その瞳は、綽々と佇んでいた。
いつもは騒々しいほどの歓声が鳴り止まないスタジアムだが、その観客席、そしてスタジアムのコートですら、今は人の影は一つも見えない。ただ、照明が誰もいないスタジアムを照らしているだけだった。
静けさだけが残るスタジアムだったが、突如としてスタジアムの中へと足を踏み入れる音が響き渡る。そうして一人がスタジアムの中心、バトルコートに向かうと同時に、もう一人もまた、そこへと足を運んでいく。
互いに中心へとたどり着くと、二人は向かい合うような形となって、互いの顔を見合う。
「それじゃあ、始めるか」
「……ああ!」
そう端的に開始を告げ合う内の一方は、この地方を代表する無敵のチャンピオン。また一方は、何の経歴もないただのポケモントレーナー。しかし、この場においてはそんなものなどは飾りでしかなかった。
この二人に始まりを告げるアナウンスも、観客たちの歓声も、余計なものはいらない。ここに立つのに必要なのはシンプルな闘志だけ、それで、淡々と戦いを始めるだけだ。
そして、ボールを構える。
視線だけが交わる中、ただ静寂だけが過ぎていく。この戦いがいつ始まるのか、それは、二人だけにしか知り得ない世界であった。
――そして、その静寂を切り裂くように、両雄は叫ぶ。
「いけ!!! リザードン!!!」
「ミュウツー、行ってこい」
その咆哮と共に現れるのは、それぞれの相棒。これまでの苦難を共にし、全てを掴んできた最高の相棒だった。溢るるは熱気、もしくは、霊気。オーラだけで、並のポケモンでは立っていることすら不可能なほどの圧を、そのポケモンたちは放っていた。
それでも、互いに一歩も引くことなく、その場に立って見せる。当然、油断も隙もなく、間合いに少しでも入ってくれば、即座に反撃を喰らってしまうだろう。
それを理解した上で、先に動き出したのは――――
「ミュウツー、サイコキネシス」
開始の合図など無くとも、戦いの火蓋は突然切って落とされた。
ミュウツーが起こした行動、それは念動力がスタジアムの地面を砕くと、その地面の塊をまとめてリザードンへと放つというものだった。
サイコキネシスという先手を打たれたことにより、リザードンは回避に専念することを強いられる。
「ッ! いきなりだな……! リザードン、上だ!」
しかし、前方から放たれた攻撃を前に、リザードンはその翼を羽ばたかせて上空へと舞っていくことでかわして見せる。
「リザードン、エアスラッシュ!」
そして、リザードンは上空から翼を大きく振るうと、空を切る斬撃を発生させ反撃を試みる。
その斬撃もまた、ミュウツーへと向かって高速で近づいていく。
「ミュウツー、バリアーで受け止めろ」
それに対応するために下された指示、それはバリアーで攻撃を受け止めるというものだった。
指示の通り、バリアーを発動したミュウツーの眼前で全ての斬撃はかき消されていく。
ミュウツーはバリアーを解くと、上空に揺蕩うリザードンを鋭い目で睨みつける。まるで、自分の上から見下ろされているような気分がしたのだろう。ミュウツーは自身のその強さ故に、見下ろされるということがひどく屈辱であるようだった。
そんなミュウツーの闘志を感じ取ったのか、トレーナーの方もすぐさま攻撃へと移る。
「そこだ、シャドーボールッ!!」
自分よりも上にいる敵を撃ち落とすために、ミュウツーは自らの手に霊力の籠った弾を生み出し、放つ。
「弾き返せ! リザードン!」
上空へと向かって放たれたシャドーボールに対して、リザードンは翼を羽ばたかせ体を空中で一回転させる。それと同時に、その大きな尾によってシャドーボールを今度はミュウツーに向かって弾き返す。
弾き返されたシャドーボールが倍の力で押し返されると、ミュウツーは跳ね返されるのをを予知していたようにすかさず避ける。行き場の失ったシャドーボールは地面へと激突し、柔らかいスタジアムの芝生を喰らう。
