蒼髪の花嫁   作:赤城 希衣呂

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第四話 ~ルラフェン~

 地平線まで続く草原。太陽が中天からやや下がりかける時間帯とはいえ、まだまだ明るく、緑は喜々として太陽の光を全身に受けている。遠くからは滝の音。森や岩場もあちらこちらに見えており、もし目的がピクニックであれば、それは絶好の日和であり、ロケーションであった。

 だが、実態は当然そうではない。

 過ごしやすい環境という事は、つまりそれだけモンスターも多数生息しているということ。数が集まれば、必然、モンスター同士での諍いや縄張り争いにも及んでくる。互いが互いに自らの地だと主張する紛争地域。もしもそんな場に戦う術の無い者が訪れれば、一瞬で肉塊に、消し炭に、細切れにされてしまうだろう。

 故にルラフェンに住む人間は、いかに過ごしやすい地形とはいえ、この周辺には近づかない。過ごしやすいというメリット以上に危険に満ちたこの地域では、街はおろか拠点となるほこらも設けられてはいなかった。

 そのためルラフェンに住む者達は、よほどの事が無い限り西部地域――滝の流れる山を越えた草原には近づこうとはしなかった。

 そんなある意味で益体も無い場所に、ガラガラと木製の車輪が回る音が響く。加え、いくつかの足音も。

「ねえねえ。失われた呪文ってどんなのかなぁ?」

 好奇心に満ちた声を上げたのは、小さな青色のモンスター。

 全体的に丸く、頭部らしき部分だけが、やや尖っている。水の雫にも例えられるその身体つきは、世界で最も有名なモンスターの大きな特徴でもあった。

「お……おで、食べられるなら、う、うれ、うれしい……」

 舌足らずの口調で答えるのは、全身が白い剛毛に覆われたモンスター。口からのぞがせる舌は、自分自身のへそにでも届きそうなほどの長さであった。

「……イエッタ、呪文は食えぬでござるぞ」

 そんなモンスター――イエティを諌めるように、馬車の反対側から呆れたような声が上がる。こちらは、全身を甲冑に包んだ騎士然としたモンスター。その姿だけを見れば、むしろ街中でも怪しまれないほどに人間に近い体型。だが、そんな彼(?)が跨るのは、青色の同族よりもひと回り大きい薄緑色のスライムであった。

「そーだよ、ピエールの言う通り! いいかイエッタ! その呪文を完成させるためにも! あの草見つけても、絶対食べちゃダメだからなっ!」

「す、す……スラりんだって……食べちゃ、ダメ、だぞ……?」

「オイラがそんなモン食べるわけないだろっ!!」

 スライム。

 イエティ。

 スライムナイト。

 会話を交わすのいずれもが、一般的には人間を襲う危険なモンスターと認識される者達であり……しかし愛称で呼び合う彼らのやりとりは、そんな評判が嘘に思えてしまうほどに邪気の欠片もなかった。

 和気藹々。そんな四字熟語が頭に浮かぶほどに平和なやり取りに、馬車の先頭に立って進むアベルがくすりと笑いを漏らす。

「……まあ、確かに早く見つけるに越した事は無いからね。頑張って見つけようか」

 がなりたてるスライムのスラりん。

 ぼーっとした表情を浮かべるイエティのイエッタ。

 そんな二人を何とか諌めようと腐心するスライムナイトのピエール。

 この三匹に加え、馬車内で休んでいるドラキーのドラきちと、キラーパンサーへと成長したプックルが、現在のアベルの旅の仲間たちであった。

 

 

「ルラムーン草をとってきて欲しいんじゃ」

 旅先で辿り着いた街――ルラフェンで出会った老人に、アベルたちはそう依頼されていた。

 変人として知れ渡っていたベネット翁からの依頼。いつも妙な煙を煙突から出しており、苦情を申し入れても決して改めることの無い態度から、周囲から疎まれている事が、街の人から話を聞く中でもありありと伝わってきた。

 が、そんな主婦たちの愚痴話の中で、アベルの耳に留まるものがあった。

 ――曰く、ベネットじいさんは、失われた古代の呪文を復活させようとしている。

 母を捜す事。そして天空の装備を、勇者を探す。

 それがアベルの旅の目的。

 これらを達成するためには、どんな些細なものであろうとも手がかりが欲しい。古代の呪文であるのならば、何か伝説の勇者にも絡んでいるのかもしれない。そう考えたアベルは、入り組んだ街路で道に迷いながらも、何とかベネット宅へと辿り着いたのだ。

 当初こそ邪険に追いだそうとしたベネットであったが、アベルが己の研究たる古代呪文に興味を示している事を知ると、態度が一変した。よほどに自慢できる相手がおらず、会話に飢えていたのだろう。

 老人とは思えぬほどに饒舌な口ぶりで、いかにして自分がその呪文の手がかりを掴んだか、いかにして完成させようとしているかを切々と語り続けた。そして、この古代呪文を完成させるために、あと一つだけ、材料が足りないのだとも。

「ルラムーン草というてのう。夜になるとぼんやり輝く不思議な草なんじゃ」

 ルラフェン西の草原に自生している。しかしその辺りはキラーパンサーの群れが縄張りとしており、ベネット一人では到底採取することができない。そこで旅を重ねてきたアベルたちが、このルラムーン草の採取に駆り出された、というわけだ。

