「いけ。ニドキング」
この戦いには、誰もスタートの合図をする者はいなかった。
サカキが繰り出して来たのはニドキング。その巨体に相対しようと、こちらも立ち向かう。
「ッ……! 構えろミュウツー、シャドーボール」
その指示と共に、ミュウツーは即座にシャドーボールを空中に生み出す。先程まで喧嘩していたのが嘘のように、スムーズに指示を聞いてくれて助かった。
そして、ニドキングが反応する隙も無くシャドーボールはサカキのニドキングへ向けて打ち出される。この速度には流石に対応できるはずがない。そう思われたが―――
「……ニドキング、右腕だ。ヘドロばくだん」
しかし、ニドキングは向かってくるシャドーボールの着弾地点に、ヘドロばくだんを正確当てることで相殺する。その間、ニドキングはシャドーボールを見ることさえしなかった。ただ、サカキの指示通りに動いた結果、完璧な対応となったのだ。
今の攻撃を防がれたのは素直に驚いた。シャドーボールが放たれてから、判断する時間はそう無かったはずだ。
「この程度か? ミュウツーの力はこんなものではないはずだ。もっと見せてみろ」
「……ッ、そんならお望み通り、見せてやるよ。ミュウツー、サイコキネシスだ!」
ミュウツーはさらに出力を高める。今回のサイコキネシスは直接ニドキング本体へ向けて行使したものだ。
サイコキネシスはニドキングを掴むと、そのまま空へと打ち上げて重力の勢いをつけて地面へと叩きつける。いくら指示が的確であっても、これでは防ぎ用があるまい。
地面に打たれたニドキングは今ので相当なダメージを喰らったはずだ。このまま押し切って………
「ボーマンダ、ハイパーボイス!」
その瞬間、思わぬ横槍が入る。
先程まで静止していたヒガナとボーマンダが、ニドキングへ向けて追撃を行う。俺はそれに一瞬気を取られるも、これでニドキングが倒れるはずだとも思った。
「…………ぬるい。メガシンカもしていないボーマンダのハイパーボイスなど、痛くも痒くもない。ニドキング、まずはそいつらを片付けろ。れいとうビームだ」
だが、その攻撃を受けてもなお立ち上がったニドキングの反撃が、ボーマンダに命中する。
ボーマンダはその攻撃を受けて、空中で体勢を保つこともできずフラリと地面へと落ちて行く。
「ッ!! ミュウツー、ヒガナとボーマンダを支えろ!!」
まずい、と思った俺はミュウツーにそう告げる。ミュウツーもそれは理解していたようで、すぐさまサイコキネシスで落ちる体をゆっくりと支える。
そのまま静かに地面へと降ろして行くと、ボーマンダの体の様子が目に入る。
「おい……これ、元からボロボロじゃねえか……こんな状態で……」
「……あはは。さっきハルカと闘った時のダメージが残ってたみたい。力になれなくて申し訳ないよ」
ボーマンダの体は今の攻撃を受けるより前から、かなり疲弊していたみたいだった。そんな状態で戦おうだなんて、無茶がすぎる。
「そこのヒガナ、だったかな。あくまで私も一人のポケモントレーナー、これでもバトルには真摯なんだ。この戦いは二人だけでやらせてもらおうか。それでも、これ以上邪魔するならば容赦はしない」
ミュウツーを奪おうとしている奴のどの口が言うか……
ただ、サカキの言っていることはどうやら本当のようだ。その証拠に、おそらくいるはずのロケット団員が出てくる気配もない。ミュウツーを奪うことだけ考えれば、数の暴力というのもあるはずなのにそれをしないということは、真剣に一対一を望んでいるわけか。
「……ああ、そう思ってくれてんなら助かるよ。だけど、それとこれとは別だ。今のは、しっかりと返させてもらうぜ」
かといって邪魔をしたという理由だけで、今の攻撃を許すわけにもいかない。ヒガナが喰らった分は、やり返さなければ気が済まない、というものだ。
今ので若干時間はあった。溜めるには、十分なほど。
「ミュウツー、サイコブレイク!!!」
右手に溜めたエネルギーを、ニドキングに向けて解放する。
「ふむ。これは無理だな」
防御を貫通した一撃は、いくらタフであるサカキのニドキングであろうと、耐え切れるはずがない。それを喰らったニドキングはもちろん気絶する。ダメージ自体はさっきから蓄積していたのだ、これが決定打になっただけである。
今ので幾分かはやり返した気にはなれただろうか。ただ今は、それを気にする余裕はなかった。
「戻れ、ニドキング」
サカキは倒れたニドキングをボールに戻すと、こちらへ振り返る。
「なるほど、今のでミュウツーの力は大体把握した。やはり、素晴らしい力だな。ますます手に入れたくなった」
「いいから次のポケモンを出せよ。一匹なはずがないよな、元ジムリーダーだってのは知ってる。今のニドキングを見る限り……どくかじめんタイプのジムリーダーだったのか?」
今のが続くだけだったら、多少苦戦するかもしれないが、所詮その程度だ。ミュウツーの力に押しつぶされて、そのまま終わりだ。
しかし……それ故に不気味だ。サカキほど俺以外にミュウツーの力を知っている人間はいないはずだ。その上で、こんな普通に挑んでくるだろうか?
