蛇の心、世知らず 作:猿を継ぐ男
地味にやってることがヤバい
クィリナス・クィレル
わたしは間違いなく魔法使いの卵ですが、不思議なことにその力の発現が遅れていました。
そのため、ホグワーツの新入生でありながら、年齢も鑑みて五年次へと編入されています。どうやら理事会で一悶着あったとも聞きましたが、それはさておき。
不足する四年分の内容は、異様に教え上手な祖父の個人授業により、入学までの半年間で概ね詰め込みました。……詰め込んだはずです。たぶん。
一応、入学からこの1週間あまりの授業はそれなりについていけていますし、きっと問題ないとは思います。おそらく。
とはいえ、教育組織としてはその進捗を確認せざるを得ないのも道理でしょう。
もし不足が見られたら、その部分を補う。相応しい知識と教育を、継ぎ足す。確認と対応。いずれも必要なステップです。
そういったわけで、わたしはホグワーツの教授たちから、いくつかの『個人授業』を受けることになりました。
正直何を求められるやら、少しばかり不安だったのですが。
いざコーデリアさんやパーシーさんに打ち明けてみると、「ふぅんそういうことか」と言い出しそうな雰囲気の、特に心配するような場面ではなさそうな感触でした。
確かに、この学校の教授陣は比較的まともです。
マクゴナガル教授の厳しくも公正な指導、スプラウト教授の優しく大らかな授業、フリットウィック教授の穏やかで的確な指南。いずれも、以前わたしが通っていたマグルの学校より格段に質がいいと思える方々でした。
スネイプ教授に関しては、いささか陰湿な言動が以前より目立ち、面食らった部分はありますが。まあ、人間という生き物は多面体ですから、そういうこともあるでしょう。
そして今回私が訪れたのは、『闇の魔術に対する防衛術』の教室でした。多くの生徒に不評な、充満したニンニクの匂いはそのままです。
「どうも、よろしくお願いします」
「あ、ああ……よろしく頼むよ。……す、ストーリーくん」
担当のクィレル教授は相変わらずオドオドして、いつもと同じ紫色のターバンを被っていました。非常に大きく、なかなかお洒落です。
“バカバカしい”とこのターバンを形容する声もありましたが、わたしには分かります。これは非常に斬新で未来的なファッションなのです。コーデリアさんが許せば、わたしも真似したいものでした(なぜか彼女はやたらわたしのファッションセンスに厳しいので、実行した日には恐らく口を聞いてくれなくなるでしょう)。
「……な、なにかね。わ、私の、ターバンがな、何か?」
「いえ、とても魅力的だったので」
「え、え、え……? そ、そうか…………?」
目の前の教授とはダイアゴン横丁でも少しだけ話しましたが、やはり吃りがちです。監督生コンビ曰く、以前はハキハキと喋れていたらしいのですが。何か嫌なことがあったのでしょうか。
「そういえばクィレル先生。先生は以前マグル学を教えていたのでしたよね。友人から聞きました」
「あ、あ、ああ……そうだ。わ、私よりマグル文化にぞ、造詣の深い魔法使いはあまりいなかったからね。そ、それが何か?」
「いえ、大したことではないのですが。後で相談したいことが少々」
「……そ、そういえば君は最近までマグルの学校に通っていたのだったね」
「その通りです」
相談したいのは、わたしの私物、持ち込んだウォークマンについてでした。数年前、魔法から縁遠い生活を送っていた時期に、祖父から贈られたものです。
それがどうも、ここに来てから動きません。
ホグワーツでは魔法の干渉により、一部の精密機械が故障しやすくなっています。そのため、わたしが愛用するそれにも、保護の呪文をかけてもらったはずなのですが。
まあ、何か見落としがあったのでしょう。マグル学の教授なら適切な対応を知っているに違いありません。
そういった知見を、わたしは期待しています。
「な、ならよ、良ければ私に聞かせてくれないかな。ま、マグルの学校について」
「そんなに面白いものでもないとは思いますけれど……」
「も、物事の面白さとは情報そのものではなく、み、未知と驚きに宿るものだよ」
「なるほど、わたしから見た魔法界のように」
「そ、その通りだ」
個人的な信条としても、頷ける論理でした。特にこちらに得がある申し出ではありませんが、筋の通った話ができる相手は好ましく感じます。
