今回は7000字程度です。
また本話更新タイミングで過去話を8000字で1話程度の分量に分割しています。
ご迷惑おかけしますがご承知おきください。
底辺貴族に休みは無い。
他の貴族であっても書類仕事こそ逃れられないものではあるが、日光浴をしながら一日ゆっくりする時間くらいは週に二回は設けていることだろう。しかしクレスケレスの領主となってしまった俺にそんな余裕は無い。頭を振り絞って金策を考えることは常時、他にも警邏したり自治会と話し合いをしたり商工会と話をしたり、他の貴族が手下にやらせるような仕事まで俺が熟しているのである。一応言っておくが、住民にフレンドリーな領主様なんて瀟洒な心意気は欠片も持っていない。全ての発端は金欠。これに尽きる。
金があれば人を雇う。雑務は全て任せて金策やより高次の領地経営、領地開発にリソースを割くことができる。だが金が無い。だから人は雇えず領地の経済規模を増大化させる計画を練る余裕は無い。なので税収も増えず住民も増えず寧ろ皇都に流出していくから人は減り、更に金は減る。最悪の悪循環だ。この現状に対する回答を俺は持ち合わせていなかった。
金、金、金。
とにかく金策を練らないと何も状況が解決しない。
今まで手を出さなかったが中央に睨まれること覚悟でグレーゾーンの分野に手を出すこともそろそろ検討すべきか……?
現実可能性も加味して、例えば麻薬栽培なんかはクレスケレスでもそう難しくなく出来るだろう。
麻薬はシードゥスでは国から認可が下りた公認商会しか売買の出来ない、言わゆる寡占市場である。それは麻薬農家も同様で、届け出を出さない限り卸した時点で有罪となる。申請受理もかなりシビアで、新規で麻薬農業を始めようとしても大抵届け出は受理されないらしい。
だがここで抜け道が一つ。
麻薬農家が他国の市場に流す分には法律に触れないのだ。クレスケレスは国境沿いにある辺鄙な領地の為、物流の面でも輸送時に騎士団から抜き打ちで検品される恐れもない。勿論大量に市場流通させれば前世で言うアヘン戦争状態のような形になり国家ぐるみの大問題に発展するかもしれないが、少量であれば問題になる恐れはないだろう。精々バレたら大目玉を食らって罰金を科されてしまうくらいだ。うん、それは言うまでもなく非常に不味い。あまりやりたくねえな。可能な限り法の間隙を攻める方針は取りたくない。ただでさえ蘇生魔術の研究という危ない橋を渡っているのに余計なことで睨まれたくないのである。だから最後の手段だ。うん
となるとまた最初に戻る。
「金、空から降ってこねえかな……出来れば公庫10年分くらいの金……」
「うわ~スノウ様窶れてますね」
「放っておいてくれ。金が無いんだ」
「……紅茶出しましょうか?」
「あー、うん、止めとくわ」
エウテゥの言葉に先程テトアがトイレで腹痛に苦戦していた様子を思い出して断った。きっとエウテゥは魔術水を使って紅茶を淹れるんだろうけど、あれを見てしまうと魔術水はあまり口にしたくなくない。服毒する趣味は俺には無い。
いつもは甘えているからか、普段と違い断った俺のことをキョトンと不思議な目で見てエウテゥは小首を傾げた。
「そうですか……?」
「喉乾いてないし、茶葉に使う金も勿体無いだろ?」
「そこまで追い詰め……られてないとも言えないのが我が故郷ながら辛いところですね……。ならスノウ様、一緒にちょっと散歩しませんか?」
散歩……?
