旧時代に、この地上には恐るべき病があった。
主に思春期に突入し始めた少年少女が発症し、治癒確率自体は割と高いのだが、酷い時には十年以上経っても快癒しない可能性もある深刻なものである。
医学の力でもどうしようもないその病は、快癒した後も何の前触れも無く再発する可能性も孕んでおり、再発すると激しい頭痛に襲われたり、酷い時には身体を捻り狂わせて暴れる事もしばしばあるという。
時は、クリスマスよりも前に遡る・・・
暗闇の中を走る一つの影を追い詰めるように、複数の影が迫っている。
ビルからビルへと飛び移り、やがて一つの影がその足を止め、それを囲むように複数の影がその周りを取り囲む。
そして、一つ影の前に一人の少女が降り立った。
まるで歌舞伎役者かのような赤紫の髪は蠢き、その仮面の中から見える金眼は本当に人間なのか疑いたくもなる。
USNA軍・魔法師部隊スターズ総隊長であるアンジー・シリウスであるその少女は、目の前の逃走者を見据えて不敵に嗤った。
「我らが血の盟約を破り、組織を抜けるという事が、一体どういうことか理解しているのだろうな? 我が忠実たる堕天使ベリアルよ」
アンジー・シリウスがそう話し出した瞬間、殺伐とした空気が急に白け出した。
周りを取り囲んでいた複数の影ーースターズの隊員達から溜息やらやれやれと肩を竦める者などが見え始め、取り囲んでいる逃走者からも何やら脱力した雰囲気が伝わってきた。
「かつて我らを追放した天への反逆のため、来るべき『終わりと始まりの聖戦 (ラグナロク)』を乗り越えるためにも、今は組織の犬になる事をあの時我らは誓ったのではないのか、ベリアルよ⁉︎」
一人、何やら浸っているシリウスを、まるで「誓ってねぇーよ!」とでも言いたげな顔で見つめていた逃走者だったが、すぐに気を取り直したのか彼女に返答代わりの炎を繰り出した。
炎の直撃を受け、シリウスの周りは火の海と化すも、彼女は何やらかっこいいポーズを決めながら高笑いを始めた。
「あぁ、残念だ。非常に残念だ! お前は優秀だったよ・・・来たるべき聖戦の時は、我が直参として共に轡を並べようというのに・・・」
片手を振り払うような動作と共に、炎が霧散する。
たったそれだけで、彼女がーースターズの総隊長の実力の片鱗が伺えるというものだが、その力に畏怖を覚える者はこの場にはいない。
いるのは、諦めにも似た視線で事の経緯を見つめる影達の姿だけだ。
シリウスは一頻り嗤って満足したのか、右手を上げて煉獄の堕天使ーースターズの隊員の一人ーーに指示を出す。
色々と言いたい事はあるだろうが、とりあえず総隊長の命令なので大人しく従って逃走者を捕らえる為に、完全な闇に閉じ込める領域魔法『ミラー・ケージ』を発動する。
「どうだ、これが我が闇を司る堕天使の力だ! もう出られまい‼︎ そして受けてみよ‼︎ これが、裏切りを裁く断罪の一撃だ‼︎」
更にまた別のかっこいいポーズを決め、シリウスは最後の力を発動させる。
世界最強の威力を誇ると謳われる戦略級魔法師の力が解き放たれるのかと、その場に緊張がーー全く走らない。
シリウスは、サプレッサーの付いた自動拳銃を取り出して逃走者に構えて撃った。
かなり高度な魔法を銃弾にかけているのだが、前口上の壮大さから見るとちょっとショボい。
撃たれて倒れる逃走者も「そりゃないよ」といった顔をしながら死んでいったのも、隊員達の見間違いではないだろう・・・
「悲しいものだ・・・。聖戦が近づく度に、過酷な戦いに恐れをなす裏切り者が増えるとは・・・」
言ってる事は理解出来ないのだが、とりあえずかつての部下をその手にかけた事を悔やんでいるのだろう・・・