わたしは軽く首を縦に振りました。
クィレル教授は薄く喜びの表情を浮かべたように見え、それから少しだけ雰囲気を切り替えたように、本題を切り出しました。
「さ、さておき。これから君には試験を受けてもらう。と、とはいえ実技は一つだけで、だ、大部分は筆記だ。べ、別にせ、成績をつけるわけじゃなく、い、今の能力を把握するためだけだから、か、肩の力を抜くといい」
「なるほど、わかりました。それで実技というのは?」
「────ぼ、ボガートだ」
◇
クィレル教授はいそいそと、浮遊呪文で古い洋箪笥を壁から動かしてきました。何やらガタゴトと物音、中に生き物の気配がします。
「この中にボガートがいるんですね」
「そ、そうだ。ま、まね妖怪のボガートが何か知っているかな?」
「何か、ですか? まね妖怪は、まね妖怪では。教科書的には、形態模写妖怪と呼ぶべきかもしれませんが」
「あ、ああ、答えを言ってしまったね。そ、その通りだ。こ、これは見たものが恐れるものに、そ、その姿を変える」
「そして、対処法は確か……リディクラスの呪文。笑い飛ばすのが重要と」
「ば、ばっちりじゃないか」
クィレル教授は再び、薄く笑ったように見えました。
そして大きな洋箪笥の扉に手をかけて、こちらへ振り向きます。
「じ、準備はいいか?」
「はい」
ぎぃぃぃ────ゆっくりと、箪笥が開き。
パチン! …………そんな音が響きました。
わたしは身構えつつも、祖父の女装姿(なぜか青年にしか見えないので、ちょうどいい滑稽さなのです)を思い浮かべます。
思い浮かべながら杖を構え、何に変身したのかと目を凝らし、リディクラスの呪文を唱えるべく唇を湿らせました。
……しかし。
「あ、あれ……? き、消えた……」
「……確かに、いませんね。逃げたのでしょうか」
「そ、そんなはずは……な、ないと思うのだが……」
「しかし……」
「…………」
「…………」
しばし、沈黙が降りました。
確かに、あれが出てくるまでは“いた”気配がしたのですが。「パチン」という変身音もしましたし、逃げた様子も感じませんでした。
……何か、不思議なことが起こったようです。
数分後、クィレル教授は不思議そうな顔をしながら、気を取り直して羊皮紙を取り出しました。
実技は保留、筆記の試験です。
十数分後、わたしは解答を終えました。いずれも教科書通り、単純な知識問題が殆どでした。
わたしは首を傾げて、問いました。
「ずいぶん簡単な問題でしたね? 何か引っかけがあったのでしょうか」
「……い、いや、そ、そんなに難易度は低くないはずだが」
「そうは思えませんでしたが……」
わたしは唸りました。何か問題に取り違えがあったような気すらします。
クィレル教授はこの場で答案に目を通し、採点を始めています。
「た、確かによく出来ているな。よ、よく出来すぎてるくらいだ」
「はあ」
「お、O.W.Lの過去問からも引用したくらいだぞ。た、確かに知識問題を基本にしたが、き、教科書の隅に一言だけあるようなレベルの話がほとんどなはずだ」
「みんなそれくらいは覚えるものでは……?」
「そ、そんなことはない」
……少しの沈黙。
わたしが脳内でハリー・ポッターさんとスネイプ教授を格闘ゲームの中で戦わせているうち、やがてクィレル教授はため息をつきました。
見ると、採点を終えた様子です。
彼はわたしに向き直り、端的に言いました。感情の読めない顔でした。
「き、君に追加で補習する必要は無さそうだ」
◇
クィレル教授からの通告を受け、わたしは意気揚々と寮に戻ることにしました。理由はよく分かりませんが、とにかく最初の個人授業は上手くいったようです。
ところが、一つ忘れていたことがありました。
クィレル教授に相談したいと考えていた、ウォークマンの件です。喫緊の用ではないとはいえ、相手はホグワーツ生全体を担当する教師。いつ時間を取ってもらえるか分かりませんから、やはり一度教室に戻るべきでしょう。
……そう考えていたのが悪かったのでしょうか。
いつしか“迷い人”と呼べるようになった。それがわたしです。
「ここ、どこですかね」
ホグワーツ城内であるのは流石に間違いないのですが。妙に人気がなく、これでは道を聞こうにも聞けません。