「さて。この辺りのはずなんだけど……」

 ルラフェンの西部やや南寄り。轟々と滝も流れた山道を越えた先にある草原。あたりは一面の淡い緑。のどかな平原が広がっており、似たような草がそこかしこに生えている。肝心のルラムーン草がどこにあるのか、流石に一目では分からない。

「ご主人。一応、ルラムーン草の形は姿絵を借りているのでしたな」

「うん、これなんだけど……」

 ピエールの確認に、アベルが袋から一枚の羊皮紙を取り出す。だが、そこに描かれていたのは、いかにもありふれた草。手がかりとにするには、あまりに頼りなかった。

「よ、よ、夜になれば光るなら……ま、待つのが、いい……」

 イエッタが横から口を挟む。確かにルラムーン草は周囲が暗くなると、淡い光を発するという話を聞いていた。

「ふっふっふ」

 ならばひとまず夜まで待とう。そう提案しようとしたアベルであったが、ふと、その肩に乗ったスラりんが不敵な笑みを浮かべる。

「そんな面倒な事しなくったって、オイラたちにはルラムーン草を一発で見つけられる便利アイテムがあーるじゃないか♪」

「なんと、まことでござるか?」

 自身に満ちた発言に、ピエールが唸る。

「あ、そっか。ピエールやイエッタはラインハットからの付き合いだもんね。けど、アベルとドラきちなら知ってるだろ?」

「……?」

「……みゃ? なんだったかみゃ~」

 だが、スラりんの名指しにもすぐ思い至らなかった一人と一匹は、揃って頭に疑問符を浮かべる。そんな反応に深々と溜息を付いた後、スラりんが力の限り主張した。

「やれやれ……闇のランプだよ、や・み・の・ラ・ン・プ! あのアイテム、今使わずしていつ使うってのさ!」

「――ああ!」

 名前を出され、アベルはようやくその存在を思い出した。父の遺した手がかりを求めて潜ったサンタローズの洞窟の中で見つけたアイテム。火を灯すと、あたり一面を夜闇に染め上げるという効果を持つが、実際に使う機会などなく、今の今まで袋の中に放り込みっぱなしであった代物である。

「なんと、そのようなアイテムがあったとは! ではご主人、今にそれを使わぬ手はありませんな!」

 感心するピエールに頷きを返し、アベルはさっそく袋の中をまさぐる。

「あった、これだ!」

 やがて目的の物を見つけ出したアベルは、ランプの蓋を開けて油を注ぎ、口から出した灯心に火を灯す。するとほどなくして、もくもくと黒い煙が巻き起こった。明らかに油の量を無視するほどの量で辺り一面を包み込み、そして周囲がさながら夜のような闇に包まれていく。

「……使うのは初めてだけど、すっごい効果だね」

 効果そのものは、手に入れた時点でアベルがインパスを唱え、既に判明している。

 だが、実際に使い、その効果を目にしたのはこれが始めての事。現実に引き起こされた現象に、スラりんが感心した声を上げる。

 と、プックルが何事にか気が付いたのか、ガウ、と一声吼えて一直線に突き進んでいく。

「プックル?」

 アベルの呼びかけに一度だけ振り返り――付いて来いと言わんばかりのその仕草に――皆が慌てて後を追った。

 二、三十メートルほど先行したプックルが立ち止まり、鼻を地面に近づけている。その先で揺れる、一つの草。やや刺々しい葉が放射状に広がり、稲の穂に似た白い花序が、うっすらと光を放っていた。

「これは……なんとも美しい光でござるなあ」

「お、お、お、おいし、そう」

「みゃみゃみゃみゃっ! イエッタ、食べちゃダメみゃっ!」

 辺りが闇に包まれたせいか、より活動的なったドラきちが、よだれを垂らすイエッタを必死に止める。

「アベル。イエッタに食われないうちに、早く摘んじゃおう!」」

「う、うん!」

 スラリンもアベルの肩の上でジャンプを繰り返して急かす。

 そしてアベルがそっとルラムーン草を摘もうと手を伸ばし――

「そこまでよっ!」

 ――たところで、第三者の声が響いた。

 若い女性の声だ。だが突然の事。そして周囲が闇に包まれていたことから、咄嗟にはどこから響いた声なのか分からない。

「あそこだみゃっ!」

 その中でも、暗闇に強いドラきちが、まず真っ先に声の主の居場所を突き止めた。ドラきちが示す先へ、一同が視線を注ぐ。

 場所は、アベルたちから少し離れた位置。平原の中で、なだらかな丘陵を描いている箇所。そのちょうど頂上で腕を組み、アベルたちを睥睨する一つの影。ぼっ、と小さな火球が影の側で生まれ、その姿を露にした。

 結い上げた黒髪、要所を際どく露出させた派手な衣装。炎の映し出す影をゆらめかせ、不敵な笑みを浮かべた女性であった。

「そのルラムーン草はあんた達にはもったいないわ。貰ってあげるから、こちらへ渡しなさい」

 凛としたその声が、余す事無く明瞭に届く。まるで王者のような堂々たる振る舞いと言葉。その傍若無人とも言える言動に、一同はしばし呑まれたように呆気に取られていたが――