何かしら策を弄さないと勝てない、それはサカキも分かっているはず……なのに、サカキは一対一にこだわっている。今のままだと、勝ち目はないはずだ。
「ジムリーダー、か。そんな時もあったな。一応言っておくが、ジムリーダー時代の私の専門タイプはじめんだ。これでもカントーでは最強のジムリーダーだったのだがな、私も衰えたものだ」
「あっそう。で? 次は何だ? 何が来ようとぶっ倒してやるぜ」
強がってみるが、緊張は止まない。この男は一体何を隠している。ここまで余裕ぶった態度を見せられると、疑ってしまうのも無理はなかった。
「そう焦るな。もうすぐ、来る」
「……………あ?」
そう言ってサカキは指を立てる。『来る』という言葉の意味、それがどういうものか考える。そして、サカキの指がどこかを指しているということに気づく。
指の向く方向、それは……………
「………………
◇
漆黒の宇宙、その黒一色の世界に一際目立つ存在があった。
「よっし……これで最後の隕石。頑張って、レックウザ!」
萌葱色の輝きを身に纏い、その背に一人の少女を乗せるそのポケモンはレックウザ。
ヒガナの一族が竜神様と呼び、崇めるそのポケモンは、千年に一度訪れる隕石の破壊に駆り出されていた。
そして、既に巨大隕石のほとんどは破壊し終えている。残るは、一つの小隕石。この程度であれば、地球にさほど影響は及ぼさないものだったが、一応全て破壊することにしてある。
「レックウザ、ガリョウテンセイ!!」
新たなる伝承者に選ばれたハルカは、その際にヒガナからガリョウテンセイという技を継承している。この技で、隕石を破壊することが可能になるのだ。
そうして、最後の一つを駆け抜けるように打ち砕くと、微細な粒子となったその残骸が宇宙に溢れる。
―――――本来であれば、ハルカはここである一匹のポケモンに遭遇するはずだった。
しかし、世界は既に変動していた。そのポケモンと出会う世界線も存在したかもしれない。
が、ここは何かが変わった世界。その変化は、一体いつから始まっていたのか。どこまで影響を及ぼしているのか、それは誰にも観測出来ない。
そしてその余波は、思わぬところまで起きていた。
◇
空を見上げる。すると、何かが輝いているような光が見えた。あれは、もしかしたらハルカが隕石を破壊したということなのかもしれなかった。
しかし、それよりも第一に目に入ってくる物があった。
「…………なんだアレ」
ここからでは小さくてよく分からない。だが……
その形状は、四角錐。まるで人工物のような物体は、近づいて来てようやく分かったのだが、空中をワープしているように高速移動を繰り返していた。
「来い。
サカキが名を呼ぶと、その物体はさらに加速して落下する。そうしてこの塔に激突する寸前、物体は慣性を無視したような動きで地面スレスレで急停止する。
明らかに異様であった。これが、サカキの持つ切り札だというのか。
「見るがいい。これが宇宙のDNAを持つポケモン、デオキシスだ。さあ、その姿を現せ……!」
そうサカキが笑みを溢しながら言うと、物体から殻を破るように赤と青の触手が生えてくる。
触手は互いに絡み合うと、二本の腕を形成したような形に変化する。最後に、その腕は自身を包んでいた四角錐を掴むと、それを引き剥がすように力を加える。
四角錐が引きちぎれると、ようやくその姿の全貌がお披露目となる。
『………………………』
「何……このポケモン……」
異質、という印象が何よりも先に頭に浮かぶ。ヒガナは思わず絶句し、ミュウツーは警戒を最大限まで高める。ただ唯一、サカキだけがこの状況を楽しんでいたのだった。
『ヤ キ ニ ク 、 ク イ タ ク ネ?』
「ククク……ハハハハハ!! さてミュウツー、アキハよ。これを見てもまだお前たちは余裕でいられるかな?」
目の前のポケモンは、あまりにも異質だった。
宇宙から飛来してきたソイツは、自身の触手を螺旋状に絡ませて体を形成している。ポケモンと呼ぶには少し厳しいくらいの生き物だ。
ではなぜ、たった今そんなポケモンがここに、サカキの元に空から落ちてきたのだろうか?
