旅して世界は救わない   作:堕賀史菓子

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24話

 

 

「最近、森のポケモンたちの気性が荒い?」

「ええ。原因は分かりませんが、普通は里まで降りてこないようなポケモンが姿を見せ始めているとのことです。近づかなければ大丈夫だろうとは思いますが……一応、気をつけるように」

 

 釘を刺すように、長老はシガナに向かってそう言う。実際のところ、シガナもその状況に出くわしたことがあるため、注意を引き締めることにする。

 

「了解、ヒガナにも言っておくよ」

「そうしてもらえると助かります。あの子は何かと突っ走りやすいですから……」

 

 二人の頭の中では、森の中を無邪気に駆け回るヒガナの姿が想像されていた。万が一、危険なポケモンに遭遇してはまずいので、ヒガナには確実に忠告しておかねばならない、というのが共通認識であった。

 

 おおかたの報告などが終わると、シガナはおもむろに立ち上がって、今日も修行へと向かう。

 

 シガナが向かった先は、里のすぐそばにある大滝のあたりであった。修行の内容は、至って単純。滝に打たれながら気を篭めるというものだ。

 

 滝に打たれるという要素が真に必要なのかどうか、やっぱりいらないんじゃないか……なんて考えながら、今日もシガナは重い落水の感触を受ける。

 

 

『………………………………』

 

 

 

(…………なんかいる)

 

 

 自分の体の内側から気を練り上げるイメージをしようと、集中していたところに一匹のポケモンの気配を感じる。そのポケモンは、空中に浮かんでいるため、バレていないとでも思っているのだろうか。悠々と空中を漂って、シガナの方を見下ろしていた。

 

 ここで、シガナはあることを思い出す。

 

(この気配……どこかで感じたことがあるような……)

 

 先日、ヒガナに連れられて訪れた秘密基地で感じた何かの気配。それと限りなく近い、というよりも本物であると確信する。

 

 それを感じ取れたのは、ポケモンと心を通わせられるシガナの力の一端が関わっている、と言えなくもないのだが、常人であれば確実に気づくはずのないほどの微々たるオーラであった。

 

 しかし、そのポケモンのことばっかり気にしていても仕方がないので、シガナは無視して修行に集中することにする。

 

 

 

『……………………』

 

 

(てか、いつまで見てんだよ……)

 

 

 そろそろ体が冷えてくる頃になってもなお、そのポケモンが離れる様子は無かった。別に修行に興味があるようには見えないが、ただ単にシガナをみているだけであった。

 

 こうなってはシガナも動きづらい。もうそろそろ十分だと思ってはいるが、見られているせいで妙に出て行きにくい。しかもそれが、見知らぬポケモンとなると尚更だ。

 

 とは言っても、このまま滝に打たれ続けるわけにもいかないので、意を決して動き出そうとする。もし襲われたりでもしたら面倒だが、そうなったらすぐさま逃げるしかないと思って、逃走できる体勢だけ整えておく。

 

 

『……………………』

「…………消えた?」

 

 

 シガナが滝から出ると、そのポケモンはシュンと跡形もなく消えてしまう。辺りを見渡しても、もう居る気配はしなかった。狐につままれたような感覚に陥りながらも、帰路に着くことにする。

 

 

 

 

 次の日、今日も一人修行に訪れたシガナだったが――――――

 

(またいるし……)

 

 昨日と全く同じ構図で、そのポケモンは宙を浮かんでいた。

 

 だが、シガナは動揺することなく修行に入る。昨日から少し観察していて分かったが、このポケモンに敵意などは感じれられない。ならば、存在を気にするのも神経を使う、と考えたシガナは無視を決意するのだった。

 

(無視だ無視、心を無にして………)

 

 

 

 そして、その次の日も、さらに次の日も、修行をする度にそのポケモンは現れた。

 

 別に害が及ぶわけではないのだから、どうしようとシガナからしたら勝手なのだが、日を跨ぐ度に少しずつ近づいてきているようだった。

 

 最近になると、もはや隠れる気がないくらいの距離を保っていた。目を閉じているからまだ気づかれてないとでも思っているのか、シガナにどれだけ近づけるかのチキンレースを行う始末。これにはいくらなんでも気になりすぎるようで、