「じょ、冗談じゃないやいっ! これはオイラ達が先に見つけたんだぞ!」

 まず真っ先に我に返ったスラりんが食って掛かった。

「……ご婦人、そちらの言葉、あまりに身勝手過ぎるのではござらんか?」

 続いて声を上げたのはピエール。

 騎士道精神を重んじる彼ですら、その女性の言葉に眉をひそめていた。他のものたちも声こそ上げなかったものの、戸惑いと、何より非難の眼差しを一様に女性へと向ける。

 だが、丘の上に立つ女性は、一斉に注がれる非難にも、全くたじろぐ様子を見せない。

「関係無いわね。私が欲しいものは、全て私のものよ!」

 当然の摂理であり、恥じることなど何一つ無い。そう言わんばかりの、胸を張っての断言であった。あまりの言い草にアベルたちは絶句し――不意に、女性の側に浮かんでいた火球が掻き消えた。

「あ、こら。アンディ! 勝手に火を消すんじゃないわよ!!」

 途端に、慌てて女性が丘の下へ向けて呶鳴りつける。

「け、けどデボラ、メラをその場に留めるのは結構大変なんだよ?」

 気弱そうな声と共に、一人の青年が丘の上に姿を現す。

「いーからさっさと次! 次のメラ出しなさい!! 私の美貌が映し出せないなんて、それだけで罪よ! あと何勝手に私の許可もなく上がってきてんのよ!」

 アンディと呼ぶ青年を丘の下へ蹴り落とし、女性――デボラは再びアベル達と向かい合う。

「随分と派手好きで、目立ちたがりな女だみゃー」

 ぱたぱた、と羽音混じりに呟いたドラきちの言葉が、その場の全員の思いを代弁していた。

「と、とにかくっ……。そのルラムーン草とかいう草は、私がもらうわ。さっさとよこしなさい!」

 再び火球が生まれ、気を取り直したように咳払いをしたデボラが叫ぶ。

「イーっだ、誰がお前なんかに渡すもんかい! アベル、あんなヤツなんかほっといて、さっさと行こうよ!!」

 仲間たちとデボラとのやり取りに、少々置いてけぼりにされかけていたアベルであったが、とりあえずはルラムーン草を引き抜こうと、足元へ手を伸ばす。

「あ、こらっ!!」

「グルル……!」

 デボラが非難の声を上げ、同時にプックルが殺気混じりの唸り声をそちら側へと向けた。

 全身の毛を逆立たせ、今にも飛びかかるぞと言わんばかりに体を低く沈めている。

「お、プックル! そうだよな! アベルが馬鹿にされてんだから、そりゃ腹たつよねっ!! いけー! やっちゃえー!!」

 プックルの威嚇に、我が意を得た、と言わんばかりにスラりんが身体ごと大きく頷く。

(――いや、違う)

 だが、アベルはプックルに数瞬遅れて気が付いていた。

 プックルの殺気は、デボラという女性には向けられていない。

 むしろその後方の……

「グルゥアァアアア!!」

 ルラムーン草へと伸ばす手を止め、『そこ』へと視線を移そうとした矢先、『そこ』からプックルと同質の雄叫びが響いた。 

「デボラ、危ないっ!」

 次いで、アンディの叫び声。宙にその身を躍らせ、火球の光に照り返されたものは、燃え盛る炎の如きに逆立つたてがみと、火に照り返される金色の体毛。

 プックルの同族――キラーパンサーだ。成人男性を遥かに上回るその巨大な体躯が、突如として闇の中から姿を現し、背中を向けているデボラへと牙を剥く。

「ふん……!」

 だが、デボラは必要最小限、体の軸を横にずらすのみで、その奇襲を紙一重でかわした。加え、うろたえた顔で己のすぐ横を通り過ぎるキラーパンサーの胴体――無防備に晒された腹を、デボラは思い切り蹴り上げる。

「ギャウンッ!?」

 子犬のような鳴き声を上げ、キラーパンサーが丘から転げ落ちた。

「私に不意打ちかまそうなんて、百万年早いのよ!」

 ぴくぴくと悶絶するキラーパンサーへ中指をおっ立て、デボラは勇ましく胸を張る。

「で、で、デボラぁ!!」

 得意満面のデボラに、水を差すようにアンディが悲鳴を上げた。

「何よアンディ、情けない声出してんじゃないわよ!」

「ま、周りが……っ!!」

 その言葉通り、アンディが生み出した火に導かれるように、ぬう、と丘の周辺から二十匹以上のキラーパンサーが現れた。 二人を取り囲むようにして陣形を組み、唸り声と共にゆっくりとその包囲を狭めていく。

「――ご主人!」

「うん!」

 ピエールの呼びかけに、アベルもこくりと頷いた。

 次いで、仲間たちを見回す。

「みんな、行くよ! あの人たちを助けるんだ!!」

 つい先ほどに、こちらが見つけたルラムーン草をよこせと言ってきた女性。

 だが、アベルにとってそんな事は問題ではない。

 目の前に困っている人が居れば助ける。そこに理由など必要ない。

 仲間モンスター達も、勢いよく頷くもの、溜息まじりに頷くもの、悪態をつくもの……それぞれがそれぞれの反応を示すものの、アベルの決定に逆らう者は誰一人としていなかった。