「ありゃ、一発じゃ足りなかったか。なら、
リザードンはその瞬間、悪寒を覚える。そして、突然下から光が煌めいたかと思えば、地面を無数の妖しい輝きが埋め尽くしていた。
「ッ!?」
光ったと感じた、次の瞬間にはリザードンの体スレスレを先ほどのものよりも一回り小さいシャドーボールが通り抜ける。不自然なのは、まるで狙いが定まっていなかったことだ。
しかし、違和感に気づいた時には既に小型のシャドーボールが次々に向かってきている。元より百発百中を狙ったわけではない、物量で押し込むのが目的であったのだ。一歩でも間違えれば蜂の巣、という状況下でも、ダンデは冷静に判断をする。
「リザードン! だいもんじで全て打ち消せ!!」
その言葉を聞き取ると、何のタイムロスもなく、即座にリザードンは凄まじいほどの熱気を口元まで押し上げる。そして、大量のシャドーボールが今度こそリザードンに命中する───と思われたが、ここでリザードンから反撃の一手が放たれる。
リザードンから吐き出されたその熱は塊となって、大の字を描いて広がっていく。
そうして放たれただいもんじは、シャドーボールへと向かっていくと、空中で衝突を起こした。
「ッ!!」
エネルギー同士の激突で、爆発が連鎖し、巻き起こる。互いの技がぶつかり、打ち消しあう、一進一退の攻防が続いていた。
「今のシャドーボール、質より量って感じだな。ならだいもんじ一発でも十分だぜ?」
「いやあ、最初のは当たったと思ったんだけどな。相変わらず判断が早いこった」
ポケモン同士が睨みを効かせている間、トレーナー同士も互いの視線を合わせる。
まだまだ勝負は始まったと言わんばかりの表情を浮かべて。
「……さて、こんなのはほんの小手調べだろ? ここからが本番だ、ついてこいよ、アキハ!!!」
「んなもんわかっとるわ。チャンピオン様の無敗記録も今日で終わらせてやるぜ、ダンデ!!!」
これからが本当の戦い、そう言うようにダンデは自身の持つダイマックスバンドを着けた腕、そしてモンスターボールを持った手を天へと掲げる。
「いくぜッ!! リザードン、キョダイマックスタイムだ!!!」
ダンデはリザードンを一度モンスターボールへと戻すと、突如として手に持っていたモンスターボールが元の何倍もの大きさへと変化する。そしてそのボールを、片手で再びバトルコートへと投げ飛ばすと、ボールからは、相棒の最強の姿が現れる。
「ッッ! 毎回このキョダイマックスは暑すぎんだよ……!!」
「はは、こんなところで根を上げるつもりか? まだ技すら打ってないぞ?」
アキハがそう言うように、キョダイマックスによって圧倒的な質量と、膨大な熱波を伴って現れたリザードン、炎を身に纏うその姿は不死鳥の如く、まさに最強と呼ぶに相応しいものであった。
それを見たアキハの額には汗が流れる。それが、暑さによるものか、それとも冷や汗なのかは、本人ですら分からなかったが、どちらにせよこの状態のリザードンは間違いなく脅威であった。
そして、とうとうそのリザードンに攻撃の指示が下される、そう思われたダンデの口から出てきた言葉は――
「…………アキハ、
信頼のこもった声で、ダンデはそう言った。
そして――――
「リザードンッ!! キョダイゴクエンッッ!!!」
リザードンから放たれるその炎はまさに業火の如く、大きさだけでもミュウツーの体とは比較にならないほどの大きさのごく炎が、ミュウツーに襲いかかる。
それから溢れ出る熱だけでも、離れた位置にいるアキハには耐え難いほどのものであった。しかし、その炎が今まさに直にミュウツーへと近づいていく。
このまま何もしなければ、骨すらも残さぬほどの灼熱を、ミュウツー、そしてアキハは前にする。
「……ハッ! 誰にもの言ってやがる! もう勝ったつもりってんなら、俺たちを舐めすぎじゃねーのか!? ミュウツー、最高強度のバリアーだッ!!!」