途方に暮れたわたしは、しかしグルグルとループするように、廊下を彷徨っていました。窓の外を見ると、そろそろ暗くなり始めているように思えます。寮の門限が近そうです。
「早く帰らないと、まずいのですが」
きょろきょろと辺りを見渡していると、ふと青い光が強く溢れる教室がありました。ホグワーツ城全体に薄く広がり、あのハリー・ポッターさんからいっそう強く溢れる、あの光です。
わたしは愛用の星形サングラスを懐から取り出し、その部屋を覗いてみることにしました。
すると、そこには大きな姿見がありました。金色の装飾が豪華な、背の高い鏡です。それが光の源のようでした。
近づいて、枠の上の方をよく見ると、こんな文字列が書いてあります。
『すつうを みぞの のろここ のたなあ くなはで おか のたなあ はしたわ』
意味がわかりません。
しかも奇妙なことに、このどう見ても鏡であるらしき物体は、しかし霧のように何も映し出していませんでした。
謎かけでしょうか。祖父はかのマーリンがこの城に残した謎かけの多くを解き明かしたと言います。その類かもしれません。
わたしは首を傾げ、しばらく考えていました。
「…………」
「…………」
「…………」
まったく分かりませんでした。
わたしには謎解きのセンスが無いのかもしれません。一緒にしては悪いですが、この調子ではナギニさんの呪いを解く試みも先が長そうです。
名残惜しくも踵を返そうとすると、聞き覚えのある声が響きました。
「見つけたぞ、エイリアス。ここにいたとはの」
「おや、ダンブルドア先生」
振り返ると、そこにいたのはやはりアルバス・ダンブルドア校長でした。この偉大な老魔法使いと直接会うのは、入学式を除けばその直前の漏れ鍋以来です。
ダンブルドア校長は入学式とは別人のように、知性と憂いを湛えた瞳でわたしを見つめています。
「ここらには人払いをしておいたはずじゃが……わしも耄碌したようだ」
「人払い? やっぱり何か曰くがあるのでしょうか、この鏡」
「そうとも。多くの者がこれに魅了され、時には破滅に追いやられた」
ダンブルドア校長の口調は重みのある、真剣なものでした。ジョークではなさそうです。
映らない鏡にそんな魔力があるとも思えませんが、何か運命を操るような呪いが仕込まれているのでしょうか。とはいえ真剣ではあっても焦ってはいなさそうなので、わたしはきっと大丈夫……なはずです。
「どうしてそんなものを学校に……?」
「なに、ほんの少しの間じゃ。それに人払いしておったつもりだったからのう」
「はあ。なら仕方ないですね」
まあ、そういうこともあります。納得です。
「さてさて、エイリアスや。おぬしがこの鏡に何を見たか、聞いてもよいかの?」
「えっこれ何か見えるものなんですか」
「…………いや、そうとは限らぬ。かもしれぬ」
長い沈黙の後、ダンブルドア校長は予防線を引きました。
明らかに何かを言い淀んでいたように思えます。わたしは酷く不安になってきました。やはり、この鏡に呪われたのかもしれません。
果たして、わたしの運命は大丈夫なんでしょうか。
「わたし、気になります」
「ふむ?」
「いえ、本来この鏡は何を映し出してるんだろうかと。ダンブルドア先生には何が見えますか?」
「何が見えるかよりは、何が見えぬか。それが大事なのじゃ」
「…………」
誤魔化すようにダンブルドア校長は語りました。わたしも釣られて、言葉を切ります。
そう、彼はどうも何かを誤魔化したように思えます。しかし、その言葉はわたしの胸に何だか重くのしかかるような気がしました。
わたしには、何か足りていないものがあるようです。
そう、直感しました。
それが心であれ、力であれ、賢さであれ────このホグワーツという学び舎で、得られると良いのですが。
「大丈夫だとも、エイリアス」
「……?」
「ホグワーツでは、おぬしが望むものはきっと手に入る。あるいは、手に入れるための資格が手に入る」
「────その者が、真に望むなら」
わたしは自然と、祖父の口調を真似て、引き継いでいました。
「うむ、ラウールの口癖じゃの」
微笑む老人は、少しだけ青い茶目っけを見せたように思います。
主人公には“心”がないのです
心がないから人の痛みがわからない
心がないから平然と二次創作らしいオーバースペックを振るうのです
え?