少しだけしんみりとした空気が辺りを包むも、それを吹き飛ばすシリウスの高笑いが隊員達を現実へと戻す。
一頻り嗤ったシリウスは、ポケットから端末を取り出してそれを耳元に当てた。
「あぁ、今裏切り者を処断した。この件は高くつくぞ・・・何、遂に機関が動いたというのか⁉︎ ならば我らも相応の用意をして彼の地へと赴かねばなるまい・・・あぁ、あぁ、分かっているとも! 全ては、いずれ来る聖戦の為に・・・ではな、Mr.フェニックス! エル・プサイ・コングルゥ‼︎」
端末をしまい、月に重なるように移動して再びポーズを取り始めるシリウス。
その様子を見て、逃走者の遺体の処理をしていた隊員達はお互いに目線を合わせあい、そして頷く。
(((((駄目だ、うちの総隊長! 早くなんとかしないと・・・)))))
そして時は現在へと戻り・・・
午前の授業も終わって昼休みへと移行してすぐ、光井ほのかは司波深雪に近付いてその手を掴んだ。
「深雪、ちょっと来て!」
「ど、どうしたのほのか? いきなり何を・・・」
「いいから‼︎」
普段の態度からは想像もつかない押しの強さでほのかは深雪を引っ張って教室を飛び出し、ひと気のなさそうな場所に辿り着くと周囲をキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認してホッと息を吐いた。
そして、緊張した面持ちで深雪に向き直る。
「深雪も、そうなんだよね?」
「・・・ほのか?」
「ゴホンッ!『私は光の国の王女プリンセス・ルミナス。光の精霊の加護を、アナタに・・・』」
「!?」
そのフレーズに、深雪は心当たりがあった。
今から約二年程前に公開された、その筋では有名なブログのプロフィールで掲載されていた紹介文の冒頭である。
“光の王女の預言書”
二年前、ネット上で彗星の如く現れたプリンセス・ルミナスは、瞬く間にその筋で有名になりカリスマブロガーとして君臨した。
系統魔法が世を席巻する現代においてなお、呪文を唱えたりする不思議ファンタジーな魔法は根強い人気がある。
そのファンタジー系魔法の首魁として、プリンセス・ルミナスはネット上で崇められていた。
深雪は当時、プリンセス・ルミナスを崇めていた一人であり、その呪文や御告げを全てプリントして紙製の一冊の本に纏めていた程の熱狂ぶりであった。
まぁ、中学三年生の後期あたりでその本を燃やしてしまったのだが、その頃には『光の王女の予言書』はネット上から消滅していたので深雪は当時の事を心の奥に固く封印していたのだ。
が、その封印もあの留学生のせいで綻んできたが・・・
「まさか、ほのかが“プリンセス・ルミナス”だったなんて・・・」
「う、うん・・・」
ばつが悪そうに苦笑いを浮かべ、ほのかは目線を泳がせる。
「私、昔から光波振動系の魔法が得意で・・・練習しているうちに『私は光の国の王女だ』って思い込んでやってたら、何か上達して・・・そのうち本当に自分は王女なんだって考えるようになって、ネットで、ね・・・?」
恥ずかしがりながら話すほのかだが、実はこの手の話は昔からよくあることである。
ただでさえ、百年くらい前までは魔法は御伽噺の産物であったのだから、例え魔法が科学的に立証されてもそういったファンタジーに想いを馳せる子供は割と多い。
しかし、魔法を使う為には最低でも旧時代の高卒レベルの科学知識は当たり前で、更に上達したいならば学士レベルの科学知識を覚えるだけでなく理解しなければならない。
その現実に、魔法をファンタジーと思っていた子供達の夢は破れ、魔法を上達させる為の勉強漬けの毎日を送るうちにそういった妄想は無くなっていくのだ。
が、何事にも例外というものはあるもので、稀に魔法を感覚的に使用出来る程の感受性を持って生まれる者が現れるのだ。
