地方創生のアステリア   作:金木桂

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#2-2 眠り姫

 

「なんだい、こんな夜更けに何をしようっていうのさ」

「ちょっと見て欲しいものがあってな」

 

 その日の夜、俺はテトアを連れ添った上で、俺の私室内にある隠し階段を下ってはランタンを持って地下にある一室に赴いた。

 

 地下室の扉には鍵が掛けられている。懐から鍵束を取り出して、開錠して中にはいるとその部屋は簡素なものである。飾り気のない壁一面に、机と椅子、中央に棺桶。たったそれだけの部屋。

 安置された棺桶は顔が見えるよう、一部が透明なガラスになっており、そこから見えるのはアステリアの綺麗な顔だった。死人とは思えない程張りのある白い肌、青い瞳はすっと閉じられていて、長い金髪は今も尚輝きを失わずさらりとアステリアの身体を包んでいる。

 

「これが亡くなったと言っていた妹かい」

「ああ。アステリアだ」

「ふうん」

 

 テトアはアステリアの顔を覗き込んでは興味深く眺めた。

 本当に安らかに眠っているようにしか見えない。

 でも呼吸は無い。胸も上下していないのは確認した。何度確認しても同じことだった。

 死んでいるのだ。アステリアは。

 

 眠ってるだけに見えるのは死後すぐにこの棺桶に入れたからだった。

 この棺桶には魔術道具(マジックアイテム)で固定化魔術が掛かっている。棺桶内に物を入れても時間経過で劣化したり腐ったりしないという優れモノである。本来は英雄や有力者の遺体をこの棺桶に入れて、恒久的に讃え続けるような使い方をされるらしい。

 

 ───蘇生魔術。

 クレスケレスでは青銅教会の宗教的思想により失われた魔術。

 俺はこの部屋でほぼ毎晩アステリアに蘇生魔術を行使している。

 

 当然、蘇生魔術なんてものは今じゃ禁術とされているから大々的に使えない上に、蘇生魔術に関する書物だって青銅教会の手により焚書されてしまったため今じゃそう多く残ってはいないだろう。クレスケレスを除いて、だが。

 

 クレスケレスは田舎ということもあって青銅教会の監視が届きづらい上に、昔々銅山として栄えた時代、クレスケレスには沢山の蘇生魔術師がやってきて危険な環境に身を置く鉱山労働者を支え続けてきた。彼ら蘇生魔術師たちが記し遺した指南書は俺の書庫にも何冊と残っていて、俺はそんな指南書を読むことで蘇生魔術を習得しようとこの三年間行動を続けてきた。

 

 でも、それが中々に難しい。

 蘇生魔術、失われた魔術。

 俺は蘇生魔術を実際に目にしたことは無い。この国に蘇生魔術を使える人間は恐らくいないだろう。

 

 だから俺はテトアをここに連れてきた。テトアは口は最悪だが魔術博士を志す程度には魔術に堪能だ。俺の蘇生魔術を見て何か分かることもあるかもしれない。

 

「それで、私はお前の蘇生魔術が完成しているかどうか見ればいいんだね?」

 

 エウテゥが帰宅した後に事情は説明済みだったから、確認するように再度テトアは口を動かした。

 

「ああ、頼む」

「全く人類は自己本位で溜まらない。昼でも良いだろうに態々深夜に連れ出すとか配慮がなってないね。まあいいさ。魔術が絡むとあっては私も興味が無いこともない。見てやろうじゃないか」

 

 長い口述を垂れ流しつつも椅子を引っ張ってくる辺り、素直じゃないエルフだ。そのまま座って腕を組んでじっとこちらに視線を送る。いつでもどうぞという態度らしい。相変わらず尊大だなお前は。

 

「じゃあいくぞ」

 