エウテゥが誘ってくるとは珍しい。
「もしかして欲しいものでもあるのか? すまんが銀貨1枚以上は出してやれんぞ」
「純粋な意味で言いました! 人の言葉の裏を読み取ろうとして失敗するの止めてください!」
そう言って不服そうにムッと眉を上げると、頬を白玉みたいに膨らませた。
失敗するのは止めろって言われてもな。
「言葉の裏を読み取ること自体は良いのかよ」
「領主なら腹の探りあいくらいは手慣れてもらわないと」
「さいで」
「そんな話はともかくです! 気分転換しましょうよ、最近は仕事以外で外出てないですよね?」
「そうだな……偶にはいいかもな」
思えば警邏をするか崩れた街道の工事監督するくらいで、私的な外出は最近ほぼしていない。少し前まではエウテゥとぶらぶら暇を持て余したり、更に前ならアステリアと野山を駆けたりした。懐かしい記憶だ。今じゃ書類の山を掻き分けるのに精一杯で、自発的にそういう気に中々成れない。前世では終ぞ味わえなかった社畜もこんな気分で毎日を過ごしているのだろう。
エウテゥはにこりと目で笑った。
「それにこの時期ですからね。行きたい場所があるんです私」
……ああ、分かった。あそこか。
特に準備することもなく二つ返事で頷くと、側に立て掛けていた剣だけ持って腰に吊るす。相変わらずのメイド服を着用するエウテゥは何も持たずに行くつもりらしい。一応魔物も偶に出るんだけどな……エウテゥなら大抵は魔法で一掃出来るだろうが、万が一があるだろうに。
「せめて護身用の短剣くらいは持ってけよ」
「嫌ですよ重いんですから。臣下のことくらい守ってくださいスノウ様」
「一端に使える癖して良く言うぜ」
清ました表情のままエウテゥはそっぽを向いた。俺もそうだが、エウテゥは臣下として親父に剣術を鍛えられていたから、中位以上の冒険者や騎士にもくらいには剣に秀でている。ただ本人は剣は好んでないみたいで大抵の場合は魔法でどうにかしようとするから若干勿体ない気がする。なんでも剣なんて優雅じゃないとかなんとか。その癖主の俺には剣を握らせようとするんだから大概イイ性格をしているぜ本当に。
一人暮らしをするには無駄に大きな家を出ると、小さな街を北上して早々に抜けて山道に入る。上り坂だ。極彩色の木々が左右を囲む。クレスケレス特産のテンペルートだ。普段こそただの樹木に過ぎないが春のこの時期だけは狂ったように色を撒き散らす。そうして一面テンペルートで覆われたこの山道は目に悪いほどの彩度を誇る。その姿からはこの山道はこの辺りだと狂色山道という別名が付いている。
狂色街道を上り切れば、眺望の良い見晴らし台がある。そこからは山間の隙間に出来た平らな土地にすっぽりと収まるクレスケレスの街並みを一望することが出来る。エウテゥのお気に入りの場所だった。
この街の風景は変わらない。10年前の街並みと今の街並みをもし横に並べて比較したとしても、見つかる差分の精々が老朽化した馬小屋を潰して新しく建て直したとかそのくらいじゃないだろうか。
田舎だからこその不変性がこのクレスケレスには存在する。
穏やかな時間の中に包まれたこの街を良しと考えるか退屈と捉えるかは人それぞれだ。
しかし俺と同じ年代の若者からすればつまらないという意見が主流ではある。皆が皆って訳でもないが、やはりクレスケレスなんかより経済的に発展していて色んな面白い物があって人も集まる大都市に誰もが一度は憧れるのだ。俺はその辺もっと物質的に豊かな都市で生きた経験があるから奴らほどの憧憬は無いが、生涯クレスケレスと事あるごとに口にするエウテゥは同世代の中じゃ一等際立って浮いた存在だった。
見晴らし台の落下防止用の手摺りに手を掛けて、エウテゥはクレスケレスの街並みを静かに見下ろしている。
「エウテゥは一生この街で生きたいんだよな?」
「何ですか急に?」
「いやちっせえ街だなと思ってな。よくもまあ生涯の地と思えるなって」
「領主がそんなこと言っちゃ駄目ですよ」
「エウテゥ相手だから言ってるんだよ」
エウテゥは僅かに身動ぎをして、丁度吹いた風によって髪が巻き上がり顔が隠れた。
「アステリア様にも言ってた癖に」
「いや言ってないけどな? あいつ、クレスケレスをバカにされると怒るから」
「そうでしたね……」
髪が起きてきて露わになったエウテゥは懐かしむように口弧を上げて、視線を空の果てへ向けていた。
アステリアも大概クレスケレスのこと好きだったからなぁ……東京出身として田舎を好む気持ちも分かるが、それでも俺は都会派だったから良くその主義思想の違いで言い争いをしたな。途中でエウテゥがそんな俺たちを見つけて調停しようと割って入るのだが、結局何だかんだでもいつも最終的にはアステリア側について俺はぼこぼこにされた。
