メガシンカというのはポケモンとトレーナーが互いを完全に信頼しきって初めて出来る現象だと、ダイゴさんに聞いたことがある。
では現在、ミュウツーをメガシンカできないこの状況は、俺かミュウツーのどちらか、もしくは両方が互いを信頼していないということなのだろう。
そして、信頼できていないのは俺の方だ。
ミュウツーが俺の記憶を消した―――そうサカキに告げられてから、何度も何度も考えた。一体なぜなのか、と。
その疑問は不安へと変わり、俺は完全にミュウツーを信じられずにいた。自分でも、パートナー失格だとは思っている。だが、どこか割り切ることのできないままだった。
それが今、こんな結果を迎えている。
「フフ……やはりそうか。それもそうだ、自分の記憶を消したポケモンのことを信じられるわけがないからな。直前にこの事実を言った甲斐があるというものだ」
「クソが……分かってて言いやがったな……」
ほくそ笑むサカキを見て、これがサカキによってもたらされた現状だということに気づく。
サカキはおそらくこの事実にもっと早く気づいてはずだ。だが、このタイミング、この時を狙って俺に教えたのだ。ミュウツーをメガシンカさせないために。
「卑怯、と言ってもらって構わない。勝つための策を弄することは当たり前だろう?」
『……………………………』
ミュウツーの視線が刺さる。実際にテレパシーで伝えてくるわけではないが、何か言いたそうな瞳をしていた。
……クソ、何で、何で……記憶を消したなんて黙ってたんだよ……! 何でその理由も言ってくれないんだよ……!
「アキハ………」
この状況を見て、疲弊して横になっているヒガナからも心配の声が聞こえる。ヒガナは今も動けないままだったが、その顔は不安に満ちていた。
「……さて、そろそろバトルに戻るぞ。デオキシス、サイコキネシス」
「ッ、まずッ!?」
動揺のせいで反応が一瞬遅れる。
デオキシスの発生させる超能力の力場は、ミュウツーを捉えると、こちらが先ほどニドキングにしたように地面へと叩きつけられる。
『……………………ッ……!』
ここで初めて、ミュウツーは苦悶の表情を浮かべる。今までのダメージも蓄積されていたのだ、体力は相当削れてしまっているだろう。
「………いくらミュウツーといえど、もはやここまでか。自分がこの状況を設定したとはいえ、この程度とは少し期待外れだったな」
地面に伏せ、なんとか立ちあがろうとするミュウツーを見下し、サカキはそう言った。
俺の……俺の実力が足りないせいだ。俺がミュウツーを信頼できていないせいだ。ミュウツーの力は、こんなものではないはずだ。こんなやつに負けるほど、弱くはないはずだ。
「だが安心しろ、ミュウツーは私が完璧に使ってやる。加えてデオキシスもいれば、チャンピオン達はおろか……あの男ですら敵わないだろう。そうなれば、世界は我がロケット団のものだ」
「……ッ! んなこと……させるかよ……!」
反抗しようと声を出したが、サカキの言う状況は今や現実的になり得ようとしている。ただでさえデオキシスがいるというのに、ミュウツーまでサカキの手に渡ってしまえば、サカキはもはや誰にも止められなくなってしまう。それだけは阻止しなくてはならない。
しかし、それを止める力すら無くなろうとしている。
ミュウツーは限界に近い、今も立ちあがろうと踏ん張っているのがやっとの状態だ。ここからの打開する未来が、俺には思い描けなかった。
「呆気ない幕引きにはなってしまったが、メガシンカも出来ないのならばもういい。ここで終わらせてやろう」
何もない、切れる手札はもう何もない。どうしようもないまま、デオキシスの触手に溜められるサイコブーストの妖しい光が、ミュウツーを照らす。その輝きが最高潮に達した時、それが本当の終わりだ。
悔しさで唇を噛み締める。俺はこんなにも無力だったのか。ミュウツーという存在がいないと、こうも役立たずだとは。
「……待て、デオキシス」
デオキシスが今にも攻撃を放とうとする瞬間、意外にもサカキは静止の指示を出す。
理解のできない行動に、俺に加えてミュウツーまで困惑した表情を浮かべる。
「アキハ、一つ問おう。記憶を取り戻したくはないか?」
「は……? そりゃどういう……」
「ここでミュウツーを倒して捕まえた後、もう君に用は無くなる。そうなると、私も君に何があったのか知らないままだ。それではつまらない。私は単純に興味があるのだよ、どうやってミュウツーを手懐けたのか、その手法にね」
唐突に話しかけてきたと思えば、何を言っているんだコイツは。
それはどこまでも強欲で、自己中心的な考えだった。だが、それがサカキという男の性質であり、強みだということは、この戦いを通じて分かってきていた。
