流星の里。
ホウエン地方にある、その小さな集落にはとある伝承があった。
それは、千年周期で地球へと降り注ぐ隕石を、竜神様と呼ばれるポケモンと共に止めるという使命。そんな使命を千年後の子孫たちに伝えようと生まれたのが、この里だ。
そして、とうとうこの世代でそれを迎えることになった里は、『伝承者』を選ばなくてはならなくなった。ただ、誰でも伝承者になれるというわけではなく、竜神様と共に天翔るに相応しい人物である必要があった。
責任重大であるその役目であるため、選出もそう難しいものになる――はずだったが、里の上役たちは満場一致で、その人物を選んだ。
「それが貴方なんですよ、シガナ」
「あっはい」
里の長老である老婆を前にして、気の抜けた返事をするこの少年こそ、伝承者として選ばれたシガナという少年であった。
「全く……いくら子供とはいえ、貴方は伝承者なのですから、もっと自覚を持って……」
「話ってそれだけ? ならもう行っていい? 毎日修行ばっかりで疲れてるんだよねー」
「あ、まだ話は終わっていないですよ! って……逃げ足早すぎるでしょ……」
長老は引き止めようとしたものの、気づいた時にはすでにシガナに逃げられていた。こうも自由気ままに振り回されるのは今に始まったことではないが、あまりのマイペースさに思わずため息をつく。
シガナ自身、伝承者としての責任感というものが薄いのかもしれない。本人としてはどうでもいいことなのかもしれないが、里の大人たち、とりわけこの長老は気が気でならなかった。
数十世代にもわたる使命が、ようやく当代にて果たされようとしているのだ。その想いを受け継いだからには、必ず世界を救わなければならない、そう考えているのだ。
「……まさか、伝承者にあんな子供が選ばれるとは」
普通であれば、もっと経験を積んだ大人の中から選ばれると考えられていた伝承者であったが、それでもなお子供のシガナを伝承者として選んだのには理由があった。
「あれほどの伝承者足りうる才を見せつけられては、皆がシガナこそ適任だと思うのも当然なのかもしれませんな……酷なことではありますが、これも全ては伝承のため……」
◇
長老との会話から逃げ出したシガナは、このまま家でごろ寝でもしようかと考えていたところで、首根っこを掴まれる。こんなことをしてくるのは大抵一人しかいない、とその人物にシガナは心当たりがあった。
「ねえシガナ! もう今日のしゅぎょーは終わったでしょ? なら早く遊びにいこ!」
振り返った先にいたのは、今日も元気なヒガナだった。輝かしい笑顔から溢れる、その眩しさにシガナは若干気押されそうになる。
「あーうん、そうだね。でもちょっと疲れたから休んでもいい? 一回昼寝してからでも……」
「ダメ! シガナってば、この前そう言って夜まで寝てたじゃん! ツンツンしても何もしてこないから、あの時もう起きないと思ったんだよ?」
「う……ご、ごめんって……」
頬を膨らませて、ヒガナはシガナを連れ出そうと腕を引っ張る。そのエピソードを持ち出されてはシガナも弱ったのか、降参してヒガナに従うことにする。
「じゃあ今日は森にいこーう! この前良い秘密基地になりそうなところ見つけたんだよね、だからシガナにも案内してあげる! ねっ、良いでしょ?」
「……まあ、ちょっとくらいならいっか」
「あははー! シガナ、行くって言っても、そんな調子じゃ置いてくよー?」
そう言って、ヒガナは強引にシガナを連れ出して行くのだった。
それから数刻後、二人は里の近くにある森を訪れていた。もちろん、こんな辺鄙な場所にある森なので、整備などされているはずもなかった。ただ、二人はこの地で育っているため、どこに何があるのか手に取るように分かる。
「あっ、ヌメラだ! かわいいー!」
「そろそろ梅雨かな? ヌメラたちには嬉しい時期だろうね」
この辺りは生態系が豊かで、多種多様なポケモンがいる。その中でも特に多いのが、ドラゴンタイプのポケモンだ。この里はドラゴンタイプと共に生きており、その力を貸してもらうことも少なくない。里の大人たちのポケモンは、ほとんどがここで捕まえたポケモンだ。
二人の歩いている付近は、比較的温厚なドラゴンタイプのポケモンが多い。奥に行けば行くほど、強力で凶暴なポケモンが多くなるが、そこは大人たちに立ち入り禁止されているため、普通は訪れことはない。
そうして歩いていると、二人は目的地にたどり着く。
「よっと……着いたー! どーです!? なかなかイカしてると思うでしょー!」
「おお……ほんとにちゃんとしてた……」
シガナは正直、秘密基地はいっても洞穴的なものだろうと軽んじていたが、そこにあったのは、まるでツリーハウスのように入り組んだ樹木だった。
「そうだよね! ふふん、私が見つけたんだからね! ここは私とシガナだけの秘密の場所だから、絶対他の人に言っちゃダメだよ!」
「う、うん。ていうか、本当にすごいな……これが自然に出来たとは思えないや……」
細部を見てみれば、その緻密さには目を見張るものがある。木は雨などを防げるように絡み合っており、木の葉はまるでこの場所を隠すように、ここを他の木に紛れて擬態させている。あまりの出来栄えに、作為的なものを疑ってしまう。
「えへへ、どうだ驚いたかー! それじゃあここを第一拠点として、今から森の探索を開始する! わかったかシガナ隊員よ!」
「はいはい、でも奥までは行かないようにね」
「らじゃー!!」
快活な返事をして、二人は秘密基地を後にする。
シガナが足を踏み出したその一歩目、一瞬だけ何かの気配を感じる。
「………?」
サッと振り返っても、あるのは誰もいない秘密基地だけだった。しかし、たった今、明確に何かの存在を感じ取った気がしたはずだ。
(ヌメラでもいたのかな……?)