懐かしみながらエウテゥの横顔を見ていればふと今朝のことを思い出す。
「そう言えば知ってたか? 魔術水って毒なんだとよ」
「毒……というと?」
「そのままの意味。なんか普通は魔術で生成した水なんて飲んだら命が危ういとかテトアが言っててな。少し煽ったら飲んで本当に腹下してたアイツ」
「何やってるんですかスノウ様……」
呆れた目で見つめられた。興味があったんだからしょうがないだろうが。それにテトアも自ら飲んだわけで俺の責任は1割もないはずだ。
「テトア様を揶揄っちゃ駄目ですよ。領主としての品性に泥が付きます」
「いいだろ、どうせアイツからは土民だの無知蒙昧だの好き勝手言われてんだ。寧ろ多少でもやり返さないと領主の面子が保てないだろ」
「アステリア様が見たら悲しみますよ」
「妹なら絶対笑うと思うぞ。そういうの好きだったから」
寧ろ悪ノリして俺に便乗してくる姿すら目に浮かぶ。
「……1つ私からもお聴きしていいですか?」
昔の話題に懐かしんでいると、エウテゥは俺へ慇懃な眼差しを向ける。
「アステリア様のお墓はいつ立てるつもりなのですか?」
エウテゥのそれは疑問、というよりは俺を責めるような口調だった。
アステリアが死んで早三年。
俺はアステリアを生き返らせるために色々と手を尽くしてきた。それは死んだ親父だってそうだ。だから葬儀をしないと言ったのは親父だったし、墓を用意しなかったのも親父によるもの。遺骸だって遭難して見つからなかった体にして地下室に保管した。
だがその全てをエウテゥは知らない。
罪悪感はあるが、アステリアのためだ。
青銅教会の信徒であるエウテゥに言えば、過去は過去として前に進むための糧にしてしまうエウテゥに言えば、絶対に反論してくるだろうから。
「立てない」
「何故でしょうか? アステリア様がこのクレスケンスの地で生きた証として、そして私たちがアステリア様を忘れないため。私は作るべきだと思います」
「それでも立てない」
エウテゥの空色の双眸が俺へと刺さる。主への陳言と言うのはあまりにも剣呑とした態度が罪悪感を刺激する。
親父が相手なら、不満を胸に秘めつつもエウテゥを引き下がっただろう。
俺じゃそれは無理だ。威厳が無いとか、荷が重いとか、そういう次元の話じゃない。
俺はエウテゥと近すぎる。
きっと本来、貴族としてあるまじき関係性なのだろう。
主と臣下という関係性にしては俺達はあまりにも慣れ親しんだ幼少期からの友人で、今更お互いに本心を打ち明けられる関係性が崩れることはない。
儘ならねえよ。
世の中、儘ならねえことばっかりだ。
「親父の方針に俺は従う」
「……それはスノウ様の意向なんですか?」
「ああ」
エウテゥの疑懼が強まったように、瞳が僅かに細くなる。
嘘だと悟って、追求する目だ。
捻れたなと思う。
俺とエウテゥの信頼関係が。
だがこれも生き返るまでの辛抱だ。
少なくともアステリアの目を覚ますことが出来たならば、エウテゥもなし崩し的に認めざるを得ない。俺はともかく、アステリアの味方にはなってくれるはすだ。
クレスケンスの春風が木々を叩きつける。
テンペルートの木々から一気に零れ落ちた花々が花嵐と化して、言葉にならない想いを隔てた。
─── ─── ───
その日からエウテゥの目を盗んでテトアと地下に籠る日々が始まった。
テトアは早々にしてアステリアの魂がネビスに無いことを突き止めていた。
というのも、一晩たったヨモギ色の魔力光がアステリアの棺桶を囲むように留まったままだったからだ。
「これは結局どういうことになるんだ? アステリアの魂は何処にある?」
「少しはそのちっぽけで泥まみれで生ゴミが詰まってぷんぷん腐敗臭が匂ってくる脳味噌で考えたらどうだい? ド低能とする無駄な会話ほど無意味な時間は無いからねえ」
「あ?」
「なんだいカスが」
んだよコイツは。
もしかしてまだ朝の魔術水の件を引っ張ってんのか? 歳食ってる癖して器量小せえな。
「ネビスとは別の場所にアステリアの魂があると考えるのが自然だろうね」
剣呑に睨み合うこと暫し、状況の無意味さやっと理解したのか矛を先に収めたテトアはそう述べた。
「別の場所ってどこだよ。魂はネビスに行くんだろ?」
「門外漢と昨晩も言っただろう。お前の痴呆っぷりには好い加減呆れるね」
「うるせえな、どうせ多少は検討付いてんだろ。さっさと話せよ。俺は雇用主だぞ」
切り札を抜けばテトアは留飲を下げたように平静さを取り戻す。
ぼそりと「……いつか殺すこの土民」とか呟いたのは聞こえないふりをする。やれるもんならやってみろこのロリババア。
「お前にも分かるよう簡単に説明するとだね、ネビスに魂が無いとなると二つの可能性が考えられる。本当にアステリアの魂がこの世に残存しているかどうかってことだ。でも無い可能性を考えても仕方がない、今は有ると仮定して話を進めよう」
