鵺の陰陽師の妄想短編集   作:なめたけ伯爵

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噓告白のやつ!!!
相変わらず全て作者の妄言です。

町田莉那とかいう人気でないわけないだろ!!!
夜島学郎は目立つのが好きじゃなさそうなので、学校では距離取って欲しいってお願いしててほしい。
渋々、本当に渋々、町田莉那は言う事聞いてる。
絶対その代わりに、お菓子作らせたり、買い物の荷物持ちとかやらせてる。

町田莉那はよく夜島学郎の事を話題に挙げるので、クラスの女友達は知ってる。
町田莉那に告白しようとしているやつ見るたびに、あの様子じゃ、まぁ無理だろうなぁって思ってそう。


2025-05-08 18:35 後書き追加


町田莉那(幼馴染概念) そのさん

 

 

 

ある日の放課後。

朝、下駄箱に入っていた一通の手紙に導かれるようにして、俺は校舎裏へ向かっていた。

 

手紙の差出人は、別のクラスメイトの女の子。

名前も顔も知らない、面識のない、たぶん――俺とは、ほとんど接点がなかったと思う。

 

手紙には用件こそ書かれていなかったけれど、可愛らしい便箋に、

呼び出し場所は所謂“告白スポット”として知られる校舎裏の花壇。

なんのために呼び出されるのか、莉那さんによく「学って鈍いよね。」と揶揄われている俺でも分かった。

 

曲がり角の向こうに見える花壇には、コスモスの花が秋風に揺れて淡い色を広げていた。

季節の終わりを感じさせるその風は少し冷たくて、無意識に制服の袖をぎゅっと掴んでしまう。

胸の奥がざわついて、何度か深呼吸してみたけど――緊張は、なかなか抜けてくれなかった。

 

(……こういう時、どうすればいいんだろう。)

 

誰かに相談しておけばよかった。

けれど、そんな余裕も勇気もなかった俺は、ただここに来てしまった。

 

「ごめん、待たせちゃった?」

 

花壇近くに着くのと同タイミングでかけられた声につられて振り返る。

女の子、ラブレターをくれた子だろうか、その子が小走りでやってきていた。

 

少し荒れていた息を整える為か、彼女は直ぐにうつむき、表情は見えない。

口元に手を添えるような仕草が、どこか落ち着きなく感じられた。

 

「俺も、今来たところだから。」

 

とっさに出たその台詞は、昔、莉那さんに「女の子にはこう返して」って教えられた“決まり文句”だった。

恥ずかしくて、ほかの人には絶対使わないって思ってたのに――気づいたら、自然と出ていた。

……やっぱりこういうのは似合ってないな、と思う。

 

「そっか……、よかった……。」

 

それきり、会話が止まった。

場を繋ぎ落ち着かせる言葉が見つからない。

花壇のコスモスが風に吹かれ揺れる音ばかりが耳に残って、余計に鼓動の音が大きく感じられた。

 

「あ、あのっ!」

 

顔を伏せたままの彼女から突然発せられた声に驚いて肩が跳ねる。

制服の裾をぎゅっと握りしめ、視線は地面に落ちたまま。

 

「わ、私……夜島くんのこと、……好きです!!」

 

息が止まる。

初めて聞くその言葉が、鼓膜に焼きついた。

 

「つ、付き合ってください!!」

 

まっすぐに響いた言葉。

けれど――どこか、妙に急いでるような印象も残った。

緊張のせいかもしれない。

俺はただ、呆然と立ち尽くしていた。

 

「お、おれ……。」

 

何か言わなきゃと思ったのに、喉がひどく乾いていて、声にならない。

頭の中はぐるぐると回っているのに、口の中は空っぽで、ただ息ばかりが荒くなっていく。

 

そんな俺を前に、彼女は一瞬だけ言葉を止めた。

伏せたままの視線をそっとこちらに上げるようにして、俺の反応を探るように、じっと様子をうかがう。

そして、数拍の沈黙の後、少しだけ息を整えるようにして、口を開いた。

 

「……いきなりで、ごめんなさい。」

「……明日。嫌じゃなかったら…、また、ここで……返事を聞かせてくれたら――嬉しい、です。」

 

彼女の声は小さく、けれど不思議と区切りが多くて、一語ずつ、こちらの反応を確かめるように、慎重に言葉を選んでいるように思えた。

 

そして、驚くほど丁寧に彼女は頭を下げ、すっと背を向ける。

そのまま、花壇の縁を踏まないようにそっと歩き出し、校舎の影に吸い込まれるように姿を消していった。

 

