「ここかあ………」
目の前の景色と置かれた状況から、思わず憂いた声色を上げる。
嫌々ではあるが、やると口から出した以上は責任を持つのが筋だろう。今更逃げるというのも、格好がつかない。やらなければならないのなら、覚悟を決めるのが俺のポリシーでもあるのだ。
依頼を引き受けることになった後、村長から案内されてレジアイスが潜むという洞窟まで案内された。一見何の変哲もないような洞窟だが、近づいていくとなんだか寒気がしてきた。これもレジアイスの力なのだろうか。
洞窟の中もいたって普通だが、本当に伝説のポケモンがこんなところにいるのだろうか。
一瞬、俺はそのような疑問を抱いたが、暗い洞窟の中はところどころで戦いがあったような形跡が残っており、岩石の抉れ具合を見て悪寒が走る。
「こりゃ本物か……? あーもう、頼むから奇襲とかしないでくれよ……」
恐る恐る洞窟を進んでいくと、寒気が増していくのを感じる。そのあたりからサングラスも曇り始めると、この寒気が俺の勘違いでないことに気づく。
一体レジアイスはどこにいるんだ。そう思った瞬間、暗闇の中で何かが動くのを目にする。
「ッ……」
反射的にボールを取り出したが、あれがレジアイスなのだろうか。俺は動きを止めて、相手の出方を伺っていたところ、再びその何かが揺れ動く。
「おい、何かいるぞ」
「……何だと?」
声だ。つまり、人である。俺は張っていた肩の力を抜くと、その推定人間であろうものに向かって話しかける。
「いえいえ、怪しい者じゃないっすよ。ほら、このとおり」
「………人か?」
「俺たち以外にこんなところに来るやつがいるとはな」
薄暗い洞窟の中、そろそろ目も慣れてきたようで周りにあるものが鮮明に入ってくる。そして、ようやく姿もわからぬ相手の姿を視界に入れる。しかし、そこにいたのは、赤いフードに包まれた二人の不審者であった。
「な、なんだこのフード被った不審者ども……」
「はっ、この神聖なマグマ団ローブを着た俺たちを不審者呼ばりとは……まだまだガキだな」
「ガキじゃねえよ!」
どいつもこいつも人のことをガキ扱いしやがって……くそう、あと200cmはあれば……
「って…そうじゃねえ。おい、お前どうやってここに来やがった? まさかテメエ、アクア団じゃねえだろうな……」
「答え次第じゃ、ただじゃ帰さねえぞ?」
「いや……俺は村長に頼まれてここに来たんだが。そういうアンタらこそ何なんだ?」
そこにいたのは、赤いコートを纏った二人の男。見るからに一般人ではないな、うん。それにアクア団? とかいうよくわからんことも言ってるし、なんか怖いことも言ってるし……
「ああ? 頼まれただァ? ……そういえば、この近くには村があったな。大方、被害を受けて調査しに来たってところか」
「ということは、コイツもレジアイスが目的ってことか」
「……ん? ”も“ってことは、アンタらもレジアイスを探してんのか? あれー……村長からは他に人がいるなんて聞いてないんだが」
まさか俺以外に人がいるとは思わなかった。村長も他に人がいるってんならいるって言ってくれれば良かったのに。ただまあ、人がいるだけで安心するな。見た目は変だけど、いないよりマシだな!
「そりゃ聞いてないだろうよ。俺たちはマグマ団だからな、ボスからレジアイスを捕まえろって命令でここまで来たんだよ」
またよく分からない単語が出てきて、思わず首を傾げる。
とにかく、マグマ団……?という社会的団体に彼らは所属しているのか。
「しっかし……正直人がいるとは思ってなかったな。一応秘密裏に進めろとの命令だったんだが……どうするよ?」
「そうだな、この後捕まえるのを邪魔されてもアレだし……」
俺が未だ状況を把握出来ていないまま、少し離れた位置でその男たちは俺抜きでコソコソと話を進める。そして、いくらか時間が経過して男たちの話がまとまったのか、急に俺の方を振り向いてくる。
「よし、決めたぜ」
「………何を?」
その手に、モンスターボールを握って。
「お前が邪魔しねえように、ちょっと寝ててもらうだけだよ!!」
そうして、男たちの手からモンスターボールが投げられると中から勢いよく、ポケモンが飛び出してくる。
「んなっ……!?」
あまりにも唐突のことすぎて反応が一瞬遅れる。そんな俺に構わず、モンスターボールから出てきたのは、二匹のグラエナだった。
ボールから放たれたこのグラエナたちが俺に向かって『いかく』をしてきたところで、ようやく自分が襲われている状況にあるのだと理解する。それを踏まえて、俺は男たちのに疑問を投げかける。
「なっ、急になんだお前ら……! お前らの目的は俺じゃなくてレジアイスだろ!!」
「人がいるってのが問題なんだよ。ここでお前が俺らのやってることを報告でもされたら、俺らがボスに叱られちまう」
「んな理由で……!?」
そんなんで襲われてはたまったものじゃない。仕方ないが、ここはミュウツーを出すしか……!