 頷くテトアを尻目に俺はアステリアの入った棺桶を前にして手を翳す。

 蘇生魔術の本質はネクロマンシアだ。

 生物が持ちうる生命力を魔素で代替させ、五臓六腑を始めとした全ての器官を騙し切り、一瞬だけ息の根を吹き返させ仮死状態にする。そのままだと再度死んでしまうのだが、その間に回復魔術を流し込んで生命力を増強させることで死者蘇生を可能にする。この一連のプロセスを蘇生魔術と呼ぶ。

 

 赤色の魔素光が手の平からアステリアへと川となって流れ始める。徐々に光の帯は太くなって、アステリアの全身を仄かに赤い発光で埋没させる。

 文献によればこの段階で仮死状態になるはずだが、アステリアが目覚めることは無い。脈も動かず、肺が上下する様子もない。

 

「どうだ、何か分かるかテトア」

 

 俺は絶えず蘇生魔術を浴びせ続けながらテトアへと振り返って、難しそうに顔を顰める様子が目に入る。

 

「……私は蘇生魔術に関して門外漢ではあるけども、それでも分かるとも。これは成功している。魔術としては成立している。だから何かがおかしい」

「おかしい?」

「そうだ。魔素不足でもなければ魔術強度も文句は無い。生命力さえ取り戻せば魂も自ずと宿主へと還る。蘇生する条件は整っている。何が足りてないんだ。何か……何かねえ……」

 

 ぶつぶつと独り言を呟くと、更に蘇生魔術を凝視する。

 蘇生魔術は成功していると言ってたが……問題が別にあるのか?

 

「蘇生魔術というのは、生命力を与えることで魂を別次元から引っ張って無理矢理理を捻じ曲げる魔術だ。だから魂が既に別次元に存在しないという仮説はどうだろう」

「それは……蘇生出来ないって意味じゃねえのか?」

「そうなるね。勿論仮説に過ぎない」

 

 冷淡に頷くテトア。

 全身の熱が頭に上りそうになるのを抑えつつ、俺は気になった部分を指摘する。

 

「そもそも別次元って何だよ? 二次元とか三次元の話か?」

「知らないのかい? まあいいさ、説明しようじゃないか。この世には観測限界というものが存在する。例えば空高く、青の向こう側は私達には観測が出来ない。同じように地中深く、深海なんかもそうだ。それと同様に魂の流れる先も私達の観測範囲に存在しない。ただし魂に関しては先人の研究があってね。どういう経路を辿って魂が目的地を目指すのか魔素を用いて観測した結果、目的地は分からずとも全ての魂が同じ方向を目指すことが判明した。その観測不可能な魂の集積地を『ネビス』と呼んでいる」

 

 魂の集積地……。

 恐らく耳尖の民として長生きするテトアだからこそ知り得る情報なのだろう。少なくとも俺は一度もネビスなどという概念を聞いたことは無い。

 

「つまりネビスにお前の妹の魂が無ければ、蘇生魔術が成功していても空振りすると思われるっていうのが私の見解だ」

 

 そう解説しつつも、テトアの顔はどこか納得が行っていない様子だった。頻りに前髪を弄っては後頭部をぐしゃぐしゃと掻き混ぜたそうな表情をしている。

 

「一つ不可解なのはネビスに魂が存在しないという点だ。これは確認だがお前の妹は蘇生魔術で蘇ったことはまだ無いという認識で問題無いね?」

「ああ」

 

 蘇生魔術で生き還れるのは一度きりだ。文献にも一度蘇生魔術によって再定着する際に、外部から身体へ侵入する魂が擦り切れるからだとか書いてあった。

 

「あらゆる生命の魂はネビスに還る。この学説に例外は無いはずだ。何故お前の妹の魂がネビスに無いのか、蘇生魔術が通じないのか……理解に苦しむな」

「ちょっと待ってくれ。俺が知ってることと少し違う」

 

 ブツブツと呟く声に挟みこむように異議を唱えたらジロリと不愉快そうな視線をぶつけられた。

 ……いや不愉快そうなのは何時もか。

 じゃあ俺が気にする必要はないな。

 

