄ちゃんの方がおかしいよっ」
「そうかなぁ……おまえの反応がますます引っかかるんだよなぁ。別に駄作とまでは思わないけどさ、平坦すぎて意味がわからないし、変わったファンタジーにしてはこう……心くすぐられるものがないし」
「ぐぅーっ、お兄ちゃん! そろそろ本気で怒るよ! わたしにだって我慢できる限界があるんだからっ! そんなにつまらないんなら関心もたなければいいじゃんっ。もうお兄ちゃんに共感なんか求めてないし、せっかくの読書を邪魔しないでよ!」
「ああ、悪かったって。批判するつもりじゃなかったんだけど……じゃあほら、夢月の感想教えてよ。最初の話は確か、土を掘ってる男の子の冒険談、だったっけ? おまえから見てあれは何が良かったの?」
「むぅ……第一の語りの、わたしの感想?」
「そうそう。この部分が惹かれたーとか、具体的に」
「うーん……具体的にって言われても、全部良かったとしか――不思議な世界観でドキドキしたし、ここからどうなるんだろうってワクワクしたし、男の子も女の子も楽しそうで……女の子と犬が死んじゃった時はハラハラしたけど、ハッピーエンドで終わって読後感が凄かったよっ」
「……ハッピーエンド?」
「うんっ!」
「……他の話もハッピーエンドだった?」
「そうだね。――あ、でも二つくらい悲しいお話もあったかな。バッドエンドって雰囲気じゃなくて感動ストーリーだったけど」
「…………」
「……? お兄ちゃんどうしたの? 考え事?」
「いや――夢月が心からその作品を気に入ったのは、十分伝わったよ。邪魔してごめん、時間になったらまた呼ぶね」
「うん、お願いっ」
(難しい顔してたけど、なにはともあれ分かってくれたみたいで良かったぁ。読書に集中させてくれるなんて、なんだかんだでお兄ちゃんは優しいなー)
(あれってハッピーエンドだったっけ……? 別に、夢月の感想は理解できなくはないんだけど……まぁでも、よく考えたら作品なんてこんなもんか。マニア内では迫力満点って称賛されてたスプラッター映画も、オレには安物にしか見えなかったし)