「少し説明をしておこう。さっきも言った通り、デオキシスは未知のポケモンだ。その存在自体は確認されてはいたが、隕石に付着した本体を呼び出すのは不可能であるとされていた」
困惑を見透かしたようにサカキは語り始める。
「ただ、その隕石は今回この星に近づいていた。そして、その衝突を食い止めるためにレックウザというポケモンが隕石を破壊するという情報を手に入れた。そこの彼女がそれに躍起になっているのが知れたのはついでだったがな」
彼女、ヒガナは隕石を食い止めるために全てを捧げていた。思えば、以前ヒガナはサカキに対して大きい敵意を示していたことがあった。ヒガナは指名のために、サカキが邪魔になる存在だと思ったのかもしれない。
「元々手に入れていた隕石の破片に付着していたDNAの一部は電波のように宇宙に届き、そのおかげでデオキシスをこちらに引き寄せることが出来た。偶然ではあったが良い収獲だったよ」
サカキはモンスターボールでデオキシスを捕獲していない、だというのにデオキシスがサカキの前で大人しいのはその電波とやらの影響だろう。
しかし、そうなるとまだ一つ疑問が残る。
「なら……お前の本当の目的はミュウツーじゃなくて、デオキシスを捕まえることだったのか?」
サカキは先ほどミュウツーを捕まえに来たと言っていた。しかし、今の話を聞く限りデオキシスを呼び出すことを目的に行動していたようにも聞こえる。むしろ、デオキシスを捕まえること前提で行動しているような……
「まあ、そうとも言えるな。この地方に来た目的はデオキシスであったが、まさかミュウツーがいるとは思ってもいなかった。が、こうしてデオキシスを手に入れた今、かなり余裕がある。ならば少しくらい欲張っても良いじゃないか?」
あくまでメインはデオキシス……ってわけか。ここに至るまでサカキはミュウツーの力を目にしているはずだ。だというのにミュウツーを差し置いて、未知のポケモンを取るとは。
それは、デオキシスの価値がミュウツーに匹敵するほどだからだと推測できる。サカキもデオキシスを当てにして、ミュウツーと戦う気なのだから。
「ミュウツー、サイコキネシス」
ならばその力を見せてもらおう。まずは小手調べのサイコキネシスで相手の出方を伺う。
躱わすか、それとも真正面から受け止めるか、少しでも情報をかき集める。
「……まだ話の途中なのだがな。まあいい、デオキシス、サイコキネシスで打ち返せ」
サイコキネシスという目には見えない力同士の衝突ではあったが、その衝撃は波となってこちらまで伝わってきた。そしてミュウツーのサイコキネシスと打ち合えるとは、デオキシスも相当のパワーを秘めているとみていいだろう。
しかし、サカキもまだデオキシスの能力全て把握しているはずはない。そうなれば、相手に慣れさせる前に勝負をつけるのが得策か?
