世間はクリスマス気分も過ぎて、年末年始の準備で忙しい十二月下旬の頃・・・
世界の闇の深奥の一つ、旧山梨・四葉本邸。
そこの応接室には、四葉家当主である四葉真夜とその娘である四葉真紀夜の姿があった。
真紀夜の背後には彼女の護衛兼使用人の桜井華波が、そして真夜の後ろではいつも通り筆頭執事の葉山と、司波兄妹の第一高校進学を機に四葉本邸に呼び戻されて現在は戦闘訓練を本格的に受けている、華波の姪にあたる少女・桜井水波が控えている。
「いきなり呼びたしてごめんなさいね、真紀夜?」
「本当にそうですわ? それで、わざわざ他の使用人を下がらせたという事は、極めて私的な用があるのでしょう、お母様?」
水波が入れてくれた紅茶を口に運びながら、片目だけを真夜に向けて真紀夜が尋ねた。
彼女は現在、旧静岡に本拠地を構えている黒羽家に在住して黒羽の姉弟と共に同じ中学に通っている。
最凶にして最悪の四葉の対人魔法師・豚は流石についていけなかったからか、静岡での彼女の生活の守護と世話は華波が請け負っていた。
その為か、真紀夜の中学生活は豚が担っていた仕事の全てを華波が背負い、そのしわ寄せは主人である真紀夜にもきていて入学当時は色々と大変だったのだ。
そして後三ヶ月で卒業という時期に差し掛かっての急な呼び出しに、真紀夜は少々苛ついていた。
「真紀夜も知っていると思うけど、横浜に大亜連合の部隊が侵攻したわ」
「知ってますわ。論文コンペには、私も観覧に行きましたから・・・」
真紀夜は毎年、夏休みは遊びたいという気持ちから九校戦は気分次第で見に行っていたが、論文コンペは毎年必ず行っていた。
それは学校を休むいい方便だったという側面もあるのだが、真紀夜本人は割と論文コンペの発表自体を楽しみにしていた事もあり、当然今年も見に行き当然のように横浜事変に巻き込まれていた。
「静岡から直接、横浜に行きましたから最初はどうなるかと思いましたけど、豚なしでも案外上手くいくものね」
真紀夜は一緒にいた華波と共に、一目散に脱出を図った。
自身の魔法である『流撃《ストリーム》』を使い、風を操作して光の屈折率を変えて姿を消して会場を後にし、二人で横浜の街を走って脱出して三浦半島まで南下した。
そこから出ていた船に密航して熱海に辿り着き、そこで漸く黒羽家に連絡して迎えに来てもらって浜松に帰って来たのだ。
かなり要約したが、この間には大亜連合の機動兵器と遭遇して二人で戦ったり三浦半島での船探しと笑いあり涙ありの五日間だったのだが、後に冷静になって考えると横浜で大人しくしていた方が楽だったのではないかと思えてならなかったのだが・・・
しみじみと呟く真紀夜に呆れた視線を向けていた真夜だったが、何を言っても無駄だと思ったのか溜息を一つ吐いてから再び言葉を発した。
「・・・達也さんが国防軍の独立魔装大隊に所属しているのは知ってるわね?」
「えぇ、よくやりますわね達也兄さんも・・・」
「なら、横浜での大亜連合の工作部隊を撃破後、国防軍・軍司令部の命令で巨済島に集結していた大亜連合艦隊を達也さんがマテリアル・バーストで消滅させた事は?」
「あぁ。やっぱりアレ、マテリアル・バーストだったんだ・・・」
真紀夜も、浜松の黒羽邸に辿り着いて人心地してからニュースの映像で見たが、綺麗に円形に地形が抉れていたので、多分そうなのだろうなとは思っていた。
しかし、あの状況下では、達也の行動は正しいと真紀夜か思っている。
もしも達也の戦略級魔法を投入しなかった場合は間違いなく苦戦していただろうし、何よりあの艦隊には大亜連合が公表している戦略級魔法師・劉雲徳が乗艦していたという情報もあったのだ。
もしも彼の戦略級魔法『霹靂塔』が発動されていたなら、大規模落雷による被害は勿論の事、その副次効果であると共にかの魔法が戦略級に位置付けられている所以である「電子機器を麻痺・破壊させる電磁波を広範囲に発生させる」事で、日本のインフラが完全に破壊されて戦争どころではなくなって無条件降伏せざるをえない状況に追い込まれていただろう・・・
そうなっては、もう十師族だとか深雪の安全だとか言っていられる状況ではないのだ。
真夜だってそれは理解しているのだ。
確かに四葉としては苦言の一つもでるだろうが、達也は最善を尽くしているので文句はない。
しかし、事態は真紀夜が考えるよりも深刻だった。
「それで、一体何が問題なのですか?」
「USNAがテキサス州ダラス郊外のダラス国立加速器研究所で、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験を行ったわ」
「・・・達也兄さんの異能が、USNAを刺激したと?」
「まず、間違いないわ・・・」
この情報には、流石の真紀夜も眉をひそめた。
「そして、マテリアル・バーストの下手人を特定するためにUSNAから相当数のスパイが日本に入り込まれていて、遂にスターズが調査に入るそうよ」
「・・・その話を、達也兄さんには?」
「十一月の上旬にはしたわよ? ちょっとはしゃいじゃったけど、まぁこちらの意図は察したでしょうね」
「あまり調子に乗らない方がいいですよ、お母様。とりあえず、達也兄さん達の支援を私からもすればいいのですか?」