彼女の姿が完全に見えなくなっても、俺はその場に立ち尽くしていた。

返事は明日でいい――そう言われたはずなのに、胸の奥は妙にざわついていた。

言葉を返さずに済んだ安堵と、ぽつんと置いていかれたような戸惑いとが、奇妙に入り混じっていた。

 

ようやく足元の鞄に手を伸ばし、拾い上げる。

そのまま歩き出すと、砂利を踏む音だけが耳に大きく響いた。

 

花壇を背に、風が冷たく頬を撫でていく。その感触だけが、やけに肌に残った。

 

校舎沿いを歩いて校門へ向かう途中、耳に届いてきたのは、下校する生徒たちの笑い声や楽しげな会話。

そんな喧騒には目もくれず、人ごみの中をただ一人、ゆっくりと歩いていく。

去年までは、いつもすぐ隣にいた彼女の姿はない。

――なんとなく、学校で莉那さんと一緒にいるところを見られるのが、照れくさくて。

 

校門を抜けても、人通りはまだ多い。

けれど、大通りから一本外れ、住宅街へと続く細い道へ入ると、ようやく周囲の喧騒が遠のきはじめた。

 

そこは、俺たちがいつも落ち合う場所。

人目を気にせずに並んで歩ける、少し外れた住宅街の坂道の途中。

自動販売機のそば、制服の裾を風に揺らしながら、莉那さんは静かに立っていた。

 

スマホも見ず、ただ風の中に静かに立つその姿に気づいた瞬間、胸の奥に、ふっと温かいものが灯る。

 

俺は彼女にそっと近づいて、声をかける。

 

「莉那さん。」

「あ、学。遅かったね。用事は終わったの?」

「うん、待たせてごめん。」

「いいってば。……いつもは私が待たせてる側だし、ちょっと新鮮だったかも。」

 

笑いながらそう言って、莉那さんは風に吹かれる髪を耳にかけた。

その仕草ひとつで、胸の奥に残っていた緊張が、ふっと和らいでいく。

 

彼女の隣に並び、二人で歩き出す。目指すのは、いつもの分かれ道。

 

莉那さんは、今日のことをあれこれ話してくれた。

小テストの結果、英語が難しすぎるって話、隣の席の男子が爆睡してたこと――

その全部が、変わらない日常の音のようで、安心する。

 

「莉那さん、あの……。」

 

思わず口をついて出たその声に、自分でも驚いた。

言うつもりなんてなかったのに。

だけど、喉の奥からぽろっとこぼれてしまった。

 

「ん?どうかした?」

 

足を止めてこちらを見る莉那さん。

その視線がまっすぐで、何もかも見透かされてしまいそうで、俺は言葉を飲み込んだ。

 

……“告白された”。どう返事すればいいと思う?

 

そんなことを、彼女に聞くなんて。

それはきっと、違う。あの子にも、莉那さんにも、失礼だ

自分でちゃんと考えなきゃいけない。きっと、莉那さんならそう言って叱ってくる。

 

「……いや、なんでもないよ。」

 

少し間をおいて、そう返すのがやっとだった。

 

「そう?」

 

莉那さんはそう言って歩き出しかけたが、すぐに立ち止まり、もう一度こちらを振り返った。

 

「でもね、本当に困ったら、ちゃんと教えてね。学って、すぐにひとりで抱え込むんだから。」

 

その言葉が、風の中にふわりと残る。

 

「……わかった、頼ってみるよ。」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

寝不足だった。

どう返事を返すべきか――そのことばかり考えていたせいで、夜はろくに眠れなかった。

 

朝からぼんやりとしたまま、板書を写すペン先が何度も止まりそうになりながらも、眠たい目をこすりながら長い長い授業に身を沈める。

 

チャイムが鳴るたびに、静かに、その“時”が近づいてくる。

 

放課後になり、教室の空気が緩んで、ざわめきが廊下へと流れ出すのに合わせて、俺も鞄を持ち上げて立ち上がる。

昨日、告白を受けたあの場所へと、足を向ける。

 

彼女に伝える気持ちは、もう決まっていた。

 

告白は、正直に言って、嬉しかった。

“好き”だとか、“付き合ってほしい”だとか、そんなふうに想いを向けられたのは、初めてだったから。

 

だけど、やっぱり無理だと思った。

 

この世界には、不可視の“化け物”が確かにいて、

誰もが気づかないまま傷つけられて、気づいたときにはもう、手遅れになっていることすらある。

 