だが、こんな脅威を前にしてもなお、アキハは怯むことなくそう言い切って見せる。
そうしてミュウツーは先ほどのバリアーとは比べ物にならない程の強度を誇るバリアーを展開する。
それは大抵の攻撃であれば、ヒビすら入ることのない強度であった。しかし、あいにく今回の相手は格別、最強の技をぶつけられてはどうなるか、アキハにも予想がつかなかった。
そして、とうとうスタジアム程度の大きさの極炎がミュウツーを飲み込んで行く。
圧倒的な量の炎がミュウツーの体をおおっていき、外からでは中の様子がどうなっているかなど、まるで分からなかった。
(ミュウツー、お前なら――――)
それは、幾億にも感じるほどの時間であったが、ようやく炎の勢いがほとんど失い始めると、中にいたミュウツーがどうなったか、その結果を開示していく。
「………やっぱり、お前らならそうだろうと思ったぜ」
悔しそうにも、嬉しそうにも取れるその声は、攻撃を放ったはずのダンデから発せられていた。
そうしてダンデが言葉を放つと、その炎から解き放たれた後に、ひどく汗を垂らした様子のミュウツーがその姿を現して見せる。
「流石だぜ、ミュウツー」
アキハは、それを目に映すとダンデへと見せつけるように口を歪ませて、笑みを作る。
「ハハハ! そりゃそうだろダンデ! まだ戦いは始まったばっかだからな!」
「なら何度でもねじ伏せるだけだッ!! いけるよな!! リザードンッ!!!」
チャンピオンダンデがジムリーダーでもないトレーナーに対して、ここまで全力を出し切ることなんて今までにあっただろうか。
自分の全力を出し合う戦い、それが互角に繰り広げられるものだから、今、2人は間違いなくこの戦いを楽しんでいた。
もう全てを出し切って負けたとしても、後悔など残るはずがない。そんなバトルだった―――
◇
「………それで? 何か言い分は?」
「「誠に申し訳ございませんでした………」」
正座させられている2人の前に仁王立ちのソニアが立つ。その表情は、まるで般若の面のような程の怒り具合だった。
「はあ………スタジアムの無断使用に加えて、スタジアムの一部破壊って……ほんと、何したらそこまで行くのよ?」
「ああ! とても熱いバトルだったな!」
「そういうのは聞いてないのよ! 全く、それに、アキハくんもアキハくんだからね! なんでダンデくんに付き合っちゃうのよ!」
「我が生涯に一片の悔い無し……いや、負けたからやっぱ悔しいわ。ダンデ、もっかいやろーぜ」
「やるな!!!」
あのバトルの後、色々とバレてリーグからこっぴどくお叱りを受けた2人だったが、ダンデのチャンピオン特権によって厳重注意というだけで済んだことが幸いだった。
しかし、それが回り回ってソニアまで伝わって、現在こうやって猛反省をさせられているのだ。
「ダンデくんはチャンピオン防衛戦を控えてるってのに……こんな無茶したらダメじゃない」
「そういえば防衛戦か! 逆に滾ってきたな! でもどうせ今年もキバナなんだろ? アキハー、お前もジムチャレンジに参加すればいいのになあ。そうすれば、キバナともいい勝負するんじゃないのか?」
「いやいや、俺手持ち一匹しかいないから……キバナとはまあ……何回か戦った程度だけど、流石にフルメンバーだと無理だろ……」
「そうかー………?」
一匹だけでもいけそうだけどなー、と思いながらダンデは残念な表情を浮かべる。しかし、実際のアキハの心境は、九割が勝てないで占められて、残り一割は、面倒くさいというものであった。
だが、アキハの考えることも最もで、ガラルのジムリーダーの本気は全員が強敵となる。その中でもキバナは抜きん出ており、その実力は他地方ならチャンピオンになれると言われているほどだ。
それでも、そんなキバナがチャンピオンになれていない理由は、このダンデにある。
公式戦無敗、そこからついた名が、無敵。無敵であるダンデはチャンピオンになってからも圧倒的な強さを見せつけてきた。
