トクサネシティ、ホウエン地方にあるこの街では宇宙開発が日夜行われている。その象徴として、トクサネ宇宙開発センターに聳え立つロケットなどがある。
そんな街に俺が何の用なのか。俺の目的は、別に宇宙について知りたいというわけではなく、この街にあるトクサネジムにある。いや、正確に言うならそのジムリーダーに、だ。
トクサネジムの扉を開くと、そこには神秘的な空間が広がっていた。
「………ん? 挑戦者の方かな?」
俺がその光景に見惚れていると、ジムの案内人が話しかけてくる。ジムに来たトレーナー、と言ったらジムの挑戦者としか見えないのだろう。しかし、俺の目的はそうではないのだ。
「あー、別に挑戦者ってわけじゃないんだけど、ここのジムリーダーに会うことってできるか?」
そう、俺が用があるのははこのトクサネジムのジムリーダーだ。ここなら俺の記憶を取り戻せる、というヒガナの言葉を信じてやって来た。
しかし、俺がそう言うと案内人は少し困ったような顔を見せる。
「あなたは挑戦者じゃないんですか? ならジムリーダーのところまで案内するとなると、少々時間を跨ぎますが……」
「……時間って、どのくらいかかるんだ?」
「そうですねえ。まず身分などを確認してから、時間をジムリーダーの予定と合わせなければならないので、少なくとも今日は無理でしょうな」
むぅ……別に時間はいくらでもあるのだが、そういった一々の手続きは億劫に感じるな。今日は無理ということは、いつになるかも分からないということか。まあ、見ず知らずのやつをそう簡単に通すわけないよな。
それなら……
「なら、ジムに挑戦するよ。それなら、今からでも会えるんだろ?」
「は、はあ……それなら会うことはできますが……今からですか? ポケモンの準備とかは……」
「準備とかはもうできてます、多分」
別に俺の目的はジムを制覇することじゃない。ジムリーダーに会えさえすればそれでいいのだ。ならば、道中のジムトレーナー程度ならミュウツーだけでも十分だろう。
最近はあまりバトルもしていなかったし、適度なミュウツーの運動になるんじゃないか。ミュウツーならバトルとなればいつでも大丈夫なはずだ。
その案内人は少し心配するように間を置くが、すぐに通常時の顔に戻る。
「分かりました。では、これよりトクサネジムの挑戦を開始しま――「ちょっと待ってー!!!」
ジムの挑戦が今から始まる――そう思えたが、それは一人の声によって制止が入る。
声のする方であったジムの扉を見ると、そこには赤いバンダナを着けた少女が息を切らしながら立っていた。その様子から察するに、かなり急いで来たのだろうか。
「……ええと、どなたですか?」
「はあ……はあ……わ、私もジムに挑戦したい者なんですけど……」
「それなら、先にこの子が挑戦するので待ってもらってもいいかな? 年下の子に譲ってもらえると助かるんだけど……」
この子……いや、別に気にしてなんかないさ、この肉体が悪いのだ。
「あー……そうでしたか……すいません! また出直してきます!」
彼女はハッキリとそう言う。そう言う彼女の姿を見て、何か記憶に引っ掛かるものがあった。彼女をどこかで見たような……?
