竜騎士、ナステカへ行く   作:乾茸なめこ

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15 風に乗る

 王都上空。東の空を飛ぶのは、ただ一騎のドラゴンライダーだけだった。

 ペドロの駆るドラゴンが、風に翻弄されながら上を目指す。

 

 渦巻く積乱雲の中から、同じように風に揺れる小型のドラゴンが落ちてきた。ペドロは緊張した手つきでライフルを構える。

 ペドロの視線とドラゴンの視線が交錯した。軽い銃声が鳴る。ドラゴンの翼膜に小さな穴が空いた。

 

「逸れた、のかも……」

 

 呟きが漏れる。強い風とそれに抗う腕の力で、銃口が左右に揺れ続けていた。狙って撃つこと自体が難しい。さらに、銃身から飛び出した弾が横風に煽られ、あらぬ方向に飛んでしまう環境だった。

 

 ドラゴンに与えたダメージは、指の先程度の穴。小揺るぎもしない程度のものだ。それでも怒りを買うには十分だったらしい。

 口から炎を吐き出しながら、ペドロを目指し進路を変えた。

 

 ペドロは唇を引き結んだ。レバーを操作し、空薬莢を出す。次弾を薬室に送り込んだ。手綱を引き、ペドロのドラゴンも敵を迎え撃ちにかかる。

 両者のドラゴンが拳を握り固めた。

 

 人間など簡単に粉砕出来る巨体同士。その距離がぐんぐんと縮まっていく。ペドロの顔が引き攣った。

 

「う、うああああああ!!」

 

 目を大きく見開き叫びながら、片手で銃を撃つ。弾はドラゴンの額にめり込んだ。

 空戦は一瞬の集中力で雌雄が決する。

 意識が散った相手に、ペドロの騎竜が拳を叩き込んだ。互いの質量が乗った衝撃で、ドラゴンの首がねじ曲がる。

 

 東の空、先鋒として現われた小型ドラゴンは白目を剥き、力なく地上へ落ちていった。

 

「はぁ、はぁ、よくやった、よくやった!!」

 

 ペドロが騎竜の背を撫でながら、ドラゴンが落ちていった先を見下ろす。

 

「あ……」

 

 地上から、小さなオレンジ色の光点が幾つも上がってきていた。ようやく準備を整えた第二竜騎士団の面々だ。

 あっという間に高度を稼いだワイバーンライダーが、ペドロに親指を立てる。

 

「単独撃墜か? すげぇじゃねえか!!」

「あ、ああ。なんとか……」

「もしかすっと、余裕かもし――」

 

 その言葉が急にかき消えた。

 ペドロが慌てて同僚がいた方を見ると、竜騎士どころかワイバーンの姿まで消え失せている。

 

 その遙か下。地上に向かって羽ばたく、既に闘竜状態となった島落としが、長い前肢を振りかぶっていた。大きな手が、ワイバーンの首と竜騎士の体を握り込んでいる。

 

「な、なにが起きて……」

 

 捕まった竜騎士が頭をふらふらと揺らしながら呟いた。次の瞬間、島落としが急停止。握った竜騎士を地面に向け投げつける。地上で建物が一つ崩壊した。

 投げられた竜騎士は間違いなく死んでいる。

 

 ペドロは唖然とした。下にいた竜騎士たちは、急に同じ高さに表れた島落としに混乱し、逃げるように高度を上げてくる。

 

 数人の竜騎士が慌てた様子で、銃を下に向け引き金を引いた。一人が暴発させ、仰け反って竜の背から落ちていく。

 隊列なんてあったものじゃない。誰が誰と組むべきかすら判断できず、ランタンの軌跡が散々に入り乱れていた。

 

「島落としだ!! 島落としが出たぞ!!」

「囲め、ワイバーンライダーが行け!」

 

 誰かが叫んでいた。数騎が島落としを囲みながら散発的な銃撃を開始した。

 ペドロは震える手を数回握りなおし、銃のレバーを操作する。

 

「だ、ダメだ。距離を詰めないと有効打にならない……」

 

 隣に大柄なワイバーンが現われた。上には豪奢な装飾が施されたツナギを身につけた、太った竜騎士――エルナンが乗っている。

 

「ペドロ!! まさか島落としに挑むつもりか!」

「父上。行くつもり、です!」

 

 ペドロは一瞬の逡巡を乗り越え、言葉を吐き出した。

 

「やめろ死ぬぞ。つくづく愚かな息子だが、それでも唯一の跡継ぎだ。こんなところで死なれては困る」

「お言葉ですが父上、誰かがやらねばなりません」

「誰でも構わん。お前である必要がないだけだ」

 

 低空では、島落としが動きの鈍いドラゴンライダーを両手で挟み込み、至近距離から火炎を浴びせていた。赤く光る蒸気が吹き上がっている。

 近くを飛ぶ竜騎士たちの悲鳴が、風に引き裂かれた。散った音の破片がペドロの耳をちくちくと刺す。

 

「父上!! 誰がとか、死ぬかとかじゃありません!! 誰もが命を懸けるべきときです!! 竜星軍なのですよ!!」

 

 ペドロはぎゅっと目をつむり、叫んだ。返事を待たずに手綱を引く。

 

「あ、おい待て馬鹿者!!」

 

 急降下する騎竜の背で、ペドロは両手でしっかりと鞍の突起を握った。小さく呟く。

 

「馬鹿でもいいさ」

 

 上空からの急襲は、島落としの意識の外から決まった。

 騎竜が指を開きながら、すれ違いざまに島落としの翼膜を引きちぎる。バランスを崩した島落としが、くるくる回りながら地上へ落ちていった。

 

