鵺の陰陽師の妄想短編集   作:なめたけ伯爵

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父親なんて原作に出てきてません。全て捏造です。

雑魚作者には
私服も水着も想像できなかったので、
そちらは読者の皆さんでご自由に妄想してください。


20250523 180000 誤字脱字修正


町田莉那(幼馴染概念) そのよん

 

 

 

 

 

莉那さんのお父さんに呼ばれて、陰陽寮のとある会議室に入室する。

 

重厚な扉を開けると、空気が変わった。

外の喧噪が嘘のように静まり返った空間。

 

部屋の中央に、会議用の長机が一つ置かれていた。

 

彼は無言のまま椅子に深く腰を沈め、肘を机に乗せて両手の指を組んでいた。

指先はそのまま口元へと持ち上げられ、目元を覆うように静かに構えている。

その両隣には、見知らぬ男性が二人。

どちらも同じように肘をつき、組んだ手で顔を隠していた。

 

……妙な威圧感。なんだこれ、圧がすごい。

 

「町田さん、お待たせしてごめんなさい。」

「ああ、急に呼び出したのは私なんだ。気にしなくていい。

 ――あと、そんな他人行儀に呼ばないでくれ。お義父さんと呼んでくれと頼んだだろ?」

 

莉那さんの前でそう呼んだら、確実に睨まれるやつだ。

けど、ここには彼女もいない。……なら、今くらいは、ちゃんと頼みに応えてあげたい。

 

「お義父さん、その、用事というのは…?」

 

そう呼ぶと、お義父さんは満足げに、ほんのわずかにうなずき、そして、すっと表情を引き締めた。

 

「夜島学郎君、君にはとある任務について貰う。」

「い、いや、でも、俺、陰陽師じゃ――」

「いや、これは私たちにはできない。君にしかできないことなんだ。やってくれるかい?」

 

――君にしかできない。

その言葉に、喉が詰まりそうになる。

急に世界がぐっと自分のほうへ傾いたような、そんな感覚。

気づけば、息を呑んでいた。

 

「……、やります、やらせてください。」

 

お義父さんの期待が、静かに背中へとのしかかる。

その重さに、思わず――うなずいていた。

 

「莉那達が、次の土曜に警護任務で海水浴場に行くんだ。

 ……君には、彼女たちの護衛を頼みたい。――ナンパ対策として、だ。」

 

……は?

 

さっき、背負ったと思った“重荷”との落差に、思わず椅子からずり落ちそうになった。

何かすごく重要な任務を任されたつもりだったのに、現実はまるで違ったらしい。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。依頼って、そういう――!?」

 

「可愛い莉那にナンパ男が、悪い虫共が集ったらどうする!!」

 学郎君、君は嫌じゃないのか!? 周囲の獣どもが、莉那に不躾な視線を向けるのが!!」

 

見慣れた幼馴染の俺ですら、時々見とれてしまうほど、莉那さんは可憐で。

学校でも男女問わず人気で、告白だってしょっちゅうされてる。

それが水着姿で、開放的な場所に――

 

嫌だ。

それは嫌だ。

 

「俺に任せてください!! 丁度、莉那さんにも一緒に来てって誘われてるんです!」

 

気がつけば、腰を浮かせるほど身を乗り出し、勢いのままに口を開いていた。

 

「……それなら話が早いな。ちょうどいいじゃないか!」

「ん゛ん゛っ、そろそろ彼に私たちの紹介を。」

 

満足げにうなずくお義父さんの隣から、咳払い混じりの声が聞こえた。

驚いてそちらを向くと、隣に座っていた男性が小さく手を挙げていた。

そういえば――ずっと沈黙を守っていたこの二人、一体どなたなんだろう……?

 

「おっと、紹介するのを忘れていた。こちらは、莉那と一緒に任務に行く女の子たちの父親。つまり、お二人とも私の同志だ」

「辻田です。学郎君のことは、町田さんから、よう聞いとります。今どき珍しい、まっすぐで、ほんまにええ子やって。」

「そ、そんな、滅相もないです」

「謙遜せんでもええよ。うちの子――誠乙が、なにかと粗相するかもしれへんけど……どうか、見たってください。」

 

そう言って、辻田さんは深々と頭を下げた。

びしっと背筋を伸ばしたまま、無駄のない動きで。

声は静かで柔らかいのに、なんだろう、そこにいるだけで場の空気がちょっと引き締まる感じがした。

 

「は、はいっ! 頑張ります!」

 

思わず立ち上がりそうになるのをこらえて、なんとなく背筋をしゃんと伸ばしていた。

……でもこれって、ナンパ対策の話、だよな。なのに、なんでこんな真面目な空気に……?