俺は――そいつらを見ることができる。

でも、できるのは、それだけ。

 

止められない。追い払えない。守れない。

 

もしも、傍にいる誰かが襲われたとしても、

俺はきっと、怖くて、前に出ることすらできない。

 

そんな俺が、誰かと関係を結ぶなんて――そんな資格は、ないんだろうなって思う。

 

……そう思ったはずなのに、胸の奥に、ふと引っかかるものが残った。

 

誰に対しても抱くはずのその不安が、莉那さんだけには、なぜか湧いたことがなかった。

 

(……やっぱり、彼女が陰陽師だから、なのかな。)

 

花壇へと着くと、彼女はすでにそこに立っていた。

 

その背中はどこか頼りなくて、昨日とは打って変わって小さく見えた。

俺は一歩踏み出し、胸の奥で言葉を整える。

 

「……昨日の、告白の返事……。」

 

声をかけると、彼女は少しだけ肩を揺らし、

それから、振り返ることなく「うん」と短く応えた。

 

俺は静かに頭を下げる。

 

「告白……嬉しかったです。驚いたけど、それ以上に、嬉しくて……。」

「でも、俺……誰かとそういうふうに向き合うことが、まだうまく想像できなくて。」

「君の気持ちにちゃんと応えられないのに、付き合うなんて言えない。それは、すごく失礼なことだって思う。」

「……ありがとう。でも……ごめんなさい。付き合うことは出来ないです。」

 

言葉のひとつひとつを丁寧に選びながら、慎重に口にしていった。

誠実に返したかった。こんな俺なんかに”好きです”って、告白してくれた彼女を傷つけたくなかった。

 

視線を伏せたまま、彼女の反応を待つ。

 

……だけど、返ってきたのは沈黙だった。

 

しんと静まり返った空気の中、やがて耳に届いたのは――

 

「んっ……ん、ふっ……くくっ……」

 

抑えようとしても堪えきれず、口元から漏れて出てしまったような、そんな小さな笑い声。

 

一瞬、何か聞き間違えたかと思った。

けれど、顔を上げた瞬間見えた光景にすべての予感が裏切られた。

 

彼女は、口元を手で押さえたまま、肩を震わせていた。

笑いを抑えているのが明らかだった。唇の端がぴくりと引きつり、目元がわずかに潤んでいる。

息を飲むたびに喉が震え、声が漏れ出るのを必死に堪えているのが伝わってきた。

けれど、顔を上げた俺と目が合った瞬間――

彼女の表情が、ふっと緩んだ気がした。……気づかれた。もういいか。

そんな心の声が、微かに滲んでいた。

 

そして、堰を切ったように、笑いがあふれ出す。

 

「っは……ふ、ふふっ……ぷっ、あはっ、あははははっ!!」

「ごめ、無理……腹痛い……ほんとに、信じてたの? あはははっ!」

 

笑いすぎて、腰を折り、膝に手をついてうつむいたまま、それでも笑いが止まらない。

 

「……え?」

 

思わず声が漏れる。

 

そのとき――「パシャッ」という軽い音が、風の中に紛れるようにして聞こえた。

反射的にそちらへ視線を向ける。

少し離れた場所に、女子が二人。

こちらを見ながらスマホを構えていて、画面が自分の方を向いているのがわかった。

 

「ねえねえ、ちゃんと録れてた?今の顔、やばくない?」

「ぷっ……ほんとに信じてたの……?やば……マジで返してきてんじゃん……!ガチで言ってたよ、あれ!」

 

彼女たちの笑い声が、花壇の空気を無遠慮に切り裂いた。

さっきまであんなにも静かだった場所が、嘲笑とざわめきに染まっていく。

 

「……な、っ……なに……?い、いや……、え…っ…?」

 

口の奥が急に乾いて、喉がひくついた。

言葉を出そうとしても、まるで舌が張りついたように動かない。

 

「マジで最後まで信じてたよね?面白かったぁ。」

「ねー?真面目すぎ。逆にこっちが恥ずかしいんだけど……。」

 

笑い声が響く中、頭の中はまだ真っ白だった。

何が起きているのか、どこまでが本気で、どこからが冗談なのか、理解が追いつかない。

 

さっき告白してきたあの子なら、何か、何か言ってくれるかもしれない。

そんな淡い期待を胸に、俺は視線を向けた。

 

腰を折って笑っていた彼女は、肩を震わせながら顔を上げる。

笑いすぎて滲んだ涙を手の甲で拭いながら、悪びれた様子もなく――あっけらかんと、言った。

 

「あー、笑った、笑った。ごめんごめん、これ、罰ゲームなの。てかさ、普通わかるでしょ、冗談だって。」

「あんたなんか、好きになる子なんて、いるわけないでしょ?」

 

ぐらりと視界が揺れる。

 

冗談?罰ゲーム?