「ま、アベルがそういう奴だってわかってて、オイラたちもついてきてるもんねっ! ――スクルトぉ!」

 スラりんが悪態まじりに守備力増強魔法を唱え、アベルたちの身体を蒼い光が包み込む。

 図らずも、それが戦闘開始の合図となった。

「ルガァ!!」

 先陣を切ったのはプックル。

 一気に敵のキラーパンサー達へと肉薄し、手近な一匹をその豪爪で切り裂く。

 同族ではあるものの、その攻撃に相手のキラーパンサーは反応出来なかった。事ここに至って仲間意識があったわけではない。単純に、プックルの動きが予想以上に疾かったために抗する事ができなかったのだ。

 キラーパンサーは、本来群れで活動する。一体の長を頂点に群れはそれぞれの役割をこなすことで、一匹の巨大な獣の如き狩りを展開していくのだ。それはつまり、逆に言えば個々の能力の低さをチームワークで補っているとも言い換えられる。

 だが、プックルは違う。十年前にアベルと生き別れた後、たった一匹で大陸を渡って生き抜いてきたのだ。もちろんチームワークという点においては、今のプックルもアベルたちと行動を共にしている。しかし、アベルと再会できるまでにプックルが生き抜いてきた環境は、通常のキラーパンサーが経験する、その何倍にも苛烈なものであったはずだ。

 文字通りレベルが違う。

「ガアアアアアアアア!!!」

 プックルは仕留めた一匹にはもう目もくれず、群れのまっただ中で雄叫びを上げた。

「ハッ!」

 そして後に続くアベルが、プックルとの再会の折に見つけた父の形見――パパスの剣を閃かせ、驚き戸惑うキラーパンサーを仕留めていく。悲痛な叫び声を上げて仲間が絶命する様に、敵キラーパンサーたちの間に更なる動揺が走った。

「オオオオオン!!!」

 だが、敵リーダーのキラーパンサーは、迅速に対応した。

 アベル達をより強敵と判断してのことだろう。デボラたちへの包囲を三割ほどに任せ、残りの七割がアベルたちの方へ一斉に襲い掛かってくる。

「ふんっ!」

 ピエールが、向かってきた一体を、気合一閃に切り裂く。左肩から腹へと抜けるその一太刀は、アベルが放ったものよりも数段鋭かった。

「ガアアアア!!」

 他方、ドラきちを標的と定めたキラーパンサーが、その胴体へめがけて牙を閃かる。

「みゃみゃみゃっ!?」

 慌てて回避行動を取ろうとするドラきちであったが、その動きは迫るキラーパンサーよりも遅い。跳びかかり、狙い違わずその牙はドラきちの胴体に食らいつき――だが、返ってきたものは、己の牙と牙を噛み合わせる無骨な衝撃。

「ル……ガァ!?」

 うろたえた様で着地するキラーパンサー。振り返るも、ついさっきまでそこに居たはずのドラきちの姿は跡形も無く消えており……

「はっずれっだみゃー♪」

   「こっちだみゃー♪」

     「どこ見てるみゃー♪」

 それどころか、キラーパンサーの周囲で、何体ものドラきちが舞い躍っていた。挑発するようにひらひらと飛び交うドラきちに、しきりにキラーパンサーは視線を左右させ――

「ファガアアアアアアッ!!」

 重々しい叫び声がその背後から響いたかと思うと、次の瞬間には全身が凍り付いていた。

 動きの止まったキラーパンサーに、白の剛毛に包まれた拳が容赦なく叩き込まれる。

「ナイス連携だみゃっ!」

「お、お、おでの、い、息は……さ、さ、寒い、ぞう……!!」

 凍りつく息を吐き出したイエッタの頭上で、本物のドラきちが得意げに叫んだ。

 キラーパンサーが群れで十数体。

 旅慣れたアベル達にとっても決して与しやすい敵ではない。だが同時に、旅を通じて培ってきた連携は、この群れに劣るものでもなかった。

 

 

「何匹っ!」

 一蹴り。

「来ようがっ!」

 二蹴り。

「私のっ!」

 三蹴り。

「敵じゃないのよっ!」

 アベル達へ大半を向かわせ、その数が減じたといはいえ、残っている数も決して少なくない。

 だが、デボラは全く怯む事無く、丘の上へと駆け上がってくるキラーパンサーたちを蹴り落としていく。

 ピエールと背中合わせに立って応戦するアベルは、デボラの勇ましい活躍を横目で確認し、思わず感嘆してしまった。

(あの動きは相当に訓練を積んだものだ。しかも呪文まで併用している)

 最初は単純に足技だけで倒しているのかと思っていた。が、違う。

 蹴りを放つ直前に、いつも右手に紫の光が輝き、その光をキラーパンサー達に当てていた。

 あれはルカナンの光だ。防御力を下げたところへ的確に急所を突いて攻撃しているのだろう。

「ただのご婦人かと思いきや、あの身のこなしと呪文さばきは、中々のものでござるな」

 ピエールも、同様の感想を抱いたらしい。

「この調子なら、何とか撃退できそうだね」

 デボラ自身の活躍、アベルたちの助太刀もあり、地に倒れ伏すキラーパンサーの数は見る見るうちに増えていく。そしてキラーパンサーも愚鈍な種族ではない。不利と見れば退くだけの冷静な知能も併せ持った獣だ。