「続きは勝手に話そう。さて、このデオキシスというポケモンだが、このポケモンはいくつか特殊な能力を持っている」
「聞いてねえよ! シャドーボール!!」
速攻で攻め切ることを決めた俺は、サカキの言っていることを素通りしながら攻撃を続ける。
「
その瞬間、デオキシスの形状が変化していく。元々細かった肉体はさらに細く、必要最低限のパーツだけ残したような姿になる。
その姿から繰り出されるスピードは、圧巻。目で追いつけないほど超高速の移動はシャドーボールを難なくかわしていくのだった。
「ッ!?」
「このように、デオキシスは自身の体を変化させることでそれぞれに特化した戦闘が可能だ。さて、それではこちらも攻撃の方に移らせてもらおう。デオキシス、
さらにデオキシスは体を作り変えていく。細かった手足に触手を集中させていくと、先ほどまでバランスの取れた肉体が歪になっていく。
「サイコブースト」
瞬間、膨大なエネルギーがデオキシスから放たれる。
この攻撃をモロに喰らえば、ミュウツーであろうと間違いなく一撃で倒されてしまうという確信があった。
「ッッッ!! ミュウツー、バリアーだッ!!!」
何か対応を取らなければならない。そう感じ取ってすぐさまバリアーを指示する。
ミュウツーが寸でのところでバリアーを貼ると、打ち出されたエネルギー波がバリアーに激突する。最初に直撃は免れたものの、エネルギー波の威力が高すぎてバリアーはミシミシと音を立てて砕けそうになっている。
そして、とうとうバリアーは貫かれる。貫通した攻撃は、そのままミュウツーに突き刺さる。バリアーで威力が多少減衰しているはずだったが、それでもそれなりのダメージを負ってしまう。
『………………………………』
「ッ……大丈夫か、ミュウツー」
ミュウツーはダメージを食らったが、なんとか持ち堪えて見せる。だが、このままではデオキシスのフォルムチェンジに対応出来ていないままだ。どうにか打開策を模索しなければ……
「アキハ、君にはポケモントレーナーとして決定的な弱点がいくつか存在する」
「……あ?」
デオキシスの対応をどうしようかと考えていたところに、サカキはそう告げる。
「まずは戦闘経験の無さだ。そもそもジム巡りなどもしていないのでは当然だが、未知のポケモンに対しての判断が甘い。先ほどのサイコブーストも、バリアーではなくテレポートを選択して回避するべきだった」
…認めるのは癪だがその通りだ。力量も分からない相手の攻撃を受けるなんて、判断を見誤った行動だったと言える。
戦闘経験が足りない、と言えばそうだろう。ホウエン地方に来てからはバトルする機会が多かったが、それまではほぼダンデとしかバトルしていなかった。こんなことになるんだったら、ジムチャレンジでも受けておけばよかったか……?
「次が一番重要だ。君の戦い方は、ミュウツーに依存しすぎている」
「…‥依存?」
その言葉に目を細める。おそらく、自分でも気づいていないことなのだろう。
「戦法がワンパターンだということだ。サイコキネシスやシャドーボールで削りながら、サイコブレイクで決める。野生のポケモンやほとんどの相手はそれで十分だったのだろうが、同等以上の敵を前にした際、それは明らかな欠点になる」
…ぐうの音も出ない。思い返せば、あの時もその時も戦い方は変わっていない。そもそも、変える必要性を感じていなかったというのもある。
それこそ、サカキの言う『依存』ということなのだろう。ミュウツーの力に胡座をかいて戦い方を変えなかった。自分が強くなろうとする意思がなかった、という言い訳もあるが今はそれすらも言い出せなかった。
「うぐ……はっ、そ、そんなの関係ねーよ。んな欠点あってもお前くらいぶっ倒せるわ!」
「そうか。なら、一つ聞こう。勝たなければならないバトルだというのに、
…………………
虚勢すら、貼れなかった。
「まさかメガシンカが無くても勝てる、とはもはや思ってもないだろう? それなのに、未だメガシンカをしようともしない。それでは折角あげたというのに、宝の持ち腐れではないか」
俺が無言なのもあって、サカキが言葉を止める気配はない。
「それとも……メガシンカしないのではなく、
「……ッ」
……サカキの言う通りだ。
俺はさっきから何度も密かにメガシンカをしようと試みているが、反応する予兆が感じられない。……その原因は分かっている。それは―――
「絆の喪失」
信頼の瓦解。
それこそが、メガシンカが出来ない理由だった。