じゃあ、あの手紙も、呼び出しも、告白も――全部、最初から仕組まれて。

 

頭が真っ白になって、理解が追いつかない。

 

耳の奥で、キィン……と金属を擦るような音が鳴り続けた。

視界の色が、じわじわと抜け落ちて、色彩がひとつずつ、剥がれるように遠のいていく。

 

誰かが笑っている。

誰かがスマホをいじっている。

誰かが何かを囁いている。

 

――だけど、それら全部が、遠い水の底から聞こえてくるようにぼやけていた。

言葉も音も輪郭を失って、現実の外に置き去りにされる。

 

……ただひとつ。

笑い声だけが、くっきりと、耳の奥にこだまのように残り、いつまでも消えてくれない。

 

息が苦しい。

目の奥が、じんじんと熱を持って滲む。

吸い込んだはずの空気が程元で止まり、肺まで届かずに消えてしまうようだった。

 

気づいたときには、足が勝手に地面を蹴っていた。

 

花壇を背にして、音も言葉も、何もかも投げ捨てるようにして――走る。

 

彼女たちの顔を、見ていられなかった。

自分が、あの場所にいたという事実すら、もう耐えられなかった。

笑われていたことも、信じてしまったことも、言葉を尽くしたことも――全部が、ただ恥ずかしくて、悔しくて、情けなくて。

 

走って、走って、どこかへ逃げるように。

 

人の声も、車の音も、風の匂いも、何一つ記憶に残っていない。

ただ、靴の裏がアスファルトを蹴る音と、喉を焦がすような呼吸の音だけが、耳にこびりついていた。

 

どれくらい走ったのかも分からない。

気づけば、目の前に見覚えのあるブランコが揺れていた。

 

……小学生のころ、家に居づらくてよく逃げ込んでいた、小さな公園。

 

無意識のうちにここへ来ていたなんて。

俺は――あの頃から、何も変われていなかったらしい。

 

併設されたベンチへとおぼつかない足取りで向かい座る。

嗚咽がこぼれる。

思いが踏みにじられただとか、そんな事よりも、彼女達から向けられた悪意がただひたすらに怖かった。

喉の奥からせりあがってくるような感触。

 

目じりが熱く、頭は茹るほどに熱を帯びている。

涙は出なかった――いや、出ないと思っていた。

 

「学……?」

 

かすかな声が、風に乗って届いた。

思わず顔を上げると、そこには――莉那さんがいた。

 

「……どうしたの、そんなとこで……?」

 

その声には、驚きと、心配と、戸惑いが入り混じってた。。

 

何か返さなきゃ。けれど、すぐには言葉が出なかった。喉が詰まっている。

声を出そうとすると、胸の奥で何かが軋んで止まってしまう。

 

……なんで、ここにいるんだ。

今日は、先に帰ってていいって、そう伝えたのに。

一人になりたくて、誰にも会いたくなくて、そうやって逃げてきた場所だったのに――

どうして、莉那さんは……。

 

莉那さんは、こちらに歩み寄り、足を止めたまま、じっと俺を見つめた。

その目に浮かんでいたのは――驚きと、戸惑い。

俺の表情を見て、冗談や悪ふざけで済む話じゃないと、すぐに察したのだろう。

 

少しだけ間を置いて、そっと距離を詰めてくる。

彼女は、無理に覗き込もうとはせず、ただ、少しだけ顔を傾ける。

 

「……ねえ、大丈夫? なにか、あったの?」

「……れ……莉那、さ……ん……。」

 

喉の奥から、詰まった声が、やっとの思いで漏れた。

名前を呼んだその瞬間――こらえていた何かが、音もなく崩れ落ちていく。

震えた声は涙に押し流されて、こみ上げてくる熱に、息がつまった。

目元がじわりと滲んで、視界がぼやける。

 

怜那さんは、何も言わずに俺の隣に腰を下ろした。

顔を覗き込んでくることも、無理に言葉を引き出そうとすることもなかった。

ただ、そこにいてくれた。

 

肩がわずかに震えるたびに、莉那さんの手がそっと背中に触れる。

優しく、あたたかく、なだめるように――何度も、ゆっくりと撫でてくれる。

 

そのたびに、胸の奥のざらつきが、少しずつ少しずつ、ほどけていく気がした。

 

