それは、達也がまだ小学生に上がる前の事だった。
「来たか、達也よ・・・」
「はい、大叔父様」
その男は、ただただデカかった。
身の丈十メートルはあろうかという、どこの大豪院◯鬼だよと言いたい程の巨躯を誇るこの男こそ、兄の元造から継承したばかりの当時の四葉家当主・四葉英作である。
生まれたばかりの赤子の潜在的資質すら見通す高度な魔法演算領域解析能力を持ち、達也をはじめとした未来の四葉を担う子供たちの能力を看破し、それぞれに合った最適の魔法訓練のメニューを作って四葉の力を更に高めた四葉家中興の祖と呼んでも過言でもない偉人である。
そしてデカい・・・
「お前の魔法演算領域は“分解”と“再生”という最高難度の魔法に殆どを食い潰され、通常の魔法はだいたいが三流レベル・・・収束系に限れば二流くらいにはなれるかもしれないが、いずれも一線級になる事は難しいだろう」
「はい、わかっております」
自分が妹達や親戚とは少しばかり違うのを、小学生にもならない年齢で達也は既に理解していた。
そしてこれは、努力ではどうにもならないものである事も・・・
「そして達也よ! お前は自分の力が大変ヤヴァスなものである事も分かっているな?」
その言葉に、達也は頷く。
達也の持つ魔法・分解は大変ヤバスなものである。
ちょっと質量を分解しただけで都市が吹き飛び、仮にイージス艦一隻を丸ごと分解した場合、比喩表現無しに世界が滅ぶ。
「お前の魔法は四葉の魔法の辿り着くべき究極の一つ! 達也、お前は正に四葉的存在と言ってもよい。だが、それ程の力であろうとも、制御できなければ意味は無し」
デカすぎて顔に影がかかって達也からは見えないが、どうやらその両目をカッと見開いているようだ。
暗い闇の中に二つの光がカッと輝き、達也を照らす。
(うわっ、眩し)
「故に達也よ! 先の一族会議の決定により、激しい感情の起伏などで我を忘れて魔法を暴走させる事のないように、お前は常に冷静沈着なクールガイとなる為の魔法的手術を受けなければならな・・・喉が渇いたな、ビールを持ってこい」
「只今」
横に控えていた小さな(これが普通の大きさ)体躯の老人・葉山が了解の言葉を発し、持っていたベルを鳴らす。
すると奥から、成人男性五人くらいで運ばないといけないくらい巨大なビール瓶を背負った青木がヒーヒー言いながら現れ、そしてその巨大なビール瓶を体をぷるぷる震わせながら持ち上げ、これまたデカい枡に注ぎ始めた。
「よいか達也! 今の時点でもお前は四葉のみならず、世界を見回しても類を見ない最強の“魔法師”だ。そこにお前の感情を大体70%程をカットして、空いた部分を魔法演算領域として活用すれば、通常魔法も高レベルで使える魔法師・スーパー達也くんへと進化出来るのだ❗️」
この巨大な大叔父は、たまに巫山戯るのが玉に瑕だ。
かくして我らが最強の魔法師・司波達也は、この手術により魔法演算領域が拡張し、通常魔法を1.5流レベルで使用出来、更に収束系に限れば一流以上の力を発揮するスーパー達也くんへと進化したのであった・・・
(別に俺は、自分が最強だと自惚れていたつもりは無かった筈だったが、どうやらそれこそが驕りであったのかもしれない・・・)
そう考えながら達也こと忍者は、ミーティアのハイキックを紙一重で躱す。
(幼い頃より祖父や大叔父から厳しい戦闘訓練を施され、更にあの九重八雲の門下に入って高度な技術を得て、自分は強くなったと確信していた)
お返しとばかりに忍者はローキックで応戦するが、ミーティアは華麗に飛び上がって回避し、それに合わせて忍者にドロップキックを放ってコーナーまで吹っ飛ばす。
(そう、俺は自分が強いと思っていた。つまり、何が言いたいかというと・・・)
コーナーポストに背中を打ちつけて少しばかり動きの止まった忍者に、ミーティアは駄目押しの低空ドロップキックを助走を付けて放った。
まるで大砲から放たれたかのような威力に、流石の忍者も耐え切れなかったのか、リングに倒れて痛みを堪えるかのようにうずくまった。
(ミーティア・・・いや、叔母上が超強い・・)
『ミーティアの流星を思わせる低空ドロップキックが、忍者の土手っ腹に直撃ぃぃーーーっ‼️ これには堪らず忍者、腹を抑えて悶絶ぅーーっ‼️‼️ これが華麗な身のこなしと力強い一撃を併せ持つ、リングに咲いた漆黒の薔薇・脅威の魔法超人ミーティアだぁぁーーーっ‼️』