そんなことはさておいて、本当に俺が先に受けていいのだろうか。走ってここまで来たということは、何か理由があるのではないのか? そう考えた俺は、彼女が出ていく寸前に呼び止める。
「順番くらい譲るぞ? 俺はそこまで急いでるわけじゃないし」
「ッ! い、いいんですか……?」
「別に順番なんて何だっていいからな。ジムリーダーにさえ会えればどうでもいいんだ」
彼女の邪魔をしてまで急ぐ理由が俺にはない。少し時間はかかるが、ジムリーダーにはまた次の機会にでも会うことにしよう。
「そういうわけで、そっちから先に挑戦ってことにしてくれ。人が変わったところで問題はないだろ?」
「ええ、問題ありません。少し待ってくださいね、今ジムリーダーにも連絡を…………え? 『二人同時でも構わない』って……確かにここはダブルバトルのジムですけど……」
突然、ジムリーダーと連絡を取り出した案内人の様子が変わる。
「……はい。まあ、貴方達がいいんならいいんですけど……それじゃ、二人とも直接挑戦させますからね?」
何やら不穏な言葉が聞こえてくる。しかし、聞かないわけにもいくまい。
「…………それで、何だって?」
「ジムリーダーの判断により、特例ですが、二人同時にジムの挑戦を認めるそうです」
「えっ!?」
これまたラッキー……というべきなのだろうか。話を少し聞いていたが、ここはダブルバトルのジムなのか。まあ、それなら二人同時というのも分からないことはない。
「しかし……特例には特例です。貴方達にはこのままジムリーダーと対戦してもらいます」
「ま、時間も省けるしいいんじゃないか?」
「そ、そうですね……?」
「それでは、これよりトクサネジム、ジムリーダーのフウ・ランの下に案内します――――」
◇
「ようこそ、トクサネジムへ」
「今日は、挑戦者が二人……あたしたちと同じだね! これは面白いことになりそう!」
目の前に立つ、思わず同一人物が二人いるかのように見えるこの少年少女が、このジムのジムリーダーなのだろう。
「あの……本当に二人で戦って大丈夫なんですか? いくらジムリーダーとはいえそんな……」
「それはこっちのセリフだね」
「キミたちこそ、出会ったばかりであたしたちのチームワークに勝てると思ってる?」
心配するような声をかける彼女だったが、相手は受けて立つ、と言った表情。それもそのはず、この戦いはダブルバトル、単純な実力だけでなく求められるのはチームワークだ。
出会って数分のこちらに対して、相手は隙間を入れることなく交互に会話をするほどの、共感性を持っている。それが超能力によるものなのか、それとも兄弟の絆なのか、どちらにせよこの点においては大きく差をつけられている。
ならば、まずは少しでも味方のことを理解することから始めるか。
「そういえば、まだ名前も言ってなかったな。アキハだ、出来る限り足は引っ張らないようにするが、よろしく頼む」
「アキハくん――ですね。私はハルカです。こんな形にはなりましたが……よろしくお願いしますね!」
「……くん呼びはやめてくれ。多分、俺の方が年上だから」
「えっ!? こ、これは失礼しました……アキハさん」
ハルカ、彼女はそういうらしい。
……やっぱり、俺の記憶が正しければ、あの時マグマ団をボコボコにしてた子だよなあ……
「なあハルカっていったか、アンタ、マグマ団について何か知って――――」
「自己紹介は終わったかな?」
「それじゃあさっさと始めようよ。二対二のジムバトルなんて久しぶりだからさ!」
俺の言いかけていた言葉はジムリーダーによって遮られる。それが聞こえていたのか、聞こえていなかったのか分からないが、ハルカはどうかしたのかと、俺に問う。
「アキハく…さん? 何か言いかけて……」
「…………いや、何でもない。とりあえず勝った後にまた聞くよ」
ちくせう、タイミングを逃した……まあいいさ。今はこのバトルに集中しよう。
さて……久しぶりのバトルだぞ。少しは怠けてた分頑張ってもらうぞ、ミュウツー。
「行ってこい、ミュウツー」
「お願い、バシャーモ!」
◇
ジムバトル、というものを俺は経験したことがない。ガラルにいた頃は、ジムチャレンジという形であったが、それにも出たことはなかった。外からダンデやソニアを応援して、どんなものかというのは見ていた。
彼らのバトルを観戦する度に、ボールの中のミュウツーが疼いていたのも懐かしいとさえ思える。そんなミュウツーが、異例ではあるがようやくジム挑戦できると思うと感慨深いものがあるなあ……
『………………』
ん? 何だって? 『戦わせてくれないのは、お前のせいだろ』って? しょうがないじゃん、面倒くさいんだもん。
「バシャーモ、ブレイズキック!!」
バシャーモが燃え上がる大きな足を蹴り上げて、相手のソルロックに叩き込む姿を見て思わずハッとする。
ああ、そうだ、今はジム戦、真剣勝負なのだ。こちらも全力で挑まなくては――
「ミュウツー、ルナトーンに向けてシャドーボール」
ジムリーダーの使ってくるポケモンはソルロック、そしてルナトーン。ソルロックの方はハルカに任せるとして、ルナトーンはこっちで相手しよう。
ミュウツーは、手中に霊気の籠った球を生み出す。狙いは、ルナトーン。形の安定したそれを、ミュウツーは素早く撃ち出す。
「ソルロック、ひかりのかべ!!」
ルナトーンに攻撃が命中する直前、ソルロックがルナトーンと自らを包むようなベールを発生させる。そのベールによって、放ったシャドーボールはルナトーンに直撃したものの、大したダメージにはならなかった。
「ふふん! まだまだ甘いね!」
「そんなんじゃあたしたちのチームワークは破れないよ!」
なるほど……これが、チームワークか。
ダブルバトルって意外と奥が深いんだな……これはこっちも協力しなければ手こずりそうだな……よし! ミュウツー! こっちもコンビネーションを見せるぞ!
