ポケモンのちょっとした短編です。雰囲気で読んでもらえると嬉しいです

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もしもキミがゴーストタイプであったのなら

 ガラルに吹く風は乾燥している。カントーから出る時にそう祖母に教えてもらった。それを聞いたのも随分前の話だ。

 白いカーテンが風と遊ぶ。ココガラが地面をつつき、アオガラスが風をつかまえて地面から飛び立つ。そんな光景を開け放たれた窓から眺めていた。

 振り向くと陽光が差し込んだ窓際と、照明が落とされた室内。暗い部屋には柔らかな光線が差し込んで、塵埃を反射している。窓辺から離れて、敷き詰められたカーペットが向かう先へと、ゆっくりと向かっていく。

 遠くで誰かの鳴き声が聞こえてきた。天にも届きそうな高めの音。ワンパチか、それとも、子どもの声か。少なくとも、この館を取り囲む森を越えて聞こえてくるのだから大したものだ。きっと、元気いっぱいに駆け回っているのだろう。ふわふわと屋敷の中を進んでいく。見慣れた光景が、いつもと変わらない光景が、一日が続いている。

 小さく開いた扉の前にたどり着いて、中を覗き込む。いつもの私の寝室。分厚いカーペットと、ベッド、その横にある古ぼけたランプ。採光が考えられた窓際にはソファーが据えられていて、そこにはいつものように彼が眠っていた。茶色の毛並み、大きな耳、ふさふさの尻尾。長い間共に過ごしてきた私の家族。イーブイがそこにいた。いつものようにお気に入りの場所に陣取って、柔らかい光を浴びながら小さな寝息を立てている。

 

 『ブイちゃん』

 

 声を掛けてみても、その子は耳を少し動かすばかりで起きる気配もない。それもそうだ、と納得をしつつも、ちょこんと横に腰かけてみる。やはり気づいていないのか、起きるそぶりすら見せずにスヤスヤと夢の中のようだ。その姿と、差し込む光がまるで宗教画の一つのようで触れたらパースが狂ってしまうような、儚くも崩れてしまいそうな光景に見えてしまう。何とも壊れてしまいそうな姿に触れることも出来ない私は、その様子を眺めている。

 初めて出会った時から比べると、随分と寝ている時間が長くなった。私を探して鳴くことも、探し回って走る姿も随分と見ていない。けれど、それは仕方のないことだ。それは理解している。

 毎日、あなたを見ていた。あなたと暮らしていた。

 抱きしめた時の人とは違う、ポケモンの香り。寝床に入り込んで来たときの暖かさ。少し遠出をして食べたパルデアにちなんだサンドウィッチに感動して走り回りもしていた。好物だったカレーのレシピは今でも忘れてはいない。作りすぎて今はもう埃が被っているレシピ集の中が透けて見えてくるよう。全てが忘れられない思い出だ。

 

 屋敷に風が吹き込んできた。開け放たれた窓からではなく、久しく来客の無かった扉からだ。

 

 『あら、誰かしら』 

 

 私が気づくと同時にブイちゃんがパッと目を覚まして、今までの儚さは何処かに蹴っ飛ばすようにして階段を駆け下りてエントランスホールへと掛けていく。それを私も追いかけるように階下へと向かっていった。

 

 『ロトロト、少し不気味ロト……』

 

 スマホロトムの声が聞こえてくる。

 

 『随分と長いこと使われていない扉ロト、たぶん中も……』

 

 こんなに喋るスマホロトムは珍しい。そんなことを思いながらそのスマホロトムの持ち主を見遣る。帽子を目深に被って、厚手のスウェットパーカーを着込んでいる。男の子にも、女の子にも見えるその恰好が、まだ巣立って間もないひな鳥を連想させた。

 そこに、ブイちゃんが階段から飛び降りるようにして、来訪者の目の前に躍り出る。そして、驚いた反応を見せる子たちの顔を見て、残念そうに頭を垂れた。

 

 『図鑑No.0133 イーブイ……ロト? こんなところに?』

 

 ブイちゃんに首を傾げる来訪者たちに、私は階段の上より声を掛けた。

 

 「久しぶりのお客様ね、ようこそ、何もないけれどゆっくりして欲しいわ」

 

 久しい来客を迎えて、ギシギシとした足音が館に響く。光が落ちたシャンデリアも、古ぼけた絵画も少しくらい掃除出来たらよかったのだけど、と思いながらも歓迎の意を示す。せっかくだからと来訪者であるトレーナーさんを屋敷内に招き入れた。

 ブイちゃんもトレーナーさんの後をつけるように、一緒に歩いていく。まるで若返ったかのように、その足取りはしっかりとしたものになっていた。

 

 私の館をきょろきょろと見渡しながらも。不審がるトレーナーさんを微笑ましく思いながら、来客室へと案内する。少しばかり古くはなってしまっているが、まだ使うには問題が無いはず。