そう思って、こちらもボールを取り出そうと思った瞬間――突然ガタン、という音と共に地面が揺れる。
音は洞窟の奥から聞こえてきており、段々とその音はこちらに近づいてくる。
「ん? なんだこの音……?」
今にも俺を襲う予定だったはずのの男たちも、その手を止めて異変に目を向ける。
――――次の瞬間、冷気が辺り一帯に駆け巡る。
「………あ?」
男はどこか違和感を感じたようなそんな気の抜けた声を上げる。さっきまでの俺と同じように、何が起こっているのか理解できていないのだろう。
だが、その違和感は危険信号へと一瞬で変わっていく。
「ッッ!!! ミュウツーッ!! バリアーだッ!!!」
俺がそう言うと、俺がボールから出すまでもなく自らボールを飛び出してきたミュウツーは、即座に前方に大きくバリアーを張る。
そして、そのバリアーにどこからともなく現れた氷の光線が衝突する。すると氷はバリアーで弾け、結晶となって辺りに散らばっていく。
「ひっ……な……何が起きて………」
眼前でその一部始終を目の当たりにした男たちはその場に手をつけて倒れ込む。
「……まさか自分から来てくれるとは。ほら、アイツがお前らの目的のやつだぜ?」
俺はこんな冷気が溢れかえってる中、思わず汗をかきそうになる。
それは、氷を操り、巨大な氷を一つ一つ繋ぎ合わせて生まれたような、まるで空想上の生き物、それが――――
『-・-・ーー・ーーー・-・ーー?』
依頼対象である伝説のポケモン、レジアイスだ。
◇
「ミュウツー、サイコキネシスだ!!!」
そう指示した瞬間、ミュウツーはサイコキネシスによって辺りの岩石を持ち上げると、その岩石は何の躊躇もなくレジアイスへと放たれる。
『ーー・ーー・』
不気味な電子音が響くと、レジアイスの体から氷の塊が生成される。
勢いのまま、レジアイスへと激突するはずの岩石は、盾のように生み出されたその氷によって阻まれる。
「クソ……この様子じゃダメージすら与えられるかわからんな……」
こうも攻撃を受けられては、少し戦い方を練り直す必要があるな。だが、そのためには少しばかり時間が必要なのだが……それをこの相手が許してくれるとは到底思えない。
『・・ーー・ーー』
「ッ……隙もなしに今度は電撃かよ……!」
一瞬の余裕もなく、いかにも氷タイプのポケモンだという見た目から今度は電撃が放たれる。
氷の巨体から放たれた、意表を突いたその攻撃をミュウツーはスレスレでかわすも、その電撃は後ろの岩へと直撃すると、洞窟の入り口辺りで見た抉れが生まれる。
やはり、あの時見た攻撃の跡はこいつのものだったか。
「は……は……これがレジアイス……なのか」
腰が引けたままの男はそう声を漏らす。まるで戦うことすら諦めたように。
伝説のポケモンが相手ではこうなってしまうのも仕方ないとはいえ、いつまでもそうしていられると邪魔でしかない。
「おい! 座ってるだけならさっさとどっかいけ! 巻き込まれても知らねーぞ!!」
「………は? いや、お前、こいつと戦う気なのか?」
男は本当に困惑しているようにそう問う。
「まあ、それが仕事だからな」
「マジかよ……い、いや戦ってくれんならいいんだぜ!? 俺たちはさっさと逃げるからよ!!」
意気揚々と戦う気だったはずがこの男たち、急に情けないことを言い出した。
「え? お前らもレジアイス捕まえに来たんじゃねーのか?」
「無理無理!! こんなの命がいくつあっても足りねーよ!! 下っぱがどうにかできる相手じゃないって!! じゃ、俺らは逃げるぜ!!」
「そ、そうか……」
最初の威勢はなんだったのだろうか、そう感じさせるほど見事な走りを見せて男たちは去っていく。
ま、まあこれはこれで好都合だ、ようやく周りを気にせず戦えるからな。
『・ーー・ーー・ー・ーー・・ーー」
「っと……! こっちは待ってくれないんだったな!! ミュウツー、シャドーボールだ!!」
放たれるれいとうビームをかわしながら、空中を駆け巡るミュウツーはレジアイス目掛けてシャドーボールを放つ。空中を動くミュウツーの動きはレジアイスにも捉えることはできず、シャドーボールは直撃する、が。
『ーー・ー………』
「本当に硬えな……」
今度はちゃんと当たったけど、吹き飛ばされただけで大して効いている様子もない、本体自体も圧倒的な防御力を持っているのか。
しかしそうなると、このままではこちらが一方的に消耗していくだけだ。
さて、どうしたものか……
『……………』
「……あ、そうか、その技があったか」
ミュウツーの視線を感じ、テレパシーを脳内に受け取る。それを聞いた俺は、この状況を打開することのできる可能性がある技の存在を思い出す。
ただ……その技を使うには少し溜めが要る。どうにかして隙を生まなければ、使おうにも使えない。そう思っていると、俺の頭の中を覗き込んだようにミュウツーは再びテレパシーを送る。
