高地にしては珍しく、風がなく穏やかな気候だ。集落にある竜を解体する広場の小屋で、ディエゴたちは細長い黄褐色の棒を削っていた。
彼らがナステカ島に来て、すでに一五日近く経っている。その間にも、散発的に襲来する落ち子のドラゴンを倒すために、何度も出撃を繰り返していた。
もはや集落におけるディエゴの名声は揺るぎないものになっていた。だがその一方で、足りなくなってきたものもある。その一つが火薬だ。
ドラゴンの腎臓から煮出したものと、竜脂を混ぜて乾燥させた竜薬。それに硫黄を混ぜると、粘土状の火薬が手に入る。ただ、そのままでは使えない。火を付けても派手に燃え上がるだけだ。適切な細かさに切り分け、火が回る速度を調整してやる必要があった。
風通しの良い小屋で、ディエゴ、イザベル、オセロの三人は仲良く車座になり、火薬をナイフで削っていく。
シャリ、シャリ、という静かな音だけが鳴っていた。小指の爪よりも小さな削片が、金の小皿に落される。
「イザベル、お前やけに手際が良いな」
イザベルはお面のような無表情で、高速で手を動かしていた。ナイフの先が残像を残している。完璧な大きさの削片が金の皿に山のように積もっていた。
「……はっ! すみません、集中してました!」
「ああ、邪魔してすまん」
「いえいえ、大丈夫ですよ。へへへ、騎士団でものすっごく削りましたからね。たぶん王都で一番上手い自信あります!」
「プロの小間使いだな」
ディエゴは疲れの滲む顔をした。才能を見込んで送り出した愛弟子が、この有様である。仕方のないことだった。
「こんなに手を掛けて作ったものをバンバン撃ってたんだね」
オセロがゆっくりと息を吐きながら眉間を揉む。
「その価値がある火力を出せるからな。にしても、最近はデカい個体が多いせいで、イザベルの火力不足が目立つが……。そのうち新式の銃でも仕入れるか? せめて薬莢使うモンに変えた方が良いだろ」
ディエゴの言葉に、イザベルは唇を尖らせた。
「嫌ですよ。今、ここの職人《カマヨ》が金弾を作ってくれてるんですよ。火力の問題も解決です!」
金弾のような高級品は、新人竜騎士ごときでは手が届かないものだった。それがようやく手に入るのに、金弾を使えない薬莢式に取り替えるのは、イザベルにとって受け入れがたいようだ。
「金弾の威力は高いが射程が落ちるぞ。もっと接近戦を出来るようにならねえとな」
「至近距離戦闘は怖いです。ちょっと離れれば空振りする距離までが限界です。なんなら、もっと遠距離から、目とか首をパーンとしたいです」
「そこのドラゴンライダーから勇気を分けてもらえ」
水を向けられたオセロは頷いた。
「よそ見したらどーん、で良いんだよ」
「頭ドラゴンですか?」
「ご飯から塩抜きにするよ」
「それだけはご勘弁くださいいい!!」
イザベルは半泣きでオセロに縋り付く。オセロはせっかく削った火薬がこぼれないように、慌てた様子で頭上に掲げた。
その様子を眺めながら、ディエゴは火薬を一発分ずつ薬包紙に包んでいく。
「とにかく、近接戦闘に慣れておくのは必須だ。絡むように飛んでりゃ、乱戦でも他のドラゴンから狙われづらくなる。王島が落されりゃ、島を喰って成長した竜星軍がここにも来るぞ」
イザベルはオセロの胸元に顔を埋めながら頷いた。もごもごと籠もった声で言う。
「簡単に鱗破壊できるドラゴンライダーが羨ましいです」
「ドラゴンライダーに向いてる体じゃねえよ。無いものねだりは虚しいぞ」
小柄な者はワイバーンライダーが向いており、大柄で力自慢な者がドラゴンライダーに適している。唯一の例外は、大量の火薬を消費して大火力を実現した、レオン将軍くらいものだろう。
オセロは絡んでくるイザベルが鬱陶しくなったのか、髪を掴んで引っ剥がした。目を細め、広場の先を注視する。
