「……でさ〜、マジで暑すぎて死ぬかと思ったんだよ。この日焼けの跡とか分かる? 結構経ったのにまだ残ってるんだよ……」
『逆になんで日焼けだけで済んでるの!?!?』
スマホロトムを通じて、ソニアの大きな声が響く。
現在、ホウエンでの旅もひと段落ついたというか……なんやかんやあったので事後報告を行っている最中だ。まあ、本当に色々あったからなあ……
そして、やはり聞かれたのは、ホウエンどころか世界を巻き込む事件になりかけていたグラードンの件だった。規模が規模なので、それはもうガラルにいるソニアやダンデの耳にも入っていたようだった。
『ホウエン地方の伝説のポケモン、グラードンか……俺も戦ってみたかったな!』
画面には帽子とマントがトレードマークのチャンピオン、ダンデも映っており、件の事件のことを随分と気楽に言ってくれる。こっちは世界の危機だったんだぞ。
そんな俺の気持ちを代弁するように、思わずソニアは呆れる。
『そんな気安く言える話じゃないと思うんだけど……とにかくアキハくんが無事で良かった。そんなのに巻き込まれるなんて災難だったね……』
「まあ……ね……いやー、早めにグラードンが倒されてくれて助かったよ。新チャンピオン様様だな」
少し返事を濁らせながら俺はそう答える。まさか、俺がそのグラードンを倒した、なんて言えばさらに詰められるに違いない。ここはひっそりと、陰の実力者ムーブでもしておこう。
『それより! アキハ、聞いたぞ! ホウエン地方に新しいチャンピオンが生まれたって話!』
思い出したようにダンデはそう切り出す。
「……ああ、ダイゴさんに代わって、ハルカって子が新しいチャンピオンになったんだ。なんでも、ホウエン地方では歴代最年少のチャンピオンらしいぞ。まあ、本人は立場とかどうでもいいっぽいけど……」
マグマ団の騒ぎから数週間が経過した現在、世の中がだいぶ落ち着いてきた頃にチャンピオン交代のニュースが突然飛び込んできたのだ。
最年少チャンピオンというのも、まあハルカの実力であれば別におかしいことではないのだが、それにしたって早すぎる。まだ十代前半だろ、才能の原石すぎる。
そんなこんなでハルカのことはホウエンだけでなく世界中でニュースになっている。それに、あんな事件があった後だからか余計にメディアはホウエン地方……ひいてはハルカに注目しているようだ。
『新しいチャンピオンが生まれるのはいいことだな! ガラルでもそういうのが出てきて欲しいんだがなあ……』
「……大体ダンデにやられてるのが現状だろ。それに、またキバナにも勝ったんだって? これで何回目だ?」
『んー……覚えてないな!』
こいつはほんと……自分が全トレーナーの憧れであり、壁になっていることに無自覚だな。そろそろキバナが可哀想になってくるぞ。
『それでアキハくん、そっちでの生活はどう? そろそろ慣れてきた?』
「……なんにせよ金がない。これからまたバイト入れてるけど、結構ギリギリではあるな……」
『……そんなことだろうと思った。はあ、いつアキハくんが泣きついてくるのか、こっちは心配だよ……』
なぜだ。なぜホウエンを救った俺がこんなその日暮らしの生活を送っているのだ。功績で贅沢三昧くらいさせてもらっていいだろ! ……と、思ったが、ミュウツーの手柄でいい気になってもな。
ソニアはため息を吐きつつも、俺のことも心配してくれているようで、だからこそこうやって通話をしてくれるのだろう。
ある程度の現状を一通り話し終わったところで、そろそろこの通話も終わりに近づいていた。
『それじゃ、これで切るけど、ちゃんとしたご飯は食べること! それから無理はしない! 以上!』
『アキハ、じゃあなー! また今度ガラルに帰ってこいよ! ……あ、それか俺がホウエンに行けば……』
ダンデがそう言いかけると、画面はプツリと暗転する。一瞬、不穏なことが聞こえたが、俺は何も聞いていない。ダンデがホウエンに来て迷子にでもなったらどうするんだ、俺ですら道を忘れることがあるんだぞ。
しかし、ホウエンに来てからおよそ数ヶ月、そろそろこの周辺の街への行き方くらいは覚えてきたぞ。これでようやく、ヒガナに助けてもらわなくても…………
………………そういや、最近ヒガナ見てないな。
そう頭にヒガナの名前が思い浮かんだところで、しばらく彼女に会っていないことを思い出す。
