そして、南は敦賀から姫路へは新快速223系に乗って姫路へやって来た。
姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市にある日本の城。江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、国宝や重要文化財に指定されている。また、主郭部を含む中堀の内側は「姫路城跡」として国の特別史跡に指定されている。また、ユネスコの世界遺産(文化遺産)リストにも登録され、日本100名城などに選定されている。別名は白鷺城と呼ばれている。姫路城は播磨国飾磨郡[注釈 1]の、現在の姫路市街の北側にある姫山および鷺山を中心に築かれた平山城で、日本における近世城郭の代表的な遺構である。江戸時代以前に建設された天守が残る現存12天守の一つで、中堀以内のほとんどの城域が特別史跡に、現存建築物の内、大天守・小天守・渡櫓等8棟が国宝に、74棟の各種建造物(櫓・渡櫓27棟、門15棟、塀32棟)が重要文化財に、それぞれ指定されている。1993年(平成5年)12月にはユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。この他、「国宝五城」や「三名城」「三大平山城・三大連立式平山城」の一つにも数えられている。姫路城の始まりは、1346年(南朝:正平元年、北朝:貞和2年)の赤松貞範による築城とする説が有力で、『姫路城史』や姫路市ではこの説を採っている。一方で赤松氏時代のものは砦や館のような小規模なもので、城郭に相当する規模の構築物としては戦国時代後期に西播磨地域で勢力を持っていた小寺氏の家臣、黒田重隆・職隆父子による築城を最初とする説もある。戦国時代後期から安土桃山時代にかけて、黒田氏や羽柴氏が城代になると、山陽道上の交通の要衝・姫路に置かれた姫路城は本格的な城郭に拡張され、関ヶ原の戦いの後に城主となった池田輝政によって今日見られる大規模な城郭へとさらに拡張された。江戸時代には姫路藩の藩庁となり、更に西国の外様大名監視のために西国探題が設置された。城主が幼少・病弱・無能では牽制任務を果たせないので、大名が頻繁に交替して城主に成っている。池田氏に始まり譜代大名の本多氏・榊原氏・酒井氏や、親藩の松平氏が配属され、池田輝政から明治新政府による版籍奉還時の酒井忠邦まで約270年間、城主は6氏31人(赤松氏から数えると約530年間、13氏48人)が務めた。明治時代初期に陸軍省の管理下に入ったが、まもなく民間に払い下げとなり、競売で23円50銭で神戸清次郎に落札されたが、その後に権利が放棄されたらしく、国有に戻っている[18]。その後は陸軍兵営地となり歩兵第10連隊の駐屯地として使用され、兵舎増築のため本城、向屋敷、東屋敷等が撤去された。年を経るごとに腐朽が進んでいたが、陸軍の中村重遠工兵大佐の働きかけによって大小天守群・櫓群などを名古屋城とともに保存する処置が取られ、その後また腐朽が進むと市民の間から衆貴両院に修復工事の陳情が行われ、議会の決議により国費9万円をもっての「明治の大修理」が行われた。この大修理を機に市民の間から陸軍省から姫路市への払い下げと城を公開することを求める声が強まり、姫路市会の決議を経て1914年(大正3年)に、軍用地を除き姫路市への無償払い下げが決定し、公開されることなった。史蹟名勝天然紀念物保存法に基づき1927年(昭和2年)には姫路城は史跡に指定され、1931年(昭和6年)に姫路城天守閣が国宝指定を受けた[22]。太平洋戦争中には姫路も2度の空襲被害があったものの、大天守最上階に落ちた焼夷弾が不発弾となる幸運もあり奇跡的に焼失を免れ、現在に至るまで大天守をはじめ多くの城郭建築の姿を残している。「昭和の大修理」を経て、姫路公園の中心として周辺一帯も含めた整備が進められ、祭りや行事の開催、市民や観光客の憩いの場になっているほか、戦国時代や江戸時代を舞台にした時代劇などの映像作品のロケーション撮影が行われることも多く、姫路市の観光・文化の中核となっている。姫路市は2021年12月、ふるさと納税で3000万円以上を寄付した人への返礼として49人目の「城主」として迎えるプランを発表し、2022年3月19日に専用ヘリコプターでの入城して「永久入城権」を受け取るなどするイベントが開催された。また、明治時代に焼失、解体された、三の丸御殿、櫓、門、土塀の木造復元計画があるが予算の関係で進んでいない。
「おーい、達仁。」
「おお、善子。」
「久しぶりね、南さん。」
「おお、梨子ちゃんも来ていたのか。」
「うん。」
「あれっ、そう言えば花丸は。」
「ずら丸ならあそこよ。」
「あっ、そこに居たのか。」
と、南は言った。
そして、南と善子と花丸達は姫路城を観光した。
「すごく長めがいいずら。」
「ずら丸もね。」
そして、南は善子と花丸に写真を撮った。
一方、特捜班では。
「この重傷を負った長瀬巡査長は、夜間のパトロール中に襲われ拳銃を奪われたそうです。」
「ほう、犯人は警官を見たら逃走して、そこで襲って拳銃を奪って逃走したんだね。」
「つまり、犯人はタクシーに乗ってそこから最終新幹線か夜行列車に乗って逃走している可能性が高いですね。」
と、梶山は高山と高杉に言った。
「班長、恐らく警察に対する恨みによる犯行ではないでしょうか?。」
「おお、それも考えられるな。」
「ええ。」
そして、いよいよ
SLやまぐち号が登場します。