「なんだい? 見ての通り今とても忙しいんだが?」

「クレスケレスには偶に蘇生魔術が効かない人間ってのがいるんだ。それは知ってるか?」

「知らないな。詳しく聞かせて貰おうじゃないか」

「ああ。ってもそういう話が昔あったってだけで俺も詳細は知らない。ただ銅山を採掘してた頃、クレスケレスじゃ蘇生魔術が通じない人間が偶にいたって書物に残ってるんだよ」

 

 そしてそんな蘇生魔術の効かない人々は悪魔の末裔として一族郎党殺されていた、などという中世の魔女狩りみたいな話もあるがそれはすっ飛ばす。どうせ言ったところで人間の愚昧さがどうとか言われるだけだしな。

 思考を働かせるようにテトアは少し俯いて、すぐに俺へと顔を向けた。

 

「理由は?」

「いや知らねえよ。蘇生魔術なんて随分前に禁術扱いだ。昔は調査していた研究者もいただろうけどな」

「だろうね。期待薄だったさ。お前程度が知る情報を私が知らないはずもないからね」

「……。」

 

 正論だが一々一言多いエルフだ。エルフならエルフらしくもっと高潔であれよこの野郎。

 

「……ところでだ。妹の件、私にバラして良かったのかい? この国の事情には疎いとはいえ、この研究が教会なり騎士団なりに知られればお前は処刑対象になるはずだろう?」

「俺にとっては妹が生き返る方が重要ってだけだよ。魔術の専門家とかこの地域じゃ居ないからな、この機会は逃せねえ」

 

 シュツット山道が元に戻ればテトアも故郷への旅路に戻っていくわけで。これを逃せば次魔術に詳しい人間なんていつ来るか分かりゃしねえし、そいつが信頼できるかも分からん。何よりテトアは青銅教会の信徒じゃないってのがデカいな。

 

 静かに眠るアステリアを眺めていれば、テトアが訝しげに眉を上げる。

 

「私がバラすとは思わなかったのかい?」

「お前は腹が立つ物言いを良くするし常に口も悪いが、バラす理由が無きゃバラさないだろ。お前の行動理念は簡単だ。常に理路整然と論理的で、自分の目より情報に重きを置く人種だ。違うか?」

 

 人間、というか主に俺への露骨な軽蔑感を向けつつも、テトアが常に理路整然とした思考回路を持っていることくらいこの二日間で容易に分かるっての。伊達に貴族として帝王学とか心理学とか仕込まれた訳じゃねえよ……まあそういうのは生憎と長男の俺よりもアステリアの方が得意だったけどな。

 俺の言葉にテトアは身震いをさせて、気味悪そうな表情を浮かべては両手で自分の身体を抱きしめる。

 

「……違わないが、お前に考察されると身の毛がよだつね。心が汚されている錯覚すらある」

「うるせえよ。お前が聞いたんだろうが」

「気持ち悪いことを聞けば気持ち悪いと言いたくなるものだよ。ともあれ理解した。随分と都合の良い扱いをされたもんだ私も」

「不満か?」

「当たり前だろう。魔術に関心が無ければお前のような土民に与する訳が無いのだから、そうだね、それに値する給金は弾んでくれるんだろうね?」

 

 ニヤニヤとクレスケレスの財政状況を知る口でテトアは言った。

 足元見やがって……。

 仕方ねえからポケットマネーで補填してやる。

 

「わーったよ。それくらいは出す。代わりにもう何度か頼まれてくれないか?」

「私は別に構わないよ。だが一つ条件がある」

「条件……?」

 

 これで断られるのは困るが、こいつの出す条件と言うのも非常に儘ならない予感しかしない。

 俺は固唾を飲んで見守ると、白けた目をしてテトアは口を動かす。

 

「これは深夜である必然性はあるかい?」

「……別にないが、青銅教会に見つかったら事だからな」

「でもそんな些事は私には関係無いね。今後は昼が夕にやること、これが条件だ。いやはや、この時間に毎度駆り出されると私と言えど眠くて溜まらないわけだよ」

 

 言いながら今まで堪えていたのか小さな手を口に当てて間もなく、大きい欠伸をし始めた。

 ああクソ、昼とかか夕とか人がこの家にいる時間にやるのはアステリアの存在が露見するリスク高いんだよ!