 

 

「……………………」

『……………………』

「……あーもう! なんなのほんとに!? 言いたいことあるならはっきり言ってよ!!」

 

 ついに、キレた。

 

 そのポケモンは急な態度にギョッとし、すぐさまテレポートで逃げようとする。

 

「って逃すか! どうだ、これでテレポートなんてできな――――」

 

 シガナは、そのポケモンがテレポート出来るということを知っていた。なので、こうやって腕を掴んでやればテレポートは使えない、そう考える。

 

 普通であれば、その考えは正しい。一般エスパーポケモンにとって、テレポートは基本一人専用だ。何か別の物と一緒にテレポートするには、大量のエネルギーが必要となるため、力及ばず失敗してしましまう。

 

 

 

 しかし、そのポケモンにとって、そのエネルギーを出力することくらい、造作もないことだった。

 

 

 

「―――――――は?」

 

 

 

 転移先は、空。焦ったポケモンは適当に座標指定していたため、こんな位置に放り出される。

 

 テレポートで、共にここまで跳んできていたシガナは、支える物が何もない、不思議な感覚に、思わずミュウツーの腕を離してしまう。

 

 

「あばばばばばばばばば!!! じ、じぬうううううううう!?」

 

  

 かつて、とあるドラゴンポケモンの背に乗って、空を駆けた経験がある。だが、何かに跨って空を飛ぶのと、ただ重力によって空を飛ぶのとでは天と地ほどの差がある。

 

(あっ、これまじで死―――)

 

 地面がブレブレながらも視界に入ってきた時、ようやくシガナは自身の死を悟る。死因が、テレポートについてきて落下死なんて笑えないが、今のシガナにはどうしようもなかった。

 

 地面に激突する、その寸前、シガナは体に一瞬触感を感じる。

 

 

 

 そして、次の瞬間、気づけば元の場所へと戻っていた。

 

「あ……れ……? 生き……てる?」

 

 横を向けば、何やら疲れ果てた様子のポケモンが息をついていた。どうやら、あの瞬間、落下するシガナに追いついて、再び二人同時にテレポートしたと推察出来た。それならば少しは疲労があるのは当然だろう。

 

 そうして、シガナは地面を踏み締め、生きているという感覚を持つと、安心しきったのか力が抜けて膝から崩れ落ちそうになる。

 

 生きてる、今もこうしてここにいる。それだけが心の内を占めていた。

 

 その実感を噛み締めると、シガナはそのポケモンの真正面に向かいあう。

 

『……………』

 

「…………えーと、とりあえず話でも聞くよ?」

 

 

 

 

 

 そしてシガナとそのポケモンは、例の秘密基地に来ていた。ここなら誰も邪魔が入ることはない。木でできた簡易的な椅子に座ったものの、そこには気まずい空気が流れる。

 

(話を聞くって言ったものの……どうすればいいんだ? ドラゴンタイプならともかく、エスパータイプのポケモンは専門外だし。人間の言葉を喋れるわけがないし……)

 

 思いつきで話を聞くと言ってしまったが、シガナは策を用意していなかった。脳がどうにかしようと考えている間、場は静寂が包んでいた。

 

(はあ……もういっそのこと、テレパシーでもしてくれればいいんだけど……)

 

『…………………』

 

 そう望みの薄い願望をした瞬間、何やらそのポケモンは何か考え事をしているように、自身の頭に手を当てる。未だに、どうやって会話を始めようかシガナが悩んでいると、頭に異変を感じ始める。

 

 突然、ノイズのようなガサガサとした音が頭に流れ始めたのだ。

 

「!?」

 

 一瞬、幻聴とも思えたそれはだんだんと鮮明化していく。体に異常を感じたシガナはビクリとするも、鮮明化していく音に意識を向ける。

 

『ニンゲン……貴様はどこの回し者だ』

 

 はっきりと聞き取れたのは、その言葉だけだった。シガナは頭に入ってきた言葉を認識すると、その出どころへと目を向ける。

 

「……まさか、本当にテレパシーをしてくれるとは」

 

 間違いない。このテレパシーを送信してきているのは、このポケモンだ。

 