光井ほのかは光のエレメンツの末裔で、こと光波系の魔法に関する事なら息を吸うように使う事が出来る。
だからなのか、ほのかは中学生の頃は自分を光の王女だと思い込み、下々達に御告げと称して難解な表現をした言葉を送って優越感に浸っていたのだ。
「必要もないのに閃光魔法を変な呪文を唱えてから発動したり、周囲に光の球体を出してそれを精霊に見たてて話し掛けてたり・・・」
「うわぁ・・・」
ほのかの話を聴き続けているうちに、深雪の記憶の封印が解け出していく。
覚えがあったのだ・・・
魔法発動に長く難解な漢字を羅列させた呪文を唱え、自分が何か特別な存在であると思い込んで尊大な口調で家族に接したりと、彼女の過去には多くの黒歴史が存在するのである。
深雪は暫く頭を抱えていたが、次の瞬間には何かを決意したように顔を上げて、ほのかの肩に力強く手を置いた。
「・・・ほのか、私達がやることは一つよ!」
「・・・そうだよね、深雪」
二人は明後日の方向に顔を向けて、決意を新たにする。
『あの留学生には、絶対に負けない・・・‼︎』
『留学生には勝てなかったよ・・・』
深雪とほのかは両手両膝を床に着けて愕然としていた。
かの留学生ーーリーナは、過去に二人が封印した所業を堂々と行っていて、その姿を見る度に深雪とほのかの精神をガリガリと削っていったのだ。
特に魔法実習では、今まで深雪と肩を比べる程の実力者が教職員を含めていなかった為か、深雪は今日まで殆どが同級生の練習相手を務めていた。
しかし、そこに留学生のリーナが現れたのだ。
言動はどうあれ、彼女はルックス・実力共に深雪と比較しうる魔法師であるが為、自動的に深雪の対戦相手として組み込まれていた。
『これが流星の光なり! 我が意思とともに歩き、煉獄の炎と共に燃え尽きるがいい‼︎』
毎回こんな調子であるので、直接対面する深雪はたまったものではないのだ。
それでも五分五分であるのは流石である。
「くっ、このままではマズイわ!」
「うぅ・・・雫、助けて」
リーナの強烈な個性が、二人の封印されていたものを揺り動かしてくるのだ。
リーナの言動に触発されて揺れ動く本能を何とか強引に押し留めていのだが、それももはや限界だった。
しかし、ほのかはまだマシなのかもしれない。
彼女は基本的に日常の言葉遣いに気を付ければなんとかなるのだが、深雪は文字通り地獄であった。
魔法実習ではほぼ毎回リーナとの対戦をしているので、魔法を使う時の彼女の口上と毎回向き合わねばならず、深雪はいつも溢れ出る本能と戦っているのだ。
「手段を選んでる場合じゃないわ! ほのか、お兄様に助けを求めましょう」
「た、達也さんに⁉︎ それはちょっと・・・」
まぁ、恋する乙女のほのかにとって、その意中の相手に自身の恥部を見られるのは並大抵の勇気では決断出来ないだろう。
しかし、達也に限って言えば事情が異なる。
「大丈夫よ、ほのか! お兄様は昔の私の事も知っているから、特に偏見の目ではみない・・・筈よ」
「・・・本当に大丈夫なの」
「多分、大丈夫よ・・・。ちょっと軽蔑されるだけだから・・・」
「大丈夫じゃないじゃない‼︎‼︎」
その後も色々と議論を交わしたが結局これ以上の代案は見つからず、二人は生けるブラフマン・司波達也に一縷の望みを託すことにした。
約二年前・・・
深雪「我こそは“氷界の貴族”である‼︎ 千年を生きる誇り高き真祖の吸血鬼なり‼︎‼︎」
達也「まだ13歳だろ?」
深雪「フッ、我が半身たる破壊神よ! 血を分けた契約者故に、今の発言は聞かなかった事にしてやろう」
達也「・・・閣下の寛大な処置に感謝します」
水波(・・・私の将来の主人が頭の病気ナウ)ポチポチ