いや、そこまで一緒にいた……というわけでもないのだが、ホウエンで知り合った数少ない内の1人だからか、それとも単に気が合うからなのか、妙に動向が気になってしまう。
「って……やべえ、そろそろバイトの時間だ。ミュウツー、テレポート頼むぞ」
『………………………』
「……あ? いやめんどくさいじゃなくて……そんくらいいいだろ別に! 一回! ほんのちょっとでいいから! ……あーもう、あとで良いおやつ買ってやるから………!」
◇
某時刻、トクサネ宇宙センター天体観測所。
惑星の軌道計算や、宇宙関連のデータを主として研究しているこの空間は、たった今明らかに異質な空気が漂っていた。
そして、多くのコンピューターやモニターが設置されているメインルームに、とある知らせを受けた一人の科学者が駆け込んでいく。
「ソライシ博士! 大変です! 隕石の軌道が突然変化して――このままでは、この星に衝突しますっ!!!!」
「ッ!? なんですと!? 隕石の軌道を確認、予測計算!! 急いで!!」
隕石の衝突、あまりにも突飛なものであったが、そう報告を受けたリーダーらしき科学者は、直ちに部下に計算をするように命令する。
部下の一人はキーボードに数値を入力していくと、計算を始める。そうして、カタカタとキーボードを叩く音だけが不気味に響くと、結果が画面へと映し出される。
「落下予測地点は……ルネシティ南西にある孤島です!」
「ルネ……だと? まさか……あそこで立て続けにこんなことが? ………いや、しかし、これはまるで……隕石が意思を持っているような……」
「どっ、どうしましょう!? このままでは世界は……!?!?」
科学者は思考を始める。
どうすればこの危機を回避できる? 衝突までに残された時間はいくらだ? 隕石の規模はどのくらい? 急な軌道の変化は何が原因だ? 先のグラードンが復活した件と何か関係が?
そうしてたどり着く、一つの結論。
「……落ち着きたまえ。隕石が衝突するというのなら……かくなる上は――――」
◇
さらに同時刻、雲を見下ろせるほど高度のある塔の頂上。
一匹のゴニョニョと、マグマ団の衣装を着た彼女は、夜空を見上げる。
「よっ……っと。この服ももう必要ないよね」
彼女はそう言って服を脱ぎ取ると、バサリと塔の上から投げ捨てる。その服は一度風に乗ると、目では捉えられないくらい遠くへと運ばれていく。
そうして露わになった彼女の姿――継承者としての姿が、彼女、ヒガナの本来の役割だ。
「ごにょ!」
「ん〜? どうしたシガナ〜? 私が私に戻って嬉しいのか〜? 可愛いやつめ〜」
どこか重苦しい雰囲気を纏うヒガナだったが、シガナと呼ばれるゴニョゴニョに対しては、ただ純粋に戯れる。ヒガナはいくらか撫でてあげると、満足したのか、それとも決意をする準備が整ったのか、一息つく。
「………………………ふう」
するとまた、ヒガナからはどこか哀愁が漂う雰囲気を醸し出す。
ヒガナの背中を覆う、そのボロボロのマントは、今までにどれほどの苦難を過ごしてきたかが語られるようであった。
「あと何週間……いや、何日かな? もうすぐそこまで迫ってきてるんだってのに、アキハがグラードンを止めちゃったからさ……ちょっくらメンドい話になったよ」
「ごにゃあ……」
「大丈夫、作戦は考えてあるからさ。たんまりアレを溜め込んだキーストンをそこらからちょちょい……ってね。結構当てはあるんだよ?」
ヒガナの継承者としての役割、その遂行のためにキーストーンが必要だと言う。ただ、ヒガナの元々のプランではこうなる予定ではなかったようだった。それを変えざるを得なくなった理由が、アキハにあるということを、ヒガナは少し嫌味っぽく言ってみせる。
ただ、ヒガナもそこまで気にしているわけでもなく、数あるプランの内の一つが潰えた……程度にしか考えてないだろう。むしろ、こうなってしまえばこれからの計画の方が重要だ。
残された時間が短くなると、出来ることは限られてくる。ここからはミスは許されないのだ。
「………………………絶対に守るから」
そんな思いを胸に、ヒガナはそう決意を抱く。空に浮かぶ光る星々、そんな巨大な物が相手だろうと、何も臆するものなど無いように振る舞って。
そして、最後にヒガナは言い残すように、こう呟く。
「―――――シガナ」