蛇の心、世知らず   作:猿を継ぐ男

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更新が遅すぎる…遅さの次元が違う


第8話『新たな友人』

 

 目覚めると、そこは憧れの魔法学校でした。

 

 陽光が隙間から差し込むカーテン、居心地の良さを象徴するように滑らかなビロード、ふかふかのベッド。

 昨夜は疲れてよく見ませんでしたが、実に素晴らしいインテリアです。

 

 わたしは少しだけ昨日までの旅を噛み締め、それから意を決して起き上がります。

 枕元の懐中時計(祖父から借りたものです)を見て、起床にちょうどいい時刻であると確認。万事問題ありません。

 トランクから制服を取り出して身だしなみを整えるうち、隣のベッドから寝言が聞こえてきました。

 

「うぅん…あと500億時間だけ……」

 

 コーデリアさんです。

 わたしが頬を小突くと、むにゃむにゃと逃げるように寝返りました。薄々察していましたが、どうも彼女は寝起きが悪いようです。

 

「ほら、朝食に間に合いませんよ」

「もう朝ぁ……? 朝かぁ…………うぅ」

 

 仕方なく肩を揺さぶると、徐々に視界の焦点が定まっていきます。小さな身体には、物理的な揺れがずいぶん効くようでした。

 段々と雰囲気が平時に戻っていくその姿は、寝坊助さんから理知的な監督生への変貌と言えるでしょうか。

 

「あぁ……おはようストーリーくん」

「おはようございます。ずいぶん朝に弱いのですね」

「うぐっ。お見苦しいところを見せてしまったねぇ」

 

 コーデリアさんは照れ臭さそうに笑いました。わたしも曖昧な笑いを返します。

 そこに、ベッドの下でズルズルと物音がしました。覗き込むと、ナギニさんがとぐろを巻いているではありませんか。

 彼女もどうやら眠そうです。

 

『……あら、おはようエイリアス』

『おはようございます。ご飯はそこに用意してあります』

『ありがと。……あなた、蛇語になってるわよ』

「あっ」

 

 ナギニさんは人語を解し、わたしも蛇語を解するため、基本的にわたしから蛇語を話す必要はありません。

 ただ気を抜くと、わたしも蛇語がシュウシュウと出てしまいます。よくない癖ですね。

 

「改めて聞いても、やっぱり間違いなく蛇語だね」

「何か思うところが?」

「いいや、特には……ただちょっと考え事というか。こっちの話だ、気にしないでくれ」

「わかりました」

 

 何やら束の間の思索を打ち切った様子で、コーデリアさんは起き上がります。

 わたしたちが談話室のラウンジに向かうと、背の高い赤毛の少年が待ち受けていました。パーシーさんです。彼はわたしというよりコーデリアさんの方を見て、話しかけてきます。

 

「遅いぞ。また寝坊か?」

「うん」

「ストーリーは目覚まし時計じゃないんだぞ」

「うん」

「これからは僕ら監督生だぞ。それともこのバッジを剥奪されたいのか?」

「うん」

「なあまだこいつ寝ぼけてないか?」

 

 頭を抱えるようにパーシーさんはこちらへ問いかけてきました。

 見ると、確かにまだ少しぽやぽやとしています。仕方ないので、おでこを指で軽く叩いてみましょうか。

 ばちーん。

 

「痛っぁ!!!!」

「起きたな。おはようコリー」

「お、おはようパース……いや、めちゃくちゃ痛いんだけどストーリーくん?」

「すいません、ちょっと力が入りすぎてしまったみたいで」

「いい音がしたな。眠気覚ましにはちょうどいいだろう」

 

 わいわいがやがやと話しながら、わたしたちは最初の授業へと向かいます。

 

 

「いやはや、ずいぶんタフなスケジュールですね」

「まあね……ただパースなんかはさらに謎の原理で同じ時間の別の授業に両方出席しているって噂だ」

「えっそうなんですか」

 

 何やかんやで最初の授業から数日が立ち、とある午後の自由時間です。わたしとコーデリアさんは図書館に行き、容赦なく叩き込まれた課題を進めていました。パーシーさんはどうやら別の用があったようです。

 マダム・ピンスがこちらをしっかりと睨みつけているからか、コーデリアさんは少しだけ声を落として続けます。

 

