夕食の度に聞く限りテトアの研究は概ね順調に推移しているらしいが、一方でクレスケレスの逼迫した財政は変わっていない。
「税金を増やすかぁ……それ以外にねえよなこれ」
難しい顔で帳簿を見るエウテゥに声を投げ掛ける。
圧倒的に足りない。財源が。
"いやいつものことだろうが"とか自嘲する余裕すらない。
「増やしたところですぐに改善するとは思えませんけどね」
「そうなんだよなぁ……」
エウテゥの冷静な言葉に、内心で俺は頭を抱える。
税金は毎月搾取できるもんじゃない。現代日本であれば取得税やら住民税やらが毎月一定額引かれるもんだが、シードゥス皇国はどちらかというと江戸時代に近い考え方だ。つまるところ年貢。勿論米で納めてもらうわけじゃないにせよ、年単位で税を収集している以上、今年設定したところでそれが実際に金庫に入るのは来年となる。それだと遅い。
考えているとエウテゥがポンと手を叩く。
「そうです。スノウ様が嫁げば解決しますよね」
いや、何も解決してないが?
領主が嫁ぐとか前代未聞だろ。男だから正しくは婿入りだし。それ以前に俺が領地からいなくなったら本格的に誰がこのクレスケレスを治めるんだ。
別に俺はいいけどな?
全然領主の座だなんて要らないし、売れるのであれば売り払いたいくらいだ。
……あれ、意外とアリな案か?
「エウテゥ、貴族令嬢をリストアップしてくれ。可能な限り辺境の地に投資してくれそうな貴族の娘で頼む」
「……そうですか。分かりました。やっておきます」
「は? エウテゥ?」
「何ですか?」
もっとこう、コメディーチックな反応が返ってくるかと思っていたが……。
やっぱりこの前の会話が尾を引いてるか。
そりゃそうだよな。
「まあマジな話、アステリアが居ればそういう話もあったろうがな」
気まずくなる前に俺は話を戻す。
この世界でも貴族同士がそれぞれの思惑の下で子供同士で婚姻を結ばせ、繋がりを持つことは一般的だ。
家族としての贔屓目無しにしてもアステリアの容姿は良いからそうなればきっと引く手数多だったろう。
それを許すかどうかはさておいて、解決手段の一つではあっただろうなと後ろ髪を掻いていればエウテゥがとんでもなく剣吞な眼差しで俺を見た。
「アステリア様を嫁がせる? もう一度ご自身の命を秤に乗せた上で仰って頂けますか」
「もしかして俺、脅されてるか?」
俺が領主でエウテゥは臣下なのに?
据わった目をしたままエウテゥは部屋に掛けられている長剣を指でなぞる。マズイ。下剋上が起きかけている。この前の話も相まって若干本気にも見えるし。
「あのな、冗談に決まってるだろ。俺がその辺の知らん貴族にアステリアを渡すとかするわけ無いだろうが」
「どうでしょう。スノウ様ですし」
どういう意味だそれ。淡泊で人間味が無いとか言いたいのか。俺以上に人間味に溢れる領主っていないと思うぜ、多分。
また妙な話の流れになりそうだったところを咳払いをして話を断ち切る。
「ともかく、金なんだよ。現実的な解決策がクレスケレスには必要だ」
「……そうですね」
不承不承と矛を収めたエウテゥは相槌を打つ。
そのあとも1時間ほど会話は続いたが、結論は何時ものように出ることは無かった。
─── ─── ───
一週間ほどが経ち、予定遅れながらも遂にシュツット街道の工事が終わった。
道は小さな岩や穴ぼこでガタガタだし、道路脇には落下防止柵が無いから一度コースアウトすれば奈落の底ではあるが、復旧は復旧だ。品質が低いのは冒険者ギルドに依頼した時点で覚悟していたことではある。
道路の復旧よりもそれ以上に───。
「テトア、お前これからどうするんだ」
「なんだい下劣生物」
「お前の語彙力には心底尊敬するよ。カス過ぎて」
開通したシュツット街道を確認しつつ、横目で見ればテトアは相変わらずの天上天下唯我独尊気味な佇まいを見せている。
こんなムカつく奴ではあるが、正直いなくなるとなるで困るのが非常に鬱陶しい。
現場監督者としてこれまでシュツット街道の工事を見守っていたテトアは、街道の崩落によって帰郷出来ないということで復旧するまでクレスケレスに滞在していた。しかし街道の復旧が終わってしまえばテトアがクレスケレスに留まる理由は無い。
「はあ、その極小脳味噌でお前が何を考えているかなど私には手に取るように分かるよ。どうせ私が旅路に戻るかどうかを能無しなりに懸念しているのだろう?」
腹は立つが構っても面倒なので無視。
「ああ。お前はアステリアの為に必要だからな」
「…………そうかい」
普段のように矛先が向けられなかったからか、調子を崩したようにテトアは小さく呟く。
「安心したまえ。エンドリッケの民は契約を破らない。アステリアのことが解決するまでは私はクレスケレスに留まるつもりさ。お前の思い通りになるというのは皮膚の上で毛虫が這い回るかの如く不愉快だけど仕方がない。私は誇り高い民だからね」
ふんと鼻息をわざと鳴らしてそっぽを向くテトアの頬は仄かに赤い。
普段に似合わず照れてんのかよ。
まあ……留まってくれて助かるのは事実だ。
「そうか……すげえ正直助かる。ありがとう、これからも頼むわ」
「あ、なっ……!」
不意打ちのように投げかけた感謝の言葉はテトアの口車を一瞬脱線させる程度には効果があったようだった。どうも褒められ慣れていないらしい。そりゃこんな性格なら当然か。
テトアは薄く水平線のような胸を尊大に張って口を開く。
「あ、ああそうとも! ようやく私の価値が自身より遥かに高いことを認識したようだね! 内臓しか詰まっていないお前のような土民と私では出来が違うのだよ出来がねえ」
……あの、やっぱ殴っていいか?
