旅して世界は救わない   作:堕賀史菓子

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20話

 

 

 空の柱、そこはルネの一族が代々管理を続けており、その管理人であるミクリが許可しない限り、一般人は誰も立ち入れないようになっている。

  

 しかし、雲よりも高い位置にある誰もいないはずのその頂上で、一人の少女は空を見上げる。

 

「……これで、全部終わるんだね」

 

 その視線は空へと、否、宇宙へと向かっていく一匹のポケモンとトレーナーに向けられていた。

 

 萌葱色の輝きを身に纏うそのポケモンは、ヒガナたち流星の一族では『竜神様』と呼ばれるポケモン、その名をレックウザという、ホウエンに伝わる伝説のポケモンだ。

 

 レックウザがこの地に降り立った理由、それは今もなお地球へと向かっている巨大隕石の破壊のためだ。

 

 メガシンカを果たしたレックウザの力は凄まじく、圧倒的なオーラと共にあの隕石を破壊できるほどの能力を有している。その力は、他のホウエンの伝説のポケモンである、グラードン、そしてカイオーガを鎮めることが出来るほどだ。

 

 そして、そのレックウザと共に天翔る存在こそ、現在レックウザの背に乗るハルカである。

 

「…………………………」

 

 世界が救われるというのに複雑そうな表情をするのは、本来レックウザと絆を結ぶ()()()()()、ヒガナというトレーナーだった。

 

 そもそも、ヒガナはこれまでにレックウザのトレーナーとなるための行動だけをしていた。ある時はマグマ団として、ある時は謎のトレーナーとして、その役目を果たそうとしていた。

 

 そして、とうとうレックウザを召喚することになったその時であった。

 

 祈りを捧げて現れたレックウザだったが、その時のレックウザは、今とは比べ物にならないほど力を失っていた。それは、メガシンカすらできないほど。

 

 ヒガナはどうにかレックウザをメガシンカさせようと試みた。何度も叫んだ。しかし、レックウザに反応は何一つとしてなかった。

 

 そんな時、ハルカの持っていた隕石の破片が光を放った。それはレックウザへと向けられており、ハルカはレックウザにそれを渡してみると、たちまちレックウザは力を取り戻した。

 

 そうして、レックウザは自らの背に乗せる存在をハルカだと見定めたのだ。

 

 ヒガナはそれを見て、自分の役割が想いを受け継ぐ『継承者』ではなく、想いを託す側の『伝承者』であることを悟ったのだった。

 

「……はー、これからどうしよっかね」

 

 どうしようもないほどの事実だけが、ヒガナに残されていた。

 世界を救ったのは自分ではなく、主人公であるハルカだと。これまでの行動は、すべて無駄になったのだと。

 

 だが、それから生じる悪感情はあまり無かった。

 

 嫉妬や無力感に苛まれて自分を卑下し始めるかと思っていたが、終わってみれば空虚な感情しか感じていない。おそらく、どこか自分でも分かっていたのだろう。選ばれるのは自分ではない、と。

 

 想いはレックウザにガリョウテンセイを伝承する過程で、ハルカとバトルした時に全て伝えた。

 

「とりあえず……里にでも戻ってみるかな。おばばなら、まあ許してくれるでしょ」

 

 大半の人にとってこれで物語は終わり、ここから先はエピローグでしかない。

 

 全てをやり終えたヒガナは最後に空をもう一度見上げると、溜めていた重い重い息を吐き出すと、空に背を向けて再び歩き出すのだった。

 

(………じゃあね、ハルカ)

 

 この場を去ろうと、もう一度顔を空に向けることなくヒガナは振り返るのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「てめえええええええええええ!!! よくも記憶消去してくれたなあああ!?!? 俺がお前に何したってんだよ!? 約十年も記憶消去するとか暇かよ! 記憶探してる俺を見るのは楽しかったか楽しかっただろうな楽しかったですかコンニャロー!! てかここどこだよ酸素薄いし寒いんだよ!! パニクって適当なところにテレポートしてんじゃねえか!!」

 

『……………………………!!!』

 

 

 ――――しかし、振り返った先にいたのは、絶賛大喧嘩中のバカコンビだった。

 

 

 

 

 

 こいつマジで許さん。一回ボコボコにしてやらあ。

 

『……………………!!!』

 

 ははは!! エスパータイプなんぞに肉弾戦なら負ける気がしな……ちょっ、普通に痛い、痛ッ……あ! こいつ拳にバリアー纏ってやがる!! それ角が当たって痛い……ねえ、それ反則……マジでやめッ……やめろォ!!!

