とある仮想の欠陥電気(レディオノイズ) 作:さくらぎ おきの
ちょっと寄り道の幕間です。
「あ、ミサカちゃん。やっほ、元気?え、エンジョイしてる?」
「貴方はいつぞやの開発室のお姉さんではありませんか、とミサカは軽いノリにしたがってみます。やっほ」
お昼時、ミサカは開発室に向かう途中の十字路で彼女と会った。
特にスピードは出していなかったと思うが、思いの外早歩きのようだったらしく気づいたのはぶつかる寸前。
ボーダーは流石三門市最大の機関ということもあって通路は至る所に張り巡らされており、このように角でバッタリ、と言うことも少なくない。
反対に、ぶつかりそうになった当の本人はそれどころではなさそうで、着崩れた作業着らしき服と普段結っているであろう髪が無造作に解かれており何やら虚ろな目をしていた。
少々予想外の接触に驚きはしたが、すぐにミサカは何かを察したようで少し態度を緩め、話し出す。
「それにしてもかなりやつれている様子ですね」
「え……わかっちゃう?やっぱりわかる?最近外壁の強化で忙しくてさぁ〜。ほんと、どこかとドンパチやるのかってカンジ」
「心中お察しします、とミサカは同情の意を示してみます」
つい最近、ミサカは彼女たち開発室チームの働きをその目で見定めていた。彼らは死屍累々になりながらも仕事を遂行し、特に鬼怒田についての印象はガラッと変わった。それ故に多少の事情は汲める。
現に目の前の女性職員の姿は軽い態度の反面、ところどころ着ている服は毛羽立っておりつけているメガネのしたには黒いクマができていた。
「あっ……そういえばまだ名前言ってなかったよね?私の名前は
「それは確かにそうなのですが……大丈夫なのですか?」
「
どうやらミサカに何かと縁のある彼女の名前は布束と言うらしい。普段、鬼怒田にバイタルチェックを任せている関係上、積極的に関われなかった弊害が今更名前を知ると言う形で彼女に降りかかっていた。
「
「その考え方も一理ありますね、とミサカは新たな考え方との遭遇に一抹の高揚感を感じます」
ボーダー本部基地はこと戦闘において要である最重要拠点となる。
戦闘員の訓練、休養の場であり彼らを支える役目を担う基地はそう簡単に突破されてはならないものだ。
戦いに出向く者にとって帰る場所があるというのはなんと幸福なことか。ミサカは己の経験と照らし合わせ深く考えていた。
かつて彼女が生活していたのは自分と同じ姿をした
たった一つの役目のために生まれた彼女達にとって、また彼女達を生み出した科学者にとって彼女達の生活の質は二の次、三の次。
たまに外に出られるかと思えば、実験後の
当然帰りたくなるような場所もなければ意欲もなかった。
そう思うようにプログラムされていなかったのもあるだろうが、そう思えないような環境に身を落としていたのもまた事実。
もし布束と出会ったばかりの時であれば彼女の考え方に理解を示すことはなかっただろう。
だが、ミサカは知ってしまったのだ。仮ではあるが毎日帰る場所があるというほんのわずかな安心感を。
だからこそ、すんなりと彼女の考え方が身に染み込んでいく。
「あ、そうだ。立ち話もなんだから、部屋に行って一緒にご飯食べない?美味しいカップラーメンが手に入ったんだ〜」
「カップラーメンですか。ま、仕方なくいただくとしましょう、とお言葉に甘えてご相伴に預かろうとしてみます」
「素直じゃないな〜ミサカちゃんは。ほんとは食べたいくせに」
とはいえ方や身も心もボロボロの職員、もう片方は隊服でもない少女。周りから見れば目立つのは言うまでもないだろう。
気を遣った布束はミサカに昼食の同伴を申し出た。
「………なぜわかったのですか」
「気づいてなかったの?さっきから台詞の後ろでダダ漏れだよ」
△▼△▼ △▼△▼ △▼△▼
ミサカの前に置かれたカップラーメンはいたって一般的な、どこにでも売っている銘柄のものだった。
学園都市にも同じものがあったような、なかったような。そんな感覚が彼女の記憶の扉をノックしている。
(実験に向かうときに見たことがある気がします。確かあの時は……)
ミサカはそのカップラーメンを見つめながらかつての世界、学園都市にいた時のことに思いを馳せた。
とは言っても彼女にとって思い出と言えるものは片手で数えられる程しかない。せいぜい実験までの空き時間や移動時間の時のことくらいのものだ。
男子高校生が金髪の青年、ピアスを開けた青年と共に吟味していたのもこの銘柄のものだっただろうか。
真相は定かではない。しかし、彼女の中でカップラーメンに関する記憶はこのくらいしかないというのだけは確か。
少しすると、カップラーメンを見つめながら椅子に座っているミサカに台所の方から声がかけられた。
「ちょっと待ってて。今、お湯沸かしてるから。暇だったら棚にある資料見ててもいーよ」
「見せても大丈夫なものなのですか?と、ミサカは貴方の危機感のなさに恐怖しています」
「
いくら初陣が成功したからといって、そのままトリオンに関する知識をつけなくても良いとはならない。
むしろ理論を理解していない状態で使うことのほうが恐ろしい。ましてや知識が浅い状態で成功体験を積んでしまったのだから尚更だ。
常日頃から根付の元で映像資料を見て学習しているものの、それはあくまで表面上のもの。理論として取り入れるにはいささか情報が足りない。
ミサカはお言葉に甘えて棚に手を伸ばし、背表紙から選んだ一つの資料を手に取った。
「『
その資料には射手に関する知識が一覧で載っていた。加えて、よく類似としてあげられる
しかし、思いの外ミサカに満足している状態は見られない。むしろ少し落胆している様子だった。