俺は顔を伏せたまま、涙をこらえるでもなく、ただ彼女の存在に支えられていた。

 

どれくらいそうしていたんだろう。

ようやく嗚咽が落ち着いてきたころ、莉那さんの声が、すぐそばで聞こえた。

 

「……無理に言わなくてもいいよ。けど、もし話せるなら……何があったのか、聞かせてくれる?」

 

その声は、まるで凪いだ湖みたいに静かで、やわらかくて――

張り詰めていた心の膜に、そっと触れてくるようだった。

 

胸の奥にあった何かが、ふと揺らぐ。

彼女になら全部、打ち明けてもいい。そう思った。

……だけど、俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「……話せることじゃ、ない……。言ったら、莉那さんまで……嫌な気持ちになる…、から。」

 

言葉がちぎれて、喉に引っかかる。

こんなこと、人に聞かせるような話じゃない。

優しい彼女のことだ。きっと、まるで自分のことみたいに怒って、傷ついてしまうに決まっている。

 

莉那さんは少し黙ったあと、深く息を吸い、そして――静かに告げた。

 

「それでも、聞きたいって思ってるの。だから、大丈夫」

 

その言葉に、そっと背中を押されるようにして、俺は、ぽつぽつと、何があったのか、断片だけを語り始めた。

下駄箱の手紙のこと。校舎裏の呼び出し。

「好き」と告げられて、嬉しくて、真剣に返事を考えたけれど、告白自体が罰ゲームだったということ。

 

「……冗談だって。……俺なんかを好きになるやつ、いないって……。」

 

何があったのか、これで全部話した。

そう思って彼女の方を向くと、その瞳の奥に確かな怒りが燃えていた。

 

「……は?」

 

その一言が落ちた瞬間、空気の温度が変わった。

 

「え?罰ゲーム? ……なに…、それ。」

 

視線はまっすぐ、真顔のまま。だけど、微かに震えていた。

そして静かに、けれど強く言葉を続ける。

 

「誰、誰がやったの、そんな最低なこと……教えて、今すぐ。」

 

莉那さんの声音は、怒りを抑えようとしてなお震えていた。

小さな手が膝の上でぎゅっと握られ、爪が食い込んでいるのが見えた。

その姿に、思わず息が詰まる。言えば、彼女は本気で怒りをぶつけに行く。そんな確信があった。

 

だから俺は、慌てて首を振った。

 

「だ、だいじょうぶ、だから……。」

「大丈夫なわけないでしょ!!!」

 

莉那さんの声が、風の中に鋭く響いた。

怒鳴ったわけじゃない。けれど、そう聞こえる聞えてしまうほどに、強くまっすぐな叫びだった。

 

「誰かに“好き”って言うのも言われるのも、その二人にとってすごく特別なものなの。」

「それをふざけて、笑って、“罰ゲーム”? ……最低。最低っっ!!」

 

怒気を含んだその言葉のあと、莉那さんは小さく肩で息をした。

込み上げる感情をどうにか押さえ込もうとするように、唇をぎゅっと結ぶ。

 

張り詰めた空気の中で、風の音だけがやけに大きく耳に響く。

 

俺は何も言えずに、ただ俯いたまま、膝の上で手を握りしめていた。

ふと、莉那さんが俺の顔を覗き込むように身を傾け、優しく問いかけるような目で言った。

 

「“あんたなんかに”なんてさ、そんなこと言われるような人じゃないって、私はちゃんと知ってるよ。」

 

さっきまでの怒りが嘘みたいに、その声は静かで、あたたかくて、優しかった。

顔を上げた俺に、莉那さんは少し照れたような笑みを返してくれる。

 

「……学ってさ、ちゃんと頑張ってるよね。勉強も、料理も、それから……朝に走ったり、筋トレもしてるんでしょ?」

「そういうの、ちゃんと見てる人はいるんだから。」

 

彼女の口から発せられた言葉に耳を疑った。

勉強も料理も彼女とよく一緒に取り組んでいるものだから、知られているのは理解できる。

だけど、彼女の幼馴染として恥ずかしくないよう、最近こっそり始めた、それらまで知られてたなんて。

体の芯から熱が湧き上がって、顔がどんどん火照っていく。

 

「あ、え、な、なんで……知って…。」

「あ…、えっと…、その、陰陽寮の先輩達が話してるのを聞いちゃって…。実はそれからこっそり見守ってた…。」

 