無敵のチャンピオンと謳われるダンデだったが、今彼はチャンピオンとは思えないような無邪気な笑顔で先程のバトルの余韻に浸っている。
それを見て、ソニアはこれまで抱えていた疑問を投げかける。
「……ねえ、わからないことがあるんだけど、なんでいきなり2人はバトルしたわけ? しかもスタジアムを勝手に使ってまでさ」
「ああ、それはだね――――」
「アキハがガラルからいなくなるからだな!」
「……………………」
ソニアの質問に対して、これから話して驚かせようと思っていたアキハの魂胆は、ダンデの直球返答によって即座に打ち砕かれる。
驚く暇もなく、呆気に取られた様子のソニアはそれを聞いて、口をポカンと開ける。
「………え?」
「ダンデェ………俺がせっかく溜めてたのを一言で済ませやがって……」
「どうせ言うんだったら変わらないだろ? それに、そんな溜めるほどでもないくせに」
「まあそうなんですけど…‥」
「ちょちょ! えっ? アキハくんがいなくなるって!? ど、どういうこと?」
話についていけていないソニアはさらに困惑する。
先に言われてしまったが、それでもいい反応をしてくれるソニアに、流石だなという感想を抱いたアキハは口を開く。
「どこから説明したものか……そうだな、まず俺って現在無職なわけよ。ソニアは博士の助手に、ダンデはチャンピオンなのに対して、俺は一応ポケモントレーナーとも言えるけど、ダンデほどの結果があるわけでもないし」
「そ、そうだね……」
ダンデという比較対象が些か不適切にも思えるが、本人が言っているのならそうなのだろう、とソニアは適当に受け止める。
「そんで特にやりたいこともないし、このまま就職すんのもなあ、って思ったから」
「から?」
「なんだったら無職極めて放浪者にでもなろうかと考えて、とりあえず色々な地方に自分探しの旅に出よっかな、っていう結論になりました」
「ええ………」
発想が突然恐ろしいほどに飛躍しており、そこでソニアは理解を諦めた。
ここまでアキハが言っていることは要するに、やりたいこともないから旅するわ、ということだ。
それを聞いて、ソニアはもはや呆れ始めているが、ダンデは肯定しているように笑顔でうんうんと頷いている。
「……それがダンデくんとバトルしたのに何の関係があるの?」
「んー、まあしばらくは会えないから、ってことで最後にやるか! って感じのノリですな」
「アキハと本気でやるのは久しぶりだったから楽しかったぜ!」
もはやこの2人にはついていけない、そう思ったソニアだったが、彼女はこれまでも2人といる時はこんな感じだったなと、理解はしないが納得はするのだった。
子供の頃から一緒に過ごした中だ、こんな場面はいくつも経験している。ならば、今回もこれまでと同じように受け入れるだけの話だ、とソニアは考える。
「……はあ、言いたいことは山ほどあるけど、まあ、アキハくんがやりたいのならいいんじゃない?」
「そうだぜ! アキハがおかしいのは今に始まったことじゃないからな!」
「それお前が言うか。……んじゃまあ、俺も適当にやらせてもらうとするよ」
そう言って互いに笑みを浮かべる。
これからアキハがどこへ行こうとも、2人は大して悲しむわけではない。それは、また会えるから、という信頼によるものなのか、おそらく当人しかわからない心情であった。
それから少し間を空けて、ソニアが思い出したようにハッとしてアキハへと訊く。
「それで、アキハくん。旅って言ったけど、どこ行くつもりなの?」
アキハはその質問に対して、少し悩んだポーズを見せる。
「そうだなあ……………ホウエン地方とか?」
「ホウエンか! ダイゴさんがいるところだな!」
「ホウエンねえ……あとアキハくん、一つ聞きたいんだけどさあ」
「無職だけど、お金はあるの?」
「あっ………………」
………しかし、始まってすらいないのに、旅は終わりを告げようとしているようだった。