かなりチョロく負けそうだったので応援の意を込めて書きました。
維朱vs学郎(93話)
「くっ!!また見えない糸!!」
「そうやって動き回ってどんどん雁字搦めになっちゃえ、学郎君!!」
(どこまで新峰さんの糸が張り巡らされているか分からない…。それなら)
「夜魂、拡張斬撃!!」
「かしこまりー。」
がしゃどくろの分体にも通じた夜魂の空間算定能力を通じた斬撃範囲の拡張。下準備の空間の算定のために夜魂から令力の波動が放たれた。
「斬撃策定に失敗しました。」
「なんで!!」
「その拡張斬撃って技、がしゃどくろ様から聞いてるよ。それ斬撃の拡張先を令力で指定してるんでしょ。私の糸が張り巡らされたこの空間で出来るなんて思わないで!!」
習得したばかりの必殺技が対策されていたことに、学郎は動揺する。
Level4の幻妖である彼女がその隙を逃すわけも無く、針のように細く束ねられた糸が放たれ学郎の身体を貫く。
「くそっ!!」
「影に潜っての奇襲?それも知ってる。見たことあるよ!!」
影を交差させて幾度も位置を入れ替えても、学郎が潜んだ影めがけて、彼女の糸が的確に飛んでいく。
「一体どうやって…、っ!!夜魂、俺の周囲の空間を中心に算定しろっ!!」
「了解。……、右足、左肩、その他の箇所も一部認識出来ません。」
「やっぱり!!おおざっぱでも良い、多少の傷も気にしない!!周りを斬り伏せるぞっ!!」
自傷を伴う、学郎の周囲に対する拡張斬撃。意識しないと気づかない何かを断ち切るような感触。
「あー、気づかれちゃった。私と学郎君を繋ぐ糸だったのに…、残念。」
「夜魂、そのまま俺の周りを見続けろ。異変があれば言ってくれ。」
「お任せあれー。」
「その変なの卑怯じゃない…?でも、良いの?それじゃ令力が直ぐ尽きちゃうんじゃないかなぁ。捕まったら終わりになっちゃうよ?」
「構わない。リスクは承知の上だ。それに、新峰さんの能力相手じゃ長期戦は無理だろ。」
傷口を影で覆い出血を抑え、令力を夜魂へと注ぎながら覚悟を決めた様相で目の前の幻妖、新峰維朱を見据える。
そんな彼を見つめながら、少女は喜びと憂いが混じった複雑な表情を見せる。
「本当に……。少し前までは、幻妖も陰陽師も、自分の力のことすら何にも知らなかったのに。」
「どうして、君がそんな顔をするんだ。」
「……っ。強くなっても、鈍いところは変わらないね!!」
糸を束ねて形づくった槍を構え、彼女は一直線に学郎へと飛び込んでくる。
その猛攻を盡器で捌きながら、学郎は必死に次の一手を探る。
(対策を練られているだけで、こんなにも動きづらいなんて……!)
槍さばきは、かつて対峙した藤乃代葉には到底及ばない――。
その証拠に、学郎は彼女の攻撃を難なく捌いていた。
だが、盡器と糸がかすかに触れ合うたび、令力が確実に削られていく。
(このままじゃ、ジリ貧だ……!)