 ポケモンは平然とした表情をしているが、人間とポケモンのテレパシーなど、そう簡単に出来るものではない。もちろん、これを為すにはポケモン自身の能力も必要なのだが、そのテレパシーを受信する側にも要因はある。ポケモンと親和する能力が優れたシガナだから、こうも容易く行えるのであるが、それに本人が気づく様子はない。

 

「てか回し者って……僕はただの人間なんだけど。どっからどう見ても無害の塊だよ」

『……キサマのようなニンゲンがいるか、そのエネルギー……ロケット団にでも改造されなければ有り得ない。ポケモンの次はニンゲンか……全く、ニンゲンはどうしてこうも愚かなのだ』

「???」

 

 このポケモンは何を言っているんだろう、と、そんな目で困惑する。

 話が一ミリも理解できないシガナは、とりあえず分かることから切り込むことにする。

 

「えーと……ロケット団とかは分かんないけど、それより、キミのことを教えて欲しいな。キミってここら辺のポケモンじゃないよね? 見た感じ、ドラゴンタイプのポケモンじゃなさそうだし」

『………我はミュウツー、人の手により生まれた、最強のポケモンだ』

「ミュウツー、っていうんだ。ねえ、ミュウツー、一つ聞きたいんだけどさ。人の手によって生まれたミュウツーが、何でこんなところにいるの? ここに大していいものなんてないよ?」

 

 その疑問を聞いたミュウツーは冷笑する。

 

 人口ポケモンであり、高い知能、突出した能力を持つミュウツーが、どうしてこんな人気のない集落にいるのか、まだ純粋なシガナは理解できてないようだった。

 

『フン、元いた場所が嫌だったからだ。あそこから逃れれば、どこでも良かった。しかし、逃げた先で高いエネルギー反応を感じて近寄ってみれば、まさかこうして見つかるとはな』

「ふーん……? じゃあ、これからどうするの? 帰る家はないんでしょ?」

『……別に生きる上で目標などない。生きていても苦痛なだけだ、それは今も変わらない。どう生きようと我の勝手だろう』

 

 ミュウツーはこの世の全てに絶望しきったようだった。このままでは、どこかでのたれ死んでしまいそうな、危うささえ感じた。

 

「やることないんだ……なら、ここで僕の修行に付き合ってくれない?」

『……………は?』

 

 そんなミュウツーに唐突な提案を申し込む。意味のわからなかったのか、ミュウツーは困惑の表情を顔にまで浮かべる。

 

『何を……言っている? 我の話を聞いていたか? 我は生きていても苦しいだけなのだ、それなのになぜキサマのようなニンゲンと、一緒にいてやらねばならないのだ』

「いや、キミって強いポケモンなんでしょ? じゃあ、キミに力の使い方を教えて欲しくてさ。こうしてテレパシーも出来るし、力の扱い方とか分かってそうだもんね」

 

 一方通行な会話だった。話を聞いているんだか、聞いていないんだかわからない返答に、ミュウツーは思わず眉間に皺を寄せる。

 

『……調子に乗るなよ。ニンゲン、我を使おうなどと、二度とそんなことを言えないようにしてやろうか?』

 

 本来、ミュウツーとは、人間が……というより、自身も含めた全ての生命を憎んで生まれた存在だ。そんな相手を、都合よく使うなどという発言は地雷でしかない。

 

 怒りによりサイコパワーが溢れ始めると、シガナは少しギョッとする。

 

「い、いやそうじゃなくてさ! 使うとか、そんなことじゃないんだ。ほら……お互いに、協力? っていうか、キミにもメリットがあるから!」

『メリット、だと?』

「え、あー、そ、そう! いいこと!」

 

 咄嗟に出た言葉だったが、思わぬところで食いついてきた。とはいえ、何も考えていなかったシガナは、脳をフル回転させて、相手の望むものを探し出そうとする。

 

「……何でも! 僕に出来ることなら何でもするから、言ってみてよ!」

『フン……あいにく、キサマに出来ることなど我にも出来る。その程度しかないのだったら、交渉は決裂だ。さらばだ、ニンゲンよ―――』

「えっ、ちょっ、待っ!」

 

