「あー……疲れたし、金が無え……」
今日も財布が軽いのを憂う。生活最低限の金さえ手に入ればいいのだと思っていたが、実際暮らしてみると、金が僅かしかないというだけで心の余裕も無くなってくるようだった。
疲労が溜まってきている体に鞭を打ち、どうにか宿に戻ろうとする。辺りはすっかり暗くなってきており、そろそろ昼の暑さが抜けてくる頃だった。
そんな夜道を一人でとぼとぼと歩いていると、前方に見覚えのある服を着た少女が立っていたのが目に入ってくる。それは、一目見ただけで分かる、あまりに特徴的なマグマ団の服だった。
だが、マグマ団はあの一件以降、表舞台に姿を見せることはめっきり無くなっているらしい。だとするなら、目の前の彼女は一体何をしているんだろう、と少し覗き込もうとする――
「…………アハ、アハハ。リー……ダー……………」
ええ……怖ぁ…………
こんな夜に女性が一人で笑っているのなんてホラー以外の何物でもなかった。触らぬ神になんとやら、とも言うし、ここは近寄らんとこ………
「……………ん………誰か……いる?」
やべバレた。
……俺にはこういう隠れ事は向いてないのか? 全てに於いて見つかっている気がするぞ。
だがしかし、俺も反省しないわけじゃない。見つかってからが本番なのだ。ここから一瞬で彼女から逃げ去って見せよう。もう以前のような目に遭ってたまるかってんだ!
◇
「ターゲット……捕獲……」
「みのがしてくだちい」
瞬・殺。身体能力には勝てなかったよ……
「……あれ、キミ、どこかで見たことが……あるような……ないような……」
「それ多分気のせいなんで離してくれません?」
背中を押さえつけられて、視界が地面で埋まる。見覚えがある、と言われたところで、マグマ団なんぞの一人一人なんて俺は覚えているはずがない。頼むから人違いであってくれ。
「……あ、そうだ。確か……アイツと一緒だったんだ……」
「………アイツ?」
「ん……現チャンピオン……って言ったら分かる……でしょ。マグマ団を……リーダーを壊した、あの……アイツにッ………!!」
現チャンピオン、というと……ハルカのことか? そんで、こいつはマグマ団の残党ってところか。口からギリギリと音が聞こえてくるあたり、それも相当ハルカを恨んでるらしい……
……ただ、マグマ団の崩壊に関して言えば、俺も無関係とは言えないところがある。表舞台ではグラードンを倒したのも全てハルカのおかげ、ということになっているが、実際に影響を与えた身として少し心が痛まないこともない。
しかーし、それとこれとはまた別の話。残党なんぞに恨まれてたまるかってんだ。ならば、この場はとりあえずしらばっくれて逃げるだけだ。
「……えーと、アンタとハルカの間にどういう因縁があるのかは知らないが、俺に何かしたところで何も起こらないと思うぞ?」
「……ァハ、アハハ。何も起こらない? なら、キミには何をしたっていいってコトだよね? 例えば……ボクの憂さ晴らしにでも付き合ってもらうとかさ」
「!? ちょッ……それがそこら辺の一般人捕まえてやることか!?」
マジかこいつ!? 気になったから近づいただけなのに、なぜこんなことになる!?
「うん。ボク……今ムカついてるからさ……アイツへのリベンジの練習も兼ねて……いいよね?」
よくない、絶対によくない、と反論しようとしたが、彼女の手には既にモンスターボールが握られており、どうやら本気でおっ始めるようだった。
「……クソ! そっちがやる気なら仕方ない! ミュウツー、行くぞ!!」
「アハ! 少しは……楽しませてね!!」
そう言って彼女から繰り出されたのは、バクーダ。バクーダであれば、マツブサとも一度戦ったことがある。これなら勝てる!
マツブサは改心したとはいえ……残党がこんな真似をするというのなら容赦はしない。少しはそっちも痛い目に遭ってもらうぜぇ……
………
……………
…………………
「…………………………? ポケモン、出さないの?」
「…………ちょっと待って」
バトルが始まる――そう思われたが、実際はこちらのミュウツーが出てこないまま静寂に包まれる。おいミュウツー、どうなってんだ?
『……………………』
……いや待て待て、『眠いから寝る』じゃなくて。バトルのお時間なんだって。早く出てきて戦ってもらって……ちょ、おい!? この野郎、ガチで寝てやがるッ!?
毎回毎回、戦いたかったり、そうじゃなかったり、気まぐれすぎんだろ!? これじゃバトルにすらならないんだけど!?
「……ねえ、もう始めて、いい?」
「あ……………えーと、会話による平和的解決はお好きですか?」
「キ・ラ・イ」
「…………デスヨネー」
◇
「カガリ様、これでご満足いただけたでございましょうか?」
「うーん。キミ、座り心地も良くないし……やっぱいいや。次、肩揉んで」
「………さいで」
たった数分のうちに、ものの見事な従順な召使の完成だ。このカガリとかいう女、さっきから俺をこうやって弄んでばっかりだ。これだからマグマ団は……
「……あ、そうだ。ねえ、キミならアイツの居場所って知ってる……よね? やっぱり一回は復讐でも……してやらなきゃ」
「……知りませ―――「あっそう……使えないね」
このヤロウ………流石の俺でも、そろそろ血管がブチ切れてきそうになってきたぞ……
ていうか、いつまでこうしてる気だ? コイツの目的はハルカへの復讐のようだが……それにどれだけ俺を付き合わせようとしていやがるんだ……頼むからさっさと解放してくれ……
そう悲痛な思いを抱えながらカガリを見ていると、何やらブツブツと独り言を始めた。
「やっぱりこっちから見つけるとなると難しい……なら、無理やり来させるには……あ、そういえば……確かあのロケットには……うん。リーダーをあんなにしたこんなセカイなんて……いらない……よね。このまま、アレに壊されちゃえばいいんだ……」
なんか不穏すぎること言ってるんですけど。そろそろ本格的にまずいのではなかろうか?
