蛇の心、世知らず 作:猿を継ぐ男
それなりの喝采の中、わたしはグリフィンドール寮のテーブルに進んでいきます。
少しきょろきょろして、上手くパーシーさんを見つけられたので、隣に座りました。ちょうど向こう側にいるコーデリアさんはとても嬉しそうな顔で、こちらまで気分が良くなりそうです。
「ストーリーくん! 改めて、グリフィンドールに歓迎するよ」
「よろしくお願いします」
わたしは軽くお辞儀をしました。
パーシーさんが次いで何か言おうとしたその時、来賓席で老人が立ちあがります。あれはホグワーツ校長、アルバス・ダンブルドアです。彼はにっこり笑い、何やら意味不明な『二言、三言』を宣言しました。
日中にダイアゴン横丁で会った時は、もっと知性と憂いを湛えていたのですが……。まあ、どんな人物にも二面性はあるものです。
「ストーリー、食べよう。ポッターも」
「あ、はい」
視線をテーブルに戻すと、空だった大皿には料理が山盛りになっていました。
芋と肉がメインで少々レパートリーに欠けますが、間違いなく食欲をそそられるメニューです。
しかしパーシーさんはポッターと言いました。近くにいるのでしょうか……と再び周りを見渡すと、彼はわたしの隣(つまり、パーシーさんです)のまた隣に座っていました。
「すいません、ちょっと席代わってもらっていいですか?」
「なんだ、ストーリーもポッター目当てか?」
「そうとも言えるしそうでないとも言えます。どう見えるかです」
意外そうな、しかし納得したようなパーシーさん。わたしはハリー・ポッターの隣に着いて、彼をちらちらと観察することにしました。
パンを齧り、ちらり。スープを飲み、ちらり。肉を頬張り、ちらり。
彼から発される輝きは未だ強く、やはり何か理由があるに違いありません。
「……何か僕に用?」
程なくして気づかれてしまったようで、ハリーは怪訝な顔で話しかけてきました。
「ええ、まあ。よく気づきましたね、わたしに」
「サングラスが目立つからね」
「お洒落でしょう」
「変だと思う」
もしかしたら、優れたセンスは余人には理解が難しいのかもしれません。
「してポッターさん。あなたは自分が輝いていると感じたことはありませんか」
「それ、皮肉? みんな僕のことを英雄だと思ってはいるみたいだけど」
「レトリックではなく、物理的な話です」
「物理的に……???」
口ぶりからすると、本人に心当たりはないようです。となると、手がかりはあまりありません。
この光は気にはなるものの、サングラスをかけていれば行動に支障はないので、調べるのは後回しにすべきでしょう。関連があるかもしれない“古代魔法”についてだけ、時間のある時にコーデリアさんへ訊ねるのもいいかもしれませんが……。
とりあえず今はこの宴を楽しみ、明日からは授業を乗り切る。そのうちに余裕ができたらナギニさんの呪いを探り、その片手間でハリー・ポッターからの光を調べる。
それが基本的な行動指針として、理に適っているように思えました。
「それはそうと、ロン・ウィーズリーと仲がいいのですね」
「まあね。ロンは色々助けてくれたし……駅でも」
「駅で? 何かトラブルがあったのですか」
「いや、9と4分の3番線の行き方がわからなくて」
「ああ、あれはわたしも危なかったです。付き添いがいなければ、乗り遅れていたかもしれません」
実際は本当に乗り遅れたのですが、わたしはちょっぴり見栄を張ることにしました。
それに下手に言いふらせば、『特急に遅れても大丈夫』という意識が広がることでしょう。たぶん、様々に問題が生じます。
意識の弛みというものは、何につけても世間に広がるべきではない。わたしはそう思います。
「付き添い……ストーリーさんって、新入生だよね。やっぱり」
「そうなります。年齢の都合上、五年次からですが」
「へえ、そういう人もいるんだ」
「珍しいようですけどね」
「四年ぶんの授業はどうするの? 追いつけるもの?」