倒れる忍者の頭を掴んで無理矢理起こし、ミーティアは忍者の頭をフェイスロックで固め、その頭上にエルボーの雨を降らせた。
そしてその様子を、CW(クローバーウィッチーズ)サイドのリングに立つ一人の男が満足気に眺めていた。
その男は、明らかにカツラと分かる金色の長い髪で顔の大部分を隠しており、口元くらいしか確認が出来ない。
「ククク、どうだいた・・・忍者君、真・・ミーティアは強いだろう?」
その言葉に、何とかエルボー地獄から逃れた忍者が顔を上げてCW側にいつの間にかいた男を見据えた。
金髪のカツラで顔を隠しているが、このバカ姉妹と同じく何処かで見覚えがあり、更にその声に聞き覚えがあった。
「君は確かに強い”魔法師“だ。しかし、こと体術においては幾ら君でも精々十年くらいのキャリアだろう? それでは我々には勝てないさ❗️」
「お前は、まさか・・・」
「私はCWのセコンドにして、第四高校代表チームである新世代魔法超人軍(ニュージェネレーションズ)のトレーナーを勤めている謎の男、パクリーダだ‼️」
「もっと名前、どうにかならなかったのか‼️」
漸くその正体を看破した忍者だったが、その開き直りともとれる堂々としたパクリーダこと黒羽貢の発言に、思わずツッコミを入れた。
達也はその特異な魔法により、祖父と大叔父が直々に育てられていたので知る機会が無かったが、本来四葉一族の魔法師と使用人候補には小学生に上がると同時にとある“義務”が課せられる事になる。
それは、夏休みの初日に宿題を全て終わらせて、残りの期間を四葉家本邸がある村の奥の山に造られた洞窟の中で、夏合宿を行わなければならない事である。
通称【四葉の穴】と呼ばれる洞窟の中で、四葉一族の魔法師達は誰にも負けない強さを得る為に、中学卒業まで毎年、夏休みを厳しい修練の日々で過ごさなければならないのだ。
「達也がお父様と叔父様直々に鍛える以上、今年は深雪さんだけね?」
「そんなにガッカリしないで姉さん。来年は真紀夜の他に貢さんの所の亜夜子さんに文弥さん、更に使用人候補の水波ちゃんも穴送りよ。そして私達が直々に監督できるわ」
「・・・そう、そうね。ついに私達が・・」
二人の美女が、妖しく顔を歪めて嗤い合った。
〜〜〜数日後〜〜〜
そこには、手を繋いで歩く美しい母娘の姿があった。
まるで絵画から飛び出て来たかのような光景に、少し後ろを歩く青木は頬を緩めたが、これから起こる事を思うとそれ以上に憂鬱な気分となる。
「おかぁさま! 遊園地に連れてってくれるのは本当なのですか⁉️」
「えぇ、そうよ。これから、四葉の里に新しくオープンした【ヨツバランド】に行くのよ」
疑う事を知らない、幼い純粋な深雪の笑顔を前にしてさらっと嘘をつくこの魔女に、青木は内心慄いていた。
しかし、これからこの笑顔がぐちゃぐちゃに歪むのかと思うと、青木の胸には痛ましいと思うと同時に何やら背徳的な思いを抱いてしまう自身の不忠に、青木の心は更に沈んでいった。
「おかぁさま、おにぃさまはいないのですか?」
「達也さんは先に行ってるわ。合流したらみんなで遊びましょうね?」
「はい!」
ニパッと笑った深雪の笑顔に、さしもの魔女も罪悪感を抱いたのではないかと期待した青木だったが、嘘に嘘を重ねた魔女の顔は然程も変わっていなかった。
むしろ、これから起こるだろう未来に想いを馳せて、恍惚な笑顔を娘に向けていた。
(深雪様・・・願わくば、この青木めにその笑顔を今夜も見せて下さい)
かつて、新発田家の勝成と津久葉家の夕歌が今の深雪と同じように親に「遊園地に連れて行く」と嘘をつかれて連れて行かれたあの穴から本邸に帰って来た時、どちらも死んだ魚のような目をしていたのを思い出す。
きっと深雪も無理だろうなと思いながら、青木はただただ深雪の無事を祈るだけだった。
「親から子へ、そしてその子が大きくなりまた子へと修練を施す四葉戦闘魔法師育成機関“四葉の穴”では、あらゆる状況を想定した訓練を行う。例えアンティナイトでサイオンを乱されようが、CADが無かろうが、その辺の石や木の棒・・それすら無ければ己の拳で敵を倒す為の術を、どんなに泣き喚こうが無理矢理身体に教え込むのだ! そしてそれは、我々も例外ではない❗️」