「あれ? 職人《カマヨ》のおじさんが走ってきたよ」
「ああん? そんなドタバタするタチの人間じゃねえだろ……本当だ」
常に機嫌が悪そうな顔で、黙々と作業をしている中年男性。それがこの集落が抱える唯一の職人《カマヨ》につけられた評価である。
それが露骨に焦りを顔に浮かべ、全力でディエゴのところに走ってきていた。
「おいおい、どうした?」
ディエゴが大声で問いかける。職人は顔を空を指さした。
「ワイバーンが飛んできている! 旗を引いているぞ!」
「旗!? 何色だ!?」
「黄と緑の二色だ!」
ディエゴとイザベルの表情に緊張が走る。
「王国旗じゃねえか……」
「竜星軍の救援要請でしょうか?」
「その可能性が高いだろうな」
オセロの表情にも緊張がうつった。
「どうするの? カスティラ王国を助けに行くの?」
「まずは話を聞く。陛下から直々の要請――それも、イザベルの名誉回復と第二の処罰がセットなら、少しくらいは力を貸してやるさ。だが、どれかが欠けているなら、回れ右でお帰り願う」
飛んできた二頭のワイバーンたちは、どこに降りるべきか探すように、空中をゆっくりと蛇行していた。速度を落したせいか、少しずつ高度も下がっている。上手く上昇気流を捕まえられていない。
「人里の上に差し掛かっていて、旋回なしで高度を下げるなんてな。躾けがなってねえ竜騎士だ。こっちからお知らせしてやろうか」
ディエゴは削ったばかりの火薬と鉛玉を、単発式リボルバーに詰めた。単発式故に、回転弾倉そのものが巨大な薬莢のように機能する。
小屋から出ると、ランタンに緑の火を灯す。慎重に狙いを定め、発砲した。先を進むワイバーンが、驚いたように首を反らせる。
イザベルは自分の銃に弾と雷管を嵌めた。
「戦いになるでしょうか?」
「ならねえよ。向こうは頭を下げるしかねえ。下げたとて、って感じだが……」
ディエゴの視線が揺れる。背負うものが多かった男だ。
緑のランタンを目指し降下してくるワイバーンと、生身のディエゴが対峙した。
◇
降下してきた二頭のワイバーンは、つんのめるように広場に降りた。不格好に翼と脚をばたつかせ、地面に擦るようにしてようやく停止する。
乗っていた竜騎士は背中から放り出され、ごろごろと転がった。
傷だらけだ。
ワイバーンは水色の鱗がひしゃげ、どす黒い血を垂らしている。地面に突っ伏す竜騎士も、飛行帽を失っており、耳と頬が青黒く変色してしまっていた。
竜騎士たちは体を震わせながら、どうにか上半身を起こす。息も絶え絶えの様子で座り込みながら、目の前に仁王立ちするディエゴを見上げた。
「ディ、ディエゴか?」
「所属を言え」
「カスティラ王国第二竜騎士団だ」
ディエゴの目が細められる。まるで値踏みするかのように、第二の竜騎士の頭から爪先まで視線が往復した。未だ銃口から煙を吐き出している拳銃の先を、竜騎士の頭にぴたりと合わせる。
「立て、休むな。礼儀がなってねぇ。俺は第一竜騎士団を名誉除隊している。お前ら第二のヒラが座って話していい相手じゃねえぞ」
「なっ、み、見てわからないのか? こちらは異常発生しているドラゴンに追い回されながら来たんだぞ。そんな状況じゃ――」
「ここは敵地だ。見てわからねえのか?」
第二の竜騎士は周囲を忙しなく見回した。
イザベルは座った姿勢で片膝を立て、抱えるようにパーカッションロックのマスケット銃を構えている。オセロは警戒する猛獣のように、背中を丸め脚に力を溜めていた。
竜騎士たちの顔から血の気が引く。慌てて立ち上がった。
彼らは脂汗を流しながらも、精一杯の虚勢を張るように、あごをツンと持ち上げながら言う。
「竜騎士ディエゴよ。第二竜騎士団長エルナン・デ・バルボア閣下より出頭命令が下っている。来たる竜星軍に備え、即刻王都に戻り、第二竜騎士団の指揮下に入るように」