拳が暴発しないよう必死に抑えつけながら俺は話題を切り替える。
「それでアステリアの件はどうだ?」
「そうだねえ、正直順調とは言い難い。何度も言うように蘇生魔術と言い魂の扱いと言い私は専門外なんだ。期待は存分にしてくれて構わないけども長い目で見てほしいと思うよ」
「それまでにクレスケレスが滅びてないと良いけどな」
すると呆気にとられたようにテトアは僅かに目を見開く。
「はあ? 滅ぶ? なんだい、まさかこの土地は魔王に呪われた暗域だとか言わないだろうね?」
「んな訳あるか。お前は住人じゃねえから正直に言うが、単純に資金がねえんだよ。見りゃ分かる通り産業も無ければジジババばっかの地域だからなここ」
「ふぅん。道理で領主の顔が貧相なわけだ」
「ロリババアてめえこら、そろそろ喧嘩買うぞ?」
「ふふ、そうやって動くのが遅いからお前の領地は貧乏で限界で誰からも見限られるんじゃないかな?」
「んだと浮浪不潔似非ババア」
「殺すけど良いかいこの土民風情が」
睨み合う。
数秒して同時に視線を外した。
ここで殺り合っても互いに得も徳も無い。こんな輩と違って俺は日本人として平和主義を胸に抱いているつもりだ。
「ただ最近分かったけどもアステリアの蘇生は想像以上に容易じゃない。これは私個人の感覚だが、現在のお前の蘇生魔術で生き返るかは微妙な線だね」
「どういう意味だよ?」
再度アステリアの話に戻り、テトアの渋い口調に俺は問い返す。
「不自然なんだよ。蘇生魔術は成功している───そう言ったが、思い返せばアステリアが息を吹き返したようには感じなかった」
……確かにそうかもしれない。
蘇生魔術のファーストステップ。
一瞬よりも短い僅かな隙間を縫うように肉体を騙し、仮死状態で命を拾い上げる。つまり生き返りはしているはずなのだ。
しかしアステリアの鼓動が鳴った瞬間を俺は見たことが無い。あれだけ試行錯誤していて、一度たりとも。
……ずっと失敗しているか成功しているか分からなくて見過ごしていたな。
「魔術的には成功している。それは確かさ」
「だがそれならお前の言う通り、一瞬だけでも生き返るはずだろ? ちゃんと説明してくれ、どういう意味だ?」
「猛るなよ人間。分かるだろう……二つだ。二つの可能性がある。一つはお前の使う蘇生魔術がクレスケレス流に改造された亜種の魔術である可能性。もう一つは───」
その言葉が紡がれようとしたその瞬間。
背後から砂を掻き分けるような足音と同時に、キンっと抜刀したような金属音が鳴った。
「───気になって来てみれば。アステリア様を蘇生させていると、そう聞こえました」
「…………エウテゥ」
いつの間にだ。
普段の温和な表情を潜ませ、敵を見るように怜悧な目をしたエウテゥがレイピアを構えてそこにいた。
「なんでお前……ここに」
「特段理由はありません。ただ街道が修復されたと聞いたので、様子を見に来ただけです」
「レイピア、危ないだろ」
「それより答えてください。アステリア様を蘇生させようとしているというのは事実ですか?」
冗談など一欠片たりとも介在しないピンと糸を張った声。
はあ……マジかよ。
バレちまったか……。
青銅教会の信徒であるエウテゥに見つかればこうなることは分かっていた。だからこそ蘇生が終わるまではエウテゥだけにはバレたくなかったのにな……。
「事実だよ。というか知らなかったのかい?」
この状況に対する打開策を考えようと口を閉ざした俺の代わりに言葉を返したのはテトアだった。
やべえ、そうだった……!
テトアにはエウテゥが青銅教会の信徒であることを話してなかったな……!
「そこのボンクラはどうも頭が真っ白になっているようだから仕方がなく私が説明するとだね。アステリアは確かに昔死んだが、死後すぐに物質の状態を固定化する棺桶に入れられた。つまり肉体自体は新鮮な状態ってことだね。その上でこの領主は蘇生魔術を何度も試行していたって訳さ。私はアステリアを蘇生させる試みが実に興味深い話だと思ったから乗っているだけの第三者だよ。はぁ……君の表情を見る限りどうも面倒事の香りがしてならない、後は二人で勝手に話し合ってくれないかな。これは契約外だ」
ベラベラと全部話すと手を上げてそそくさとテトアはこの場から去っていく。
アイツ、わざとか?
……恐らくワザとだな。考えてみれば当然の帰結だ。エウテゥの胸元にはいつも青銅教会のペンダントが掛かっている。それを見逃すほどテトアはボンクラじゃない。なんだってアイツはそれを知ってこんなところで暴露してきたんだよ。
「スノウ様、お答えいただけますか。何故、貴方はアステリア様を蘇らせようとしているんですか」
───とか、どうやらそんなことを考えている場合じゃなさそうだ。
ただでさえこの前からエウテゥとは関係性が拗れてるってのに……。
肺に空気を取り込んで、俺は大きく溜息を吐いた。
難産すぎました…