 

 「少し埃っぽいけれど、ごめんなさいね。長らく掃除出来ていないものだから」

 

 いつの間にか居ついてしまったヒトモシに照明を頼み、来客室をぼんやりと照らしてもらう。揺れる影が、一人とポケモン達の影を揺らめかせる。 

 手でソファーの埃を払ってからちょこんと座るトレーナーさんを見てから、私は手を打ち鳴らした。

 

 『おいで、ポットちゃん』

 

 私がポットちゃん、と呼び込むと、何処からともなく、ポットデスと人数分のヤバチャがテーブルへと現れた。

 

 「歓迎と言っても、これくらいしか出来ないのだけれど、どうかしら? 紅茶飲める? ポットちゃんの気分で作られるものなのだけど」

 

 トレーナーさんは少し迷った後に、小さくうなづいた。

 その反応をみるや否や、ポットちゃん達は自身の紅茶を振る舞い始める。暖かな湯気が立ち上り、

 

 「そう、良かった……歓迎出来て嬉しいわ」

 

 私もにっこりと笑って、小さな来客と共にテーブルを囲む。ブイちゃんは事態が呑み込めずに、くるくるとトレーナーさんの周りを歩き回っている。自分がわからない事があるときのクセはやっぱり変わらないのね、と笑いながらその光景を眺めていた。

 それを見て、トレーナーさんもブイちゃんの事を指を差した。

 

 「あぁ、やっぱり気になるかしら」

 「あなた達が来てから、その子、随分と嬉しそうだわ、どうかしら? あなたは」

 

 トレーナーさんの目を見つめてみる。顔立ちはまだ幼いものの、まっすぐで、吸い込まれそうな魅力がある。近いうちにきっとこの子は大きくなりそう。そんなことを思わせてくれるような目を持っている不思議な子供だった。

 ティータイムもひと段落して、落ち着き始めたトレーナーさんと、モンスターボールから出た新しいお客さんと遊ぶブイちゃんを見て、目を閉じる。そしてまた開く。同じ光景が映る。それはあまりにも生き生きとした姿で宗教画のようだった光景とは全く違う、生きているものの姿。

 

 「われらはいかにあるかを知るも、いかになるかを知らず」

 

 ぽつり、とある有名な戯曲の一節を口にする。

 前から心に決めていたこと。私が止めてしまっていた足を動かす風が吹き込んだこと。それが何を意味するかは、もう分かっていた。

 年上風を吹かせながらも、楽しそうに遊ぶ、ブイちゃんがまた目に飛び込んでくる。

 

 「避けがたき不幸も、これを忍べば、やがて笑うことができる」

 

 名言ね、と付け加えて、トレーナーさんの方へと顔を向ける。

 

 「さぁ、じゃあ、最後にせっかく会えたのだからトレーナー同士、ポケモンバトル、しましょうか」

 

 再び、広いエントランスホールに戻ってくる。ここなら多少はこの子達も暴れやすいだろう。

 ティーパーティーを手伝ってくれた子達に礼を言って、家具の一部を与える。力を貸してくれた子にはずっとそうしていた。

 トレーナーさんと、手持ちの子も一緒についてきて、ブイちゃんもまたその集団に混ざって歩いてくる。

 

 「トレーナーさん、その子はまだ、体温が高めなのかしら?」

 

 ──ブイちゃん、おいで。

 力を振り絞って、ブイちゃんに声を届かせるように声を出す。あの子はバッと振り返り私が居る方向を見る。けれど、見つからないとばかりに、私が声を出した辺りをぐるぐると回り始める。そんな姿が愛おしくて、少しでも撫でてあげたくて手を伸ばす。

 その手は、ブイちゃんの身体に触れる事無く、すり抜けた。

 やがて、諦めたかのように一声鳴いたブイちゃんを見て、ごめんね、と微笑んだ。

 

 「……トレーナーさん。この子に勝てたら、この子を連れ出してあげて欲しいの」

 

 きっとこの子であれば、ブイちゃんを新しい世界に連れ出してくれる。そんな確信があった。

 

 「勝手なことを言ってごめんなさいね。でも……」

 

 言葉の先を紡ごうとした矢先、トレーナーさんに止められる。その瞳は私をまっすぐに射抜き、モンスターボールを構えた姿が、これ以上の言葉が不要ということを示していた。

 それに応えるように私も頷き返す。

 

 「ブイちゃん」

 

 また、ブイちゃんはこちらを向いて、在りし日のように目と目が合う。

 

 「一緒に戦ってくれるかしら?」

 

 もう触れられもしないし、向こうからこちら見えてすらもないのだろう。けれど、ブイちゃんは、確かにこちらの目を見て頷き、いつもの如く相手のトレーナーと、そのパートナー達を見据えた。

