かくかくしかじかあって、私、アキハはホウエンへと旅立ったのである。
この旅をするにあたって、ソニアとダンデには感謝しても仕切れない。なんせ、ホウエンへの飛行機代を貸してくれたのだから。
最初、ダンデが快く帯付きの現金をそのまま渡してきた時は、チャンピオンって恐ろしい……なんてドン引きしたが、それはソニアによって没収されると、最終的に数万円の飛行機のチケット代だけを貸してくれた。
後の金は現地で自分でなんとかしろ、と言われたが飛行機代は貸してくれるあたりソニアもチョロ……優しいな。
とは言っても、実際何をして金を手に入れようか。賞金付きの大会でも探そうかと思ったが、いまいちやる気が出ない。ダンデとの戦いを経て燃え尽き症候群にでもなったのだろうか。
いや待て、そもそも俺にバトルに対する熱があったか? ダンデのようなチャンピオンになりたいわけでもないし、ポケモントレーナーとして飯を食っていけるほどの情熱が備わっているわけでもない。
思えば、特にやりたいこともない、そんな俺だからこそ、今こうして旅に出ているのではないか。バトルの情熱とか、小難しいことは今は考えずに適当に旅をするだけでいいのだ。
色々と考えてはみたが、とりあえず路銀の問題は後回しにしておこう。今は、それよりももっと重要な問題がある。
右を見れば森、左を見れば平原。ついでに上を見上げると、広がる空に浮かぶ鳥ポケモンたち。目的地へと向かうための目印となるような建物なども見えず、人の気配もしない。
さて、人はこのような状態のことをなんと言うのか? 答えは簡単。
「迷った………」
◇
俺が迷子になったと気づいてから、数時間が経過した。
「俺はダンデじゃねーってのに、どうしてこんなことに………」
これで俺は、少なくともダンデの迷い癖を笑える立場ではなくなった。これまでは介護する側だったのに、今となっちゃ誰かに介護されなくてはいけなくなってしまった。
腹の中の空間が広がっていくのを感じると共に、徐々に頭に回すエネルギーも減っていき、思考ができなくなっていく。しかし俺は、残された最後のエネルギーを振り絞って、どうにか窮地を脱しようと案を模索する。
そして、その瞬間、頭に天啓が舞い降りてきた。
「――はっ!! そ、そうだッ!! ミュウツー!!!」
なぜ忘れていたのだろうか、俺には頼れる相棒がいたではないか。
「ミュウツー! 空を飛んで街を探してきてくれないか!」
俺はモンスターボールで休むミュウツーへとそう語りかける。自分でも思ったが、それはまさに、完璧な解決策だった。
「……………」
「おい、ミュウツー? なんで出てこないんだ?…………なんだって? 『めんどくさい、エネルギーの無駄』……?」
しかし、これには欠点があることを、今思い知る。
「…………んがああああ!! ざけんな!! 俺が一番エネルギー消費してるっつーの!! 大体お前寝てるだけじゃねーか! バトル以外でも少しは役に立ちやがれ!!」
ミュウツーが極度のニート精神の持ち主だということだ。いや、それも一つの要因であるのだが、ミュウツーがこうも俺の言うことを聞かないのには、それとは異なる最も重要な理由がある。
それは、俺がバッジを一つも所持していないことだ。
ガラル地方のジムチャレンジに挑戦もしていないため、もちろんジムバッジを持っているはずがない。そして、このミュウツーというポケモンはとてつもない力を持っている。それこそ、ダンデのリザードンに張り合うくらい。
このミュウツーが俺の言うことを聞くのはバトルの時くらいなものだ。逆に、なぜバトルだけ言うことを聞くのかはわからないが。
「俺が街に着かなかったらお前もここで倒れんだぞ!? こんの……いいからさっさと出てきやがれ!!」
この野郎……いくら呼んでも出てくる気がないぞ……
こうしている間にも時間は進む。だんだん夕陽も沈みかけてきてしまっていて、このまま夜になれば右も左もわからなくなるのは目に見えていた。
焦りを覚えてきたその瞬間、俺がそうやってモンスターボールの中にいるミュウツーと一人格闘している中、辺りの茂みがガサガサと揺れる音が響く。
「………?」
野生のポケモンだろうか、と凶暴なポケモンだった時のことを考えて、注意してその茂みへと恐る恐る近づく。
そして、その茂みをゆっくりと覗いてみると――
「ゴニョ?」
「あら、かわいい」
そこにいたのは、小さく丸まったゴニョニョというポケモンの姿だった。
