旅して世界は救わない   作:堕賀史菓子

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26話

 

 

 

 ―――お前は、あの世界では幸せになれない。

 

 傷ついて、必死に戦って、あんな死ぬ思いまでして。

 

 それで、最終的に得られるものは何だ?

 

 お前が一人で戦ったとして、一人で世界を救ったとして、得られるものは何だというんだ?

 

 こうしてハルカという少女がレックウザとかいうポケモンと世界を救えているのは、一人の力じゃない。身につけているスーツだって、モンスターボールだって、誰かが作ったものだ。それらは、お前にはないものだ。

 

 一緒に戦ってくれる相棒だっていたというのか? お前は竜を操れるのであって、仲良くなれるわけではない。真に心を通わせることなんて、知らなかったのだ。

 

 あのまま里に帰していたら、お前はきっと一人で空へと翔ける。相棒のようなポケモンも、身を守るスーツも、何一つないまま、世界を救うんだ。たとえその末路が、宇宙の塵になるものだとしても。

 

 当然だ。宇宙服がなければ宇宙空間では耐えられない。メガシンカしたレックウザの力でも、無理やり持たせて僅か数分というところだろう。隕石を砕いた後には、もう息絶えているかもしれない。世界を救った英雄は名も無き英雄のまま死んでいくのだ。

 

 どうだ? そんな結末を選んでいたかもしれないのだぞ?

 

 その世界ではお前の守りたかった方の少女(ヒガナ)の笑顔だって、晴れないままだ。何かを救ったように見えて、何一つ救えてないのだ。

 

 それで、いいのか?

 

 

 

 ………いいはずが、ないだろう。

 

 

 

 我は、人間が嫌いだ。望んでもいないのに、好き勝手に我を生んだ奴らが憎い。

 

 お前を見ているとそんな奴らに運命を左右される我を見ているようで、無性に腹が立った。そんな生き方しか選べないのかと、無力な存在であることに苛ついた。投影していたのだ、我は、お前に。

 

 理不尽な運命をどうにか変えたかった。救われない生を意味あるものにしたかった。

 

 

 

 ―――だから、全てを無かったことにした。

 

 

 お前が飛び込んだ後、我はお前をテレポートで助けた。その時のお前は意識が朦朧としていて、記憶をいじるのは簡単だった。封印したのは直前の記憶だけではない、あの里で生きてきたことすらも全て奥底にしまい込んだ。

 

 身体も癒え、そろそろ目覚めようとする時、大規模なテレポートを行った。このままホウエンにいてはいつか思い出すかもしれない、そう思って、遠く離れた地方まで跳んだ。

 

 そこからの記憶は大体覚えている通りだ。記憶の無いお前は、適当な家に引き取られて過ごしていく。そこで、幸せな人生を送っていくはずだった。

 

 …………ただ一つ誤算があるとするならば、お前の記憶の復元力だ。

 

 お前をテレポートで飛ばした後、我はお前のところを去るつもりでいた。これ以上余計な存在と関わるべきでは無い、そう思った。あの森でお前を置いて、どこか静かな場所で暮らそうかとも考えた。

 

 だが、記憶を封印してもなお、お前は我のことを覚えていた。いや、思い出しかけていたのだ。我が記憶を抑えつけるよりも、はるかに強い力で記憶を回復しようとしていたのだ。

 

 このままではいずれまた思い出してしまうと危惧した我は、お前の近くで記憶を()()()()()()ことにした。常時発動するとなると多少力のリソースを割かれてしまうが、そこは大して問題ではない。

 

 しかし……ここまでしてもなお、ここまでの状況になるのを止められなかった。お前が旅に出ると言ったとき、この地方を選んだのも偶然ではない。身体が無意識のうちに覚えていたのだろう、ホウエンに戻るのは、記憶が戻るのは、時間の問題だった。

 

 それに加えて、伝承者、ロケット団の存在が影響を与えた結果、予定よりもずっと早く記憶が呼び起こされることになった。以前、お前があの少女(ヒガナ)を言葉を交わした時に起こった頭痛も、それが原因だ。あの瞬間は、我が一時的に処置を施した。あそこで記憶が戻ると都合が悪いのでな。

 

 ……この旅で記憶を取り戻すことは確定していた。だが、一つ、想定外のイレギュラーがあるとするならば、それはサカキの存在だ。まさか、我への執着だけでここまで辿り着くとは思ってもいなかった。ヤツは危険だ、我やあのポケモンを使って何をするかなど、分かったものじゃない。

 

