旧山梨県と旧長野県の県境のどこか・・・
山々に囲まれた村の中に、周囲の景色には似つかわしくない豪邸がそびえたっている。
曰く、闇の最奥・・・
曰く、謀略の中心・・・
曰く、アンタッチャブル・・・
様々な忌み名を持つ呪われし十師族『四葉』は、今日も何処かで誰かの不幸を作る・・・
時刻は既に深夜を回り、辺りを闇が支配する。
謀略の中心地・四葉家では、今、新たな陰謀が動き出そうとしていた。
「いくよ、姉さん?」
「何時でもいいですわよ、文弥!」
その闇の中で、四葉の分家にして暗部の筆頭たる黒羽家の双子は、何かを示し合わせるかのように頷き、そして動き出した。
その手練手管によって多くの敵を討ち滅ぼしてきた文弥の右腕が、夜の月に向けて伸ばされていく。
「くらえ、カミソリカーブ!!」
「甘いですわよ!」
文弥が投げたボールは、まるで吸い込まれるかのように双子の姉--亜夜子の左手のグローブへと納まった。
なんてことはない、二人がやっていたのはただのキャッチボールである。
「今度は私の番ですわ!」
そう言って亜夜子は、淑女にはあるまじき足を天に向けるように垂直に伸ばし、その右手を大きく振りかぶった。
「必殺! 大リーグボール二号ですわ!!!」
「ちょ、姉さん!? どこ投げてるの!!」
百年の年月を経ようと、名作は残るものである。
あの伝説の野球漫画を再現した亜夜子の必殺ボールは文弥の頭上を飛び越えて、庭に設置されていたテーブルと椅子に腰かけた美女に向けて突き進んでいく。
この美女こそが『極東の魔王』と恐れられる四葉の頂点・四葉真夜その人である。
真夜は紅茶を飲みながらおもむろに持っていた扇を振りかぶり・・・
「フンッ!!」
気合一千、向かってきたボールを打ち返しそのまま夜の闇へと消してしまった。
「凄い、ホームラン・・・」
「てゆうか、あの扇どうして壊れませんの?」
黒羽の姉弟の疑問などどこ吹く風といわんばかりに、真夜は再び紅茶に口を付けた。
「水波ちゃん、おかわり」
「はい、奥さま」
そばに控えていた四葉の使用人--桜井水波は、言われるままに紅茶を注ぐ。
「ねぇ、水波ちゃん。貴女は将来の夢とかはないの?」
「はぁ・・・」
一瞬「何言ってんだ、コイツ」と思わなくもなかったが、幼い頃より培ってきた使用人魂を総動員して、何とか表情に出すのは防ぐことが出来た。
「私はね、アイドルになりたかったわ」
「っ!?・・・そうなのですか」
水波は、噴き出さなかった自分は表彰ものだと考えていた。
美女であるのは認めるが、まかり間違ってもアイドルは無理だろう・・・
「私くらいの美しさがあれば、きっと成功していたと思うのよ・・・」
「はぁ・・・(野球でもやってろ)」
先程の見事なバッティングがあれば、すぐに四番でもなんでもできるのではないかと水波は考えていた。
「・・・ねぇ、水波ちゃん。キャッチボールでもしない?」
「キャッチボールですか?(ついに呆けたか、このアマ)」
さっきから、言っていることが急過ぎたり支離滅裂だったりで、水波は真夜の痴呆を本気で疑いだした。
そんな水波を尻目に、真夜は羽織っていたカーディガンを脱ぎだした。
「このカーディガンを丸めてボールにしましょう?」
(ええっと、四葉の主治医様は・・・)
すったもんだ色々あったが、結局二人はキャッチボールを始めていた。
ちなみに道具は、黒羽の姉弟から奪ったものを使用している。
「ねぇ、水波ちゃんは将来、なりたいものはあるの?」
(しつこいな・・・)
あまりのしつこさに、水波はげんなりしだした。
将来も何も、自分は四葉に買われた調整体魔法師『桜』シリーズの第二世代だ。
元々自由などないし、そもそもいつまで生きられるかもわからない身だ。
この女主人だって、そのことはわかっている筈だ。
それでも聞いてくるということは、もしかして自分はおちょくられているのか?
「・・・わかりません」
まぁ、どんな扱いを受けようと相手は自分の御主人様である。
いかに痴呆疑惑があろうと、使用人の自分は主人を立てなければなるまい・・・
「そう、悩んでいるのね?」
やはり自分はおちょくられているのだろう・・・
ここまでしつこく言ってくるということは、どうやら自分は渾身のネタ振りを期待されているのだろう。
ならばやることはひとつだ。
主人の期待に応えることこそが、四葉の使用人に相応しき姿なのだ。
「・・・世界に出て、人の役に立つ仕事がしたいです」
別に本気で言った訳ではない。
ただ、面接では取りあえずこう言っとけば間違いないと、いつかテレビの教育番組で見た気がしたからだ。
まさに現実を知らない若者らしい、無謀で美しい理想であろう・・・
水波は真夜から投げられたボールをキャッチして、真夜に向かって投げ返す。
そして投げ返されたボールをキャッチして、真夜は厭らしい笑みを浮かべながら水波を見つめた。
「できるのぉぉ~貴女にぃぃ~~?」
(殺してぇ・・・)
今までに抱いた事が無いレベルの殺意を、水波は感じていた。
このままでは、遅かれ早かれ水波は真夜に飛び掛かってしまうだろう。
だが救世主は、こういう時にタイミングよく現れるものだ。
「ご当主、達也兄さんが来ました」
「叔母上、ご無沙汰しております」
黒羽の姉弟に連れられてやってきたのは、我等のメシア・司波達也であった。
達也は礼儀正しく真夜に頭を下げると、真夜は嬉しそうに達也に近づいた。
「お久しぶりです、達也さん。今、水波ちゃんの将来について相談を受けていたところなのよ?」
「そうなのですか? 良かったな、水波」
「はい、ありがとうございます達也様(どの口が言ってんだこのアマ)」
内心はどうであれ、取りあえず主人を立てる水波は忠臣の鏡であろう・・・
「それはそうと叔母上」
「何かしら、達也さん?」
「屋敷に入りたいので、鍵を開けてもらえませんか?」
瞬間、この場の空気が凍り付いた。
まるで深雪がニブルヘイムを放ったかのように、物理的な冷気を伴う寒さを全員が感じていた。
この空気を破ったのは、姉としての威厳があるのか黒羽亜夜子だった。
亜夜子は暫し言いづらそうにしていたが、やがて神妙に口を開いた。
「達也さん、鍵があったら夜中にこんなところにおりませんわ・・・」
「葉山さんは休暇で旅行に行っちゃったから、あと三日は入れないわよ?」
万能執事・葉山らしからぬ不手際であろう・・・
あまりの真実に、流石の達也も言葉を窮した。
「・・・そうですか」
こう答える以外に、達也は言葉を持ち合わせていなかった。
夏の夜の風は、五人の馬鹿を優しく包んでくれた・・・
その頃の深雪さん・・・
雫「ロン。対々・三暗刻」
ほのか「あっ!?」
深雪「ほのか、ちゃんと相手の捨て牌を見ないから・・・」
エイミィ「まぁ~た雫の一人浮きかぁ~」