とある仮想の欠陥電気(レディオノイズ) 作:さくらぎ おきの
「修くん!遊真くん!」
「千佳!どうだった?」
「お、千佳!疲れさんだな!」
遠くの方から小走りで近づいてくる雨取に気づいた三雲、空閑。
先ほどまでの絶望のどん底のような顔ではなく、意外に元気そうだったために、2人はほっと一息ついた。
ボーダーの、それも分厚く作られている外壁を吹き飛ばすという事件を起こしたのだから、いかに彼女に責任がないと言えどもトラウマになっていないか三雲は気が気でなかった。
「よかったな、オサム」
「ああ」
2人の間に長い言葉はいらない。心配は彼らの中でだけで完結しただけなのだから。
しかし、一体彼らが何を言っているのかわからない千佳は思わず首を傾げる。
「?」
「そうだ、訓練で何か学べたことはあった?」
「えーっと、友達が2人できたんだけど……」
そう言って、語末が次第にすぼんでいく雨取。
すると通路の影から1人の人影が現れた。
その影の持ち主は猫目が特徴的でなぜか頭に猫を乗せた少女だった。
「ど、どもっす。アタシ、
「どうも、チカの友達か。どうぞよろしく」
「よろしくっす」
(猫……?)
三雲はすんなりと打ち解ける空閑と夏目に少し驚いた。
だが、むしろそんな彼女だからこそ偏見や勝手なイメージに振り回されずに雨取と友達になってくれたのだろう。
そう考えると、先ほどよりもより一層安心した気持ちに包まれる。
「でも2人ってチカは言ってたよーな。もう1人のお友達はいずこへ?」
「遊真くん、その事なんだけど……」
雨取は先ほど友達が『2人』できた、と言っていた。
彼の嘘を見抜くサイドエフェクトにも当然その言葉が引っかかることはなく、真実なのは疑うまでもない。
しかし、目の前にいるのは夏目ただ1人。
すると、夏目が思い出したように目を見開き話し始めた。
「あ、そうっすよ!チカ子とアタシとミサ子でさっきまで一緒にいたっすけど、途中でミサ子があの怖めのおじさんに連行されてったっす!」
「チカ…子……?ミサ…子……?」
三雲は一気に流れ込んでくる状況に頭が追いつかなくなってしまった。
まだチカ子はわからなくもない。
おそらく雨取の名前、千佳からもじってチカ子なのだろう。
だが、ミサ子に関しては皆目見当もつかない。
「三雲先輩が訓練室にきた時にチカ子と一緒にいた人っす!」
「ああ、あの子か!」
(確か彼女は自分のことを『ミサカ』って呼んでいたような。やっぱりあれは苗字じゃなくて名前だったのか…?)
「そんなことはどうでもいいっす!いやどうでも良くはないっすけど、なんかチカ子以上に怒られてたっすよ!」
「怖めのおじさん……てことは鬼怒田さんか!でもなんでまた.......」
怖めのおじさん
そのワードを聞いて三雲と空閑が真っ先に思い浮かべたのは、ふくよかな体型とは裏腹に目の周りがクマでびっしり覆われている男の姿だった。
彼の怒っている姿は三雲の記憶に鮮明に残っており、今でも思い出せと言われれば容易に思い出せる。
しかし、それと同時に三雲は引っかかった。
「怒られて連れてかれたってことは……何か大変なことでもしでかしてたんじゃないのか?」
「大変なこと……」
三雲の言葉に反応するように夏目は唸り出す。
鬼怒田開発室長は確かに厳しい人間で三雲としても厳しく当たられた経験しかない。
だが、彼は理不尽に怒る様な人間でもないのだ。
三雲自身が意見した時、彼はいつもボーダー本部の上層部としての視点で言葉を発していた。
議論を交わしたときは多少の苛立ちもあった。
しかし、思い返せば自分が彼の立場ならばそうしていたであろう正当性があったのだ。
つまり
「千佳、お前は鬼怒田さんから何か言われたりしたか?」
「う、ううん。特には何にも。むしろ『なんてトリオン量だー』なんて褒められちゃった」
(やっぱりおかしい……千佳は本部の壁に穴を開けたのに連行もなければお咎めもなかったのに)
雨取は通常であれば考えられないほどのトリオンを有している。
壁の穴の大きさはその証明であり、彼女の特異性及び有益性を表す。
それゆえの無罪放免なのは百も承知。
(じゃあ何故ミサカは連れて行かれたのかがわからない。千佳以上の問題を起こしたのか、それとも……)
では何故ミサカはいなくなったのか。