「ええ、お願いね?」
テヘと舌を出す真夜に、真紀夜はげんなりとした表情をしながら苦言を漏らす。
よく見れば、真夜の後ろに控えている水波も「ウゼェ・・」とでも言いたそうな顔を一瞬だけしていたような気がする。
「そう言えば、深雪姉さんはもう大丈夫なのですか?」
「大丈夫とは?」
「・・・いや、私が静岡の中学に上がるくらいに深雪姉さんが病気になったって言ってたじゃないですか? 命に別状はないって事だったから、特に確かめなかっ・・・」
そう言いかけて、真紀夜は部屋の雰囲気が変わったことに気が付いた。
真夜は苦笑い気味に目をそらし、葉山はなんか痛ましげな表情をしながら天を仰ぎ、水波は口元を押さえてはいたが明らかに笑いを堪えていた。
三人の反応に怪訝な顔をしながら真紀夜は後ろに控える華波に振り向くが、当の華波は笑いを堪える水波を目線と手振りで窘めるのに忙しいのか、真紀夜の視線には気付いていないようだ。
「・・・一体、何なの?」
結局わからないまま、この日は帰ることになった真紀夜だった。
ここ魔法大学付属第一高校の1-Aは沸いていた。
このクラスから北山雫がUSNAに留学していったのは記憶に新しいが、彼女の代わりにやってくる留学生に皆興味津々だった。
魔法師ーー特に高位の資質を持つ者は、遺伝子の流出を防ぐという資源保護の観点から海外への渡航は著しく制限される。
その為、このような海外への留学は非常に稀なことであるし、自分達が留学生を迎えるのもまた珍しい体験なのだ。
そんなクラスメイトを、事前に留学する雫本人から聞いていた司波深雪は黙って眺めながら、彼女は以前に叔母の四葉真夜と兄の司波達也から聞いた話を思案しており、そんな深雪を、少し離れた席で光井ほのかは心配そうに見つめていた。
(お兄様のあの魔法の調査対象に、私達が含まれているなんて・・・)
しかし、いくら思案を重ねたところで、深雪に出来る事は兄の足を引っ張らないように言動に注意を払うことぐらいである。
最も、深雪はこれから、ほのかと共にそんな事も考えられないくらいに追い詰められることになるのだが・・・
「はい、みんな席に着けぇー」
A組の担当指導官である百舌谷が入ってきて、みんな席に座った。
「もう知っていると思うが、留学した北山と交換でこのクラスに留学生が入ることになる。さぁ、入ってきてくれ」
百舌谷がそう言って扉の方に声をかけると、入ってきた女生徒に全員が感嘆の声を上げた。
美しい金髪をツインテールにした、目も覚めるような美少女・・・
このクラスにいる完全無欠の美少女である司波深雪を月とするなら、彼女には太陽の名が相応しいだろう。
皆の視線が集中する中、金髪の美少女は薄く笑みを浮かべながらゆっくりと右手を前に突き出した。
その動作に皆が不思議に思い、深雪とほのかが嫌な予感を過ぎらせた瞬間、彼女はいきなり両腕をクロスさせて口元を隠すように腕を上げて高笑いを始めた。
「我は煉獄より生まれし流星の魔神『アンジェリーナ・ルシフェル・スターライト』‼︎ この世に地獄を創る為に降り立った天の反逆者である‼︎‼︎」
「えぇー、USNAからの留学生のアンジェリーナ・クドウ・シールズさんだ。USNAでは”リーナ”って呼ばれていたと保護者の人が言っていたぞー。みんな、仲良くするように! じゃ、授業始めるぞー・・・っと、シールズはあそこの席に座ってくれるか?」
「うむ、大義であるぞ!」
百舌谷が指差した席は、深雪の隣だった。
その席に向かって自信満々に胸を張って歩くリーナを、クラスの皆が呆然を見つめる中、深雪とついでにほのかはダラダラと汗をかきながら目を逸らしていた。
そしてリーナは席に座ると、隣の深雪に顔を向けて挑戦的な笑みを浮かべながら口を開いた。
「我が名はアンジェリーナ・ルシフェル・スターライトだ! 貴様の名は?」
「・・・司波、深雪です」
「そうか! ではホワイトクイーンよ、貴様に我と席を並べる栄誉をくれてやろう! 光栄に思うがいい」
「・・・ありがとうございます」
この間、深雪はリーナと全く目を合わせていなかった。
自分の名が変な風に呼ばれていることを、訂正する事もせずにただお礼を述べるだけで、やはり全く視線を合わせようとしない。
何時もと様子が違う深雪にクラスメイト達も訝しげな表情をするも、授業があるためか前を向き始める。
しかしその中で、ほのかだけは深雪の異常の原因を何と無く察していた。
それは、自分も深雪と同類であるが故に・・・
(不味いです・・・これは本格的に不味いですよ、お兄様‼︎‼︎)
深雪の人生最大のピンチを、E組の司波達也はまだ知る由もなかった。
幹比古「なんか第一高校に、魔神が留学してくるってうちの門人が言ってたよ?」
エリカ「あ、そういえばウチの門下生も似たようなこと言ってたわ。確か、煉獄に堕ちた天の反逆者だって!」
レオ「なんだそりゃ? そいつ、人間か?」
達也「人間だろうが魔神だろうが天の反逆者だろうが、俺たちE組には何も影響はない! だが、もしその異名に釣り合うだけの実力があるのなら、うちの氷・・・っと、これは禁句だったか?」