春休みで、休みだというのにこの気分の上がらなさは一体なんなんだろうか。
花粉症というわけでも無く、特別世界が楽しくない、というわけでもない。
なーんか、漠然とつまらない。
昔っからそう。いろんなものは楽しいし、友達と遊ぶのも楽しい。
だけどどこか満たされなくて、コップの中の水のような幸せが、常に六割くらいでそれ以上埋まらない。
特別絶望してもいないし、特別希望があるわけではない。
ただ何というか、常にうっすら死にたい。
死ぬのは怖いし、まだやりたいことも多い。それでもなんだか、漠然と、うっすら死にたいって気持ちが離れない。
「まぁ、死ぬのはまだ先かな。」
死にきれなかった時が困るというのは、既に知っているし。
春の陽気が体を温め、それでもまだ少し肌寒さを感じる季節。
なーんて、本の書き出しのようなことを思ってみたりして。
日によって気温が乱高下するせいでタンスの中は冬用の厚着と夏用の薄着が混在するよくわからないことになっている。
そんなこの季節にどこか寂しさを感じてしまう。
「あー…うん、今日も大丈夫。」
喉と口の調子を確認する。
いつからかルーティンになっていたこの行為で今日も私が生きているんだと思える。
そう思いながら触るのは口からどこかへと向かって伸びる一本の釣り糸。
絡まることも体を締め付けることもないこの糸は物も壁も通り抜けて窓の向こうへと伸びている。
ブカブカのTシャツとズボンを履いて歩き出す。時刻はまだ朝の6時半。春休みの高校生にしては早い時間。
人の少ないこの町で誰かと会うということもなく港へと到着する。
塀の上を両手を広げながら歩いて釣り糸の先へと歩く。
「おはよう、元気かい?」
「うん。今日の釣果はどう?」
「ぼちぼちってところかな。私はなんでも釣り上げてしまうしね。」
材質も、長さも、そこに書かれた文字すらも違う釣竿を五本背中に持ち、もう一本の、右腕と同化しているのではないかと思うほど馴染んでいる釣竿を持って海を向いたまま微動だにしない男の隣に座る。
年齢も知らない。名前も知らない。ここ以外の場所にいるどころか、立ったところすら見た事はない。
私は勝手に釣りのおじさんって呼んでるけどそれでいいのかもわからない。
「何釣ったの、今日は。」
「今日は…これかな。はちゃめちゃにでかいホタテ。」
「でっか…相変わらずこんなホタテどこにいるんだ…」
「それはもうどこかでしょうよ。私の意思と関係なくそこかにあるものを釣り上げるのが私だから。」
「まぁそれはもう思い知ってるんだけどさ。」
釣りのおじさんの隣に座って足をぷらぷらさせながらぽつぽつと話す。
学校の友達ほど仲がいいわけでもなく、特別話すこともない。
ただ、この島の人たちの中で一番付き合いが長いのは釣りのおじさんだった。
無言の時間が続く。そこに少しの気まずさも無く、ただ時間だけが流れていく。
釣竿に当たりは無く、ただ波の音だけがそこには響いていた。
どのくらい時間が経っただろうか。あのまま当たりは一つもなく、ただただぼーっと時間だけが過ぎていた。
「そろそろ帰ろうかな。」
「うん。またね。」
「うん。また。何かあったら呼ぶよ。」
そう言って私は家へと歩く。
振り向く時、おじさんの背中にある釣竿の左端、木で出来たリールも付いてない釣竿が少し光ったような気がした。
私の口から伸びる釣り糸の元である木の釣竿が。
ここは不変町。あの世とこの世の狭間の町。
この町で死にきれなかったものは、その狭間から出られず、永遠に苦しみ続ける、怪異となる。
だから、ちゃんと死ねるように。
最後まで上手く死ねる死に方が見つかるまで、私は死ねない。