こんなところに小さなポケモンが一匹ということは、群から離れてしまった野生のポケモンだろうか、それとも誰かの手持ちのポケモンだろうか。もしも後者なら、その人に道を聞きたいんだが……
「なあ、お前って一人か? それか、ここら辺にお前のトレーナーがいるのか?」
藁にも縋るような気持ちでこのゴニョニョに話しかける。言葉が伝わっているかどうかは不明だが、今はこうするしかないのだ。
「ゴ……ゴニョ………」
すると、そんな俺を見るなりゴニョニョは怯えたように、動きを止める。
怯えられて話が通じないのではどうしたものか、と頭をかきながら怯えるゴニョニョに再び話しかける。
「なあ、別に悪いことするわけじゃねえからさ。そんな怖がんないでくれていいんだぜ? ついでになんか教えてもらうとありがた――」
「キミ、私のシガナに何か用?」
突然、背後から名前を呼ばれる。
「……ん?」
振り返ると、黒髪に灰色のマントを着けた女がこちらを睨みつけながら立っていた。
「とりあえず、シガナから離れてもらえるかな。どうもその子怖がってるみたいだし」
「シガナ………って、このゴニョニョか? そうなるともしかして、アンタトレーナーか!?」
「っと!? ちょ、近い近い! なんなのキミ!」
「あ……すまん。久しぶりに人に会ったもんでつい……」
人に会えた喜びから思わず詰め寄ってしまった。だが、ここで人に会えたのは本当に幸運だ。
これでようやく助かる……!
「はあ……あ、おいでシガナ。よーしよし、怖かったねー」
「やっぱそのゴニョニョのトレーナーだったか。いやー、さっきまで話が伝わらんもんで困ってたんだ」
「そうだけど………キミ、何者?」
ゴニョニョを抱えるその女は、こちらを少し睨むようにそう訊く。
「何者って……ただの旅人だが」
「……そう? ならいいんだけど、基本人懐っこいシガナがこんなに怖がってるのなんて初めて見るからさ。見た目もそうだけど、悪い人なのかと思ったよ」
「心外だなあ。ぼかあ誠実な一般人だよ」
「そ、そう………」
この俺の見た目のどこが怖いと言うんだ。このサングラスとかカッコいいだろ。
調子が崩れたように、俺に向けられていた疑いの目が少し弱まると、彼女は口を開く。
「それなら、シガナを見つけてくれてありがとね。目を離すとこの子すぐどっか行っちゃうんだから」
「いや、別にいいんだ。それよりも、突然だが一つ頼みたいことがある」
「ああ、そういえばさっき困ってるって言ってたね。そうだね……疑っちゃって悪かったし、話くらいは聞こうか?」
「――――道を教えてくれ」
「…………………え、あ、うん」
◇
「へえ、ホウエンに来たのは初めてだったんだ」
「そうそう。それで、現在金もなくてだな――」
道を教えてくれるというので、なんなら街まで案内してもらうことになった。それまでの間、身の上話でもして時間を潰すことにしている。彼女の方も話になかなか付き合ってくれているため、暇になることはなかった。
「そういえば名前も言ってなかったな、俺はアキハ。そうだな、言うなれば、ガラル出身の謎の訳アリトレーナーさ……」
「アキハ、ね。話を聞いている限り、別にキミはトレーナーってよりかは、無職に近いものなんじゃないの?」
「ぐっ……まあそうともいう……」
一時は認めたつもりだったが、実際にそう言われると辛いものがあるな……と、苦しくなってきたため、そんな俺の話を切り替えるように、話題を彼女の方へと振る。
「ああもう、別に俺のことはもういいんだ。それより、次はアンタのことも教えてもらおうか」
「私? 私はヒガナ。何者かと聞かれると……ちょっと悩んじゃうな。今はまだ、謎のお姉さんってことにしておこうか」
飄々とした態度で彼女は、ヒガナはそう言った。
「お姉さん…‥って、俺とそんなに歳変わらないだろ」
「え? 君14、15歳あたりじゃないの?」
「…………少なくとも今言ったものより、5年は生きてるぞ」
「うそぉ……小っちゃい……じゃなくて背もあれだし、顔もそんな大人に見えなかったよ……」
誰がチビじゃ……しかしなんとも不便なことに、この肉体はどうやら世間では実年齢よりも若く見られてしまうらしい、難儀なものだ。
「これは失礼したね。まあでも、年齢がどうあろうと私のことはヒガナお姉ちゃんって呼んでいいよ! ほら、まずは試しに一回どうぞ!」
「……それはお姉ちゃんと呼ばせたいだけでは? ていうか、そんな呼び方しないし……」
そんな他愛もない会話を繰り広げているうちに、街の灯りが目に入ってくる。