「……ん?……一体何を言って……?」
一旦、カガリの思考のペースダウンを図ろうと声をかける。
俺の声に反応したカガリはぎゅるり、と首をこちらに曲げてくる。それも、その顔に狂気的な笑みを引っ提げて。
「アハハ……何って? ただ……このセカイを壊そうとしてるだけだけど?」
「………はあ?」
突然、スケールの変わった話になってきた。ただ、世界を壊すと言っているカガリの表情は、冗談を言っているようには見えなかった。
「ええと……世界を壊すっつったって……まず、そもそもどうやって? マグマ団らしく、またグラードンでも復活させるのか?」
「そんなの必要ない……って。あ、そっか、キミたちはまだ知らないんだっけ」
「………? さっきから、何の話を――――」
「一週間後。このセカイに巨大隕石が衝突する」
「……………………………………」
カガリのたった一言に、俺の脳内は埋め尽くされる。
「…………あ? 隕石……?」
情報が完結しないまま、聞き返すように言葉が漏れ出す。
「そう。隕石はこの星に衝突し、そしてこのセカイはデリートされる……ウソみたいな話だと思う? でも、これが真実なんだ」
「……………んなバカな……」
この世界、連続して危機が起きすぎ問題。なーんでグラードンを止めたかと思えば、次は巨大隕石なんかがやって来るんだよ……
思えば、俺はその時、急にこんな訳の分からない話を聞かされているというのに、何故だか、カガリの言っていることは真実として頭に入ってきていた。そんなの嘘だ、と言い返すことだってできたはずなのに、そうすることはなかった。
カガリの言っていることもそうだったが、そんな言葉を受け入れている自分に驚いた。グラードンのような存在を見て、実際に世界の危機を味わったからだろうか?
「知らなくても……無理ないか。チャンピオン達はこの事実を秘匿している……まあ、おおかた市民の混乱を防ぐため、といったところだね。この事態は彼らだけで片付けるようだから」
「片付ける……? まさか、こんな事態にも解決法があるってのか?」
「トクサネのロケットは……知ってるよね? あれに、あるモノを搭載して隕石にぶつける、っていうのを考えてるみたい」
「……その、あるモノって?」
「ワープ装置」
ここまで衝撃の事実を淡々と言葉を並べるだけのカガリだったが、隕石と来て、次は……ワープ装置?
……もう何が来ても驚かないぞ。世界の危機だってんだ、そんくらいの代物がなければ立ち向かえなくても不思議ではない。いや、だけど受け入れるのには少々時間が要るな……ワープ装置か……
「正確に言うと隕石転移装置……言っとくけど、転移技術ならボクたちも利用してるよ。ほら……例えば……ポケモン交換ケーブルとか」
「あっ……ふむ、確かに言われてみれば……そこまで非現実的な話でもないのか」
ワープ装置なんて現実にはありえない話だと勝手に思い込んでいたが、そこでカガリの発言で、あることに気付かされる。
確かに言われてみれば、身近のワープ技術を利用したものは存在していたな。そのポケモン交換ケーブルの技術の最上級まで高めたものが、その隕石転移装置とやらなのか。最近の科学ってのはスゲーなあ………
なんて人類の進歩に浸っていると、カガリはようやく重い腰を上げて立ち上がる。
「さて、説明はこのくらいでオシマイ。本題に戻るよ」
「本題? って――――」
「ボクは、これからその隕石転移装置を破壊する」
耳を疑った。だけど、その顔は本気の顔だった。
ここまでその隕石転移装置について語っておいて、それを壊すと来た。うん、何言ってんの?
「……そりゃまた、突拍子もないことで。理由はまあ……ここまでの話を聞く限り、聞かなくても分かるけど……」
「そう。これがリーダーを壊したアイツへの、そして世界への復讐。うん……イイ……とっても……イイ……!!! ボクの、絶望を! アイツらに、世界にもう一度味わわせてやるんだ! アハッ、アハハハハハハ!!」
「ええ…………」
世界への復讐って……そんなもんに世界を巻き込まないでほしい。そもそも、アンタのリーダーはとっくに考えを変えて反省したってのに……マツブサ、部下への教育がなってないぞ。
と、俺がこれを聞いてもそこまで焦らないのには理由がある。
そもそも、その隕石転移装置を壊すって言ってるものの、っつったって、どうやって? それを奪い取ったりするのか? 相手は元チャンピオンと現チャンピオンだぞ?
はっきり言って、マグマ団の残党程度でその二人を倒せるとは思っていない。それに、カガリははっきりとハルカに負けてるわけだしな。……その残党程度に負けたのに上からだな、っていうツッコミは無しで。
とにかく、不意打ちでもしない限り、その二人に隙などない。最終的にカガリが失敗することなんて目に見えている。
………だが、それだけではここまで俺が弄ばれた分のフラストレーションは解消されない。俺は疲弊しきったはずの脳をフル回転させて、あることを思いつく。
そうだ、カガリに嫌がらせをしてやろう。
俺のことを舐めていたのか、計画をこうもベラベラと喋ってくれたもんだからな。ただ失敗させるだけじゃ物足りない、それ以上の屈辱を与えなくては。
ククク……よくも散々、俺をコケにしてくれたなあ……? 次は―――俺のターン、だぜ?
「喋ってたら疲れた。水」
「あっ、はい」