「シガナー? どうかしたー?」
「……いや、何でも。行こっか」
野生のポケモンでも隠れていたのかもしれない、そう結論づけてシガナは再び足を動かし始めた。
『………………………』
空中に揺蕩う、一匹のポケモンには目を向けることなく。
ヒガナは探索と言ったが、二人にとってこの森で知らない場所などないと言ってもいいだろう。だが、ヒガナにしてみれば外で誰かと歩くことに意味があるのだ。それだけで一人の時よりも何十倍も面白くなる。
「シガナってさー、しゅぎょー辛くないの?」
「んー、別に戦うってわけでもないし、そんなに嫌じゃないかな。でも長時間とやるのはあんま好きじゃないな、何しろ疲れるからね」
「私もシガナがずっとしゅぎょーしてるのはつまんないよー……何で、シガナだけなんだろうね? それだったら私もシガナと一緒にしゅぎょー出来たらいいのに……」
ヒガナも、シガナだけがずっと伝承者の修行に囚われるのには納得がいっていない様子だった。ヒガナ自身子供というのもあって、長老たち大人も、「あの子は特別だから」としか答えてくれない。
「そうは言っても、伝承者に選ばれたのは僕だし……それに、ヒガナが修行に耐え切れるとは思えないなあ。ジッとしてることとか苦手でしょ?」
「むー! そのくらい私でも出来るし! シガナと一緒なら何時間だって余裕だもん!」
「ふふ……そっか、でも伝承者は僕だからね。ヒガナがちゃんと認められたら、その時はついてきていいよ」
ヒガナの健気な態度に、思わずシガナの表情筋が緩む。修行ばかりの毎日の後に付き合わされているため、自分では嫌々とは言うものの、実際のところシガナにとってこの時間は、少なくとも心の安らぎにはなっていた。
しかし、そうやって会話に花を咲かしていると、何かに気づいたように突然シガナは立ち止まる。
「……ねえヒガナ、僕そういえばさっきの秘密基地に忘れ物してきたみたいなんだ」
「えー、何やってんのー? なら早く取ってこなきゃ」
「ごめんごめん。それで、すぐに取ってくるからここで待っててくれる? 大丈夫、すぐ戻るから」
「えっ、ちょっ……シガナー!?」
背後からかかる声を置いていき、シガナはそそくさと走り出す。そうしてヒガナから見えなくなったあたりで、今来た道とは異なる道を駆けていく。
「……やっぱり、何かいると思ったら」
忘れ物というのは、ヒガナから離れるための口実でしかなかった。では、そうしなければならない理由とは何だったのか。たった今、少し開けた場所に出たシガナは、その原因を目の当たりにする。
「……………グ、ガ?」
突然現れたシガナを見つけて、そのポケモンは一瞬戸惑う。
だが、相手が誰だろうと関係ない。今はただ、この衝動に身を任せたい。
「ガ、グガアアアアアアアアアアアアア!!!!」
そのポケモンの名は、クリムガン。世間一般的に凶暴とされるドラゴンタイプのポケモンだ。
本来であれば、そんなポケモンはもっと森の奥深くに生息しているはずだったが、クリムガンもまた何らかの原因でこんなところまで降ってきていたようだ。
「何でこんなところにクリムガンが……いや、今はそんなことより、クリムガンをどうにかしなきゃ……」
今のクリムガンは危険だ。対象が何であろうと、見境なく襲いかかってくる。このまま里の近くまで降ってくれば、少なからず被害は出てしまう。それを防ぐためにも、ここでクリムガンを止めなければならない。
ヒガナがいてはそっちに攻撃が及ぶかもしれない。その一心で、たった一人でその少年は、竜へと立ち向かう。
「ガアアアアアアアア!!!」
「っと……こんなことも解決できないで、何が伝承者なんだって話……だよね!」
そう言って、シガナは駆けていく。向かう先はたった一つ、クリムガンそのものだった。