「しかし授業には付いていけそうかい?」

「えぇ、まあそれなりに」

「やはり……天才か」

 

 感心したように、コーデリアさんは頷きました。

 

「祖父の教え方が上手かったのかもしれません。それに、先生方もそれぞれ個人授業を準備してくれているようです。要するに補習ですね」

「ははぁ、そいつは羨ましい」

「羨ましいですか?」

 

 わたしは首を傾げます。

 以前通っていたマグルの学校では、勉強を好む方々はあまり多くなかったのですが。まぁ、監督生なのだから不思議ではないと言えば、そうです。

 

「ほら、ぼくは非才だから……人一倍努力しないといけないんだ」

「非才かはさておき、いい心がけですね。コーデリアさんも参加できないか、先生方に訊いてみましょうか?」

「それは結構さ。きみのための時間なんだから、ぼくが混じって効果が落ちたら好くない」

「そういうものですか」

「そういうものだよ」

 

 コーデリアさんは、毅然とした雰囲気で言い切りました。頷ける意見でもあるので、議論するつもりにはなりません。

 

「そういえば、コーデリアさんは友人が多いですか?」

「えっ」

「なんだか……わたしにばかり構っているように思えて」

「嫌かい?」

「いえ、まったく。ただ無用に時間を割いてもらっているんじゃないかと、すこし不安になっただけです」

 

 わたしの話を聞いて、コーデリアさんは少しだけ言葉に迷った様子でした。

 机に肘をついて、視線を彷徨わせてから、彼女は口を開きます。

 

「……はっきり言ってだな、ストーリーくん」

「はい」

「ぼくは友達が少ない」

「はい」

「はいじゃないよ」

「すいません」

 

 こほん、と小さく咳払いしてからコーデリアさんは続けます。どうも話の腰を折ってしまったようです。たぶん、わたしの悪い癖でしょう。

 

「ともかく、だからというわけじゃない……断じて、だからというわけじゃないが。きみが心配する必要はない。それに」

「それに……」

「ぼくは、きみに興味がある」

 

 微笑と共に、青い波紋のような瞳がこちらを覗き込みました。

 爽やかでありながら、微かに────ほんのわずかですが────ドロっとした執念を感じる。そういった笑みでした。

 

「列車でも少し話したけれど……いや、ここじゃマズいか」

「まずい?」

「ああ、あまり他人に聞かれたくない話でね。夜、寝室で話そう」

 

 どうやらコーデリアさんには伝えたい、しかし広めるべきではないことがあるようでした。列車で話していた、“古代魔法”についてでしょうか。あの筒からは確かに、青い不思議な光が感じ取れました。それに、この校舎そのものも、目を凝らせば同じような淡い輝きが視えます。

 

 わたしは了解の意を伝え、席を立ちます。向かうは「変身術」あるいは「呪い」の書棚です。

 するとコーデリアさんは不思議そうに、こちらの背へ声をかけてきました。

 

「あれっ宿題は?」

「すいません、もう終わったんです」

「えっ。ぼくまだ終わってないのに……」

 

 しょぼーん、とした様子のコーデリアさん。

 

「えっと、手伝いましょうか? 教えられるってほどじゃないですが」

「んー、気にしなくていいさ。そこまで苦労してるわけでもないし」

「わかりました、気にしません」

「即答かぁ」

 

 一瞬考えるような間を置いて、コーデリアさんはもう一度訊ねました。

 

「そっちの棚に何か用があるのかい? 変身術も呪文学も、珍しく課題は出てないはずだけど」

「……お察しください」

「開心術は使えないなぁ」

 

 苦笑するコーデリアさん。こちらも誤魔化すように、曖昧に微笑むしかありません。

 今、これから調べようとしているのはナギニさんの呪いを解く手がかりです。彼女を蛇から人間に戻すための、第一歩。これは間違いなく、正しい道のはずです。

 ただ、他人からの理解が得られるかは別の問題でした。

 

「……またいずれ、話します」

 

 

 やや逃げるように、そそくさとその場を離れて書架へと向かいます。まずは変身術です。

 するとそこには、小さな先客がいました。ぼさぼさの髪の毛が特徴的な、どこかで見覚えのある少女です。体格と雰囲気からして、恐らく一年生でしょう。

 彼女はわたしに気づくと、少し驚いたようでした。

 

