とある仮想の欠陥電気(レディオノイズ) 作:さくらぎ おきの
「トリオンキューブが作れない?」
「はい。例えばこのように出そうとしてみても......一切出る気配はありません」
ミサカは布束に見せるようにチョーカーのスイッチを入れ、トリオン体に換装する。
そして、片手のひらを上に向け、他の隊員がするような感覚でトリオンキューブを出してみようとした。
しかし、結果は全くと言ってもいいほど空虚なものだった。
出来てから砕け散る
出来てから霧散する
そんな一縷の希望すらも残さない完全な無がそこにはあった。
「
ミサカの状態を見て、冷静に彼女は言う。
その口ぶりを見るに、ミサカのような症状の人間は数は少ないけれど存在しないわけでも無いらしい。
「大前提として、トリオン能力が極端に低いという可能性はないと見ていい。オペレーターでもキューブ自体は出せるんだから、トリオンの供給が確認できるミサカちゃんには当てはまらない」
「
そう言ってミサカは首元を触る。
そこには黒いチョーカーがあり、彼女の体へと少しづつトリオンが供給されていることが見て取れる。
チョーカーはミサカの生み出す電気を原動力にして彼女の体へとトリオンを届けている。つまり、トリオンの量に問題を抱えている可能性は除外される。
「となると、
布束はもう一度深く考えるように唸り、そして捻り出した仮説を取り出してみせた。
「ふーむ............これは自論だけど、トリオンっていうのはかなり"理解力"と"想像力"が大事になるの。例えば...そうだ、今ここにお湯を入れたカップラーメンがあります」
「それがどうかしたのですか。と、ミサカは貴方の発言の意図がつかめずに困惑してみます」
「
「そんなの醤油に........」
「
布束はにやりと口角を上げてミサカを挑発した。
(本当に今言おうとした答えは合っているのでしょうか......先程彼女が中身を入れ替えたりした可能性は.....?そもそも醤油味とは.....?)
ミサカは先ほど見たカップラーメンの容器に書かれている味をそのまま答えようとして、そして言い淀む。
ミサカはカップラーメンにお湯を入れる前の味をその目で確認している。
しかし、お湯を入れたのは布束だ。
本当にラッピング通りの味なのだろうか?
彼女が何か手を加えた可能性は?
わざわざこんな質問をするということは彼女が何か仕掛けてでもいるのだろうか。そんな疑念が頭をよぎる。
そして、初めて出会う味覚という観点からの情報。
そもそも醤油味とはどのような味なのだろうか。知識としてはもちろんある。だが、それはあくまで情報を文字で羅列しただけのものであり、彼女が実際に体験したことではない。
あるかどうかもわからない微々たる可能性。
しかし、一度疑って仕舞えばその考えは脳に焼き付いて離れない。
「時間切れ〜。無駄に考え過ぎちゃうのはミサカちゃんの悪い癖だね。じゃあ次は答え合わせの時間。はい、あ〜ん」
「!?」
「どう?お味は?」
唐突に運ばれた箸はミサカの口に侵入し、口内を未知の味で満たした。
数回の咀嚼のあと、ゴクンと麺と絡みつく味の原因を飲み込み彼女は間髪入れずに話しだす。
「.......美味しかったです。とても。と、ミサカは初めて食べたカップラーメンに感動を覚えます」
「いや、そうじゃなくて。何味だった?」
「...............ほのかな塩味と油の味....としか」
「だよね〜」
ミサカの捻り出した答えは布束にとって微妙なものだったらしい。
しかし、それも想定通りだったのか、その顔には笑顔が張り付いている。
むしろしてやったりと言った感じの表情。
「なんかむかつきますね、その表情。と、ミサカは悪態をついてみます」
「
なんと、布束が言うにはミサカは彼女の手のひらで転がされていたらしい。
これまでの行動や判断基準、そして傾向を把握されたミサカはまな板の上の鯛、とも言える。
「ミサカちゃんはこのカップラーメンを最初は醤油味だと思った。それは容器に書いてあったから。でも本当は食べても醤油味かどうかなんてわからなかった。ここまでは大丈夫?」
「それはやはり醤油味だったのですね」
どうやら布束のクイズの答えは醤油味だったようだ。
ただ、その答えが何であれ、迷うという行為そのものが布束にとっては歪に見えていた。
「そしてミサカちゃんは私が何かしたかもしれないと言う可能性に悩まされていた。違う?」
「........」
「その様子を見る限り、"醤油味"っていうのがどのように
「........その通りです」
「
ミサカはここで思い至る。
彼女の質問はただの受け答えをするだけの質問などではない。
ミサカのとる言動、思考時間、果てには表情の機微さえも情報として読み取る諮問とも言えるということを。
「理解力は"現象がそうであるものとして受け入れる力"とも言い換えられる。前提力とも言えるね。今のミサカちゃんにはそれが足りていない」
「常識知らず、と言いたいのですか?」
「当たらずも遠からずって感じだね。きっとミサカちゃんがトリオンキューブを作れないのもそこに理由があるのかもね。だってまだトリオンについてさえ疑っているでしょ?」
人間には元来、『納得する力』が備わっている。
例えば、鳥はどのような生き物か。
万人に聞いても帰ってくる答えは大概が”空を飛ぶ生き物”と答えるに違いない。
突き詰めれば、そこには筋肉のと神経伝達系が構築する回路のメカニズムや飛行学のメソッドが存在するが、回答者にとってはそんな理由はどうだっていい。
大事なのはその生物が空に羽ばたいているという事実なのだ。
鳥は飛ぶ生き物であり、リンゴを空中で放せばたちまち地面に落ちる。