歓声で周りに聞こえず、更にリングの周りには自分達しかいないのをいい事に、貢ことパクリーダは得意気に忍者に説明する。
「ミーティア&マインドは彼女らの父であり君の祖父に、私自身も父から遊園地に連れて行くと騙されて穴に放り込まれた! そして我等も、かつての父達と同じように己らの子とその直属となる使用人達を涙を飲んで穴に送らねばならなかったのだ❗️」
「さっきの回想の何処にそんなシーンがある⁉️ とんでもなく愉しそうだったじゃないか❗️」
恍惚な笑みを浮かべるパクリーダに何を言っても無駄だと判断した忍者は、今度はリングサイドでパートナーであるミーティアの戦いを見つめるマインドへと顔を向けた。
「アンティナイトの訓練だと? か・・・マインドは沖縄で、あんなに苦しそうだったじゃないか❗️」
「演技に決まってるじゃない? 貴方達への私からの愛の修練よ!」
「この、魔女がぁ❗️ お前の血は何色だぁぁーーっ‼️」
感情をカットされて激しい情動が起こらない筈の忍者こと達也だが、この悪魔達は自分の手で倒さねばならぬという使命感が達也に一時的に怒りの感情を与えた。
それでいて、何処ぞの大魔導士のように心はホットに頭はクールに保つ達也は、怒りに顔を歪めながらも魔法を暴発させる事は無かったが、やはり怒りで視野が狭まっていた。
「隙を見せたぞ! 行け、ミーティア&マインド❗️ タクティクス・ジエンドだ‼️」
「ミヤミヤ〜飛んで火に入る夏の虫ねぇ」
「マヤマヤ〜早くもこれで終わりよ!」
リングに入ってきたマインドは向かってくる忍者を華麗に避けて羽交い締めにし、ブリッジの態勢となって忍者を拘束する。
そして飛び上がったミーティアがマインドの膝を足場に倒立し、その両足を合わせてピンと伸ばした。
『これはぁぁーーーっ‼️ 早くもCWがツープラトンの態勢に入ったぁぁーーっ‼️ これは忍者、脱出は不可能かぁぁぁーーーっ‼️‼️』
「これでトドメだ❗️ 行け、ミーティア&マインド‼️」
パクリーダの号令の元、ミーティアは腕の力だけで高く飛び上がり両足を拘束された忍者に向ける。
そして回転を加える事で、ミーティアはさながらドリルのように忍者に向けて落下していく。
「これが私達の必殺技(フェイバリット)❗️ 喰らいなさい‼️【死の回転時計盤(デスウォッチ・スピン・ブランディング)】‼️」
まるで断頭台に繋がれたような気分となった忍者は、もはや脱出は不可能を悟り殆ど自身の負けを認めた。
これは戒めである。
驕り高ぶり、その結果がこれである。
忍者こと達也は、己の驕りを気付かせてくれたマジック・レスリングに静かに感謝の念を抱いた。
きっとこれは己が更なる境地へと押し上げる試練となるだろうと、この競技へと導いた十文字克人に、そして厳しくも自身を指導してくれた十山将軍へと心の中で礼を述べた。
「勝ちを確信するのはまだ早いぞ?」
しかしそれを受け入れない者がいた。
忍者にミーティアの攻撃が当たる寸前に、フライングクロスチョップでカットした男がいたのだ。
その男の名は“忍者グレート”。
達也こと忍者のパートナーであり、その中身は実の祖父でもある男である。
忍者グレートはクロスチョップでミーティアを弾いたと同時に、忍者を拘束するマインドに蹴りを入れて拘束を解くという凄まじい身体能力を見せ付けて、静かにリングに着地した。
「・・・やはり貴方が立ちはだかりますか、伯父・・忍者グレート!」
「中々だったぞ、みつ・・・いやパクリーダよ! だが、まだまだだ。儂とは年季が違う」
睨み合う両者だが、拘束から逃れた忍者は暫く動けなかった。
さっき抱いた感謝の念に、今更ながら恥を感じていたからだった・・・
まだ続くのじゃ‼️
四葉の穴にて・・・
勝成「押忍!四葉の穴・七号生、新発田勝成です!!」
夕歌「押忍!四葉の穴・六号生、津久葉夕歌です!!」
深夜「今日から貴女も、ここに入るのよ深雪。貴女は一号生からね? 卒業は九号生になったらよ!」
深雪「・・・」
深雪はその後段々と心をすり減らし、中学になる頃にはとあるブログの影響もあり、立派な中二病となるのであった。