「――オオオオォン!!」

 少し離れた位置で戦況を見守っていた一体――リーダー格らしいキラーパンサーが、一際高く、遠吠えを上げた。それが撤退の合図だったのだろう。その声を契機に、ざっと水が引くように、残ったキラーパンサーたちは退いていった。

「……退けた、みたいだね」

 警戒しつつも、キラーパンサーたちの気配が完全に遠ざかった事を確認し、アベルは剣を鞘へと収めた。

「アベルー! 大丈夫ー?」

 スラりんがぴょんぴょんと跳ねながら近寄り、他のモンスター達もアベルの下へ集う。皆、大した怪我も無く、その事実にアベルは大きく安堵の溜息を吐いた。

「みゃみゃみゃみゃっ!?」

 ご苦労様、とねぎらいの言葉をかけようとしたところで、ドラきちが素っ頓狂な声を上げる。

「ふ~ん。これがルラムーン草ってヤツなのね」

「ってこらこらこらこらぁ! 何勝手に取ろうとしてんだよっ! そいつはおいら達が先に見つけたんだい!」

 キラーパンサーを退けて後、アベル達を一顧だにせず、デボラがずんずんと一直線にルラムーン草へと向かっていったのだ。礼はおろか、声をかける事すらせずにアベルたちを完全に無視し、デボラが無造作にルラムーン草の傍らへと腰を落とす。

 ドラきちの声で異変に気付いたスラりんが、アベルに歩み寄ったとき以上の速さで、デボラの方へ跳ね飛び、憤然と抗議した。

「青饅頭の分際でうっさいわね。私が見つけたんだから私のものよ」

「あ、あの……」

 全く悪びれる様子のないデボラに、追いついたアベルが躊躇いがちに声をかけた。

「何よ」

「僕達は、ルラフェンのお爺さんに頼まれて、それがどうしても必要なんです」

「で?」

「あなた達は一体、何の目的でルラムーン草が必要なんですか?」

「あ、それはですね……」

 デボラに続いて――こちらは申し訳なさそうに会釈していたが――ルラムーン草に歩み寄っていたアンディが説明しようとするが、それを遮るように、殊更にデボラが声を張り上げた。

「そんなのアンタたちには関係ないでしょ! あたしが見つけたものをあたしがどうしようと、あたしの勝手よ!」

 絶対に譲らない。もうこれ以上に話す事など無い。

 そんな意思を込めてか、デボラはアベル達に背を向けて腰を落し、ルラムーン草へと手を伸ばす。

「とにかくこれは、私が――」

 そこで唐突にデボラの声が途切れた。

「……デボラ?」

 声だけではない。身体が完全に硬直していた。不審に思ったアンディが、その背に声をかける。だが、やはり無反応のまま。一体どうしたのか、と手を伸ばしかけたアンディの眼の前で、デボラは突然、ばたりと倒れてしまう。

「で、デボラっ!?」

 甘い、果実のような香りが微かに鼻孔をくすぐった。だが、そんな事実を自覚するよりも先に、アンディはデボラへ駆け寄ろうとする。

「待つんだ!」

 それを、すんでのところでアベルが止めた。

「な、何するんですか?!」

「近づいちゃ駄目だ、今すぐこの場から離れろ!!」

 打って変わった厳しい口調。ぐい、と乱暴な動作でアンディの腕をひっぱり、無理やりデボラから遠ざけ、アベル自身も距離を取る。

「え? え?」

 混乱するアンディに、アベル以上の緊張を漂わせてピエールが叫んだ。

「この香りは甘い息でござる! 下手に吸い込んでしまうと、抗う術なく眠りに落ちてしまうでござるぞっ!!」

「お、お、おで、も……ね、ね、ねむ、眠く………………んごぉ……」

「お、おいこらイエッタ!! お前まで寝るんじゃないっ!!」

「おきるんだみゃあああああ!!」

 既に距離を取りかけていたにもかかわらず、イエッタが大きな欠伸とともに、寝息を立て始める。スラりんとドラきちが必死に耳元で騒ぎ立てるが、起きる気配はない。

 そしてアベル達の位置から、デボラを挟んだ草むらから、のそりと動く影。頭部が傘のように膨らんだ特徴的な形状は――アベルが予想した敵と相違なかった。

「やっぱり、お化けきのこだ!!」

 それが七体。

 迂闊としかいいようがなかった。キラーパンサーが縄張りとしていると聞いていたため、ついそちらにばかり注意がいってしまっていた。が、いくらこの地がキラーパンサーの天下であろうとも、それ以外のモンスターがいないなど考えられない。いや、むしろそうした凶暴なモンスター達の目を欺いて生き抜く油断ならないモンスターもまた存在している、と最初から危惧するべきだったのだ。