一見、暴れるドラゴンポケモンに突撃かますなど、ただの自殺行為でしかない。その攻撃を一撃でも食らえば、その瞬間ゲームオーバーだ。
だが、危険を冒してまでそんな行動をするだけの理由を、シガナは持ち合わせている。
「……竜よ、
クリムガンの鮫肌に触れながら、そう呟く。
その瞬間、クリムガンはシガナを仕留めるために挙げていたその腕を、空中で静止させる。すると、その瞳からはだんだんと凶暴性が失われていく。
たった一言。それだけで、クリムガンは正気を取り戻した。
「ふう……落ち着いた? もうこんなところまで来たらダメだよ」
「グア」
優しく語りかけるシガナの言葉に、クリムガンは素直に頷くと、本来棲んでいた場所へと帰っていった。その後ろ姿には、先ほどまでの凶暴さなど微塵も感じさせない風貌であった。
シガナが今まさに発揮した、その力。それこそ、シガナが伝承者たる所以である。
竜を従え、自身と心を一つにする。ドラゴンタイプの使い手が多い里の中では、その能力は基本とされている。しかし、その中でも一際目立ってシガナの持つ親和性は異常、とも呼べるほどのものだった。長老が言うには、竜神、レックウザと呼ばれる伝説のポケモンを従えさせるほどらしい。
天性の才能、とも言うべきその力は、一人の少年が背負うにはあまりにも大きすぎるものでもあった。世界を救うという使命は、シガナに託されていたのだ。
幼いながらも、シガナは理解していた。その責任を、その重圧を、その想いを。そうして理解した先に―――シガナは伝承者としての使命を受け入れることを決めた。
普段は気ままで、面倒くさがりなシガナだが、修行だけは毎日欠かさず行っている。それに文句を垂れてはいるが、実際必要なことだからと納得もしている。
では、どうしてシガナはそこまで覚悟を決めることが出来たのか。何の理由もなく、そんな考えをただの少年が出来るはずがない。そこには、何かしらの理由がなければ説明がつかなかった。
「あっ、ここにいた! シガナってば何でいきなりどっか行くのー!? もう、心配したんだから!!」
一人、シガナがクリムガンが去るのを見届けているところで、草を掻き分ける音と共に、慌ててヒガナが飛び出てくる。少し怒った表情ではあったが、いつも通りのヒガナの姿を見て、シガナは心から安心し切ったような顔をする。
「さっきの秘密基地にもいないから、どこに行ったのかって探したんだよ? ねえ、こんなところで何やってたの?」
シガナが忘れ物をして走り出した後、それを追いかけて秘密基地を訪れていたヒガナは、そこにシガナがいなかったことに疑問を投げかける。もちろん、忘れ物というのが嘘だから、何かしらヒガナに言い訳をしなければならない。
「……ええと、実は僕も自分で新しい秘密基地を見つけたかったんだ。だけど、あそこほどいいところは見つからなかったよ」
だが、シガナは正直に何があったのかを伝えはしなかった。
ヒガナに、心配させたくなかったのだ。だから、全部自分だけで解決して、出来る限りヒガナを危機から遠ざけようとしている。
「ふふ、そりゃそうだよ! あんなところ滅多にないんだもん。そっかー、シガナも自分で見つけたかったのね? でもそんなことしないんでいいんだよ? なんてったって、あれほど素晴らしい秘密基地がすでにあるんだから!」
勝ち誇ったようなドヤ顔を見せつけられる。今咄嗟に出た嘘を、そんな正直に信じてくれるヒガナに、シガナも隠れて笑みを溢す。
――――こんな、ちっぽけな幸せがある世界が、シガナが守りたいものだった。
ヒガナが笑っていられて、それに釣られて思わず笑って、里の人たちも平和に生きていける世界。それを守るためなら、どんな役目だろうと、どんな修行だろうと、受け入れてみせる。
それが、シガナが伝承者として、たった一つ抱いた決意だった。
『…………………………………………………』
蒼い空は、まだ晴れたままだ。