 腕にサイコキネシスをチャージし始めたミュウツーを見て、どうしようもないと悟る。

 死にたくない一心か、もうどうにでもなれ、という気持ちからか、焦ったシガナはつい口走る。

 

「じゃ、じゃあ、それを見つけにいくってのは!? キミが本当にやりたいこととか、欲しいものとか、まだ知らないだけで、あるかもしれないよ!?」

『…………………』

 

 一瞬、サイコキネシスの溜めが緩んだような気がした。

 

「そうだよ、世界にはきっとある! 旅に出れば、まだ見たことのないものだっていっぱいある! キミを夢中にさせるものだって!」

『…………………』

 

 もはや脊髄反射だった。助かりたいというだけで、口から言葉は吐き出されていた。本当にそれがあるのかは、シガナにも分かったものではないが、なければまずいのだ。きっとある、そう信じてシガナは弁を語る。

 

 これ以上はもう無理だ。頼むから、効いててくれ、と願うばかりだった。

 

『………外の世界もろくに知らないニンゲンが、そんなこと分かるのか?』

「分からないからこそだよ、そんな楽しみが待ってないと考えなきゃ、やってられないでしょ!」

 

 シガナ自身閉鎖的な環境で生きてきた。ミュウツーを満足させることの出来るものが存在するのか、確信はなかったが、そう答えなければ死ぬと分かっていた。

 

 それにミュウツーがどう答えるか。本当に世界に絶望していれば、この提案は飲み込めないだろう。だが、どんな者だって絶望して生きたいわけがない。誰だって、幸せになりたいと思うのは、普通のことだ。

 

 それは、ミュウツーだろうと例外でないはずだ。

 

『……………いいだろう。ひとまず、キサマを消すのは後にしてやる』

「ホッ………」

 

 生きると知って、安心したのも束の間、次の瞬間、ミュウツーはニヤリと何かを企んだように笑みを見せる。

 

『ではニンゲン、キサマが我を外の世界へと連れていけ』

「…………………え?」

 

 代償。これが、ミュウツーがシガナに望むメリットだった。

 

『当然だろう。我がキサマに協力して、キサマが何もしない、というわけにはいくまい。それとも、この程度のことも出来ないのか?』

「い、いや、やるやる! 完璧なツアーガイドしてみせるよ!」

『フン、どうだかな………』

 

 これにて、ミュウツーとシガナの奇妙な関係が生まれた。頼る相手を間違えたかと、シガナは若干後悔し始めてさえいるが、もはや取り返しはつかない。

 

 そんなシガナを見て、少し顔を綻ばせたミュウツーは、何かに気づく。

 

 なぜ自分が、ニンゲン相手にここまで対等に話せている? これは普通ならば有り得ないことだ。自分を生み出したニンゲンは滅びればいいとさえ思っていた、いや、今もだが。

 

 そんなミュウツーが人間に協力するなど、天地がひっくり返ったくらいの出来事だ。

 

 シガナという少年との出会いによって、生まれた変化。

 

 それは、感情。

 

 感情という不確かなモノを、心無くして生まれたミュウツーは、まだ知らない。

 

 だが間違いなく、確実に、ミュウツーがシガナと出会わなければ知ることのなかった、何かだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「シーガーナー、遊ぼーってばー」

「いたいいたい、分かったから髪を引っ張んないでよ」

 

 不満そうに頬を膨らませたヒガナが、シガナを遊びに誘おうとその髪の毛を引っ張る。何本か髪の抜けた感覚を感じたが、シガナは気にしない。

 

「ダメですよヒガナ。シガナはこれから修行があるんですから、せめて終わってからにしなさい」

「終わってからって、最近しゅぎょー終わるの遅いじゃん! そんなの待ってたらすぐ暗くなっちゃうよー」

「仕方ないでしょう、伝承まであと十年をもうとっくに切っているんですから。そうなるのも仕方ないでしょう」

「えー!?」

「たはは……僕だって辛いさ……」

 

 文句を言う子供二人に、長老はいつも手を焼いている。シガナはこうやってぶつぶつ言いながらも、修行に取り組んでくれるからいいのだが、問題はヒガナだ。

 

 修行が増えたせいで、一緒にいられる時間が少なくなったのもあるのか、ますますシガナ離れが出来なくなっている。このままでは、将来が不安視されるほど依存してしまうのではと、不安になる。