 ただでさえエウテゥにすらアステリアの死体は当然として、この部屋の存在すら教えてねえのに地下室を出入りしていることがバレたらどうしろと! 地味に面倒な事を言い出しやがって!!

 

 ……はあ。

 冷静になれ俺。ここでムカついても理はないぞ。

 いやしかしマジでどうすっかねえ。

 

 感情的には「巫山戯んじゃねえ札束で殴るぞ!」と頬を引っ叩きたい気分ではあるが、再三言うようにこの機会は逃せるものではないのも事実なのだ。交渉の天秤は今あちらに傾いていて、平行に均す為にはある程度の譲歩が必要となる。

 ……致し方無し、か。

 

「分かったよしゃあねえな。ただし他の人間にはこの事は口外せず、またこの部屋への出入りは誰にも見られないようひっそりとやると誓えよ」

「つまり成立ということだね。精々金の分は働くとしよう」

 

 腕を軽くクルクルと回してはテトアは立ち上がり、アステリアの入った棺を公転するように歩きながら細部を観察する。

 

「ふぅむ、遺体には特に異常は見られないように思える。顔には傷一つ無いが……死因はなんだい?」

「凍死だった。この辺の冬は酷いと足先さえ見えないほどの豪雪だからな、アステリアは当時二日間遭難していて三日目に見つけた時には死んでいた」

「外傷がないのはその為ねえ。理解した」

 

 一つの違和感をも見逃すまいとばかりにテトアはアステリアの顔を舐め回すように視線を送る。意外にもやる気だ。俺の予想としてはもっとこう気怠げに、金が貰えるから仕方なくやるかもしれんくらいに考えていたが、予想以上に義理堅いのだろうか。思ったより使えるかもな。

 

「これは難題だね。私でもやれることは多くなさそうだ」

「多くはない? 何かあるのか? 手がかりがあるなら教えてくれ」

「待ちたまえ卑しく哀れな土民のお前。こういうのは一つ一つ地道に小さな歩幅で真理へ近づくものだよ」

 

 すんなりと聞いていて、罵倒されまくっていることにハッと気付く。段々テトアの罵詈雑言に慣れてきている自分が嫌だ俺。

 自己嫌悪する俺など一切目もくれず、テトアは何やら魔術を行使する。魔力光はヨモギ色。見た感じあまりメジャーな魔術では無い気がするが……。

 

「これは魂の行き先を調べる魔術だよ。本来であればネビスの方角を示すはずだけども、恐らくそうはならないだろうね」

 

 と、俺が理解できないだろうことを念頭に入れてたのか、聞く前にテトアが解説する。

 

「そんな魔術使えんのかお前」

「閉鎖的故に故郷にはそういう書物が山ほどあったからね。生活魔術から机上では世界を滅ぼせる魔術まで選り取り見取りさ」

「物騒だな。核所有国じゃねえんだから」

「核ってなんだい。意思疎通が出来ない程愚劣な頭になられると私も困るんだが」

「はいはいテトア様は頭が高尚で良かったですね~しばくぞコラ」

「全く、そんな野蛮な煽りで私の感情を害せると思ったなら大間違いなんだがねえ……もう一回言ったら潰すよ」

 

 もろ効いてんじゃねえか。

 まあそんなどうでもいいことは置いておいてだ。

 ヨモギ色の光が薄くアステリアの入った棺桶に纏わりついて、パチパチと弾けるようにして空気に溶けていく。これでネビスへの方角が分かるというらしいが……いやネビスねぇ……。