 お化けきのこは決して強いモンスターではない。動作も遅く、体力も高くないため、訓練した戦士がそれなりの装備を整え、真っ向からぶつかり合えば、まず苦戦するような相手ではなかった。

 しかし、それはこのモンスターを恐れなくても良い理由にはならない。相手を眠りへ誘う甘い息は、吸い込んでしまえば今のデボラのように完全に無防備になる。いくら動作が遅いとはいえ、力はそれなりにあるのだ。集団でかかれば、無抵抗に眠る人間の四肢を引きちぎるぐらいのことは簡単にやってのけるだろう。

「デボラ!」

 アンディが悲痛な叫び声を上げる。今の状況において、このお化けきのこたちが現れた位置も、アベル達にとっては悪かった。5匹のお化けキノコたちは、デボラの近くで足を止め、ぐるりと取り囲んだのだ。

 そして、アベル達と正面で相対する形で、威嚇するように一斉にキィキィ、と声を上げてくる。

 デボラを一刻も早く救出しなければならないが、迂闊に近づけば、連続して甘い息を吐かれ、眠りに落ちる者が増えるだけだ。かといって、距離をとったまま呪文で一掃しようにも、この位置関係ではデボラを巻き込みかねない。

(どうする……?)

 さすがにアベルも判断に苦しみ、その迷いが伝わったのか、仲間たちも行動を決めかねていた。

 今はまだ、お化けきのこもデボラを取り囲んでいるだけだ。しかしそれは、あくまで気まぐれによるもの。現状、いつデボラに危害が加えられるてもおかしくない。

「アベル……」

 苦悩するアベルに、スラりんが声をかけるだが、それに対する返答を、起死回生の一手をアベルは持ちあわせてはいなかった。

「…………あの」

 アベル達の懊悩に、俯き沈黙を保っていたアンディが、意を決したように顔を上げる。

「すみません。今、あなた達の中であいつらを一掃できる呪文はありますか?」

 問い自体には、アベルも短く頷いた。

「あります。けれど、下手にそれを使っては、彼女まで巻き込んでしまうから……」

「あるんですね?」

 後半の言葉を遮るように、アンディが言葉をかぶせる。

「デボラは僕が何とかします。ですから、その呪文をお願いします」

「え? で、でも、それではあの人が……!」

 一歩、前に踏み出したアンディの肩をつかむ。しかし振り返るアンディは、この場にそぐわぬほどの柔和な笑みを浮かべていた。

「会ったばかりの方に、こんな勝手ばかり言って本当に恐縮ですが……大丈夫です」

 そっと、肩に置かれた手を外す。

 自信に満ちたアンディの言葉に、アベルも腹を決めた。精神を集中して右手をお化けきのこ達へと向け、アベルは、己の得意とする真空呪文を高らかに唱える。

「バギマ!」

 唱えると同時に、デボラを中心として猛烈な旋風が巻き起こった。バギのような、「魔力によって引き起こされる単なる風」ではない。魔力そのものを伴ったその疾風は、触れる物すべてを容赦なく切り刻む。

 バギ系中位魔法・バギマ。

 威力にはややムラがあるものの、爆裂呪文以外には取り立てた呪文耐性を持たないおばけきのこ達を一掃するには、十分な威力を秘めていた。事実、デボラの周囲に居たお化けきのこたちは、為す術もなくその風に囚われ、刻まれて悲鳴を上げる。

 当然、風の刃は容赦なくデボラにも襲いかかり――

「なっ――!?」

 アベルは瞠目した。信じてくれ――そう告げたアンディが、アベルが呪文を唱えると同時、デボラの下へ猛烈な勢いで突進していったのだ。

「っ……! っ……! ッッ……!!」

 そして、真空の渦へと頭から飛び込むような形で突っ込み、己が身をデボラへと覆い被せ、身体全体でデボラを庇う。呪文の直撃を受けたお化けキノコたちは――元々、奇襲さえされなければ、それほど怖れるほどでない――真空の刃で切り刻まれ力尽きるものが四体。辛うじて生き残ったものたちも、泡を食って逃げ出していった。

 バギマの風が止んだ直後、アベルたちは慌ててアンディの下へと駆け寄る。

「大丈夫ですか?! なんて無茶なことを……!」

 顔を真っ青にして容態を確認するアベルとは裏腹に、アンディは晴れやかな笑顔を浮かべていた。

「いえ、それなりに勝算はあったんですよ」

 むくりと起き上がったアンディが――やはり顔にも細かな傷がいくつも出来ている――自身にホイミをかけながら、外套の中を示す。

「それは……?」

 外套の中に着こまれていた服は、土色の地味な縫製のもの。だが、丹念に仕上げられており、要所要所からは並々ならぬ魔力も感じ取れた。

「賢者のローブと呼ばれている防具です。呪文の効果を軽減させる力もありますので、最もダメージの少ない姿勢で飛び込めば、大怪我は避けられるって目算はありました」

 おかげで彼女にも怪我をさせずに済みました、と、未だ眠りに落ちたままのデボラを見下ろして微笑む。

「お主は、なぜそこまでそのご婦人を……?」

 呆れと感嘆を半々の割合で織り交ぜて、ピエールが呻く。いかに賢者のロープが呪文を軽減するとはいえ、バギマのまっただ中へ自ら飛び込むなど、並大抵の度胸で成せる行為ではない。ましてや、デボラとアンディが現れた直後のやり取りでは、とてもそんな事を出来るだけの行動力があるようには見えなかった。