確かに相談はした。

実用的な鍛え方が知りたくて、そういうのに詳しそうな彼女の同僚――頼れる陰陽師のお兄さんたちに。

 

「いや、その、偶然だよ?事務所で会議室の近く通った時に、「学郎君をどう鍛えるか」なんて楽しそうに話してたから…。気になって…。」

 

莉那さんにはバレないようにって、念入りにお願いしたのに。

任せておけって、あんなに自信満々に太鼓判を押してくれたのに。

 

さっきまで胸を塞いでいた重たい気持ちは、いつの間にかどこかへ消えていた。

恥ずかしさを隠すように、思わず手のひらで顔を覆った。視線を合わせるなんて、とても無理だった。

そんな俺を見てか、しどろもどろになる莉那さんを見ていたら、気づけば、口元が緩んでいた。

 

思わずこぼれたその笑みに、莉那さんもほっとしたように息をついた。

その表情は、どこか安心したようで、ほんの少しだけ照れくさそうだった。

 

「……よかった。学、ちゃんと笑った」

 

そう呟いたあと、彼女は少しだけ間をおいて、言葉を続けた。

 

「ねぇ、今日……うち来てよ?」

「えっ?」

「お母さん、帰り遅いらしくて。それなら私、学のハンバーグ食べたいなって。……作ってくれる?」

 

いつもと変わらない、さりげない声色の裏に、彼女なりの気遣いがにじんでいる。

俺を日常に戻してくれようとしてくれてるんだと、すぐにわかった。

 

「……うん、わかった。じゃあ、材料買いに行こっか。」

 

そう答えると、嬉しそうに、ぱっと花が咲いたように笑って、

 

「じゃあ今日は、ごちそうだね。」

 

と、弾んだ声で言いながら、俺の手をそっと引いた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

昨晩、一緒にご飯を作って、食べて、

そのまま宿題をしたり、動画を見て笑ったり、莉那さんの機嫌も、すっかり直ったんだと、俺は思っていた。

 

けれど、今朝。通学路の途中で放たれた、

「昨日の人って、どのクラス?」

という第一声で、すべてが甘かったと悟った。

 

怒ってる。これは完全にまだ怒ってる。

 

「ほんとうに良いから。大丈夫だって。」

「冷静に考えたら、学が良くても私が良くないなって。無理矢理でも連れてって貰うから。」

 

朝の通学路。まだ生徒たちがぽつぽつと登校している時間帯。

莉那さんの第一声から、すでにただならぬ気配は滲んでいた。

 

そのまま俺の腕をふわりと――けれど、逃がさないとでも言うように、きゅっと抱き込むように掴んでくる。

昨夜で落ち着いたと思っていたのに。逆に、一晩寝かせたせいで余計に怒りが濃縮されたらしい。

 

「……まだ怒ってる?」

 

そう尋ねると、莉那さんはむすっとしたまま、前だけを見て言う。

 

「怒ってないよ。全く、全然。本当だよ?」

 

声音はあくまで平静。でも、水面の下では怒りの火花がくすぶっている。

嘘だ。絶対に怒ってる。

 

俺が振りほどけないってことを分かっている彼女は、そのまま俺を引き連れて、いつも歩く道をまっすぐに進みはじめる。

彼女が止まらないことを察して、俺も抗うことはできず、歩を合わせてその隣に並んだ。

 

普段なら、恥ずかしいっていう俺の気持ちを汲んで、渋々俺と距離を取ってくれていた莉那さんが

――今日は、こんなにも“隣にいる”。

 

校門が見えてくる頃には、登校する生徒の数もぐんと増えていた。

すれ違うたびに感じる視線。そのざわめきも、明らかに強まっていく。

無理もない――彼女は、男女問わず人気があり、よく告白されるのも頷ける存在なんだから。

 

「莉那さん、すごく見られてるって……」

 

思わず小声で言うと、莉那さんは顔も向けず、むすっとしたままきっぱり言った。

 

「やだ。離したら、逃げるでしょ?私、その人の顔知らないんだから、学がいないと困るの。」

「そ、それは…。」

「じゃあこのままでいいよね。」

 

そう言って、ぎゅっと腕を引き寄せられる。その力に、もう何も言えなかった。

より密着した俺たちに、周囲のざわめきがいっそう騒がしくなっていく。

 

片や、同学年どころか全学年にまで名が知られる人気者。

片や、名前すら覚えられていないような、クラスの隅にいる男子。

普段は、まるで接点のない二人が、そんな風に歩いていれば、当然の如く周囲の視線は集まってしまう。

 