新たな知識に概念。それだけ見れば彼女が喜んで読みたがる情報に映るかも知れない。だが、彼女には一つ欠点があった。
それは『射手トリガーが使えない』
(射手トリガーですか……トリオンキューブすら出せないミサカにはほど遠い話ですね)
無論、仮想敵を射手と仮定するなら当然射手トリガーに関する知識があるに越したことはない。相手を理解することは勝利に大きく近づくことはよくわかっている。
しかし、射手トリガーが使えないというその欠陥は彼女を少しネガティブにさせていたのだ。
射手トリガーが使えないと言うことは自分の戦術的価値が損なわれてしまったのと同義。もし使えていたのなら、文面からわかる通り応用の利き方が銃手トリガーよりも良い点を十分に活かせていたはずなのだ。
それだけに先日の黒トリガー争奪戦での出来事が悔しかった。
なぜトリオンキューブが出せないのか、その理由はまだわかっていない。初めてトリガーを握ったあの日からずっと1人で考えているが皆目見当がつかなかった。
ミサカのトリオン供給機関は死んでいると言っても過言ではない。しかし、トリオン伝達系は迅によればまだ機能していると言う。
つまり、理論上はトリオンキューブが出せてもおかしくはないと言うことに他ならない。
説明できるのにうまくいかない。その事実が彼女の胸の奥にチクリと棘を刺していた。
「なーに見てるのっ!?」
「…………」
資料を手に取り、少しだけ俯いていたミサカの後ろから突如として布束の声がした。おそらくミサカに気づかれないようご丁寧にも音をたてずに移動してきたのだろう。
一方のミサカはというと、予想もしていなかった布束の出現に呆気にとられ反応できずにいた。
「いきなり背後に回って出現するのはやめてください。ぶっ飛ばしますよ。と、ミサカは無神経な貴方の行動に一抹の怒りを覚えます」
「ちょっと待って、タンマ!ごめん!だからその物騒な電気と両手はヤメてー!」
「何を言っているのですか。
「あれま、バレてたか」
布束がそう言うとみるみるうちに彼女の体が少しづつ崩壊していく。そして新しく構築されるように眼鏡を付け髪が結われていない彼女の体が出来上がっていった。
そう、布束は換装体だったのだ。
「
「髪です」
「髪?」
「おおかたトリオン体の時は髪を結っているのでしょう?開発室で初めて会った時も髪を結っていましたし、その時は何か危ない仕事でもしててトリオン体だったんじゃないですか?と、ミサカは断片的な情報から推測した結論を提示してみます」
トリオン体は自分の姿をどう映すかをある程度あらかじめ設定でき、トリオン以外の影響を受けない。
つまり、先ほど会った時に崩れていた髪と換装体の髪型が一致していなかったのだ。
「でも新しく髪を結ったかもしれないでしょ?」
「言い訳が苦しいですが、確かに髪は結って仕舞えばどうとにでもなります。ですが目元のその大きなクマはどうでしょうか」
生体電気を読み取れるミサカにとって髪が寸分違わず同じく結われているかどうかを判別するのはさほど難しい行為ではない。
しかし、それ以外にも明確な根拠が彼女にはあった。
それは布束の目元の大きなクマ
流石の彼女といえどもトリオン体にクマを刻むほど馬鹿ではない。
度重なる生身での身体の酷使、トリオン体で仕事をしたのにも関わらず休息が足りないほど忙しかったのかたびたび見える疲労。
それらは全て布束の体に蓄積していっていたのだ。
「
「ではなぜそのようなことをしたのですか?」
「それは………」
突如として言い淀む布束。それを見てさらに訝しむミサカ。
「だって……ミサカちゃんが
「は?」
布束の言葉の前にミサカは気の抜けた声が出てしまった。
それはあまりにも予想していなかった答えであり、自らの杞憂加減に呆れてしまったから。
「だからカメレオンも使ってせめて緊張くらいは解いてあげようと……」
「馬鹿ですか貴方は。そんなことにトリオンを使わないでください」
「だって……」
「だって、ではありません。貴方は自分が今どんな状態かわかっているのですか?」
過労でふらふら、無理やり貼り付けたような笑顔は誰が見ても心配するだろう。
加えて彼女らボーダー職員やオペレーターはトリガーを持っているものの、トリオン量の低さゆえか作業用や護身用として用いられるのがほとんど。
トリオンに余裕がない職員なのにも関わらず、トリガーにカメレオンを搭載しているとなればさらに体への負担は高まる。
「ちぇっ、さっき考えた良い案だとおもったのにな」
「反省の意図が見えませんね………」
「で?さっきまで何見てたの?それに……どうして?」
「…………」
先程までのしゅんとした態度とは裏腹に気を取り直した布束は先程ミサカにした質問を再び投げかけた。
するとミサカは少し答えづらそうにして、口を開き始めた。
正直に話すべきだろうか。
この体のこと、そして自分が抱えている欠陥のことを。
一瞬の懸念が彼女の頭をよぎる。
いや、何も正直に全て話す必要はないだろう。話すのはトリオンキューブに関することだけ。
彼女は曲がりなりにも専門家だ。自分にはない考えもきっとあるだろう。
そう考えなおしたミサカは開いた口をそのままに語り始めた。
「私はトリオンキューブが作れません。その理由が知りたいのです。と、ミサカは恥を忍んで貴方に助けを求めてみます」
オリジナルキャラは出さない予定でしたが、彼女の生活拠点がボーダー及び開発室であるために鬼怒田さん以外にも1人くらいサブキャラがいて欲しくて生やしてしまいました。
前言撤回という形になってはしまいますが、ご理解の程よろしくお願いします。(ポンポン生やすつもりはありません)