 

よくわからないけど、とにかく返事はちゃんとしておこう。

 

今度は、もう一人の男性――

にこやかな笑みを浮かべたまま、穏やかな口調で頭を下げてきた。

やわらかな声で、親しげに話しかけてくる。

 

「ふふ、ご挨拶が遅れました。古賀と申します。澪ちゃんの父です。どうぞよろしく、学郎君。」

 

柔らかな声でそう言ったかと思うと、古賀さんは、こちらを見ながら穏やかに――でも、なぜかじわじわと前のめりになってきた。

 

「うちの子、最初はちょっと近寄りがたいと思われがちなんですよ。母親譲りで、目つきがね、鋭くて。……でもほんとは、めちゃくちゃいい子なんd――」

 

止まらない。話がどんどん続く。

さっきまで黙っていたのが嘘みたいだ。

穏やかな口調とは裏腹に、話の勢いと熱量がすごい。

 

そんな熱量で語られても、俺にはどう反応すればいいのかわからない。

とりあえず、できる限りの真面目な顔で――

 

「が、頑張ります。」

「お願いします。ああ、そうだ、澪ちゃんの水着、ちゃんと“綺麗”って褒めてあげてください。“可愛い”じゃ駄目なんです。そのほうが、あの子は――」

 

嘘だろ……まだ続くのか。

そんな古賀さんを他所にお義父さんが口を開き、軽く場を締めた。

 

「それじゃ、学郎君。あの子たちの平穏と……我々父親たちの胃は、君の双肩にかかっている。」

 

プレッシャーが凄い…。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

当日の朝――任務の日、俺は待ち合わせ場所のバス停で彼女たちを待っていた。

 

ポケットには、いつもより少しだけ厚さを増した財布。

『報酬は前払いだよ。色をつけておいたから、新しい水着とか当日のご飯とかは、これで買うといい。』

そう言って手渡された封筒には、福沢諭吉の描かれたお札が4枚と野口英世の描かれたお札が10枚。

 

どう考えても多すぎる。

親御さんたちの“期待”が、物理的にも精神的にも財布にずしりとのしかかっている。

 

そんなことを考えていたときだった。

 

「学、お待たせー。待たせちゃった?」

 

声の方を向くと、制服とはまた違った印象の私服姿の莉那さんが、手を振ってこちらに駆け寄ってきた。

左髪にかかった髪飾りがその動きに合わせて、ゆらゆらと動いている。

 

「莉那さん、おはよう。大丈夫、俺もさっき着いたところだから。」

 

緊張を隠しつつそう言うと、彼女はいたずらっぽく笑った。

 

「お、照れずに言えるようになったねー。学も成長したなぁ。」

 

そう言って肩を軽く叩く莉那さんの後ろから――二人の少女が歩いてくる。

 

まず目を引いたのは、思わず高校生と見間違えそうな、スタイルの整った少女だった。

 

その隣には、ひとまわり小柄な少女が並んでいた。

俺と同じくらいの背丈の辻田さんの横にいるせいで、余計に小さく見える。

 

俺がその姿に視線を奪われていると、小柄な女性がふいに一歩前に出た。

そして、ぺこりと軽く頭を下げる。

 

「遅れてスンマセン、古賀です。」

 

どこか肩の力が抜けていて、飄々とした声で挨拶をしてくれた古賀さん。

そのままくるりと振り返り、後ろにいた長身の少女の背中を、ぱんっと軽く叩く。

 

「ほら、辻田。ちゃんとご挨拶。」

「辻田です~。ガク兄さん、よろしゅー。」

 

今度は辻田さんが、へらりと笑みを浮かべながら、ぺこりと頭を下げた。

に、兄さん……?なんで?

彼女の勢いにのまれ、俺も頭を下げた。

 

「えっと、夜島学郎です。莉那さんの幼馴染で――」

「聞いとりますよ、莉姉さんから。」

 

不意を突くようなタイミングで言葉を差し込まれ、思わず口が止まってしまう。

そのまま辻田さんは、にこにこと続けた。

 

「顔合わすたびに“学がね〜”って。飽きもしないで、よう喋ってるんですから。」

「喋ってないってば! 学も信じないで!!」

「今日の任務も、三人で頑張ろ~って話やったのに、折角だし“学も誘っていい?”なんて――」

「ちょ、辻田!?」

 

莉那さんが慌てた様子でペラペラと喋り続ける口を塞ごうとしてるけど、

辻田さんはまるで気にした様子もなく、あははっと無邪気そうに笑っている。

 

「“知らない男子の話ばっかされても、こっちはリアクションに困るんだよなぁ”、て――澪姉さんも言うてましたよ。」

「先輩!?!?」

 

莉那さんが顔を真っ赤にして慌てふためく中、

いつの間にか傍に来ていた古賀さんは、口元を手で隠しながら、目の前で起きている騒ぎを楽しそうに笑っていた。

 

「えっと、ガクちゃんでいいよな? こっちの方が呼びやすくてさ。」

「はい、大丈夫です。」

「ごめんなー、辻田のやつが騒がしくて。」

「いえ、こんな莉那さんは初めて見るので、ちょっと新鮮です。」

「ふふっ、そっかぁ。あー、町田からいろいろ聞いてたけど……なるほどなぁ。今日はよろしく、ガクちゃん。」

 

古賀さんはそう言って柔らかな笑みを向けてきた。

 

だけど、待ってほしい――さっきの話って本当なのか?