 

「……………いや、何やってんの?」

「……………え」

 

 その一言で、殴り合いは止まる。

 拳を止めた俺とミュウツーは、同時にその声がした方へ振り向く。

 

「な……何でヒガナがここに……」

「それこっちのセリフ。どうやってここに来て、何で子供みたいな喧嘩してんの?」

「ぐぬ……」

 

 み……見られてた……ついでにその冷静な言葉が響く……

 

 ……ていうか、本当にここどこだよ。よくよく見てみれば、雲が下にあるし、どんだけ高い場所に来てんだ。

 

「それは……まあ話せば長くなるんだけど……かくかくしかじかで……」

「………はあ? サカキと会って、それで記憶喪失の原因はそこのミュウツー? ……あはは、面白い作り話だね。で、本当は?」

「全部だよ! サカキの野郎の話信じるのは癪だけど……こいつの反応からして真実っぽいんだ」

 

 横でこちらに顔を向けないミュウツーを指して、そう答える。しかし、ヒガナからは未だ疑いの目が晴れることはない。テレポートで跳んできてすぐに、こんな突拍子もない話をすれば当然の結果ではあるのだが。

 

「……仮にその話が本当だとして、アキハはどうしたいわけ? ミュウツーに記憶を取り戻してもらうように頼むの?」

「そりゃそうしたいところだけど、コイツが反応する気ないっぽいからなあ……」

 

 横を向くと、ミュウツーが沈黙を貫いている。どうやら何も言うことはないとのことだ。

 

「ふーん、ってことは、私と最後に会った時のことも覚えてないんだ」

「最後……? 俺、また何かやっちゃいました?」

「アキハってば、私に酷いことたくさんしたじゃん。私、すっごい傷付いちゃったのに」

 

 ……冷や汗が垂れる。い、いや待て、落ち着け。これはヒガナのよくある口頭テクニックだ。いやしかし……本当に何したんだ俺……

 

「な、何したのか分からんが……すまん。過去の俺に代わって謝っておく」

「うん、まあいいよ。だけど、責任は取ってもらうからね」

「はひい……」

 

 絶対許してないやつだコレ……

 

 ていうか、そんなことがあったのに覚えてないってことあるか? 俺の記憶ではヒガナを追いかけたところまでなんだが、ヒガナの語る事実とはどうも異なっている。一体、どういうことなのか。

 

 さて…………なあ、ミュウツー、なんでそっぽ向くんだ??? まさか、だけどそん時の記憶も封印してたりしないよな???

 

『………………………………』

 

 OK分かった。有罪、ギルティ確定だな!!! 第二ラウンド開始だオラア!!!

 

「はいはい。アキハとミュウツーが仲良しだってのは分かったから、さっさと私の事情を話させて」

「あっはい」

  

 即座に正座の姿勢を取って聞く準備をする。今は何よりもヒガナの話の方が重要だ。それはそれとしてついでにミュウツーをぶん殴っておく。

 

『……!?』

「えーと、あの時話したことも覚えてないんだったら、また最初っからか。つっても、さっきハルカに話したことを繰り返すだけなんだけどね。……さて、始まりは、約三千年前に遡って―――」

 

 

 

 

……

 

………

 

 

 

「……そんで、私が伝承者になってレックウザをメガシンカさせるはずが、なんやかんやあってその役割はハルカに託されたのでしたー。はい、めでたしめでたし」

 

 相変わらず飄々と、軽々しくヒガナは語り終えたのだった。

 

 だが、今語られた内容はそんな雰囲気では済ませて良いものではないことは俺にだって分かった。しかし、今まで全てを注いできた目標を失ったというのに、ヒガナの顔はどこか晴れやかだった。

 

「……そんな重い感じになんないでよ。ここに来るまでにやることやってきたんだし、その報いってやつだよ。第一、これで世界は救われるんだしね」

「だとしても……! それじゃヒガナがあまりにも……」

 

 報われない、とは言えなかった。

 たった今、ヒガナは本当にこの結果に満足しているかもしれないのだ。それを横から口を出して掘り返すことなんて出来るはずがなかった。

 

「私なら大丈夫だよ。これで向こう千年は、隕石が落ちることはないし。それに私が選ばれなかったのは事実だけど、ハルカなら納得出来るから」

「……………これから、どうするんだ」

「そうだね。まずは里に帰って……その後は、旅にでも出ようかな。自分探しの旅、ってね」

 

 ヒガナの中ではこの伝承云々はもう終わったことであり、ヒガナはそれを理解している。だから、そんな風に振る舞えるのだろう。今のヒガナからは執着心といったものが何も感じられない。もはや自分自身で完結させてしまっているのだ。

 

 何も返せなかった。

 

 ヒガナが満足しているのならそれでいいではないか。これ以上、何かを求めるというのは酷というものだ。そう思いたかったが、体はどこか疼いていた。

 

「こんなもんでいい? それじゃ、私の話は終わり。質問はもう受け付けないから」

 

 終わった、終わってしまった。

 

 俺とヒガナを繋ぎ止めていた会話もこれで終了。これでヒガナがこれ以上ここにいる理由は無くなってしまう。

 