 

「なあ。ネビスってそもそもどっちなの?」

 

 頭の中でこの周辺の地図を思い出すようにテトアは一瞬目を瞑った。

 

「ネビスがあるのはセーブル大渓谷だから……まあクレスケレスから見ればざっくり北東だろうね」

「そこまで分かってる訳か。そもそも聞きたいんだがネビスってのは実際何があるんだ?」

「さあ? 何も無いとは聞いているけどね、というか私が知ってると思うかい? 最初に蘇生魔術は門外漢と言ったはずだが矮小な脳味噌じゃそれすら抜け落ちてしまったのかな?」

 

 煽るようにこちらを見遣ってテトアは言った。鬱陶しい。

 

「そう言うの良いから説明してくんねえかな。金払ってるんだぞこっちは」

 

 負けずに俺は言い返した。

 するとテトアはぷるぷると震えかけるが、感情との大激戦を理性で制したかの如く大きな溜息を吐くと、言葉を続ける。 

 

「言っただろう、ネビスは次元が違うのだと。ネビスというのは飽くまで死んだ後の魂の向き先であって、現実の場所を指し示す訳じゃない。要するにネビスの実態は未だに解明されてないのさ」

「そういうもんなのか」

「随分乾燥とした感想だね。説明しがいのない」

「……あ、今の感想は洒落か? スマン拾えなかった」

「殺すよ? 普通に」

 

 いや冗談なんだが。そこまで殺意爛々に睨まれても困るわ。

 

「で、今やってることは察するにアステリアの魂がネビスの方角へ向かったかどうか確認してるってとこか」

「……ああそうだ。少なくとも問題の切り分け方としてはこれが手っ取り早そうだからね」

 

 本来ならばこのヨモギ色の魔術光がネビスへと流れていく想定なのだろう。ただアステリアの魂がネビスに無ければ、魔術光はあらぬ方向へ行くか、或いはこの状態が継続されるか。

 不服そうに舌打ちを鳴らしそうな顔をして、アステリアへと手を翳すのを辞める。

 

「これくらいで十分だろう。これ以上は明日以降に確認するべきだ」

「おう、分かった」

「愚昧なお前に分かるように説明したからね」

 

 マジでコイツ張った倒してやろうか。

 なんて衝動が脳裏をひゅんと過ったが流石に領主としての体裁が不味いのでやらない。俺が領主で良かったなこのロリババア。

 

「じゃあ今日は解散だ。お前はさっさと帰ってお眠になってろ」

「言わるまでもない。お前は残るのかい?」

「そうだよ。……蘇生魔術を上達させるのもそうだが、部屋の掃除をしなきゃならねえからな」

「兄妹愛が深いことで。じゃあ私は失礼させてもらうよ」

 

 さっきまでの真面目な面は嘘だったのかのようにテトアは欠伸を連発しながら地下室を立ち去っていく。ドアから出るのを眺めて、俺は箒を取り出した。

 

 

 

 

 

「……何をしてるんだ君は!?」

 

 翌日のこと。

 少し早めの起床をした俺は台所で魔術で生成した水を飲んでいれば、後から起きてきたテトアに悲鳴のような叫び声を上げられていた。耳が劈く。うるせーな朝から。

 

「何って水分補給をしているだけだが?」

「ボクを舐めてるのかな!? それは魔術水だろう! 今! 君が! ここで魔術で生成した水だろう!」

「……ああうん。いやだから何だよ」

 

 オーバーリアクションされる心当たりが一切ないから困る。動揺からかテトアの態度が普段と異なるのも更に困った。なに? もしかして魔術で水を生成するのがそんなに珍しいの? とか勘違いしてみるがそれは100%違うことは直ぐに分かる。だって水魔術なんて結構よく見るし。火とか風に並ぶ程度にはポピュラーな属性だ。