それらは当たり前のことであり、人間は普段から特に意識せずに事象を認識している。そして人間はこの理解力で持って、既知の情報で補うことで未知を解明してきた。
だが、布束は
彼女の言う通り、ミサカはトリオンという物質に関して未だ信じることができていない。ただ、それにすがらなくてはいけない現状が彼女を無理やりにでも納得させようとしているだけなのだ。
「それで、ミサカにはその力が無いと?」
「
「少し…?」
「無い、というよりも"何かに邪魔されている"感じに近いかも。じゃあ次。ちょーっとうしろ向いて待ってて」
「それよりも邪魔されているとは.......」
「いいからいいから.......ほら、これ食べてみて」
ただ、布束が言うにはどうやら彼女にその能力が無いというわけでもないらしい。
彼女はミサカ的にかなり気になることを言っていたのだが、それについて指摘する前にミサカの口の前には物体が迫り来ていた。
「またですか。とミサカはむぐぐ………」
「はい、いいからいいから」
「........先ほどより美味しいです」
「
「口当たりがまろやかになったように思えます。.......何か混ぜましたか?」
「そう!それが想像力!」
今度こそ布束にとって求めていた答えだったようだ。
彼女はにこやかにテーブル下に隠していた手から真っ二つに割れた卵の殻を取り出しながらそう言った。
「とは言ってもかなり初歩的なことだけど、物体の変化から何かが混合していることを考える。これもまた想像力だね。疑り深く、常に思考を止めることなく可能性を手繰る、それ即ち想像力ってワケ」
「またその能力がミサカには足りていないのですか?」
「いや、むしろ高すぎるくらいかも。さっきだって可能性に囚われ続けてたわけだし」
先ほどもミサカは目の前に出てきたカップラーメンに関してあらゆる可能性を提示していた。結果としてそれは杞憂で終わったわけだが、その過程には確かに意味が存在する。
「想像力の例で言えばスコーピオンとか。あれって形状を自由に変更させることができるけど、自由であって自在じゃないよね。人によって動かせる幅が違う」
「確かに……それは想定していませんでした」
「そもそもミサカちゃんは基本的に銃トリガーしか使わないもんね」
ミサカは初めから
「では私にはボーダー隊員としての適性が無いのでしょうか。と、ミサカは同情を誘うように深刻そうな表情で質問をしてみます」
「待って!確かに私たちのようにトリオンを扱う人にとって理解力と想像力が大切になるとは言ったけれど、何も両方を完全に持ち合わせていないといけないわけじゃない。そもそもミサカちゃんは嵐山隊と戦った時だって普通に戦えてたでしょ」
「それも確かにそうですね。ですが理解力が不足している状態でなぜ戦えていたのでしょうか」
「きっとミサカちゃんはトリオンをポリタンクの中に入ってるガソリンだとか、薬莢受けに入ってる残弾とかに置き換えて考えてたんだと思う。トリオンという不明瞭な物質を既知の情報に置き換えることで理解力を補った、というカンジかも。まさに想像力が高いからこそのできる芸当だね」
知識の置き換え。
いうなれば代入ということにでもなるのだろうか。
彼女が言うにはトリオンという物質Ⅹに対して同体ではないが限りなく近いイメージに置き換えることでトリガーの運用にたどり着いた、ということらしい。
彼女の口ぶりからして、そうそうできることでは無いのだろう。
「そもそもトリオンキューブだって
「でも………」
「…………でもじゃないの。そんなに眉間にしわを寄せてちゃ友達も増えないぞっと。それっ」
「あいたっ。とミサカはいきなりデコピンをしてきた貴方をにらみながら抗議の目で訴えて.....」
確かにそれは痛かった。
しかし、ただ痛かったのでは無い。
ミサカは布束の顔を見た。
きっとそこにはしたり顔の彼女がいるのだろうと思って。
とても、悔しそうで、口惜しそうで、それでいて優しいものだった。
何かを我慢するように下唇の震えを精いっぱい堪え、それでも笑顔を絶やさない、そんな顔だった。
聞きたいことはまだたくさんある。だが、ミサカには次の言葉を紡ぐことはできなかった。
訪れるのは数分の静寂。
そして両名ともに話し出そうとするも幾度か被りあい、気まずい雰囲気が辺りに漂っていた。
「ごめんね。何だか......変な空気になっちゃったね」
「ミサカこそ質問ばかりで配慮に欠けていました。とミサカはミサカの行動パターンに修正を図ってみます」
「ともかく!こんなでも大人だからさ。困ったことがあったら何でも聞いてね。頼りないかもだけど、トリオン関係のことなら答えてあげられると思うから」
それは先ほどまでのどんよりとした雰囲気を感じさせない態度だった。
流石大人と言ったところだろうか。感情のコントロールが早い。
「そういえば、ミサカちゃん。私と出会う前にどこかに行く用事でもあったんじゃない?」
「そうですね。開発室に行かなければならないのでした。と、ミサカは鬼怒田さんに何か言われるの覚悟を決めてみます」
「あはは、ごめんね〜引き止めちゃったみたいになって」
そもそも彼女と出会うことになったのは何故だったか。
ミサカは開発室に用事があったことを思い出す。
そして同時に大声で怒鳴る鬼怒田の顔もまた容易に想像できる。
どれだけ謝れば許されるだろうか。それを考えるだけでも頭が痛い。
ミサカは急いで荷物をまとめ、部屋のドアから外へ出ていった。
と思いきや、ドアをまた少し開け顔だけを覗かせる。
「...........また何か困ったら聞きにきてもいいですか?」
「うん。待ってる。カップラーメン買って、待ってる」
「次は別の味も試させてください。もっと"理解"したいので」