さすがに信じがたい。

あの莉那さんが、俺の話をそんなに?

 

気になって仕方がなくなった俺は、そっと一歩踏み出し、古賀さんの横に立つ。

なるべく莉那さんに気づかれないように、小声で耳元へ問いかけた。

 

「……さっきのって、あれ本当なんですか?」

 

すると、古賀さんは一瞬だけ、いたずらっぽく目を細めて――

 

「ぜんぶな。」

「……ふーん、そっか。学は、幼馴染の私より、会ったばっかのふたりの言うこと信じるんだ~?」

 

背中から、やけに冷やっとした声が聞こえた。

 

振り返ると、莉那さんは腕を組み、じとっとした瞳でこちらを睨んでいた。

 

「い、いや、別に信じるとかそういうんじゃなくて……。」

 

慌てて弁解を始めた俺に、古賀さんは肩をすくめながら笑っていた。

 

「……ぷっ、がんばれ、ガクちゃん!」

 

古賀さんの笑い声を背に、俺はちらっと横目で莉那さんの機嫌を窺う。

どう見ても拗ねている。これは、しばらく続くやつだ。

 

 

 

バスはゆっくりと夏の街を抜け、海へと向かっていた。

 

進行方向左側、俺と莉那さんが隣り合って座っていて、

そのすぐ後ろの席には、古賀さんと辻田さんが並んでいる。

 

莉那さんは、窓の外を眺めながら、ほとんど口を利いていなかった。

頬を少しだっけふくらませて、押し黙っているその横顔には、明らかに拗ねた色が見える。

 

彼女を揶揄う気は無かった。ただ、純粋に気になってしまって。

きっと、いい気はしなかったはずだ。……このままじゃ駄目だ。ちゃんと謝らないと。

 

「……莉那さん、ごめん。その、さっきのは……」

 

ぽつりと呟いた言葉に、隣の莉那さんが、そっとこちらに目を向けた。

 

「さっきのは? 何?」

 

――うっ。

喉が詰まりそうになりながら、それでもなんとか続ける。

 

「………っ、莉那さんがそんなに俺のことを……もしそうだったら嬉しいなって、だから。」

 

あぁ、本当に何言ってんだ。

どうしよう、顔が燃えるみたいに熱い。

耳までじんじんしてて、たぶん今、真っ赤だ。

 

「……い、いや、その。だから、別に学のことばっか話してるわけじゃないから。勘違いしないで。」

 

そう返してきた莉那さんも、急にぷいっと顔を逸らした。

頬も、髪に隠れた耳も、ほんのり赤く染まっていた。

 

「嘘やん、ずっと喋ってましたって。にっこにこで。」

 

ふいに挟まった辻田さんの言葉に、莉那さんがびくっと肩を揺らす。

 

「…………、辻田。後で何かおごってあげるから、ちょっと黙ってて。」

「ほんまですか~? やったー。」

「そろそろ町田を弄るのは、やめとけよなぁ。」

 

まだいつもの彼女に戻っていない、そんな気がして。

何か、機嫌を直すきっかけを……。

 

そう考えた末、俺はリュックをそっと手元に引き寄せて、少し迷ってから、中からあるものを取り出す。

 

「えっと、これ……よかったら。」

「……なに?」

「昨日作ったやつ。保冷剤と一緒に入れてたから、まだちょっと冷たいかも。」

 

それは、向こうに着いてから皆に渡そうと思っていたデザート。

小さなジップバッグに入った、半透明のゼリーキューブ。

莉那さんの好きな桃の果肉がゼリーの中に細かく浮かんでいて、炭酸の泡が閉じ込められたようにキラキラと光っている。

 

彼女がそっと一粒口に運ぶ。

ぷるんとした食感と、口に広がる甘く爽やかな香りに目を丸くし――

その直後、ふっと目尻をゆるめて、ほころぶように笑った。

 

「……美味しい。学、また、これ作って!」

「いいよ。気に入ってくれて、よかった。」

 

瞳を輝かせながら嬉しそうにする彼女を見て、胸の奥がふわっと温かくなる。

そんな俺たちのやり取りを、後ろの席から辻田さんが身を乗り出すようにして眺めていた。

 

「……この人ら、これで付き合ってないって言うてるんですか?」

「らしいよ?」

「ずっといちゃいちゃしてて、ウチ、もうお腹いっぱいですって。」

「い、いちゃいちゃって……。」

 

ただいつも通りにしているのに、そんな風に見えるのか……?