「こっちだって知りたいのはやまやまなんだが……ミュウツーにその意思がない以上どうしようもないだろ」
「そうか。つまり、意思さえあれば記憶は戻るのだな?」
『…………………………………………』
その質問に、返事はなかった。ミュウツーはどうしても口を割る気が無いらしい。
沈黙を受け取ったサカキは少し考えるポーズを取った後に、こう語り始めた。
「ではこうしよう。ミュウツーが記憶を戻す気がないのならば、今からアキハ、君を殺す」
『…………!?』
その瞬間、はっきりとミュウツーの顔に動揺が現れる。
「ミュウツー、お前がここまで記憶を戻す気がないのは、彼の身を案じてのことなんだろう? 記憶を戻すというだけでここまで強情になるというのも、過去にそれほどのことがあったからだ。いやはや……彼のことが羨ましいよ、ミュウツーにそこまで心配してもらえるとはね」
「だからこそ、お前は切り捨てることなど出来ない。さあ、天秤にかけるといい。大切のトレーナーの命か、それともその記憶か。……まあ、答えなど分かっているがね」
サカキは本気だ。目的のためなら、容赦はしない。それは俺よりも、ミュウツーが一番分かっている。俺を殺すという言葉を、簡単に信じてしまうんだ。
『…………………………』
「了承した、そう捉えるぞ。しかし、アキハを生かすには条件はもう一つある。それは、その記憶を私にも見せることだ」
「…ああ? なんだってお前なんかに俺の記憶を―――「別にいいが、死ぬのはお前だぞ?」
ぐぬう……この場を支配しているのがサカキである以上、俺は何も口を出すことが出来ない。それができるのは、現状ミュウツーだけだ。
『…………』
ミュウツーはその条件に対しても、コクリと頷く。呑むというのか、サカキの言う条件を。
まさしく、ミュウツーの覚悟を感じた一瞬だった。
「フフ……では、早速見せてもらおうか」
「ミュウツー…………」
覚悟を決めたミュウツーは、俺の頭へと手を伸ばす。もはや記憶を封印するわけにもいかなくなったのか、躊躇いは無かった。
最初は軽い旅の予定だった。
それがいつの間にか、グラードンだか隕石だかデオキシスだとか……とっくに、俺の手に負える範疇ではなくなってしまっていたのだ。それを、ミュウツーの力で何無理やりとかしてきていただけだった。
そのことに早く気づいていれば良かった。変に使命感が働くから、余計なことにまで手を出してしまっていたんだ。
俺はただ、巻き込まれただけの人間だってのに。
それでも、ただ巻き込まれただけの俺でも、そう易々と死ぬわけにはいけない。
ダンデは、あいつが負けるところまで、そのバトルを見届けなければならない。
ソニアには、ここまで滞納している借金を完済しなくてはならない。
ヒガナとは、またあの場所で流星を見に行きたい。
ハルカは、最近恐怖が薄れてきたから普通に話したい。
ダイゴさんには、ここまでの労いの気持ちで俺を高待遇で雇って欲しい。
マツブサとホムラは、カガリを叱ってもらって、カガリは、俺にしたことをたっぷりと反省して欲しい。
ミュウツーには……そうだなあ……サカキを一発ぶん殴って欲しい。俺もやりたいけど。
……とまあ、こんなもんか。
たとえ精神が壊れたとしても……こんなところでまだ終わるわけにはいかない理由は十二分にあった。そんな欲望を全て叶えるためなら、記憶だって何だって知ってやる。
覚悟は十分だ。これでようやく、心から受け入れられる。
さあミュウツー、見せてくれ。俺の、記憶を―――――
◆
『…………………………』
…そもそも、誰も彼も一つ勘違いをしている。この結果は必然で、
『…………………』
記憶に関しては、隠し続けてたところで、いつか終わりが来る。その時が訪れるというのも分かっていた。ただ、それが今だっただけの話だ。
『………』
全ては結びついている。
『…』
望むなら、見せよう。
願うなら、叶えよう。
全てを知った時、それを行使するだけの力が戻っているはずだ。
力を取り戻すのは、
いや……ここでは、こう呼んだ方が正しいか――――
◆
「―――――――――――起きて、
耳の奥をつんざくような声を聞いて、少年は眠りから醒める。外はもう明るい、とっくに日は登っていた。彼はまだ萎れた瞼を擦りながら、声をかけてきた相手の方を見つめる。
「…………何?
黒髪のショートヘアで、いかにも活発そうな印象を受けるその少女は、シガナという少年の気だるげそうな返答を聞いて、急かすようにその身体を引っ張る。
「もう! 早くこっちに来て! 早くしないと置いてっちゃうよ!」
「いたい、いたいってば。何があったか言ってくれないと……」
とある小さな里の、二人の少年少女。
この記憶は、その内の一人。シガナ―――かつて、そう呼ばれる少年のものだった。