『…………』
「え?…………あー、はいはい。まあそれしかないからな……わーったよ、俺がどうにかすればいいんだろ」
ミュウツーは、なんと俺に時間稼ぎをしろと言う。現状、それしか方法がないのは分かっているが、トレーナー使いが荒すぎやしませんかねえ……と、泣き言を言っていても変わらない。ミュウツーはすでに準備段階に入っている。後のことは完全に任せた、ってか。
『ー・ー・・ーー??』
起き上がったレジアイスは、再び攻撃を仕掛ける。
「ッ!! あっぶね……!!」
俺に対して容赦なく飛んでくる電撃を、寸でのところで躱す。
「どうにかするとは言ったものの……何すりゃいいんだよ。こっちは一発でも喰らえば即死だぞ?」
この洞窟中では逃げようにも逃げる場所がない。というより、逃げ惑う俺にビームでも飛んできたらそれで終わりだ。かと言って、何もしないわけにもいかない。
あれ? これまずくないか?…………いや待て、まだ諦めるには早い。どうにもならないというのなら、一か八か、やってみるしかないか。
『・ー・・ーー・・ー』
「行くしかねえか……!!!」
レジアイスによる攻撃が始まると、俺は一目散にレジアイスの下へと走り出す。
今放たれた電撃は俺のいた場所に当たるも、レジアイスの攻撃は続く。俺はそのまま加速していき、さらにレジアイスへと近づいていく。
すると、レジアイスは次々にれいとうビームを放つも、自分へと近づいてくる物体に対してそれを命中させることが出来なかった。
「ここまで近づければ、当てるのは相当難しいだろ?」
レジアイスは遠距離では多くの攻撃手段を持っている。それらは確かに強力であるが、あくまで遠距離にいる対象に向けての攻撃だ。それが近距離となれば、その効果は減衰するはずだ。
俺の読み通り、レジアイスは予想外の行動に戸惑うと同時に、攻撃が全く当たらなくなっている。後はこのまま時間を稼ぐだけ………
『ー・ーー・・ーー・・ーー・ー!!!』
その瞬間、突如レジアイスの体が輝き出す。
暗かった洞窟はその光で照らされ始め、レジアイスの姿もはっきり見えるようになると、俺は何が起こっているのか困惑し出す。
「一体何を……………」
次に、レジアイスの体が徐々に熱を発生させながら膨張し始めたことで、ようやく俺はレジアイスが何をしているのか理解する。
「…………は? まさか、『だいばくはつ』………?」
額を嫌な汗が流れる。
苛立ちを感じたレジアイスは、全てを破壊して終わらせる気らしい。すでにエネルギーは圧縮され始めており、それが放出されればまず助からない。仮に爆発を逃れたとしてもこの洞窟が崩れ始めるだろう、つまり、助かる道は無いということだ。
爆発まで後数秒といったところだろうか。こんな状況でも見極めは早かった。
頭の中はどうすれば助かるかを考えることでいっぱいだった。だけど、その結論はとっくに分かっている。
「……せっかく爆発してもらうってのに、悪いな。もう時間切れだ」
ならば、後は声に出すだけだ。
「――今だ。
爆発寸前のレジアイスの上空に、ミュウツーは現れた。そして、その手がレジアイスへと向けられると、その手に籠った超能力の集合体が衝撃となって襲いかかる。
『ー・ーー!?!?!?』
先ほどまで、何の攻撃も通さなかったはずのレジアイスは、その一撃によって明確にダメージを負って地面へと減り込んでいく。では、そんなレジアイスが何故攻撃を喰らったのか?
理由はサイコブレイク、今放たれたその技の性質にある。
例えば、シャドーボールが体の表面、外部から加えられる力だとするなら、サイコブレイクとは相手の防御力を無視してダメージを与える技だ。つまり、どんなポケモンであろうと等しくダメージ与えることの出来る技、それがサイコブレイクなのだ。
『ー……・…ーー…………』
瀕死となったレジアイスは機能を停止して、放っていた光を失っていく。
「終わった………か……」
ミュウツーはそれを見下ろすと、なんとも勝ち誇ったような顔をする。まあ、伝説のポケモンと呼ばれる存在を倒したのだからな。だが、そんなミュウツーにも言いたいことは山ほどある。
「危ねかった……なあミュウツー、技撃つまでちょっと遅くないか? あと少し遅れてたら仲良くお陀仏だったんだぞ?」
『…………?」
あっ、こいつ! 別に助かったんだからいいだろ、みたいな顔してやがる! お前がトレーナーを労る気もないってんならこっちだって考えがあるぞ……!
「ふーん……お前がそんな態度取るなら、三日間はおやつ抜きだな。それが嫌なら少しは俺に感謝することだな!!」
『……………』
「………おい、その手をこっちに向けるな、多分まだサイコブレイク使えるんだろ。やろうとしていることはわかってるぞ……! 俺は絶対屈しな――」
その後、ミュウツーには高級おやつを三日間提供することが決まったのだった。