「あ、そうだ。悪いけど、ハルカが帰ってきたらよろしく言っておいてくれる? 多分、もう会わないだろうから」

 

 もう会わない、だなんて少し悲しいと思った。だが、それがヒガナにとっての旅なのだろう。

俺が目的なんてろくに持たずに旅に出たのとは違う。そこには理由があって旅に出るというんだ。

 

「アキハもここまで付き合わせちゃって悪かったね。それから……ええと……あはは、言いたいこと何も思いつかないや。たくさんあったはずなんだけどな……」

 

 ヒガナはボーマンダを呼び出したところで、体の内側から衝動が走ってくるような感触に包まれた。行かせてはならない、そう言っているような。

 

 だけども、体は動かない。

 

 ヒガナは、最後にこちらを一瞥して、掠れたような音を発し始める。

 

 

「……それじゃあね、アキハ。色々巻き込んじゃって……ごめんなさい」

 

 

 

 その瞳にうっすらと輝きを残して。ヒガナは大空へと飛び出して行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんともまあ……酷い終わり方だ。反応を追って来たものの……こんな光景に遭遇するとはな」

 

 ―――空を切るように、その男は現れた。 

 

 たった今、空へと駆け出すはずのヒガナとボーマンダは、突然眼前に姿を見せたこれが原因で空中で急停止を強いられる。

 

 その男を乗せたヘリコプター……より二回りほど大きい背に大きな足場を持った空中船の、上昇するために使用していたガス噴出の音が次第に止んでいくと、それは空中に浮かんだまま静止をする。

 

 悠々と、その男はこちらを見下ろし、再び口を開く。

 

「急に消えたから何処へ行ったのかと思えば……まるで偶然とは思えない場所に跳んでいるではないか? なあ、ミュウツーよ」

 

 この場にいた全員が目を奪われた。それは、ミュウツーも例外ではなかったが、その目つきは嫌悪感に満ちていたものだった。

 

『………………………』

 

 サカキ―――先程会ったばかりのはずが、この短期間にまた見ることになろうとは。

 

「…………はっ? なんで……コイツが……」

 

 ヒガナは懐疑と困惑を孕んだ声を上げる。現状、最も現状把握に遅れているであろうヒガナは、サカキが現れた意味の理解に手間取っている。

 

 だが、俺とミュウツーは多少なりともこの行動に理解がある。おそらく、俺……というよりミュウツーを追って来たのだろう。そもそも、病院で待ち構えていた時から目的は一つだったはずだ。

 

「なぜ、か。そこのポケモンとトレーナーに言い忘れていたことがあったからな。今度こそ、宣言させてもらおう」

 

 凛と佇み、堂々たる形相でサカキは告げる。

 

 

「図鑑No150いでんしポケモンミュウツー、ロケット団……もといこのサカキが手中に収める時が来た。アキハ、そのポケモンボールを渡すがいい」

 

 

 ――――高らかに、サカキはそう宣言する。

 

 ああ、そうだ。コイツは最初っから、ミュウツーが目的だったのだ。初めて俺に接触して来た時も、メガストーンを渡して来た時も、サカキの頭の中にはミュウツーの捕獲が頭に残り続けていたのだろう。

 

 サカキがそれほどまでに執着を見せる理由を、ミュウツーはすでに証明してしまっている。

伝説のポケモンの討伐、テレポート、記憶操作、いくつも人智を超えた力を有しているミュウツーを捕まえたいのは、考えてみれば当然のことだった。

 

「……急に出て来てなんだと思えば、ミュウツーを寄越せ? こっちはまだ気持ちの整理もついてないし、言いたいこともあるってのに……」

 

 このサカキの登場で、逆に頭は冷静になってきた。自分が何をしたいか、ようやく理解することが出来たのだ。

 

「ヒガナ、さよならはもうちょっと後にしてもらえるか? お互い、まだ話す時間が必要だと思うんだ。……いや、俺がそうしたいだけなんだけど」

「………あ、えぇと……う、うん」

 

 言質取ったり。

 

 まずはヒガナを引き止めることに成功する。これでひとまずは安心……というはずもく、サカキの発言は到底聞き逃せるものじゃなかった。

 

「……ほう。随分と……余裕だな?」

「いいだろ別に、こんくらい見守ってくれよ。……それより、何だって? ミュウツーを渡せ? はっ……そりゃ、お前だけには無理だな」

 

 冷静になった。しかし、それは今にも決壊しそうだ。 

 渡す気などさらさらないが、仮にこんな奴にミュウツーを渡してもろくな使い道をしそうにない。そんなのは火を見るより明らかだった。

 

「そうか、交渉決裂というわけだな。そうとなれば、こちらも荒いやり方で行くしかない」

「いい加減ストーカーがしつこかったんだよ。ここで二度と手出し出来ないようにしてやる」

 

 ミュウツー、記憶のこととか一旦全部後回しだ。今はとにかく、コイツぶっ飛ばすぞ。

 

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