銃声が響いた。出頭命令を伝えた竜騎士の右耳が血煙と化す。竜騎士は耳があった場所を手で押さえ、のたうち回った。
「ああああああっ!? なんで、なんで!?」
「そりゃ、なぁ?」
ディエゴは肩をすくめ、再び弾を装填する。
「俺の耳にナメた言葉吹き込んだんだ。これでだいたい帳尻が合う」
「ぐぉぉぉぉ、や、野蛮な……!」
「昔の陛下も、こんなことよくやってたぜ。気にくわねえ奴を片手間に撃つことを、権力って呼ぶのさ。突き詰めりゃ、こいつが『高貴』ってモンになる」
けらけらと笑いながら、まだ熱い銃身にキスをした。
竜騎士たちは目を白黒させていたが、やがて怒りに顔を赤く染める。
「く、下らない理屈を捏ねるな! 王都の遙か上空に天雷が観測された! かつてない規模の竜星軍が来ることは間違いない。陛下や、お前が目を掛けていたスラムが、どうなったって構わないと言うのか!」
基本的に、雨雲とは島の下に存在しているものだ。故に、雷も島の下で観測されるものだった。唯一の例外が、島落としのように強大な竜が引き連れる積乱雲である。
天に雷が見えるということは、複数の島落としが行動を共にしながら、宙から落ちてきている証だった。
ディエゴは表情を変えない。それどころか、もう一発撃った。
「あーあ、反省って言葉を知らねえから連帯責任になっちまった」
もう一人の竜騎士まで片耳を失った。話が通じないディエゴの様子に、尻餅をついた竜騎士たちは目を見合わせる。
「わざわざご足労頂いてすまねえんだが、お前らじゃ格が足りてねえよ。俺を動かす為に必要な、何もかもが用意できてねえ。帰ってバルボアの面汚しに伝えとけ。『喧嘩を売ったら、怒りを買うことが出来ました』ってな。交易大成功だ、胸張って帰んな」
ディエゴは容赦なく蹴り飛ばした。竜騎士たちはよたよたと覚束ない足取りで後ずさる。流血の止まらない側頭部を一生懸命に押さえながら、ワイバーンに跨がった。
「こ、後悔することになるぞ、覚悟しておけ。今に第二が大規模外征部隊を組んで、お前ら野蛮人なぞ――」
「うるせーよ。口角に泡溜まってんぞ。ぶくぶくぷんぷんって感じだ」
「くっ、今に見ておけ」
竜騎士たちは手綱を振る。しかしワイバーンたちは嫌がるように首を振った。執拗に手綱を振り続けると、ようやくのろのろと羽ばたき始める。ワイバーンたちは風を掴めていない不安定な姿勢で飛び立った。
ディエゴは遅すぎる飛翔を見送りながら呟く。
「ありゃ、辿り着けねえだろうな。ドラゴンに会わなくても墜ちる」
状況が落ち着いたことを察したイザベルが駆け寄った。
「師匠、あれで良かったんですか?」
「ああ。あいつらの手土産になってやる必要はねえよ」
「で、でも」
ディエゴは拳銃をホルスターにしまうと、イザベルの髪をぐしゃぐしゃと撫でる。
「良いんだよ。俺は、第二の救援には行ってやらねえ。あいつらは、お前の名誉を貶めたんだ」
続けて駆け寄ってきたオセロが、不安に揺れる瞳でディエゴを見た。ディエゴはオセロに手招きをする。
「なぁ、オセロ。頼みがある」
「……なに?」
「お前さんが飛ぶときに使ってるジャッカルの被り物。あれ、貸してくれねえかな」
「なんで?」
ディエゴは真摯な目で、オセロと向かい合った。
「ダチがいるんだ。サンチョっていう、変な奴だ。頭が良いのに馬鹿で、誰かのために頑張るのが楽しいっていう、大阿呆だ」
「その人を助けに行くの?」
オセロの目の端に涙が浮かぶ。それを、ディエゴの指先が拭った。
「助ける。だが、今の俺の心がどこにあるのか……俺がどこの戦士なのか、誰の目にも分かるように示してやる。だから、ジャッカルの帽子を貸してくれ。サンチョを助けたら、必ずここに帰ってくる」