 

「だからどうしてそんな不思議そうな顔をするんだ君は!?」

「別に水飲んでるだけだし。確かにほんのり苦いから井戸水よりは不味いが飲めなくはねえだろ」

「飲むなよ!?」

 

 何でだよ。

 朝っぱらからテトアの言っていることが一ミリも分からない。まだ罵倒されていた時の方が良い……ってそりゃないな。うん。ねえよ。

 

「別に死にはしないから良いだろうが」

「死ぬよ!?」

「死ぬの!?」

 

 断言されて目を引ん剝きそうになった。

 いや、でも何度も飲んでるけどピンピンに生きてるしな……。

 

「意味分からねえって……別にこれくらいのことで」

 

 俺の言葉に盛大にテトアは溜息を吐いて、どうしようもない奴を見るような視線をこちらへ投げかけた。

 

「あのねえ……幾らここが不毛の地といえど常識に疎すぎる。魔術水というのはその名の通り魔力が混入しているんだ。魔力は内にある間は無害だが一度外に出ると毒となる。経口摂取など以ての外なのは常識だろうに。一度魔術水を飲めば頭痛吐き気便秘といった体調不良は当然、過剰摂取をすれば生存すら危ぶまれる」

「いやいや、でも俺生きてっし。何ならエウテゥだって似たようなことをしているけどピンピンしてるぜ」

「有り得ないな……私だって昔好奇心でちょびっと飲んだことくらいはあるんだ。当然気持ち悪くなったさ。そもそも魔術水が飲み水になるのであればどれだけの旅人が楽できるか。ふん、夢物語だよ」

「でもほれ見てみろ」

 

 そう言って俺は唖然と目を大きく見開くテトアを肴に新たに魔術水を生成すると水をがぶ飲みする。

 ……やっぱり毒と言われても実感無いな。ただのほろ苦い水だ。

 

「もしかしてお前はビックリ人間の類なのかい?」

 

 徐々に気味悪そうに見始めるテトアに俺は閃いた。

 

「違えよ。なら飲んでみるかこの水」

「はあ? 何で私が飲むんだい?」

「仮にお前の話が本当だとしてだ。もしかしたらクレスケレスの魔術水だけは無毒の可能性が存在すると思わないか? もしそれを発見できればこれは魔術的研究価値の高い材料になるだろ」

「そんなバカなことがあって溜まるか! 魔力が入っている時点で総じて毒に決まっている!」

「仮説を思い込みで踏みつぶすのか? いやまあ強制はしねえよ? でも検証もせずに早合点するような奴が魔術博士を目指したとなると、研究者の質も下がったもんだな」

「──────っ!!!!! いいだろういいだろう挑発に乗って僕自身が人体実験をしてやろうじゃないか! 貸せ土民っ!」

 

 プライドを刺激されて茹で蛸みたいに顔を紅潮させながら、俺のコップを掠奪するとコップの底に残った水を一気に口に含んだ。間接キスだなーとか茫然と見ているとテトアは唇に付着した水分を親指で拭き取る。何故か知らないが全然異性って感じがしないからエロくは思えない、こんなに美少女なのに不思議なもんだ。

 

 数秒程思案するように瞳を手元のコップに向けていると、不意に口を開く。

 

「少量の摂取とは言え、確かに腹痛がしない。頭痛も来ない。症状が出ないということはまさか本当にそんなことが───っ!?」

 

 分析を深めようとした刹那、テトアの腹からキュルキュルという胃腸の異常を知らせる音が鳴った。

 腹部を外部ショックから守るように抱えると、一瞬だけ俺を睨み付けては無言のまま、今まで見たことないほどの早歩きをしてトイレの方向へ去ってしまった。

 

「……魔術水って毒なんだな」

 

 思わずポツリと漏らす。

 因みにテトアはトイレから一時間以上戻ってこなかった。

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