「ぎりぎり詰め込みました。どうも物覚えはいいみたいで」
ハリーはどうも、わたしの境遇に関心を寄せているようでした。魔法界の英雄からしても、やはり物珍しいのでしょうか。
きらきらした感心の目が、別の意味で眩しく感じます。
「魔法力に目覚めてから今まで半年と少し間があったので、祖父が家庭教師になってくれたんです」
「へえ、いいなぁ」
「ポッターさんは、誰か魔法使いの家で育てられたのではないのですか?」
「…………あー、えっと」
わたしが問い返すと、ハリーの表情には影が差しました。何か聞かれたくないことなのでしょう。少なくとも、今は。
彼の緊張をほぐすために、わたしはにっこりと微笑んでみせます。
「おっと、野暮な質問でしたね」
「ああ、うん……」
「これはお節介なので、聞き流してもいいのですが。もし言いたくないことがあるのなら、それらしき嘘はついた方がいいとだけ言っておきます」
「嘘……?」
怪訝な顔をするハリーに、わたしは持論をぶつけることにしました。
「はい。人は空白が見えると埋めたくなる生き物です。黙ってしまうとその空白が気になって仕方なくなります。なので、嘘でも偽でも何か空白を埋めるようなことは言っておくべきです」
「そんなこと、していいのかな。あんまりペラペラ嘘をつくとマズいような」
「上手くやれるかは、もちろんポッターさん次第です。ただ、ポッターさんにはその権利があると思います」
「権利……それは考えたことなかった」
わたしはバタービールを呷り、それから周りをぐるりと見渡しました。多くの視線が、こちらをチラチラと見ています。わたしがかける星型サングラスの目立ち方を差し引いても、やはり異様な光景でした。
「あなたはきっと、万人に関心を寄せられています。秘密を暴こうと野暮な視線を向けられていると言ってもいいでしょう」
「……まあね。それは感じてる」
「だからといって、一人の人間として隠し事をしてはいけない理由もないでしょう。それだけです」
「そうか。……そうかも」
これで二人っきりの会話は途切れ、場の流れは自然にゴーストや周りの友人たちとの交流へ移っていきました。
わたしの言葉はうまく響いたのか、どうか。それは彼の表情からは読み取れませんでした。綺麗事や甘言だと思われたかもしれないし、あるいは意外にも関心を抱かれたかもしれません。
まあ、どう受け取られたにせよ、そこまで深い意義はないと思います。
元々、わたしと彼の縁は限りなく薄いものです。わたしの立場から、どうしても彼へ届けるべき事柄などないのでしょう。
────ただ、それでも。
ハリーの表情に差したあの影を、忘れようとは思いません。
宴の終わり、ダンブルドア校長は校長らしいことを言いました。立ち入り禁止の場所について、構内の森と四階右側の廊下です。
よくある布告かと思ったのですが、監督生たちは少し不思議そうにしています。
「コーデリアさん、これって……」
「ああ。ちょっと変かな。校長は立ち入り禁止の場所がある時、いつもなら理由をちゃんと話すんだ。もし広く言えないことでも、こんな冗談めかすとは思えない」
「なるほど」
ダンブルドア校長の思惑については、見当もつきません。
やがて就寝時間となり、生徒たちは各寮の談話室に進んでいきます。どうもこのホグワーツ城には、奇妙な通路が山ほどあるようでした。
到着した談話室は、それなりに居心地がよさそうな場所です。割り当てられた奥の寝室は、コーデリアさんと二人きりでした。
「知ってる人と同じ部屋でよかったです」
「どうも。ぼくもストーリーくんと同じで嬉しいよぉ」
小さな身体と白いショートヘアをふかふかのベッドにうずめ、コーデリアさんは呟きました。かなり眠そうです。
わたしはコーデリアさんを横目に制服を脱ぎ、パジャマに着替えていきます。
「そういえば、コーデリアさん」
「…………」
「コーデリアさん?」
「…………」