歩みを進めるたび、周囲のざわめきは驚きと興奮を孕みながら、じわじわと熱を帯びていった。

 

「町田さんと誰!?」

「夜島……!?」

「うそ!!まじ!?」

 

視線が、皮膚の上に突き刺さるように痛い。

隣を歩く莉那さんは、そんな反応など意にも介さず、堂々と歩き続けていた。

 

俺が無理に抜けようとしないことを見越しているのか、下駄箱に着いても、彼女の手はしっかりと俺の腕を捕らえていた。

腕を掴まれたままじゃ、上靴に履き替えるのも一苦労だ。

無理やり片手で靴を引っ張り出して、壁に寄りかかるようにしてようやく履き替える。

 

「え、ガチ彼氏?大ニュースじゃん。」

「いや、ちょっとあれ見て。やばいって。」

「嘘だろ……!?」

 

そんな声が、耳のすぐそばで飛び交っていた。

こんなふうに注目を浴びるなんて、これまで一度もなかった。

背中に貼りついた汗が、じわじわと冷たくなっていく。

今すぐにでも、この空気ごと、どこか遠くへ逃げ出したかった。

 

けれど、彼女の足は止まらない。まっすぐに、迷いなく歩いていく。

 

……でも、俺にはわからない。

あの子が、どのクラスの子なのかなんて。

 

それでも、莉那さんは、俺が知っている前提で腕を組んだまま歩き続けている。

下駄箱を抜けてすぐの階段を上り、二年生の教室が並ぶ廊下へと足を踏み入れた。

俺たちの教室も、そして――昨日、告白をしてきた彼女の教室も、このフロアのどこかにある。

 

足を止めるわけにもいかず、逃げ場もないまま、俺は一つずつ教室に視線を送っていくしかなかった。

 

Aクラス……いない。

Bクラス……いない。

Cクラス――いた。

 

教室の奥、人だかりの向こうに、昨日見た彼女の顔がちらりと見えた。

一瞬で、昨日の光景が脳裏をかすめ、胸の奥が強く押し込まれるような感覚に襲われた。

早々にそこから立ち去ろうと一歩大きく前に出ようとしたけど、ぐっと腕を引っ張られて後ろに引き戻される。

 

「……今のクラス?」

「……っっっ!?!?!?」

「学、分かりやすすぎ。」

 

苦笑い混じりのその言葉には、どこか呆れと、ほんの少しの安心が混じっていた。

そして彼女はそっと俺の腕を離し、瞳に静かな決意の色をにじませたまま、すたすたと教室の中へ向かっていった。

 

莉那さんは、教室の敷居を一歩またぎ、周囲の視線も意に介さず、迷いなく歩を進めた。

表情、視線を確かめるように教室内を見渡してから、その目線がひとところに留まる。

分かったのだろう。昨日、俺に嘘の告白をしてきた彼女が、そこにいると。

 

次の瞬間、彼女は早足でその机へ向かい、バンッと音を立てて手を置いた。

教室にいた生徒たちが、一瞬息を呑んで静まり返る。

 

「ねぇ……昨日の、………???なにその怪我。」

 

包帯を巻いた腕、擦り傷の残る頬――昨日、現場にいた3人の女子が全員、似たような痕を負っていた。

 

「……、誰かに突き落とされた。もしかして、あんた?」

「そんなわけないじゃん。罰があたったんじゃない?いい気味。」

 

その瞬間、彼女は眉をピクリと動かし反射的に口を開きかけ、けれど、すぐに舌打ちだけを残して、言葉を引っ込める。

教室の空気が微妙にざわめいたのを感じたのか、視線を横に逸らしながら、唇の端をわずかに歪め、苛立ちを押し殺すように黙り込んだ。

 

そんな彼女の様子を他所に、睨むでも、怒鳴るでもなく、

ただ、静かに、淡々と莉那さんは言葉を続けた。

 

「動画。昨日撮ったんでしょ?それ消して。」

「……無い。」

「は?」

「スマホ。突き落とされた拍子に壊れてたから、……もう手元に無い。」

 

短く息をついたあと、莉那さんは低く言い添える。

 

「……そ。昨日のこと、学は許すって言ってる。だから、こっちから騒ぎにするつもりはないよ。」

 

そして視線を逸らさず、静かに言い放った。

 

「でも――次やったら、ただじゃおかないから。」

 

声は穏やかだった。けれど、その一言には、教室の空気を一変させるほどの圧がこもっていた。

その場にいた誰もが、それ以上の言葉を挟めなかった。

 