「あ、そろそろ着くね。見える? あそこがここらで一番大きな街だよ。あそこなら建物も多いし、色々と便利な街だから、なんとかなるんんじゃないかな」
「はあ……ようやく辿り着いたか……」
苦節十数時間、ホウエンの地に降り立った俺はようやく街まで来ることが出来たのだ。それもこれも、全ては何もしようとしないミュウツーのせいであり、この妙にお姉さん面してくるヒガナのおかげでもある。
「ここまで案内してくれてありがとな。ヒガナとあそこで会えてなかったらと思うとゾッとするよ」
「いいってことよー。さっきも言ったけど、シガナを見つけてくれた恩だからね」
ヒガナは笑ってそう言う。話にも付き合ってくれたし、気が合いそうだとも思っていたんだが、街に着いてしまったのでそんなヒガナともここでお別れだ。
若干の心残りを感じつつも、別れを告げるとしよう。
「それじゃ、俺行くよ。またどこかで会お――」
「待って」
そう言いかけた時、ヒガナは突然手を取ってきてその口を開く。
「ねえ、もうちょっとだけ付き合う気はないかい?」
突然、微笑みを絶やさないヒガナはそう言う。俺はそんな姿に一瞬呆気に取られるも、すぐに現実に戻ってこう訊く。
「……………と、言いますと?」
「ふふん、案内したい場所が一つあるんだよね」
◇
「どーです!? この星空!!!」
ヒガナは手を大きく広げて、星々が煌めく夜空を映し出す。
「す……すげえ……………」
ヒガナに夜になるほど遠く案内された先にあったのは、ただの草原であった。だが、街からかなり離れた位置にあるここでは、空を埋め尽くすほどの星が一つ一つはっきりと見えることができた。
この景色を、ヒガナは俺に見せたかったのか。
「ここら辺は最近になると流星とかも見えるから、ヒガナさんのお気に入りなのですよ」
「へえ……………え、これで終わり?」
「んー? そうだよー?」
「マジかよ……?」
確かにこの景色は素晴らしいが、それを見せることだけのためにこんな夜まで歩いてきたというのか。これでまた街まで戻れば、宿も空いているか分からないくらいの時間になってしまうだろうに。
それに、ヒガナの方もなぜわざわざ俺をここに連れてこようと思ったのだろうか。
「おや、俺はなんでこんなところに連れられたんだろう……って顔してるね。そりゃ、こんな夜までずっと歩きっぱなしは疲れるしね」
そんな疲れと考えが顔に出ていたのか、ヒガナはそう言った。
「本当にな。それで、大層な理由でもお持ちで?」
「まあ、私もなんでキミに見せたかったのか、理由なんてないんだけどね!」
「おい」
舐めてんのかコイツ……理由もなく俺をこんなところまで連れてきたのなら、一回くらいブッ飛ばしてもいいよな?
「――――本当に、わからないんだ」
突然、ヒガナは顔つきを変えてそう呟く。
「……? 単に見せたかったらってことでいいんじゃないのか?」
「うーん、見せたかったからってのもあるけど……なんて言ったらいいんだろうね。キミだから見せたのかな……?」
「はあ?」
ますます意味がわからない。それはヒガナも同じことのようで、ただ単純に自分の直感に従ってそうしただけのようにしか思えない。だとしても、俺のどこにそう思わせる要素があったのかは知らないが。
「………はあ、ま、なんでもいいんだけど、この景色を見せてくれたことは感謝すべきなんだろうな。ありがとう、ヒガナ」
「アハハ、それはどういたしまして」
とは言ったものの、ここからまた街に戻るとなると相当時間がかかるぞ……最悪野宿も辞さないことになるかもな……
そんなことを思ったのも束の間、そんな悩みはこの夜空に比べればちっぽけなものなのかもしれない、空を背景に微笑むヒガナを見た俺はそう思えた。
「こっからあそこまで戻るのか……仕方ない、頑張って歩きますか……」
「そっか。うーん、こっから歩かせるのも酷だろうし。そうだねえアキハ、キミならもしかしたら出来るかもしれないかな」
「……何が?」
若干の嫌な予感を感じながら、ヒガナの話を聞く。
「街まで一っ飛びの空の旅をする気はあるかい?」
「……? 安全運転でお願いします、とだけ言っておこう……」
「あばばばばばばばばばばばばばばば!!!」
「あはは!! ボーマンダが私以外に人を乗せるなんて初めてだよ! でも、これで街まで一っ飛びだから!」
「いや着くより先に俺がじぬうううううううう!!」
竜は星空を駆け、俺は風圧で顔が歪むのだった。