 

車内は冷房が効いているはずなのに、妙に顔が熱い。

 

心なしか、隣にいる莉那さんも、さっきより静かだ。

ちらりと横目で見てみると、彼女は窓の外を見つめていた。

だけど、窓ガラスに映ったその顔は、たぶん、俺と同じくらい赤くなっていた。

 

 

 

バスを降りると、目の前に広がるのは、白く輝く砂浜とどこまでも続く青い海だった。

太陽の光が眩しくて、波の音が心地よく耳に届く。

 

「学ってパラソル立てれる?」

「いけると思うけど、でも、そんなの持ってな――」

「海の家が陰陽寮出資のところだから、私たちの名前を出せば借りれると思う。じゃあ、任せた!」

「ガクちゃん、頼んだぞー。」

 

そう言い残して、俺一人を残して、三人はさっさと更衣室の方へと歩いて行ってしまった。

 

さくっと水着に着替えてから海の家へ向かう。

スタッフの方に三人の名前を出してみると、『いつも助かっています』と丁寧に頭を下げられ、

パラソルや浮き輪、ビーチマット、それにクーラーボックスまで一式貸してもらえた。

 

荷物を抱えて浜辺の人混みから少し離れた場所へ。

ここなら程よく空いていて、景色もいい。

 

俺は手早く準備を進めていく。

パラソルを立て、浮き輪を膨らませ、マットを敷いて、クーラーボックスに飲み物を並べ直し……

ひととおり整えて、ふぅっと一息。

 

その瞬間、背中に、つんつん、と何かが当たる感触。

振り返ると、そこには――水着姿の三人が立っていた。

 

陽光にきらめく海を背に、それぞれが違った雰囲気の水着に身を包んでいて、

眩しさに目を細めるほど、華やかだった。

 

「これ、新しいやつなんだけど、どう? 学の感想、聞きたいなー?」

 

莉那さんがくるりと回って見せる。

ひざ丈のパレオスカートがふわりと揺れて、いたずらっぽい笑顔がこぼれる。

 

「……似合ってる。前のも良かったけど、今日の莉那さんは……ずるいくらい可愛い。」

「でしょ~♪」

 

にっこりと満足げに笑い、頬を緩める莉那さんの横で、

辻田さんがわざとらしく唇を尖らせる。

 

「ウチらには、なんか言うことないんですかー?」

「その……二人とも、本当に綺麗で、びっくりしました。」

 

素直にそう答えて、順に視線を向けると――

古賀さんは小さく俯き、髪に触れる指先がどこか落ち着きなく揺れていた。

 

「……き、綺麗。そっか……。」

 

顔は見えなかったけど、耳のあたりがほんのり赤く染まっていたのが目に入る。

 

「なんや、全く照れもせんで……ムカつくわ~。」

 

辻田さんが肩をすくめて、ふんっとそっぽを向いた。

 

――内心は結構パニックになっていたけど、なんとか平静を保っていられた。

 

「ん? 学、今すっごい照れてるよ。」

「っ!?」

 

幼馴染の彼女には、全部バレていたらしい。

辻田さんの口角がゆっくりと吊り上がり、にまーっとした笑みが浮かぶ。

 

「それなら、そう言うてくれたらええのに~。」

 

そう言いながら、辻田さんはじわじわと身体を寄せてくる。

肌が触れ合いそうな距離。後ずさりすると、火照った顔が誤魔化せなくなっていく。

 

「へぇ、莉姉さんだけやと思ってたのに、ちゃんとウチらにも反応するんですね。兄さん、スケベさんや~。」

「す、スケベって…!!」

 

言い返す声が裏返りそうになるのを、何とか抑える。

 

「はいはい、辻田もこれ以上学で遊ばない。早く海行こ?」

 

莉那さんが苦笑混じりに制止を入れると、

古賀さんが浮き輪を持ち直しながら問いかけてきた。

 

「ガクちゃんはどうする?」

「さ、先行っててください。俺は、ちょっとだけ休憩してくるんで。」

「ちゃんと後から来るんだよー?」

 

三人はビーチボールと浮き輪を手に、笑いながら波打ち際へ向かっていく。

その背中を見送りながら、俺はパラソルの下に腰を下ろし、そっと息を吐いた。

 

す、スケベかぁ…………。

 

それからゆったりと、三人が浜辺ではしゃぐ様子を眺めていると――

そのすぐ近くに、見覚えのない二人組の男が立ち止まっているのが目に入った。

 