『…………?』
…………あ? 『知るか』、だって?
いや、お前……ダブルバトルのコンセプトガン無視かよ……少しくらいは協力しないか?
それに、ハルカだってきっとこっちの協力を求めてると思うぜ?
「うーん……二人相手は思ったように戦えないなあ……」
バシャーモの攻撃が相手のコンビプレーによってことごとく防がれる。やはり一人だけで戦うのは難しいのだろう。
そういうわけで、こっちも協力してだな………
「仕方ない。時間も無いし、終わらせちゃおっか」
…………ん?
ハルカはこの状況に対して、そうポツリと呟くと、身につけていたバングルをかざす。
一体何を……と一瞬思ったが、バングルの中に輝く石が目に入ってくる。見覚えのあるその石は、キーストンと呼ばれるものだった。
すると、ハルカはそのバングルに手を当てて、ゆっくり口を開く。
「バシャーモ、メガシンカ!!!」
その瞬間、溢れんばかりの輝きがハルカの持つバングルと、そしてバシャーモから放たれる。二人を繋ぐようなその光は、バシャーモの体を包んでいく。
俺は、この光を知っていた。これは、ポケモンが進化する際に起こる現象だと。では、なぜそれがこのタイミングで起こったのか?
その答えは、言わずとも目の前の景色が語っていた。
「シャアアアアアアアア!!!」
それは、本来のバシャーモの持つものよりも、さらに紅く、さらに熱く。流れる火を身に纏うその姿は、本当にバシャーモの進化したような姿であった。
「うげっ……メガシンカ……」
「これは……もしかしてやばいかも?」
それを見たフウとランは嫌そうな顔を見せる。ジムリーダーですら恐れるほどのメガシンカという存在、その力は――
「バシャーモ、フレアドライブ」
その指示を聞いたバシャーモは、まるで競争でもするように足に一瞬力を溜める。最低限の時間で、最高の力を溜め切ったバシャーモが、足を踏み出す。その一歩目のことだった。
――――次の瞬間、ソルロックはジムの壁まで叩きつけられていた。
「…………は?」
何が起こったのか。それを理解しようとした瞬間、バシャーモは次の狙いを定めていた。
「ちょっ……このスピード……ま、まさか………!」
「
ジムリーダーのフウとランは何かを悟ったようだ。しかし、そう考えたところでもはや誰もバシャーモには追いつくことができなかった。
「はい、思っている通り、私のバシャーモは『かそく』です。それで……これで終わり。バシャーモ、フレアドライブ」
そう告げた瞬間、ルナトーンに赤い彗星が走る。その正体は、もちろん圧倒的なスピードを持つバシャーモだった。
ルナトーンがどうなったか?…………言うまでもないだろう。
◇
「くそう……ダブルバトルなのに……」
「まさか一人に、いや一匹にゴリ押しされるなんて……夢特性なんてズルいよ」
結局、メガシンカしたバシャーモ……メガバシャーモのおかげで文字通り瞬殺だった。そのせいで、何もすることなく終わってしまったミュウツーは、不貞腐れてまたすぐに眠りについた。
「やりましたねアキハさん! これも二人のチームワークのおかげです!」
「……どこが?」
純粋な瞳でそう言うハルカに思わずツッコむ。
……まあ、こうも簡単に勝てたのは彼女のおかげでもあるのだから、そこはとやかく言うつもりはない。それより、ジムリーダーに勝ったということは……
「敗れたからには仕方ない」
「キミたちにはこれをあげよう! ほい、トクサネジムバッジ!」
フウとランは悔しさを隠すようにして、バッジを渡す。俺自身、バッジを受け取ること自体初めてなので、こんな形なのか、という感想を抱く。
そう言えば、バッジを持っていればレベルの高いポケモンも言うことを聞くようになるらしいが、これがあればミュウツーも……いや、あのミュウツーがそう簡単に言うことを聞くはずはないか。
「しかし……本当に俺もバッジを貰っていいのか? ほとんど何もしてないぞ?」
「いいのいいの、今回はボクたちのわがままもあったし、それに……」
「あんなエスパーポケモンも見せてもらったしね!」
「それでいいのか……」
あのエスパーポケモンというのは、ミュウツーのことだろう。確かに、エスパータイプの専門家からしても見たことがないポケモンというのは珍しいと思ったのか。
……と、ここで俺がこのジムに訪れた本題を思い出す。
「そういえば、ここで記憶を見てもらえるって聞いたんだが……」