 

「むう……あっ、じゃあ、私も一緒にしゅぎょーに行かせて! そうすれば問題はないでしょ? ねっ、シガ―――」

「うーん……悪いけど、修行は一人でやらせてほしいかな」

 

 即答。ヒガナにはどことなく甘いシガナだったが、今回ばかりは完全に拒否してみせる。いつもの様子を知っている長老からしたら、この態度はどこか不思議に思えた。

 

 予想もしていなかった返答に、ヒガナは思わず動揺を隠せないでいた。

 

「え…? なっ、なんで!? シガナは私と一緒じゃ嫌なの!?」

「嫌っていうか……ヒガナには向いてないし。一人の方が集中できるんだよね」

 

 淡々と、そう告げる。まるで人が変わったように冷たく接する姿は、ヒガナの目には色濃く映った。こうも言われるとは思っていなかったのもあって、頭が真っ白になる。

 

「なに……それ……」

「修行が終わったら付き合うからさ、それまで待っててもらえる? ヒガナがいると……うん、邪魔っていうか……」

 

 正論は時として人を傷つける。この発言を聞いた長老は、呆れたように頭を抱える。それは、次のヒガナの反応が目に見えていたからだった。

 

「………バカー!!! シガナのバカ!! アホ!! 鬼!! 鬼畜!! 悪魔!! わからずや!! 人でなし!! あとは……えーと、えーと、とにかくバカバカ!!」 

「…悪口長くない?」

 

 顔を赤くして次から次へと、思いつく限りの暴言を吐く。幸い、悪口のレパートリーが少ないからこれで済んではいたが、一度言い出したら止まらない雰囲気があった。

 

「私はシガナと一緒にいたいだけなのに、なんでダメなの!? しゅぎょーしゅぎょーって、そんなにそれが大事!? 私よりも!?」

「いや、まあ。世界の危機ですし……」

 

 長老は呆れ果ててため息すらついた。なぜどこで正直になってしまうのか、嘘でもキメ顔で「ヒガナの方が大事だよ」とでも言えば良かったものを。

 

 それを聞いたヒガナも、涙目になってきて、どうにか泣かないようにするので精一杯だった。シガナが子供として異常なだけで、これが普通の年相応の反応なのだ。ただ、伝承者としての役目が、精神を変えてしまったのだろう。だから、二人に相容れない部分があるのも当然だ。これまではシガナが受け止めてきたことが、とうとう受け入れられなくなっただけの話だ。

 

「ふーーーーーーーーん!!?? ならもういいよ!! 私これから一人で生きるし!! シガナなんて知らないんだから!! もう秘密基地にも入れてあげないんだからね!!」

「それは別に……」

「ッ! じゃあ私もう行くから! 止めても聞かないんだからね!!」

 

 ヒガナはそう言い放つと、衝動のまま立ち上がって出て行こうとする。部屋を出る途中、シガナを何度かチラ見するも、反応が薄いのにさらにキレたのか、顔を大きく膨らませて出ていくのだった。

 

 一瞬で修羅場と化した部屋に、呆然としたシガナと、まだ呆れている長老だけが残された。

 

「……はあ、どうして素直になれないんですかね。あの子も、あなたも」

「えっ……結構正直に言ったつもりなんだけど……」

「あなたは正直すぎます。あの子を甘やかしすぎたのもあるんでしょうが、こういうのは少しずつ伝えていくものですよ」

 

 親目線から処世術を伝授されると、シガナはそういうものなのかと納得しようとする。

 実際、ヒガナの立場からしてみても、唐突に距離が置かれたような感じなのだろう。それも、最も親しい仲であるシガナから言われれば、ダメージは相当なのも当然だ。

 

「……それで、本当のところはどうなんですか? あなたも、ヒガナに嫌われるのは不本意でしょうに」

「……仕方ないじゃん。ヒガナを遠ざけるには、こんくらい直接言わなきゃ伝わんないし」

 

 冷たく突き放した言葉だったが、シガナの心の中は変わっていなかった。

 ヒガナには、伝承者のことについて関わって欲しくない。それが、シガナが守る信条の一つだった。

 