 この先、サカキを止めなければ我々に未来はない。この記憶を知られた以上、お前の能力も知られた。我だけでなく、お前も手に入れようとしてもなんら不思議ではない。待っているのは、実験動物か、それとも兵器としての運用か……どちらにせよ自由はありえない。

 

 それを食い止めるためには、サカキを倒すことが必要だ。

 

 ……だが、今から行うのは救世などではない。立ち塞がる巨悪を打ち滅ぼし世界を救う、なんて綺麗な行いではない。

 

 これは、我を生み出した存在への、そして、お前からすべてを奪った世界への……

 

 

 

 ――――――逆襲だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ああ。大体分かった。というか、()()()()()

 

 奇妙な感覚だ。あり得ないような話だったが、身体がそれを否定しない。そう、たった今流れた記憶は間違いなく自分自身のものだったからだ。頭にかかっていた鍵が外れるように、記憶が溢れてくる。

 

「なあ、一つ聞きたいんだけどさ………今、俺はどっちなんだ? 『アキハ』なのか? それとも『シガナ』なのか?」

『………どちらでもある、というのが答えだ。お前はアキハとして昔の記憶を思い出したし、シガナとしてここまで成長してきたとも言える』

「???」

『我は精神にまで影響を及ぼしたわけではない。成長する環境が性格を変えることはあっても、お前の本質は変わらない。記憶を封印しただけで、人格が増えるなんてことなはいということだ』

 

 なるほどわからん。けどまあ、どちらでもないというのは確かにしっくりくる答えだ。実際、『アキハ』としての自分と『シガナ』としての自分が別居しているとは思わない。元より、一つの人間だった、と言われた方が納得は出来る。

 

「……まあ俺の話はひとまず置いといて。それより、サカキを止めるって言ったって、どうする気だ? 現状、ボロクソに負けてるんだけど。それに、体力もほとんど残ってないだろ?」

『バカかお前は、何のために記憶の封印を解放したと思ってる。我は力のほとんどをお前の記憶操作に費やしていたのだぞ。それをしなくて良くなったのなら、今度こそ本来の力で戦える。それに、お前自身の力だってある』

「俺の……? まさか、伝承者としての力のことか? あれはドラゴンポケモン専用じゃ……?」

 

 記憶の中で使っていた力、それはドラゴンポケモンを自在に操るというものだった。そんな力が自分に備わっているということにもはや疑いはないし、何なら今すぐにでも使えそうな気がしてくる。だが、この場での使い道は一見無いように思われた。ヒガナのポケモンはすでに瀕死であり、力を発揮するための対象がいなかったからだ。

 

『違う。そもそも、その力の本質は竜を使役することではない。そのことにはお前も、あの里の人間たちも気づいていなかったがな』

「……? 本質?」

『実際にやれば分かる。お前はただ、メガシンカをすることにだけ集中していろ』

「メガシンカって……出来るのか?」

 

 メガシンカ、それはトレーナーとポケモンの絆があって初めて成功するものだ。しかし、記憶を取り戻す前、サカキとの戦闘中にメガシンカをすることは出来なかった。原因はミュウツーへの不信感によるものだったが、この一瞬でそれが解消されたと言っていいのだろうか。

 

『知るか。さっきはお前のせいで出来なかっただけだ、出来るかどうかなんて、お前次第だ。だが、次できなかったら……分かっているな?』

「全身全霊をもって信じさせていただきます」

 

 この威圧感すらも懐かしく感じてしまうのは、昔から味わってきたからなのだろう。

 

 そうは言ったものの……出来るかは不安だった。しかし、ミュウツーは今確かにこう言った。出来るかどうかはお前次第だ、と。

 

 メガシンカは互いの信頼で成り立っている。ではミュウツーがそんなことを言うということは……自分はとっくに信頼しているから、後はお前だけだ、と言っているようなものではないか。こうもわかりやすいツンデレを披露してくれるとは。

 

 ……まあ、そこまで信頼されておいて、ここまで戦ってきてくれて、共に旅に出てくれた。記憶を封印したのだって、結局は俺のことを考えてくれてのことだった。今思えば、俺はなんて不幸者だったのだろうか。そんな相手を信じれずに何がトレーナーだ、否、相棒か。

 

『それではそろそろ戻るぞ。今度こそ、全てに決着をつける時だ』

 

「…………ミュウツー」

 

『…………何だ』

 

「ありがとうな」

 

『…………………』

 

 

 そう言うと、ミュウツーはいつものように無口になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。

 

 とても……とても長い夢を見ていたような、そんな気分だった。体感時間としては、数日ほど経ったような気がしているが、実際には数分も経っていないのだろう。空の様子が何も変わっていないことから、それは読み取れる。