あれは――ナンパ、だ。

 

立ち上がって、真っ直ぐに彼女達のもとへ向かう。

足早に三人へ近づいていくと、男たちの視線がこちらに向けられた。

 

「莉那さん、これ。ちゃんと休憩だけはしてね。」

 

持っていたタオルを莉那さんの肩にふわっとかけて、

冷たいペットボトルを差し出す。

 

俺が近づくと、三人とも『?』って顔をしてた。

 

「どうしたの、学?」

「……あ、いや、ちょっと心配になって。」

「ふーん。そっか。」

 

莉那さんは小さく微笑んだが、それ以上は何も言わなかった。

 

「じゃあ、俺はこれで――」

 

そう言いかけたところで、辻田さんが腕を掴んできた。

 

「ガク兄さん、戻らんといてくださいよ~。せっかくの海なんですよぉ。」

「そうだー。ガクちゃんも遊んでけ。」

「ちょ、待って、心の準備が――」

 

そのとき、不意に背中を押された。

 

「ほら、いくよー。」

 

莉那さんが俺の背後に回り込み、軽く背を押しながら、

ふっと顔を近づけ――耳元で、そっと囁くように呟いた。

 

「……学、助けに来てくれたんでしょ?ありがとね。」

 

息がかかるほどの距離。

小さな声が耳を撫で、顔が一気に熱くなる。

 

気づけば、あっという間に輪の中へ巻き込まれていて。

まぁ、ナンパ対策なら一緒にいた方が良いのかもしれない――

 

なんて思っていたはずなのに。

……いつの間にか、俺も一緒になって、普通に遊んでいた。

 

 

 

ふざけて、はしゃいで、笑って――気づけばもう、お昼を回っていた。

警護任務もあるし、俺たちはそろそろパラソルのもとへ戻ることにした。

 

海辺に戻った俺たちは、それぞれマットやビーチチェアに腰を下ろし、

風に当たりながら、ぼんやりと波の音に耳を澄ませていた。

 

隣では、莉那さんがバスの中で食べきれなかったゼリーの残りを、

スプーンでつつきながら、ゆっくりと味わっている。

 

その様子を何気なく見ていたときだった。

莉那さんがふと、周囲をきょろきょろと見回した。

 

「……? あれ? 辻田は?」

 

莉那さんの問いかけに、古賀さんも周囲を確認してから、小さくため息をついた。

 

「あいつ…。どっか行くときは声かけてけって、言ったのに。」

「俺、探しに行ってきます。」

「そう? じゃあ、学に任せるね。」

 

そう言って、俺は浜辺を歩き始めた。

幸い、この海岸はそこまで広くない。

砂を蹴る音を少し速めながら、視線を巡らせていく。

 

――いた。

少し離れた場所で、辻田さんが知らない男に声をかけられていた。

しかめっ面を浮かべて、眉間に皺が寄っている。

困っているようでいて、その口元にはどこか不機嫌さも見えた。

 

男がしつこく食い下がるのに、とうとう限界が来たのか――

彼女はぴしゃりと言い放った。

 

「うっとおしいねん。そんなあっさい誘い文句しか言えんから、ナンパがうまくいかないんやろ?」

 

ああ、やっぱり……。

口が立つだけに、遠慮がなさすぎる言葉が飛び出してきた。

 

男の顔がぴくりと引きついた。

遠目にも、目つきが変わったのが分かる。

 

「は? お前、何言って――」

「中一やで? ウチ。誰も釣れんからって、そんな子どもに声かけるとか、終わってますよ。ほんま。」

「…は?嘘つくなよ。それに、好き勝手言いやがって。」

 

男が一歩、踏み出した。

そして次の瞬間、彼の手が荒っぽく辻田さんの腕を掴んだ。

 

「――っ!」

 

駆けた。

俺はがっちりと男の腕を掴む。

 

「やめてください。」

 

ぐいっと手を引き止めると、辻田さんの前に立ち、男と向き合った。

 

「あ? なんだよお前。」

「この子の友達です。手、放してください。」

 

男は一瞬だけ、俺を値踏みするように睨みつけ――

それから、舌打ちとともに手を離した。

 

「ちっ……あんな口きいといて、手ぇ出されそうになったら被害者ヅラかよ。」

「それでも、女の子に手を出すのは、間違ってるだろ。」

 

短い沈黙が落ちる。

俺の言葉に、男はしばらく眉をひそめていたが――

やがてふっと肩の力を抜き、少しうなだれながら呟いた。

 

「……はぁ、口に気をつけろって、そいつにちゃんと言っとけ…。

 なぁ、兄ちゃん、一個いいか?こいつ、マジで中一?」

「え…?えっと、はい。」

「マジかよ……。はぁ、全然そう見えねぇって。罠だろ…。」

 