「あなた、この前の……」

「ええと、すみません。どこかで会ったことがありましたっけ」

「列車で、ネビルのヒキガエルを。あなたに探してもらいました──正確にはあなたの蛇に」

「ああ、あの時の」

 

 確かに、そんなこともありました。

 言われてみれば目の前の少女は、ネビル少年と一緒に彼のペットを探していた新入生でした。

 

「あー、あの。私はハーマイオニー・グレンジャー。エイリアス・ストーリーさんですよね」

「そうです、エイリアス・ストーリーです。変な名前ですよね」

「……ええ、まあ」

 

 口篭るハーマイオニーさん。どうも困らせてしまったようです。

 

「ハーマイオニーさんは、何か課題が?」

「いえ、予習です。変身術ってすごく面白くて。私、マッチ棒を一発で針に変えられたんです」

「すごいですね」

「それで、少し先にどんなことができるか調べてみようと」

 

 目を輝かせて語るハーマイオニーさんは、どうやらコーデリアさんと同じ勉強を好む人種のようでした。名門だけあって、ホグワーツにはこういった秀才も多くいるのでしょう。

 

「そういえばストーリーさんは、5年次の今年から入学なんですってね。何か事情が?」

「さあ……?」

「さあって……」

「魔法力が目覚めるのが遅かったので、そのせいではあります。以前はマグルの学校に通っていました。ただ、なぜ遅かったのかは知りません」

「なるほど、そういう」

 

 わたしの謎めいた事情を訊いて、ハーマイオニーさんは軽く頷きました。

 どうも何かを納得した様子です。

 

「私、なんだか友達が上手くできてないんです。ストーリーさんはどうですか?」

「……それなりです。皆さん良くしてくれますよ」

 

 わたしはこの数日で、パーシーさんの兄弟たちや同い歳の生徒たちともいくらか交流できました。

 ただ一方で、ハーマイオニーさんはあまり上手くいっていないようです。ネビルさんのペットを探していたあたり面倒見がいいように思えましたが、あの年代では逆に“押しつけがましい”と疎まれるのかもしれません。

 

 やや顔を曇らせているハーマイオニーさんに、わたしは少し微笑んで言いました。

 

「もし友人がいないのが辛いなら、友人とは何かまず考えてみましょう」

「友人とは何か……?」

「そうです。一つ、単に話し相手が欲しい、二つ、何か協力者が必要、三つ、誰か特定の人と仲良くなりたい。友人関係の目的とは概ねこれら三つの側面を含んでいますが、どれが自分にとって主なのかは考えた方がよいです」

「……私の、目的ですか」

 

 少し目を伏せて、ハーマイオニーさんは真剣に考えてくれているようでした。

 この考え方は本の受け売りですが、わたしの価値観とも合致しています。無論コーデリアさんやパーシーさんとの関係は言うまでもなく最後のタイプで、わたしは彼らを好ましく思っています。

 

「……すぐに答えを出す必要はないですよ」

「でも」

「未来のお友達は、逃げません。それより、今度あなたの話を聞かせてください」

「えっと、どうしてですか?」

 

 ハーマイオニーさんは怪訝な顔でした。

 たぶん、わたしの方から興味を持たれるのは予想外だったのでしょう。

 

「あなたは多分、マグル生まれでしょう? 話が合いそうです」

 

 わたしはこの半年余りで幾分魔法界に染まりましたが、まだまだ戸惑う時があります。それにBBCテレビやウォークマンやスティーブン・キングといった単語を出しただけで怪訝な顔をされるのも、やや疲れる面がありました。

 それに環境が違うためか、全体的なノリというか価値観も噛み合わない部分があるようでした。いずれ慣れるだろうにせよ、現在の居心地はそこそこ止まりです。

 その点、目の前の彼女はかなり聡明で、育った環境も似ているように思えます。

 

「まずはよかったら、わたしと友達になりましょう」

「……それは、構いませんけれど」

 

 ハーマイオニーさんは、わずかに口元を緩めて返します。それは少し意地悪で少々賢しげ、そして魅力的な笑みでした。

 

「この申し出は三つのうち、どの目的ですか?」

「────秘密です」

 

 わたしも、にこりと笑いかけました。




主役の人何も考えてないと思うよ
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