「うん。ボクたちの力なら記憶を引き出すことはできるけど」
「なんでそんなことを訊くの?」
「簡単に言えば、俺は記憶喪失なんだ。それで、記憶を失う前のことが知りたくてだな……」
「ふうん……なるほどね」
「それなら全然いいよ! あたしたちに任せな!」
まさか、こんなところで自分の記憶を取り戻すことになるとは思わなかった。思えば、今までなぜあまり気にならなかったのだろう。自分の過去に執着が無かったのもそうだが……
よく分からないが、記憶を失う前に何かあったに違いない。それこそ、記憶を失うことになった何かが。
「むむむ……」
「む〜ん………」
フウとランは俺の頭に手を当てて、何かを探り始めた。今、俺の頭の中が見られているのだろうか……変な記憶も見られてなければいいのだが……
「ん〜…………?」
「これは…………」
「何か分かったか?」
唸るような声を上げる二人にそう訊く。これまで明らかになっていなかった過去だが、一体、俺の記憶に何が……
「わからん!」
「うむ、わからん!」
「………………え?」
二人ははっきりとそう告げる。いや、そうは言われましても……と困惑の声を上げそうになる。
分からない、とは言え何か手掛かりでもあったんじゃないのか、そう二人に訊くと――
「ボクたちに分かる範囲で言わせてもらうと、記憶にロックが掛かっているんだ」
「そう、キミの過去に関するところにね」
「ロック……?」
返ってきた答えを思わず聞き返す。
「ボクたちも医者ってわけじゃないから詳しくはないんだけど」
「なんか普通の記憶喪失とはちょっと違うよねー」
普通の記憶喪失とは……と思わずツッコミたくなる気持ちを抑える。
フウとランは頭から手を離すと申し訳なさそうに頭を下げる。
「ごめんねー、分かるのはここまでみたい。ここまで見れなかった人はそうそういないよ」
「力になれず申し訳ない。ぺこり」
ヒガナから話を聞いて、ここでならもしかしたら解決するかもしれないと思っていただけに少し残念に思う。
ただまあ、記憶なんていつか別の機会にでも分かればいいことだ。今回は運が無かっただけということにしよう。
「俺は大丈夫だよ。こっちこそ、変なこと頼んだな」
「そうですか、なら良かった。記憶でなくとも、他に自分について知りたいことがあれば」
「追加課金すれば、アナタのあんなとこやそんなところまで、自分でも知らないことを丸裸にしてあげますが……」
「しないよ?」
この子供たち……何てことを口にするんだ。こんな不健全な場所からはさっさと去らなければ。
逃げるようにジムから出ようとすると、ハルカがいつの間にか居なくなってることに気づく。お礼ぐらいは言っておきたいと思っていたから、追いかけようと思う。
ハルカはもう行ってしまっただろうか、そう考えていたが、幸いジムのすぐそばで立ち止まっているハルカがいた。そんな彼女に、俺は話を聞こうとすると――
ドオオオオオオ!!と、突然何かが噴き出る音と共に、激しい揺れが起こる。
「ッ!? じ、地震か……!?」
あまりの揺れに、立っているのもやっとだった。それからしばらくして、ようやく揺れが収まってくると、ゆっくりと顔をあげる。
何だったんだ……という言葉が、喉の奥から出そうになる。しかし、それを憚らせるほどの景色が、目の前に広がっていた。
「あれは…………」
萌葱色の輝きを放つ、巨大な光の柱が海から突き抜けていた。その光は天空にまで届きそうな勢いだったが、それも少し経つと消えて行く。
さっきから、現実感のない話に、現実感のない景色と続いたせいで、俺の脳は停止しそうになっている。しかし、棒立ちになってはいられないので、そばにいたハルカに再び声をかけようと試みる。
「は……ハルカ……今のは……?」
「…………アキハさん、見ましたか?」
見た、というより目に入らない方がおかしい。しかし、そう言うハルカの表情は俺のような困惑の色が薄かった。まるで、こうなることが起こると知っていたかのように。
「あ、ああ……何なんだ? 今、何が起こってる?」
「…………恐らくですけど、あれは――――――」
「超古代ポケモン、その復活の兆しだろうね」
突然、横槍を入れるかのように声が届く。急に耳に入ってきた聞き慣れぬ声にビックリして声の出どころである横を振り向くと――
…………やせいのイケメンがあらわれた。