 アンディ自身もそれは自覚しているのか、恥ずかしげに笑いながら頭をかく。

「いやー、ま、彼女とは幼馴染と言うヤツでして。お恥ずかしながら、色々と逆らえないんですよ」

「幼馴染ってゆーか逆らえないってゆーか……兄さんも苦労してんじゃない?」

 こうまで身を挺することが日常化するほどの間柄。

 そこに至るまでどれほどの物があったのか、スラりんの言葉には憐憫すら含まれていた。

「そうでもないよ。この賢者のローブも、今回の旅にって、デボラから貸してもらったものだから」

「このド派手でドケチでドわがままなお嬢様がぁ?」

 とても信じられない。

 そんな念を込めて、スラりんは未だ眠りに落ちているデボラへ疑いの目を向ける。

「ま、いいところもそれなりにあるんだよ」

「そ、それよりルラムーン草はどうなったみゃっ!?」

 ドラきちの言葉に、あ、と全員が思い出し、ばっと倒れ伏すデボラの手元へと視線を注ぐ。

「ん……」

 ルラムーン草は、デボラが眠りに落ちてなお、守るような体勢で抱えていた。茎や葉にも折れはなく、アベルたちが見つけた姿そのままに、静かな光を放っている。

 無論、アベル自身も極力デボラに影響が出ないようバギマの制御はしていたが、デボラと、そして腕のルラムーン草が無事であった事に、一同はほっと溜息をついた。

「無事でよかったー。けど、そーまでしてこいつも欲しいの?」

 眠ってもなお、私の物だと言わんばかりに抱え込んだまま眠るデボラに、半ば呆れたようにスラりんが言う。そして同時に、アベルも悩んだ。

(ここまでするくらいなら、彼女なりに何か理由があったんじゃないか……?)

 第一印象から言えば、確かに単なるお嬢様のわがままだ。だが、今にこうした姿勢を直視すると、決してそれだけではないようにも思える。そもそも、ルラムーン草が必要な理由について、アンディが何か言おうとしていたようだし――

「あの……」

 悩むアベルに、アンディが躊躇いがちに声をかけた。

「そちらは魔法のために必要なんですよね。でしたら、その前に少しだけ、それをお借りする事はできませんか? 必ずお返しいたしますから」

 

 

「ほらねっ! 草が光ってるでしょっ!!」

「おおー」

「ほんとだー」

「かっけー!」

 キメラの翼でルラフェンへ戻り、周囲が本当に薄暗くなりかけた頃、アンディは街の入り口近くで遊んでいた子ども達に、ルラムーン草を見せていた。

 暗くなりかけた現状、周囲の土ごと丁寧に引きぬかれたルラムーン草は、アベルたちが草原で見た時よりはやや弱くなっているものの、薄ぼんやりながらも確かな光を、周囲へ静かに放っていた。

「ね、ね? わたし、うそついてなかったもんっ!」

「う……」

「悪かったよ……」

 得意げに……それ以上にどこか必死に主張する少女に、食い入るようにルラムーン草を見つめていた少年たちは、バツが悪そうに謝罪した。

「ありがと、おにーちゃん!」

 少年たちの謝罪に満足したのか、アンディの方へ振り向いた少女は、ルラムーン草を返してくる。

「あの……お姉ちゃんは……?」

 しかしじきに、本来もう一人いるべき人影を求めて、心配そうに辺りを見回す。

「お姉さんは、ちょっと疲れて宿で休憩してるんだ。大丈夫、君が喜んでくれて、お礼を言ってくれたことは、きちんと伝えておくよ」

 その言葉に、少女の表情がぱっと顔が明るくなる。

 もう一度ありがとう! と告げた少女は、少年たちと合流し、三々五々にそれぞれの家へと帰って行く。笑顔で子どもたちを見送り、完全にその姿が消えたのを確認して、アンディはアベルへと振り返った。

「元々ルラフェンへは、名物の地酒を手に入れに来ただけだったんです。しかし、そこであの女の子に会いまして」

 子どもたちが帰っていった方向を見やるアベルに、アンディはゆっくりと語った。仲間のモンスターたちは街には入れないため、馬車で待機している。当のデボラは、未だ目覚める気配がないため、ひとまず宿で休ませていた。