ぽりぽりと頭を掻きながら、男はようやく視線を逸らす。

その横顔には、さっきまでの怒気とは別の、後味の悪そうな気配が滲んでいた。

 

「……悪いな。怖がらせちまって。」

 

そう小さく謝り、連れとともに海辺を離れていった。

背中越しに、ぼそっと『最近のガキ、発育良すぎだろ……。』と漏らしているのが聞こえた。

 

男たちが離れていくのを見届けて振り返る。

 

「無事でよかった。怪我は無い?」

「は、はい。おかげさまで…。」

 

ほんの数秒遅れていたら、どうなっていたか――想像しただけでぞっとする。

目立った怪我はなさそうだ。辻田さんの言う通り、無事ではあるらしい。

 

「が、ガク兄さん……ありがとうございます……。」

 

震える声が聞こえ、振り返ると、辻田さんが唇を噛み、小さく頭を下げた。

 

「……相手にも悪いところはあったと思う。でも、辻田さん、ああいう言い方は控えよう。」

「や、やけど……向こうが先に――」

「……それは、わかってる。けど、あんな怒らせる言い方、もし俺が間に合わなかったら……。」

 

言いかけたところで、辻田さんは小さく目を伏せ、ぽつりと呟いた。

 

「……すんません。」

 

さっきまでナンパ男と火花を散らしていた彼女とは思えないほど、か細い声だった。

ほんの少しだけ、耳が赤くなっているように見えたけど――きっと、それは燦々と照らす夏日のせいだ。

 

そのまま歩き出そうとしたとき、不意に辻田さんが立ち止まり、こちらを見上げた。

 

「あの……。」

 

伏し目がちに口を開いた彼女が、わずかにためらうような間を置いてから、ぽつりと続ける。

 

「その……ちょっとの間だけ、手……握っててもらっても、ええですか……?」

 

声は小さくて、どこか不安げだった。

言葉の意味を咀嚼するより早く、彼女の差し出す手が目に入ってくる。

 

(……怖かったのかな。さっきの、ナンパ……。)

 

なんとなく納得して、俺は彼女の手を静かに取った。

少しひんやりしていて、でもすぐに、じんわりと熱が伝わってきた。

 

「あ、ありがとうございます。」

 

そう言うと、辻田さんは口元にほんのかすかな笑みを浮かべた。

 

そのまま二人で砂浜を歩き、ビーチパラソルの元へ戻ると、

古賀さんと莉那さんがすでに座っていて、冷たい飲み物を片手にのんびりしていた。

 

「お、やっと戻ってきた。……って、あれ? 何かあった?」

 

古賀さんが、ちらりと辻田さんの顔を見て、すぐに眉を上げた。

きっと、表情がいつもよりおとなしいことに気付いたんだろう。

 

「ちょっと、ナンパされてて。ガク兄さんが助けてくれました。」

「……って、おいおい。それ、ちゃんと『ありがとう』言ったか?」

「……い、言いましたよ、たぶん……。」

「たぶんって…。まぁ良いか。ガクちゃん、辻田のこと助けてくれて、ありがとな。」

「い、いえ。」

 

どこか気恥ずかしくて、俺は視線を泳がせながら小さく頷いた。

 

ひとしきり落ち着いたところで、古賀さんがぽんっと手を叩いた。

 

「じゃ、気を取り直して――遊ぶぞー! まだ時間はたっぷりあるからな!」

「学も、ほら!!」

「ガク兄さん、行きましょ!!」

 

結局、俺は三人に囲まれるようにして、浮き輪やビーチボールを抱えながら海へと引っ張られていった。

 

手を引かれるまま浅瀬を歩き、無理やり浮き輪に乗せられて――

 

古賀さんと辻田さんは、ふたりで楽しそうに騒いでいて、

莉那さんはそんな二人を見て笑いながら、たまにこちらを振り返っては「ほら、学も!!」と手を振ってくる。

 

 

 

彼女たちに囲まれながら、穏やかな時間を過ごしていた。

それが、どれくらい続いただろうか。

 

浮き輪の上で揺られながらぼんやり空を仰いでいたとき、ふと、気配が変わった気がした。

 

視線を戻すと、海辺の向こう――人混みの中を、ぷかぷかと漂っていた。

幻妖だ。

 

一体、二体……いや、もっといる。

怒気や焦り、妬みといった負の感情を餌に、やつらは確かに数を増していた。

 

「んじゃ、幻妖も増えてきたし、ぼちぼち倒しにいくかぁ。」

「ガク兄さん、ウチ頑張るんで見といてくださいね!」

 