振り向けば、彼女はすやすやと眠っていました。制服のままで、しかも布団を被ってすらいません。
わたしは少し悩んで、シンプルな起こし方を選ぶことにします。つまり、肩を軽く揺さぶることです。
「うぅ、もう朝ぁ……?」
「いいえ、夜ということになっています。寝る前に、せめて着替えましょう」
「わかってるよ、ママ……」
「お母様ではありませんよ」
コーデリアさんはいちおう覚醒しましたが、どうも意識が朦朧としているようでした。
まあ、そのまま着替え始めるのだから大したものです。わたしは彼女に何か声をかけようとして、やめました。
そしてこちらも疲れていたのでしょう、布団に入るとすぐに意識は闇へと落ちていきました。
◇
◇
◇
◇
気づけば、わたしは牢獄にいました。
組み分けの時に幻視した、白い空間の白い建造物。パノプティコンという印象に違わず、無数の独房がわたしが立つスペースを囲むように並んでいます。
どこまでも茫洋とした世界であり、わたし自身すらぼんやりと滲んで溶けそうなほど。見渡しても、あの帽子はいませんでした。
これはやはり、夢なのでしょう。
「
声がしました。
魔法力の目覚めと同時に、わたしを転落死から救った声。ダイアゴン横丁からの帰り、わたしを励ました声。組分けで、わたしを望む道へ進ませてくれた声。
時折わたしの内でわたしに語り掛ける、青年の声です。
ゆっくりと振り返ると、予想通り
さきほど組分け帽子の権限を代行した、謎めいた人物です。以前よりはっきりと認識できるようで、深緑のローブと真っ黒な長髪が印象的でした。
「あなたは……」
「我の名は■■■ー■・ス■■■■。そう言えば判るだろう」
「ちょっと何言ってるのか分からないです。なんかノイズみたいなのが走って」
「そうか。ならば“S”と名乗ろうか」
「Sさんですね」
わたしは彼へ向き合い、確認することにしました。
「Sさんは……わたしの何なのですか? 守護霊ですか? それとも悪霊?」
「味方だ。それは間違いないし、今はそう思っていてくれればいい」
「敵ではないと」
「ああ」
確かに、わたしが魔法力へ目覚めた夜、命を救ってくれたのは彼で間違いないでしょう。
「で、今日は何のご用で?」
「ホグワーツで、強い味方が欲しくはないか?」
「強い味方……?」
「ああ。我の同盟者にして、心強い友人だ。
「倒しちゃ駄目でしょう、人を」
「それは……そうだが……」
少し逡巡して、Sさんは続けました。
「はっきり言うぞ。この世界には、まだ諸悪が渦巻いている」
「“闇の帝王”は死んだのでは? グリンデルバルドも、今さら出てこないでしょう」
「だとしても、だ。このホグワーツ城であっても、用心に越したことはない」
要するにSさんは、ホグワーツと魔法界の安全性を疑問視しているようでした。
“闇の帝王”が姿を消した今でも未知の危険が残っている。だから、ボディーガードとしてご友人をつけないか。
そういった意見は、わたしにも理解できます。彼がわたしを真に案じる味方であるなら、なおさらです。
とはいえ……。
「………………いや、今は結構です」
「なぜだ?」
不服そうに、Sさんは目をしばたたかせました。
「まだ、わたしはこのホグワーツという場所に慣れていません。それに、そのご友人のことも何も知りません」
「それで?」
「慣れていない場所で慣れていないことをすると、まず間違いなく問題が起きます。わたしは不器用なので」
「それで?」
「それだけです」
わたしの、実感のこもった言葉です。
Sさんは呆れたような顔をして、しかし満足げに頷きました。
「考えがあるなら、いい。ただ」
「ただ……?」
「本当に身の危険を感じた時は────
ぎゅるん。
目の回るような感覚と共に、世界がゆっくりと傾いていきます。瞼が重くなるような、しかし目が冴えていくような奇妙な感覚。
そろそろ、夢の時間は終わるようでした。
本作で一番の萌えキャラは主役じゃなくてコリーの方だと思うのが俺なんだよね