「ああ。で、ネビス以外に魂が存在する場所があると?」
「話は最後まで聞きたまえ無学能無し領主。ネビス以外に魂が保管されるなど私は思い当たる節も無いが───ところでこの光はどう見える?」
「んだよ天才老い耄れ魔術師様。ただ浮遊しているだけに見える、昨日と同じだ」
舌先で剣を交えながらも魔力光に目を遣る。
ヨモギ色の光はアステリアからまるで発されているみたいに宙で煌めく。
テトアはそれを凝視しながら、何処か確信気に語る。
「魔素にも万物と共通する性質がある。要するに、エネルギーが高い場所から低い場所へ行く性質がね。滝は上から下に落ちるし、太陽の下に置かれた氷は徐々に氷解していく。その場に合わせて中和していくって話だよ。良く見ればこの光も昨日より少々翳りが見えるだろう」
言われてみればそうかもしれない。
昨日のヨモギ色はもっと濃かった気がするが、今はどちらかと言えば黄緑色……白みがかって見えるかもしれない。
魔素───魔力光はマグロのような回遊魚と同じで、基本的に魔術で指向性を与えねば著しく霧散しやすくなるという性質がある。魔術の目的を果たした時も同様だ。例えば俺が水魔術で飲料水を出す時、水が生成完了した時点で魔力光はその輝きを散らす。
テトアの魔術も目的を達成されているから、既に魔力光が消えかかり始めているのだろう。
「何となく理解してきたが……つまり魂はここにあるって言いたいのか?」
テトアが昨晩かけた魔術はアステリアの魂がネビスへ向いているかどうかを検証するものだと言っていた。
本来ネビスへ流れる魔力光が不動である以上、アステリアの魂はネビスにはなく、この地下室にあるって意味合いになるのだが。
「可能性が高いという言い方が正しいがな。私の知識にはこんな例は無いし、違う次元に迷い込んでいる可能性も否定できない。ネビスだって違う次元と言ったのは覚えているだろう、魔力光は次元までは追跡出来ないんだ。ともかく今後はそれを確かめる必要性がある」
「確かめる必要はあるのか? 魂がアステリアのすぐ側にあるという前提で話を進めていいだろ?」
「そう急くなよ凡才領主。仮説を軸に動くのは危険なのさ、分かるだろうお前だって。大事な妹の蘇生に想定外を残したいのかい?」
「学者みたいなことを言うな、お前」
「博士志望だったからねえ……今では過去の話だがね」
そう言うテトアは少し自虐的だった。魔術都市アルヌールまで辿り着けず博士になれなかったと言っていたが、コイツなりに葛藤があったのだろう。思えば傲慢な態度も俺にしか取らねえしな。
「まあお前の言うことは最もだ。その検証はどうやるつもりなんだ?」
「魔術を改造する。既存のこの魔術を組み替えることでアステリアの魂の場所も自ずと分かるだろう。そしてそれからの話なんだがね、アステリアの魂の場所が判明次第、蘇生魔術を改造する。問題は座標なんだ、私の勘だがね。アステリアの魂の場所さえ特定できてしまえば既存の蘇生魔術で問題は解決できるはずなんだよ」
「なるほど……」
「気長な話になるだろうがね。だが安心したまえ。私は一度引き受けた以上、放り出して辞めるなんてことはしない。勘違いしないでほしいがお前の義理が理由じゃないからね。ただこれは魔術史でも稀有な例に違いない事象だ。それが私の手で解き明かせるというのならこの上なく光栄なことだよ」
俺はテトアの言葉に頷いた。
絶対に言葉にはしないが、テトアのその意思表明は非常に有難い。
別に理由は好奇心だろうが名声だろうが何だっていい。俺としてはアステリアが助かればそれだけでいいのだ。
その後、地下室を出てからはテトアは魔術の改造に勤しむことになる。
朝から夜遅くまで自室や、時に地下室に入って、魔術の改造に取り組んだ。
一度覗いてみたが、蘇生魔術だけじゃなく魔術水についても研究をしているようだった。
テトアは魔術水について、俺やエウテゥが魔素に対する抗体を持っていると考えて研究を進めているらしい。
「物事には理由があるのだよ。特に、お前が魔術水を摂取しても何一つ健康に影響が無いのは間違いなく魔術的理由がある。クレスケレスという地は全く以て田舎だねえ……こんな興味深い題材を誰も発見できていないとはねえ」
本当はこの言葉の中でも俺への不満や罵詈雑言が植え付けられていたが、それを省けば押し並べてこんなことを言っていた。
これまであまり気にして来なかったが、意外とクレスケレスには謎が多いのかもしれない。
他の地域じゃ生えないとされるテンペルートだったり、蘇生魔術が効かない住民がいたり。魔術水の件もそうだ。
偶然……じゃないんだろうな。多分。