二人は遊びの続きを断ち切るように、波打ち際へと跳ねるように立ち上がる。

そして、目の前で霊衣へと一瞬で姿を変えた。

 

古賀さんは、身の丈ほどもある特異な槌を構え、

辻田さんは、刃付きの手甲を両手に、幻妖の群れへと駆けていった。

 

「学は戻ってて。もしもの時用に、一機渡しとくね。何かあったらこれを叩いてくれれば、私に伝わるから。」

「う、うん。」

 

そう言い残すと、莉那さんも同じく霊衣を纏い、二人の後を追っていった。

 

俺の手には、彼女から託された盡器――

黒く尖った奇妙な十字型の機体が一つ、手の中でじっと沈黙していた。

 

そのまま、砂の上に転がっていたビーチボールや浮き輪を片手に拾い上げ、パラソルへと歩き出す。

足元に広がる影の中へ、ひと息つくように腰を下ろした。

荷物を脇に置いて、盡器を両手で包み込むようにして見つめる。

 

みんなは、幻妖に抗うすべを持ってる。

それなのに、何も出来ない俺は――ただ、見ているだけだ。

 

活気に満ちた砂浜と、じりじりと照りつける真夏の陽射し。

その明るさとは裏腹に、胸の内は静かに曇っていた。

 

彼女たちの戦う姿を、どうしてか見ていられなくて――

そっと目を逸らし、小さくうつむいていると、足元にすっと影が差し込んだ。

 

「これ、私のやることねー。」

 

砂を押す音とともに、隣に腰を下ろす気配。

顔を上げると、霊衣姿の古賀さんがぺたんと座っていた。

 

「……、古賀さん、お疲れ様です。」

 

少し間を置いてそう声をかけると、彼女はちらとこちらを見て、肩をすくめながら笑った。

 

「あの二人が張り切りすぎてさ、暇で暇で。私は、ちょっと休憩。」

 

そう言いながら、背中を軽く後ろに倒して、手を砂に突いて伸ばす。

その口調には疲れた様子ひとつなかった。

 

「……なんであんな頑張ってんだろーね。ね、ガクちゃん?」

「え、えっと……早く終わらせて、遊びたいから……ですか?」

 

せっかくの休みに、友達とみんなで海水浴に来てるんだから――これだよな?

古賀さんはしばらく無言のまま空を仰ぎ、やがてふぅっと小さく息を吐いた。

 

「うーん、これは……二人とも苦労しそうだ。」

 

そうぼやくように言って、片手で軽く額を押さえていた。

 

「ガクちゃんさ、さっき暗い顔してたでしょ?」

 

唐突な問いに、思わず肩が跳ねた。

 

「な、なんのことですか?」

 

動揺を隠すように笑って返したけど、古賀さんの視線は鋭くて、まるで見透かすみたいだった。

 

「いや、私たちのこと見ながら、なんかしょんぼりしてたから。もしかして――『俺も戦えたら』、なんて考えてた?」

「……っ。そ、そんなに分かりやすいですか?」

「すっごく。」

 

くすりと笑うその声には、どこか柔らかい響きがあった。

 

「私はさ、戦わないで済むなら、それが一番だと思ってる。」

 

彼女は空を見上げたまま、少しだけ目を細めて続けた。

 

「自分の身を守れたり、誰かを守れるのって、確かにいいことなんだけどさ。

 でも、痛い思いもするし、辛いことも多いし……クラスの子たち見てると、たまに思うんだよ。

 私も――あぁだったらな、って。」

 

「そんなもの、なんですか……?」

「そんなもんだよ。」

 

にこっと笑って、彼女はようやく視線を俺に戻し、こちらをまっすぐ見据えてくる。

 

「もしガクちゃんが、何かの拍子に令力を持つようになって、陰陽師になれたとしてもさ――頑張りすぎないでね。」

 

さっきまでの冗談まじりの調子とは違う、静かな声だった。

 

「顔合わせてまだ1日だけど、ガクちゃんは色々無理して町田を悲しませそうだなって。

 あいつのそんな顔、私は見たくないから。…ガクちゃんも、そうでしょ?」

「……はい。」

 

頷くしかなかった。俺だって、彼女の悲しむ顔なんて、見たくない。

 

短い沈黙のあと、古賀さんがぱんっと膝を軽く叩いて立ち上がる。

 

「よし、しんみりした話はおしまい。二人も余裕そうだし、ごはん買いに行こっか!」

「えっ……」

 

反応が遅れた俺の手を、古賀さんがすっと引いた。

 

彼女に手に連れられて、俺は足を砂に取られつつも歩き出した。

軽く言葉を交わしながら、海辺の売店で昼ごはんを買い、パラソルへと戻る。

 

そこで待っていたのは、やや不機嫌そうな二人の姿。

 