訓練での失敗やミスは全てその場にいるB級隊員及び嵐山隊の佐鳥がとることになっている。
つまり、軽度の問題では彼女がどうこうされるとは考えづらい。
であれば何か大きな問題を起こしたのか。
しかし、もしそれでミサカが連れて行かれたのならば、雨取がこの場にいる状況と矛盾が生じてしまう。
「なぁ、2人とも。ミサカが連れて行かれるまで何があったか、話してもらうことってできるか?」
「えーっと……確か修くんと遊真くんがいなくなった後にすぐに壁の修復が始まったから、私達は他の訓練室で的に向かって試し撃ちをしたよ」
「そーっす!そん時、ミサ子が試し撃ちに参加しててなんていうか………すごかったっす!」
「へぇ………」
夏目の発言に対して不穏な呟きをする空閑。
そんな彼を尻目に質問は続く。
「それで何があった?」
「なんか途中からリーゼントで赤黒い隊服の人が乱入してきてミサ子と勝負し始めたっす。ミサ子も『こいつに負けるのは癪です』って言ってて、リーゼントの人も『俺もこんぐらいできるっつーの』って言ってたっす。でも両者引かずに長引いてたら……」
「それを聞いた鬼怒田さんがさっきよりも物凄く怒って、ミサカちゃんを引っ張っていっちゃったの」
聞いた限り、ミサカの起こした問題は訓練中の身勝手な行動のようだ。
千佳に比べたらかなり可愛いものなのだが、果たしてそれほど怒るものなのだろうか。
具体的には、千佳のアイビスの爆発音を聞いて訓練室に突入してきた時に比べて、それよりも怒ることなのだろうか。
悩む三雲。
しかし突然、うまく考えがまとまらない彼に向かって隣から一筋の光明が射され始めた。
「結局その勝負、最後まで勝敗がつかなかったの?」
「ゆ、遊真くん」
「決着つく前に鬼怒田さんが来ちゃったっすから、最終的にはドローって感じっす。リーゼントの人は不服そうにしてたっすけど……」
「ってことは、鬼怒田さんがくるまではB級以上の隊員といい勝負してたってこと?C級隊員なのにか?」
「!?」
夏目は言った。
リーゼントの隊員とミサカが途中までではあるものの拮抗状態にあった、ということを。
ボーダーの訓練は基本B級以上が監督に回る。今回は今期のC級隊員初めての訓練だったのだから尚更だ。
加えて先ほど夏目は隊服の色についても言及していた。
基本、C級の隊服は白で統一されており、多少の例外はあるものの上の階級と区別化されている。
だが、そのリーゼントの隊員は赤黒い隊服に身を包んでいたと言う。つまりはその隊員がB級であるのはもはや疑いようのない事実なのだ。
「普通C級隊員でそんなことができるはずがない。一部例外はいるけど……」
「ん?」
(お前のことだよ、空閑………)
空閑は例外側の存在であり、A級にすら届きうる
言い換えれば、彼には戦場で培った戦闘におけるノウハウや卓越した戦闘スキルがある。
つまり、同じような条件で戦っている彼女は空閑のような『何か』を持っている、ということになる。
「やっぱりアイツのことが気になるのか?オサム」
「ああ。気になっている……うまく言い表せられないけど、何か不穏な感じがするんだ。僕らの知らない何かが」
明確な異変もなければ問題もない。
別にここで明らかにしなくとも、彼女ならばきっと夏目同様に雨取の良き友人になってくれるだろう。
しかし、三雲自身の本能が告げていた。
ミサカについての疑問は早々に解き明かしておいた方が良い、と。
「じゃあ、おれと一緒だな。ちょっと気になってたんだ、アイツのこと」
「空閑もなのか!?」
「声がでかいぞ、オサム」
違和感を覚えていたのが自分だけではなかったことを知り、思わず声を上げる三雲。
だが、ここは自分たち以外の隊員が至る所にいる本部の廊下だ。加えて雨取や夏目というミサカの友人の前でもある。
あまり聞かせない方が良いと判断した空閑は三雲を若干しゃがませ、耳打ちの形で話を続けようとしていた。
「実はおれがアイツを見たのは千佳の爆発を聞いて駆けつけたときが初めてじゃない」
「なんだって!」
「ちょっと前だけどな。忍田さんの演説の時にアイツはいた」
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数時間前