「ヒガナもですが……あなたも大概ですね。そこまでして近づけさせないのは……その傷が理由ですか?」

「あれ……バレてたか……」

 

 シガナが服を捲り上げると、見ているのが痛々しいほどの傷があった。大きな傷はないものの、切り傷や打撲の跡が鈍く光る。凶暴なドラゴンポケモンを相手にする上で、こうした傷が何一つつかない、なんてことは有り得ない。だが、それをひたすら隠し続けてきただけだ。

 

 長老も、修行の過程で傷がつくとは思ってていたが、現にこうして見てみると、居た堪れない気持ちに陥る。

 

 

「その傷の様子だと、最近はまた、激しい修行をしたのですね。……なんとも、情けないことです。ここまでの重荷を子供に任せるなんて」

「別にいいよ。これを知ってるのはおばばくらいだし、ヒガナにさえ気づかれなければ僕は大丈夫」

 

 大丈夫ではない、とは言えなかった。この役を担えるのは、シガナ以外にいないのだから。才能とは、残酷なものであることを切に訴えてくる。他の誰にも、伝承者になれる者はいない。その才があるのは、シガナだけだ。

 

 それでも、シガナは笑ってみせる。

 

「修行なんて面白いものじゃないんだけどね……まあでも、皆のためなら、頑張れるよ」

「……あなたがいっそのこと、家出でもしてくれればいいんですけど。と……私の立場でこれいうのはよく有りませんね。どうしても、まだあなたを子供として見てしまいます」

「家出なんて、ヒガナを置いてはいけないよ。……あっ、そうだ、ヒガナを追いかけなきゃ。あれは拗ねてるだろうし、流石に言い過ぎたから……」

 

 ヒガナは、優しいシガナに甘える節がある。だが、そこまでヒガナを甘くしてしまったシガナもまた、相当拗らせてしまっている。自分が傷ついてまで、ヒガナを守ろうとする精神は、もはや子供とは思えなかった。

 

 出て行ったヒガナを追いかけようとするシガナの背を、長老は罪悪感と、悲壮感のこもった瞳で見つめる。

 

「シガナ。時には、誰かに甘えてもいいんですよ。傷つくだけが、あなたが出来ることじゃないんですから」

 

「………うん、分かった。じゃあ、行ってくるね」

 

 

 その言葉を本当に理解したのか、長老には分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! シガナってばほんとに、バカ! どうしてあんなこと急に……いや、昔っからそういうとこあるんだから! 私に内緒のことして、一人で頑張ろうとして……」

 

 プンスカ怒りながら、ヒガナは森の中を一人歩いていた。思い出すのは、先ほどのシガナとの会話。今まで浴びることのなかった冷たい言葉が、かなり堪えていたようだ。

 

 心に穴が空いてしまったような気分だった。今までずっと優しかったシガナに、あんなことを言われるなんて。喪失感のような、裏切られたような、形容し難い感情を、ヒガナは明確に名づけることが出来なかった。甘えてばかりきた反動が、今になって来ているのだ。

 

 時間は、もうすぐで夜を迎えるあたりだった。日が沈み始め、オレンジ色の光が眩しく感じるようになる。このまま、夜になれば馴染んだ森といえど、位置を見失うだろう。その前には帰らねければならない。だが、今の状態でシガナに顔を見せることは、ヒガナの小さなプライドが許さなかった。

 

「………………?」

 

 どうしようか、考えを巡らせていると、何か違和感を抱く。

 

 全く、ポケモンの気配を感じないのだ。

 

 森の中には多くのポケモンがいる。たとえ弱いポケモンだとしても、何かしらのオーラがあるはずだ。だというのに、それすらも感じない。冬眠の季節にはまだ早い、自然にこうなるなんて、考えられなかった。

 

 何かしら、原因があるはずだ。

 

 そう思って森をさらに進んでいくと、突然ガサリと、何かと草木が擦れるような音が聞こえた。音がした方向からは、僅かに気配を感じる。それに向かって進んでいくと、とある光景が目に入ってくる。

 

 

 

 人だ。それと、ここでは珍しいドラゴンタイプ以外のポケモン、全身に刃を纏った人型のポケモンだ。どう見ても、里の人間ではなかった。目新しいものを見たヒガナだったが、それよりも先に目に入って来たものがあった。