そして彼女は、それきり何も言わずに背を向けると、すっと教室を出ていった。

俺は慌ててその後を追いながら、教室に残された微妙な静けさと視線を、背中いっぱいに感じていた。

 

「喧嘩になるかと思った。」

「私、陰陽師だよ?喧嘩になる前に終わらせられるって。……流石にしないけど。」

 

そう言いながら、彼女は自身の盡器を手に持ち、そのまま盡器の能力で結界を小さく展開してみせる。

その淡い光が、さっきまで張りつめていた空気を、胸にこびりついていた緊張を溶かすように包んでいく。

 

ふと、耳にチャイムの音が届く。乾いた音が、さっきまでとはまるで違う世界のもののように響いた。

 

「莉那さん、授業始まるよ。」

 

そう言いながら、彼女の横顔をそっとうかがう。

莉那さんは結界をすっとしまい、ほんの少しだけ表情を緩めた。

 

「……そうだね。じゃあ、学。またね。」

「うん、また。俺のために怒ってくれてありがとう。」

「お礼なんていいってば。幼馴染なんだから。」

 

そう言って笑う彼女の横顔が、妙に頼もしく見えて、その背中が、いつもよりほんの少しだけ遠くに感じられた。

 

先生が来るまでに戻ろうと教室に向かって歩くと、扉の前でクラスメイトたちが待ち構えていた。

駆け寄ってきた数人に取り囲まれ、その顔には、好奇心と驚きと、ほんの少しの探るような色が、これでもかというほど浮かんでいた。

 

「なぁ、夜島。……さっき、町田さんと一緒に登校してたよな?」

「えっ、いや、その……。」

「しかもめっちゃ距離近くなかったか?なぁ??」

「い、いや……その、たまたま……。」

「たまたま!?町田さんと“たまたま”腕を組んで並んで歩ける男子が居るわけないだろ!?!?」

「お、おれ……その……。」

 

興味津々とでも言うように視線を向けてくる女子と、祈るような視線を向けてくる男子は、囲みの向こうに見えた。

女子たちは目を輝かせながら、「あの距離感ヤバくなかった?」と、半ば盛り上がっていて、

一方で男子たちは、現実を直視できないように眉をしかめていた。

手を組んで天を仰ぐやつ、机に突っ伏すやつ、「マジで……? 勘弁してくれよ……」と呟くやつ。

悲鳴にも似た呻きが、教室のあちこちから聞こえてきた。

 

「夜島、頼む。正直に答えてくれ。町田さんと付き合ってんのか?」

「ち、ちがっ、そんなのじゃないって!!」

 

女子たちの一部からは、「え、違うんだ……」「そっかー……」という、どこか拍子抜けしたような声が漏れ、

同時に、教室の後方から「っしゃぁ!!!」と小さく叫ぶ声が飛んだ。机を叩いてガッツポーズしてるやつまでいる。

 

「莉那さんとは、ただの――お、幼馴染で。」

(……あ。しまった。隠してたのに……。)

 

思わず口をついて出てしまった言葉に、胸の奥がひやりと冷えた。

 

その言葉が出た瞬間、教室の空気が変わった。

それまでざわついていた声が、ぴたりと止まる。

一瞬の静寂のあと――

 

「……幼馴染……!?」

「な、名前呼び!?“莉那さん”……!?!?」

「えっ、え!?マジ?え、え?それは、ずるだろっっっ……!!」

 

そして、少し間を置いて。

 

「……あー、確かに、小学校の頃仲良さそうだったよな。」

「そうそう!そういえばそうだったかも!」

 

驚き、どよめき、そして羨望。そんな視線が、一斉にこちらへと突き刺さる。

もう何を言っても、火に油を注ぐだけだというのが、痛いほどわかった。

追い打ちをかけるように、後ろの席からまた別の声が飛ぶ。

 

「町田さんって夜島くんと居ると全然雰囲気違うよね。ほんとのとこはどうなの?」

「い、いや!だから、ほんとに幼馴染で……!」

 

質問が矢継ぎ早に飛んでくる。まるで集中砲火だった。

答える間もなく、次々と声が重なり、頭がぐらぐらしてくる。

必死に否定しても、言葉はすぐに飲み込まれ、もう、何を言っても届かないような気がした。

質問とざわめきが交錯する教室の真ん中で、俺は言葉を失っていた。

 

 

 





嘘告白女生徒達の背中を押したのは
夜島学郎覗きLevel4幻妖の一人、新峰維朱です。
スマホも彼女に壊してもらいました。
残ってたら危ないので。
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