空閑は他のC級隊員同様ロビーに集められており、入隊式の後に行われる初回訓練の説明を嵐山隊から受けている最中だった。
「わぁ〜、嵐山さん!」
「マジか!嵐山隊、本物だ!」
「相変わらず人気だな、アラシヤマ」
空閑はそう独り言を漏らした。
空閑との間にはなんやかんやあったが、それでも彼らのことを一部尊敬している。
避難誘導や有事の際の指揮、例外を認める柔軟さなど上に立つものとしての資格を名実ともに兼ね備えている部隊、と言ったところだろうか。
周りの彼らに対する羨望の目。一斉に上げられる感嘆の声。
空閑は壇上に立つ嵐山隊を見つめ、彼らの止まることを知らない知名度と人気を再確認させられた。
【流石アラシヤマと言ったところだ。伊達に広報を勤めてはいないということだな】
「レプリカ」
【それゆえに侮られうる可能性も無視できない】
周りに気づかれない程の小型で出てきた黒い物体、レプリカがそう言った途端、隣から三人組の声が聞こえてきた。
「あーあー、喜んじゃって。素人は簡単でいいね」
「思う壺ってカンジ?」
「なぁ、それってどう言う意味?」
「なんだコイツ?」
突然外から声をかけられたその三人組は空閑を訝しげに見たが、特に気にせず語り始める。
「嵐山隊は顔で選ばれた宣伝部隊だから実力は大したことないってことさ。マスコットチームってことなんだよ」
「ボーダーの裏事情について知っていれば当たり前のことさ。知らなくてもちゃんとみたら見抜ける」
(コイツら何言ってんだ?)
実際に嵐山隊が現場でどう戦っているか、それだけでなく市民への細部にわたる行動を考慮すれば彼らがボーダーの中でも上位に位置することなど想像に難くない。
しかも顔だけで選ばれるようなチームが簡単に対処できるほど
事実、学校が
それだけ嵐山隊は市民の精神的支柱であり、それこそボーダーの顔たる力を持っているということの証明だ。
初動の遅れこそあったが、イレギュラーがあってのことだ。むしろイレギュラーがあったにしては早すぎる対応と言っても過言ではない。
「そ、ありがと」
「おう、お前も迂闊に喜ぶんじゃねーぞ」
「わからないことがあればなんでも聞きにこいよ」
一応礼を述べつつその場から離れる空閑。だが、その内心は強者が正当に評価されない場合もあることに対して少々不満の気持ちが生まれつつあった。
【無知は怖いものだ、ユーマ。あれらは反面教師として良い例になるだろう】
「ああ、わかってる」
【だが、彼ら以外にも面白い人間がいる】
「?」
レプリカはそう言って三人組とは反対側にいた少女を見るように促した。
その少女は白い隊服に身を包み、何か考え事をしている様子だった。
周りと比べて変わっているのは嵐山隊に特別な反応をしているわけでもなくただ黙々と何かを考えていると言うことのみ。
【彼女は何か考え事をしているようだ。アラシヤマに反応をするわけでもなく、これといって目立つ行動をしているわけでもない】
「何が言いたいんだ」
【彼女の着ている白い隊服、あれはトリオンでできたものだ。だが、彼女の体はトリオン体というわけじゃない】
「!?」
少女はトリオンでできた服を着ているだけで、トリオン体ではない。
トリオン体を換装している隊員は自動的に隊服を着用している状態になる。つまり、わざわざ生身で上からトリオンでできた服を着る必要はない。
一見矛盾しているようにも思える表現だったが、空閑は一瞬で理解した。
「ってことは、あの人生身なのか」
【理由はわからない。しかし、トリオン体が集うこの場で1人だけトリオン体であるかのように偽装しているのには必ず理由があるはずだ】
「話しかけてみるか?」
【いや、まだその時ではないと思う。例えば彼女が隠れた試験官という可能性も捨てきれない。その場合、被害を被るのはユーマだ】
「もし関係ない人間だったとしてもそれでいいってことか?」
【注目しておくに越したことはないというだけだ】
空閑のお目付役とはよく言ったもので、空閑の短慮を戒めたレプリカだった。
万が一、真っ当な理由があった時に立場が悪くなるのは空閑だ。それを考えたレプリカはその可能性を排除する立場にある。
「そっか。りょーかい。」
【ボーダーには興味深い人間が数多くいる。良かったな、ユーマ】
「ああ、退屈しないで済みそうだ」