「あの子が『光る草』の話を聞いたらしく、それを他の子に話していたんですが、どうも他の子たちがその事を信じられず、うそつき呼ばわりされていたようで……」

「それで、あの女の子が言っていたことが本当だと証明するために、彼女がルラムーン草を?」

 アンディは苦笑しながら頷く。

「本人は終始『暇つぶし』と言って憚らなかったんですけどね――それではこちらはお返しします。本当にありがとうございました」

 丁寧な手つきでルラムーン草をアベルへと返す。

「いえ……役に立ったのなら何よりです。それで、あなたはこれから?」

「デボラも潰れていますし、夜も遅くなってきたので今夜はここで宿を取ります。元々、泊まる予定ではありましたから。……ああ、もちろん別々の部屋ですよ!?」

 慌てて付け足す最後の一言に、アベルも苦笑する。

「なんというか……ものすごく、個性的な方でしたね」

「わがままだけど、悪い人じゃないんですよ。まあ僕自身、いい加減に慣れたって所もありますが」

「慣れるほどに長い付き合いなんですね」

「ええ。彼女と、それから彼女の妹とも幼馴染でして。子供の頃から、本当によくいろいろなところに連れ回されました」

「……幼馴染、ですか」

「はい。小さな頃から、三人でよく遊んでいました。一時、彼女の妹が神隠しに遭ってからは、三人揃っては遊びづらくなってしまいましたが」

「神隠し? それで……その、妹さんは戻ってきたんですか?」

「はい。幸いにして特に怪我もなく、半日ほどで何事もなかったかのように戻ってきました。ただ、やはりご両親がいたく心配されてしまい、遊べるような機会も減ってしまって……何とかデボラを介して会えたこともあったんですが、逆に言えばそのくらいしなければ中々会う事も出来なくて……」

「ああ……」

 その「妹」に関する話しぶりから、アンディがデボラの妹に好意を抱いている事をアベルもなんとなく察する。そして今も尚、中々会う事ができない現状を、苦しく思っている事も。

「――?」

 話していく内に、徐々にアンディが怪訝な表情になってくる。

 じっとアベルの顔を、姿を凝視して――失礼に感じない程度ながらも、しきりにその視線を上下させていた。

「どうかしましたか?」

「あ、ああいえ!」

 アベルの問いかけに、アンディは取り繕うように手を振る。

「け、けれど、それでも、ようやくチャンスが巡ってきそうなんですよ!」

 殊更に明るい声でアンディが言った。

「チャンスですか?」

「はい。実は彼女の父親であるルドマ――」

 言いかけ、途端にしまった、という表情でアンディは両手で口を覆った。

「どうかしましたか?」

「あ、ああ、いえ……その……」

 眼を泳がせたかと思うと、アンディは何かを思い立ったように、ぽんと手をつく。

「そうだ、あなたの旅の目的は、伝説の装備を探すことなんですよね? でしたら一度、サラボナを訪れてみてはどうでしょうか。実はデボラの父親なのですが……伝説の盾を持っている、と以前に聞いた事があります」

「――! 伝説の盾、ですか!?」

 ここまで戻る間に、アベルは旅の目的を簡潔に説明していた。思わぬ場所で得られた情報に、アベルは大きく身体を震わせる。眼の色を変えるアベルに、しかしアンディは慌てたように首を横に振る。

「た、ただですね! 今はちょっとサラボナもごたごたしているので……しばらくはアベルさんが来ても、先方も相手をできる余裕が無いと思います。そ、そうですね……ひと月! ひと月くらい後になれば、落ち着いて面会ができるかと思いますよ!!」

「え? あの? それは一体……」

 尚も聞こうとするアベルを振り切るように、アンディは「それではこれで!」と頭を下げ、一目散に宿へと戻っていく。

「……何だったんだ?」

 ひどく慌てた様子であり、不可解ではあったものの、伝説の武具に関する情報が手に入ったのは僥倖だ。

 アンディの態度は気になるものの、まずはベネット爺の下へ赴き、本来の用件を済ませるのが先決だろう。

 その上で、この情報にもとづき、どう行動するかを仲間たちと決めればいい。そう考えたアベルは、ゆっくりとベネット翁の家へ向けて、歩き出した。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「アンディおじさまとデボラお姉さんには、そんな所で会ってたんですね」

「それにしてもアンディおじさん、隠し事が下手だなあ……」

 タバサは感心したように、レックスが呆れたようにそれぞれ感想を述べる。

「おじさんはそんなときから『シリニシカレテタ』んだね!」

 次いで息子の口から飛び出た言葉を、アベルは思わず聞き咎める。

「……レックス。そんな言葉、どこで覚えたんだい?」

 アベルは思わず額を押さえたまま問いかけるが、レックスは悪びれる様子も無く、あっさりと白状した。

「え? ピピンが言ってたよ。ピピンのお父さんは、ピピンのお母さんに、いつも『シリニシカレテル』って」

「…………」

 かつての大魔王討伐に同行した兵士の名に、アベルは額に手を当てる。

 あんまり息子に変な言葉を教えないように言うべきか……いや、むしろこういう事もあるのだと、積極的に交流させるべきか。

「そ、それよりお父さん。次はいよいよサラボナなんですよね?」

「お母さんとの『カンドウノサイカイ』なんだねっ!!」

 教育方針に頭を悩ませるアベルに、さあ話せ、すぐ話せ、と双子たちはきらきらした眼で訴えてくる。寝物語のつもりだったが、思わぬ長話となってしまった。双子たちは一向に眠る様子も無く、むしろ話が進むに連れて眼が冴えてきているようだ。

 更に妻までもが、当時を思い返しているのか、微かに頬を染めながらアベルの話を待ちわびている。

 ――仕方ない。

 観念したアベルは、一つ咳払いをして、再び語り出した。

「ルーラを完成させた僕たちは、ルラフェンの南のほこらで一休みした後、洞窟を抜けてサラボナへ向かったんだ」

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