 

 

「………………アキハ? 大丈夫……なの?」

 

 

 心配そうな声を上げる彼女のことが、目に入る。

 

 そうだ、彼女とも一体何年振りだろうか。あの別れから、こうしてまた会えるとは。

 

「大丈夫だよ。ヒガナ」

「……………あ、う、うん。ならいいんだけど……」

 

 呆気に取られたように、ヒガナは一瞬口を止める。それから何か違和感を感じたのか、不思議そうにまじまじとこちらを見つめてくる。

 

 ………さて、どうしたものか。今からヒガナに真実を話したところで信じてもらえるはずはない。というより、今は話せるような状況ではない。その理由はもちろん、目の前にいる男のためであった。

 

 

「クク……は、ははは!! なんという偶然!! いや、これはもはや運命なのだな!! 何かあるとは思っていたが、まさかここまでとは! 実に面白い!!」

 

 

 目の前の男――サカキもまた、俺の記憶を垣間見た一人だ。そんなサカキだったが、今までの姿からは想像もできないような大きな笑いを上げる。人の過去を見ておいて笑われるのは、なかなかにいい気分ではないな。しかも、こいつに見られたのが最悪だ。

 

「いや……失礼。取り乱したな、『事実は小説より奇なり』とはよく言ったものだ。なるほど、だからミュウツーは君を選んだというわけだな? ()()()よ」

「……………」

「………?」

 

 う、うぜえ……この野郎……分かってんなら余計なこと言うなよ……? 今はまだヒガナに気づかれるわけにはいかないんだ、コイツがうっかり口を滑らせでもしたら非常に面倒なことになる。

 

 そんなことを危惧していたが、どうやらサカキもそこは分かっているようで話を続ける様子もなく、デオキシスを再び自らの近くへと寄せる。それこそ、戦闘することのサインのように。

 

 

「……いや、今は君が誰なのかはどうでもいいな。そんなことより、早く続きを再開しようではないか。今度こそ、全力を見せてくれるのだろう?」

 

「ああ、もうお前らなんかには負けねえよ。ミュウツーも、世界も、何一つだってお前にくれてやるものはない」

 

 

 こっちとしても既に覚悟は決まっている。記憶が無かっただけでこの力は体の奥深くで眠っていたんだ、感覚を取り戻すなんてことでさえ、今は必要ない。使い方はこの肉体と精神に刻まれている。

 

 決意の表れのように、キーストーンを固く握る。数分までは反応する兆しも見せなかったが、今は輝きが溢れそうになっている。ミュウツーの持つメガストーンもまた、共鳴するかの如く極彩色が美しく照り映える。

 

『……………』

「……ああ、前使った方だと、かくとうタイプがあるからダメだよな。分かってる、今回は()()()()()()だろ」

 

 

 ミュウツーは、メガストーンを二つ保有している。以前、グラードンと戦った際にメガシンカした時には、メガシンカするとかくとうタイプが付与されてしまっていた。あいにく、デオキシスはエスパータイプのようで、メガシンカしてもタイプ相性の面で不利となってしまう。

 

 では、もう一つは?

 

 それは、全く未知の選択であった。まだ試したこともないメガシンカを土壇場で行うなど博打でもあったが、これ以上の選択肢はない。願わくば、不利なタイプでありませんように。

 

 

「フハハ……! 私……いや、()も年甲斐もなく昂ってきたぞ。さあ! 来るがいい、お前の前にいるのはもはやジムリーダーでも、ロケット団の首領でもない。ただ、一人のポケモントレーナーとして立ち塞がる男だ!」

 

 

 サカキは全ての立場を脱ぎ捨てて、そう宣言する。

 

 思えば長い旅だった。マグマ団の騒動、グラードンとの戦い、記憶の回帰。様々な出来事があったその終着点、サカキという男に打ち勝つことでようやくそこに辿り着けるというものだ。

 

 俺は、俺たちは、コイツを超えて未来を選んで見せる。

 

 

「……上等だ。ここでケリつけてやる」

 

 

 もう一度、想いをキーストーンに込める。

 

 想いは、光の粒となってミュウツーへと注がれていく。

 

 

 いでんしポケモン、ミュウツー。人の手によって極限まで戦闘能力が高められたポケモンである。その覚醒―――すなわち、メガシンカ。それは最強に、最強を重ね合わせたようなものだ。

 

 

 一度は言えなかった。だけど、ようやく言える。

 

 

「―――ミュウツー、メガシンカ」

 

 

 この旅の終幕を飾るに相応しい姿が、解き放たれる。

 

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