 

 「楽しいバトルになるといいわね」

 

 そう言って、私とブイちゃんの最後のバトルがスタートした。

 相手のポケモンに合わせて、飛び込んで、跳ねて、そして躱す。それでも危ないようであれば、指示を飛ばしてブイちゃんがそれに従って動きを変える。まだ、私が一人で立てていた頃と変わらない姿がそこにはあった。懐かしくて、嬉しくて、楽しくて、涙が出るのならきっと流していたのだろうと思う。

 胸の奥にしまい込もうとしていた言葉が、ついこぼれてきてしまいそうになる。きっと願えば叶うかもしれないそんな言葉。

 

 ──あぁ、ずっと、このままで……

 

 でも、それは飲み込んでしまうべきだ。生者には今を生きる義務があり、この世のものでない私はそれを妨害してはならないという言う責務がある。そう、誰もが自身の役をこなさなければならない。それが、どういった役で悲しみに胸が張り裂けてしまっても。

 

 ずっと続くと思えるような、永遠で一瞬の時間の後。終わりが足音を立てて近づいてくる。

 

 「ブイちゃん!!」

 善戦を繰り返してきたブイちゃんが、ふらりと崩れ、そこにトレーナーさん達の決め技が炸裂した。それにより、勝敗は決した。……かのように見えた。

 しかし、ブイちゃんは私の声に呼応するかのように持ちこたえ、傷だらけの体のままに、再び立ち上がった。その闘志は完全に消えずに、指示を乞うかのように、私を見た。

 

 その姿を見て、私は居ても立ってもいられずに駆けだした。触れないと分かっていながらも、抱きしめようとする動きを止められなかった。

 

 「ありがとう、もういいの……もう充分に貰ったわ。もう、大丈夫だから……っ!!」

 「もう、あなたは自由に生きて……!」 

 

 そうしてブイちゃんは、安心したかのように気を失った。

 

 

 

 バトルの後、トレーナーさんにきずぐすりを使って貰いながらも、話しかける。

 

 「私の寝室のソファー前のテーブルの上に、古いモンスターボールがあるわ」

 

 それがブイちゃんのボール、と、トレーナーさんに伝え、持ってきて貰う。

 トレーナーさんが持ってきた古い傷があちこちに残るボールを、懐かしい想いで眺めた後、トレーナーさんに伝える。

 

 「それで、あの子を、ブイちゃんを捕まえてみて」

 

 まだ生傷が残る彼は、自分が戦った相手を見て、そして、こちらを見た気がした。

 だから、私は、何も言わずにただ、頷く。

 

 トレーナーさんがボールを投げる。それは正確に彼を捉え、そしてボールの中に納まる。そのボールは、長らく使われて居なかったカーペットを転がり、二、三度揺れ、そして、かちり、と音がして止まった。

 

 その光景を眺めていた私は、ふっ、と全身の力が抜けていく感覚に囚われる。

 ──あぁ、行く時が来たのだ。と直感で確信する。

 

 「ずっと心残りだった」

 「病で倒れてからずっと、傍に居て、とあの時掛けた言葉が、その子の、のろい、になってしまったのではないかと」

 「よかった……よかった……っ!」

 

 ずっと、一緒だった。ずっとずっと一緒にいると思っていた。

 ただ、亡者は生者には本来干渉してはならない。

 

 私《ゴースト》は、ブイちゃん|(ノーマルタイプ)には触れない。その逆もそうだ。

 

 それで、いい。それがいい。 

 

 『これで、安心した』

 『あの子のこと、よろしくね』

 偶然訪れてくれた、小さな来訪者。その子に託す。そんなストーリーもきっと悪くない。

 これから未来へブイちゃんを連れて行ってくれるトレーナーさんに言葉を贈る。

 

 The night is long that never finds the day

 

 『私の好きな一節よ。色々とありがとう、トレーナーさん。そしてこれからもよろしくね』

 『ワトスン君のように、良き相棒になってくれれば嬉しいわ』

 『ブイちゃんをかわいがってあげてね』

 

 そして、ボールを飛び出してきた、ブイちゃんをもう一度撫でてみる。

 手はすり抜けた、それでいい。それでいいのだ。

 

 きっと、この子を送り出す為だけにここに残っていたのだから。

 だから、言うべきことは一つだけ。

 

 『God bress you.』

 

 ──行ってらっしゃい。私の大切な大切な家族。

 

 どうか、良き旅を。

 

 

 

 

 

 程なくして、ガラルに新しいチャンピオンが誕生した。

 その傍らには、年上風を吹かすイーブイの進化系が居たらしい。

 

 アーマーガアがそう綴られた号外を運んで、空を掴んで飛んでいく。

 誰かに、その旅路を伝える為に。


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