少しだけ膨れっ面の辻田さんは腕を組み、

莉那さんは眉を下げたまま、じっとこちらを見つめていた。

 

「ガク兄さん、見といててってお願いしてたのに!!」

「ご、ごめん!」

「戻ってきたら2人とも居なくなってて……、心配したんだけど。」

「いやいや、二人とも鬼気迫る感じだったから、声かけれなかったんだよ。」

 

古賀さんは苦笑しながら、俺の背中越しにひらひらと手を振っていた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

夕方になり、陽が傾きはじめる頃には、幻妖の気配もすっかり消えていた。

浜辺にいた人たちもまばらになり、潮風もすっかり涼しくなっている。

柔らかなオレンジ色の光が砂に長く影を落とし、皆で帰り支度を始めていた。

 

「任務分ちゃんと働いたし、どこかでパーッと遊んだ後、花火やろっぜー。うちの庭でさ!!」

「先輩って、謎に花火好きですよね。」

「綺麗だし、楽しいじゃん?」

「あ、それなら、ウチ、カラオケ行きたいです!!」

「それいいね。」

「はよ、行きましょ。あ、ガク兄さんもちゃんと歌ってくださいよ!!」

 

振り返った辻田さんが、にんまり笑いながら指をさしてくる。

……これは、断れなさそうだ。

 

 

 

結局、夜遅くまで遊び続けたせいで、そのまま古賀さんの家に泊まる流れに。

リビングで麦茶をもらっていたら、まるで待ち構えていたかのように、お父さんが隣に座ってきた。

 

「……で、今日の澪ちゃん、どうでした?」

「えっ……?」

「いやね、水着、“綺麗”って言ってくれました? “可愛い”じゃなくて。」

「……言いました。ちゃんと。」

「そうですか! 顔ぱぁーって明るくなったでしょ!? それでちょっとそっぽ向いて、でも耳を真っ赤に――」

 

たしかに照れてたような気もするけど、その場に居ない人とは思えない解像度でまくし立てている。

父の妄想は徐々に熱を帯びていく。

 

「あの子ね、たぶん一人の時に嬉しそうに笑ってますよ。絶対。もう――」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

隣の廊下から急に現れたのは、顔を真っ赤にした本人だった。

 

「ガクちゃんに何言ってんだよ!? 出てけ!! 今すぐ!!!」

「いや、でもまだ途中――」

 

お父さんは、古賀さんに背中をぐいぐい押されながら、名残惜しそうに廊下へと消えていった。

 

すると数分後――また廊下から、顔を真っ赤にした古賀さんが、こっそりと顔を出した。

 

「あー……完全に忘れてた……。」

 

小さくそう呟いて中に入りかけたところで、ふと俺と目が合い、びくっと立ち止まった。

 

「ガクちゃんも……さっきのは……忘れて。」

「……はい。努力します。」

 

そのタイミングで、キッチン側からわいわいとした声が近づいてくる。

片付けを終えたらしい莉那さんと辻田さんが、それぞれタオルや飲み物を手にリビングへ戻ってきた。

 

「ふぅ〜……やっと片付いた。」

「あっ、学。ちゃんとじっとしてた?」

 

莉那さんと辻田さんが好きな場所に腰を下ろす。

顔の熱がおさまったのか、澪さんがふとこちらを見た。

 

「……ガクちゃん、お風呂、お先どうぞ。」

「あ、いや……別に、今日はもう……。」

「海のあとだし、流石に入った方がよくない?」

「……じゃ、じゃあ……最後に……。」

 

ぽつりと口にした瞬間だった。

古賀さん、辻田さん、莉那さん――三人が揃って、びくっと身体を跳ねさせた。

 

「えっ……?」

 

思わず固まる。え、俺、なんか変なこと言ったか……?

あたふたと視線を泳がせる中、最初に少し困ったような笑みを浮かべながら、古賀さんが口を開く。

 

「ガクちゃん、あの、そのさ、それって――」

 

まるで言い淀むように言葉を切ったところで、横から辻田さんの声が割り込んでくる。

 

「ウチらが入ったあとのお風呂に入りたいってことですか? ……ウチは、ええですよ?」

 

テーブルのそばに座っていた辻田さんが、頬をほんのり染めながら、ちらりと上目遣いでそう言ってきた。

その場が一瞬、しん……と静まり返る。

 

「……学、さいてーだ。」

 

莉那さんはソファに座ったまま、じっとした目で見てきて、ぼそっと呟く。

 

「……い、いや、違っ……! お先、失礼します!!!」

 

三人からの視線を背中に浴びながら、俺は脱衣所へと逃げるように駆け出した。

……いや、違うから!ほんとに!!

 

 

 

 

 





そろそろ高校入学させたほうが良い?
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