「ぐっ……このっ!!」
学郎は、糸でできた槍を力任せに吹き飛ばし、その勢いのまま斬りかかる。
命を奪いかねない刃が迫っているというのに――彼女は微動だにせず、その身で受け止めようとしていた。
「いいの?」
切っ先が彼女の肌に触れかけた、その瞬間。
ぽつりと呟かれたその言葉に、学郎の剣が止まる。
「藤乃家のこと、知りたいんでしょ? 私、弱々しい幻妖だから、ざっくり斬られたら……死んじゃうよ?」
場の空気が一瞬だけ凍りつく。
だがすぐに、維朱は糸の槍を引き戻し、何事もなかったかのように踏み込んでくる。
学郎も盡器を構え、再び切っ先を交える。
無闇に傷つけるわけにはいかない――そのため、学郎の斬撃には迷いが残る。
対する維朱は、糸を槍のように繰り、針のように放ち、罠のように張り巡らせる。
足場に忍ばせ、空間を縫い、多彩な仕掛けで学郎を絡め取りながら、確実に令力を削ってきていた。
それなのに――学郎の目からは、諦めの色が一向に滲まない。
状況は明らかに劣勢のはずなのに、傷ついても、削られても、彼の動きは鈍らず、信念は一歩も退かない。
そのことが、維朱にはたまらなく腹立たしかった。
「傷だらけになって、命がけで手に入れた力なのに……!私を殺さずに制圧することすらできないっ!そんなんじゃ全然足りないっ!!」
「学郎君も知ってるでしょ!?あの若さで隊長になった桜楼晴日ですら、本気の輪入道には勝てなかった!戦闘に特化していない私にすら圧勝できないって、それがどういうことか……本当に分かってる!?」
「……力が足りてないことなんて、俺が一番分かってる!!それでも――だからって、俺は、足を止めるわけにはいかないんだっ!!」
「……ああ、もうっ!!」
泣き叫ぶような表情を浮かべながら、維朱は糸の槍を強く握りしめる。
怒鳴るような声とは裏腹に、その目にはどうしようもない悲しみが滲んでいた。
学郎の剣には迷いがありながらも、彼の瞳には一切の揺らぎがなかった。
何度傷ついても、どれだけ令力を削られても、決して諦めずに前へと進むという意思。
それが、維朱には一番怖かった。
(そんなの、死にに行くようなものなのに…。止めなきゃ。今ここで。)
息を呑み、目を閉じたあと、彼女は観念したように顔を伏せる。
「がしゃどくろ様だけじゃない、もう他の鏖も分体になって顕現してる!!!」
「なっ!?!?」
「陰陽寮の想定とは、もう大きく外れてきてる!!陰陽師側に勝ち目は無いのっ!!」
結界のせいで全容が把握できなかった藤乃家の実態。
それを知る唯一の幻妖――彼女の口から語られたのは、鵺が立てていたどんな想定よりも、はるかに最悪な状況だった。
その言葉は、彼の心をも折りかねないほどの絶望を孕んでいた。
けれど、学郎の足は止まらない。
「……それでも、何もせずに皆を失うなんて選択肢は取れるわけないだろっ!!」
肩で息をしながらも、彼は前を見据える。
維朱の糸が絡みつき、令力を削られ続けているというのに――その意志には、揺らぎがなかった。
「鵺さんは俺のことを信じて、期待してくれてる!!皆を救う。それがどれだけ無茶でも、俺はその道を諦めないっ!!」
言葉はまっすぐで、強かった。
敵は圧倒的で、維朱の言う通り勝ち目などないのかもしれない。
それでも彼は、皆を救い、自分も生きて帰ると決めていた。
その意志だけは、どこまでも揺るがなかった。
そのときだった。
学郎の背後で、不気味に漂っていた人の頭ほどもある卵に――ひびが入った。
ぱきり、と乾いた音が静かに響く。
維朱は、その音を聞いた瞬間に悟る。また彼は、覚悟をもって一線を越えた。
目の前の少年が、自分の想像を超えて、ひとつ成長してしまったのだと。
「ふふ……やっぱり、止まってくれないんだ。学郎君は、いつもそう。」
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糸で編まれた空間が、静かに崩れていく。
張り詰めていた結界がほどけ、舞い上がった白糸が、風に吹かれて霧のように散っていく。
勝敗は、もうとうに決していた。
その中心で、維朱は膝をつき、両腕で顔を覆っていた。
震える肩から、堪えきれない嗚咽がこぼれている。
「やだ……お願い。ここに居て……。私、学郎君のためなら……何でもしてあげれるから……」
その声は、泣きじゃくるようにかすれていた。
もう戦うためではない。ただ、一人の少女として――どうしようもない想いを吐き出していた。
「どうしてそこまで……」
学郎の問いかけに、維朱は顔を上げず、涙を拭おうともせず、ただ言葉だけを落とす。
「儡脊と約束したの。私が学郎君をここに拘束出来たら、それ以降は関与しないって。
契約者が居なければ、鵺は障害になり得ないから、生かすも殺すも好きにしろって……」
維朱の言葉に、計算も、嘘もなかった。
止めたい。守りたい。ただ、それが間違っていると分かっていても――
幻妖である彼女には、他に選べる手段がなかった。
「それは、俺以外の皆が死ぬってことだろ。……ごめん、そんな事は出来ない。」
しばらくの沈黙のあと――
崩れかけた声で、維朱がぽつりと呟いた。
「……そうだよね。分かってたのに……。ごめんなさい……」
維朱は、崩れ落ちるように呟いた。
――あなたがそう言うって、ちゃんと知ってたのに。
それでも止まれなかった自分が、いちばん嫌だった。
新峰維朱、頑張れ!!!