 

「ガウ………」

 

 クリムガン、森の奥に生息するポケモンが、切り傷をつけて倒れていた。

 

「……うーん、こいつはいいかな。でかいだけだし、さっき戦ったポケモンの方が使えそうだしな。てか、もうそろそろ潮時か? ここら辺は狩り尽くした感あるしな」

 

 その男は、クリムガンを見下すと、そう呟く。どうやら、さっきからポケモンの気配を感じなかったのは、この男とポケモンがこうして倒し回っていたからだということが分かった。

 

「チッ……シーキンセツもつまんねえ仕事頼みやがって。ドラゴンポケモンの森っていうから期待してたんだけどな、所詮は野生のポケモンだな。バカみたいに攻撃するだけかよ」

 

 息を殺す。ヒガナでも、あの男に見つかってはまずいということが分かる。気づかれないように、必死に茂みに隠れる。まだ、気づかれてはいない。このままあの男が去るまでバレなければいい。それだけ考えて、恐怖を押しつぶす。

 

(大丈夫、大丈夫。気づかれてない。だから、静かに)

 

 心臓を抑える。鼓動の音がうるさくて、周りに聞こえてるのではと心配になる程だった。

 男は一通り辺りを見渡すと、何かを思い出したように口を開く。

 

「……あー、そうだ。確か、この辺にはちっさい村があったんだっけな」

 

 ヒガナは目を開く。男の言うそれは、ヒガナの住む里のことだ。この男は野生のポケモンに飽き足らず、そちらにまで目をつけるつもりなのか。

 怖い、涙が出そうだ。さっきから感情に振り回されてばっかりのヒガナは、さらに縮こまる。声を少しでも出さないように、震える体を押さえつけるように。

 

「そこだったら人も、ちゃんと鍛えたポケモンもいんだろ。てか、そっちの方がいいな。うん、良い感じに楽しめそうだ。仕事とは関係ねえけど、ま、バレなきゃいいだろ」

 

(ダメ、逃げなきゃ。早く、伝えなきゃ、このままじゃ―――――)

 

 早く里の皆に伝えなければ、彼らにも被害が出る。そうなる前に、自分が伝えなくてはならない。そう思っているのに、足は動かない。立ちあがろうともしない。

 

 

 

「―――なあ、お前もそう思うだろ?」

 

「ッ!?!?!?」

 

 

 息が止まる。

 

 とっくにヒガナがいることなんてバレていて、男は、すぐそこまで近づいていた。

 

「俺ってさ、こういう仕事で生きてるわけなんだよな。だから、殺気とか恐怖とかポケモン以外の気配とかあったらすぐ分かるわけ。そんなわけで、隠れても無駄……ってか、ガキじゃん」

「あ……ひっ……い、いや………」

「まあ別にガキでもいいか、つーわけで、俺の話聞いてたよな? お前の村まで案内してくんね? まだまだヤリたりないんだわ」

 

 腰が抜けて動けないヒガナに、男は一方的に語りかける。猟奇的な笑顔を持った男は、ヒガナの目にはまるで悪魔のように見えていた。悲鳴を上げようにも、喉も痙攣して声が上手く出せない。つまるところ、逃げようがなくなった。

 

「……声が出ないのか? しょうがねえなあ……キリキザン、とりあえず適当なところ斬れ。したら痛みで声くらい出るようになんだろ」

「ッ……! や…やだ……!」

 

 そんなヒガナを見て、男の出す対処法は、あまりにも強引なものだった。必死に後退りして逃げようとするも、キリキザンというポケモンが近づいてくる方が早い。

 

 キリキザンの持つ、鋭利な刃が振り上げられると、無慈悲に一閃が走った。

 

 

 

 ―――ぐちゃり、肉が引き裂けれる音が響く。

 

 

 

「…………?」

 

 痛みはなかった。だが、確かに切り裂かれる音がしたはずだ。ならば、一体、誰が―――――

 

 

「ッ……ヒガナ、逃げるよ」

 

 

「シガ、ナ?」

 

 

 赤くて、咽せるような血の匂いは、彼から発せられていた。

 

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