 墜落の音と同時に、幾つもの尖塔が砲声を上げる。神殿騎士団による必殺の圏内に叩き落としたのだ。

 

 地上すれすれで水平飛行に移ったペドロに、展開した歩兵部隊から歓声が上がる。

 ペドロは安堵の息を漏らしつつ、ようやく笑顔を浮かべた。

 

「やったぞ、やれる! 島落としでも倒せ……」

 

 彼の表情が凍り付く。空に居る仲間たちを見上げた、視線の先。雷で光る雲の中から、多数のドラゴンが降下してくる姿があった。

 中でも一際目立つのが、四つの巨体。

 

「島落としが、同時に……!?」

 

 空を飛ぶ第二竜騎士団、その数三四騎。

 降下するのは巨竜四頭に、中型ドラゴン一三頭。そして二〇を超える小型ドラゴンだ。

 

 ペドロは青褪めながらも、騎竜に上昇を命じた。脚だけで鞍を挟み、両手でチューブ弾倉に弾を込めようとする。

 震える指先から、弾薬がこぼれた。慌ててポーチから新しい弾を漁る。ガチガチと弾頭がチューブ入り口に引っ掛かった。

 

「くそ、くそっ。うああああ!!」

 

 経験したことのない風雨。迫り来る脅威。初めてまともに見る、同僚たちの戦死。

 体が次の戦いを拒んでいる。

 それでも、どうにかペドロは弾を装填しきった。

 

 エルナンの姿を見つけ、近寄っていく。まさにエルナンを襲おうとした小型ドラゴンに銃撃を浴びせた。

 

「父上! 隊を纏め直しましょう!」

「纏め直す!? どうしろと!?」

 

 周囲では次々と竜騎士が撃墜されていた。

 小型ドラゴンと格闘中に、横から大型ドラゴンに殴り飛ばされる。大型ドラゴンを牽制しているうちに、小型ドラゴンの急降下が直撃する。

 普段は竜騎士がドラゴンにしていることを、今まさにやり返されていた。

 

「エルナン様! エルナン様ーー!!」

 

 飛び回りながら助けを求める竜騎士。彼女が乗るワイバーンの両翼が、それぞれ別のドラゴンに喰らい付かれている。

 真上に現われた島落としが、しっかりと固めた拳を振り上げた。

 竜騎士は絶望の表情で上を見上げる。

 

「あっ」

 

 巨大な鉄拳が落される。宙に赤い霧が舞った。

 エルナンはがくがくと震えながら叫ぶ。

 

「撤退だ! 撤退するぞーー!!」

「父上、逃げ場などありません!! 竜星軍ですよ!? 戦争とは違います!」

「馬鹿か貴様は! 別の島へ行けばいいだけだろうが!?」

「王島を見捨てるのですか!?」

 

 エルナンは歯を鳴らしながらも、顔を真っ赤にしペドロを睨んだ。

 

「死んだ後の王島なぞどうでもよかろうが!! 島など幾らでもある!! 竜騎士の集団で行けばどこだって歓迎する!!」

「飛べない民は!」

「平民なぞ知るか! そこらの島に生える草木のようなものだろう!」

 

 逃げようと一方向に向かって飛び始めたエルナンに、勘の良い竜騎士たちが同調し始めた。皮肉にも、逃走という考えを共有したことで、崩壊した隊列が纏まろうとしている。

 

「ペドロ、お前も下らん理想論なぞ語ってないで逃げるぞ!!」

 

 ペドロは呼吸を荒くし、何度か目を強くつぶった。ゆっくりと震える手で、ライフルを父親に向ける。

 

「おい、待てペドロ!? 何を考えている!?」

「父上。敵前逃亡は死罪です」

「おかしくなったか!?」

 

 ぎりぎりと指に力を込めていたペドロだったが、急に銃の先を上げて斜め上を撃った。エルナンは首をすくめる。銃弾が飛んでいった先には、新手のドラゴンが待ち構えていた。

 逃げようとする第二竜騎士団の行く手を阻もうとするように、新たなドラゴンたちが降りてきたのだ。

 

 エルナンが叫ぶ。

 

「どいつもこいつも!! 下だ! 地上経由で王都を離れて逃げるぞ!!」

 

 第二の竜騎士たちは、次々と急降下を開始した。乱流渦巻く空にはペドロだけが取り残される。

 孤立した竜騎士を仕留めようと、周囲にドラゴンたちが集まり始めた。ペドロは逃れようと必死で飛ぶ。銃を後ろに向け、当てずっぽうに撃った。

 

「皆……そこまでなのか……! 父上も……!」

 

 漏らす言葉には、深い絶望が滲んでいた。

 若さ故に、ありもしない幻想に期待を寄せていたのだろう。

 怠惰であろうと、傲慢であろうと、誇りは残されていると思い込んでいたのかもしれない。貴族の嫡子――バルボアの嫡子であるからこそ。

 

 大きな影が、圧倒的な機動力でペドロの頭上をとった。闘竜状態の島落としが、無機質な目を向けている。

 

「はっや……」

 

 島落としが前肢を伸ばした。丸太ほどもある、巨大な爪が飛行帽に触れる。ペドロの瞳孔が開いた。

 

「終わり?」

 

 そんな疑問を、一条の火線が吹き飛ばす。

 黄金の軌跡が島落としの眼球にめり込んだ。砕けた弾体が、遠雷を弾いて煌めく。島落としが仰け反り、速度を落した。距離が離れる。

 

「生存者確認! 流れ弾に注意……って、私しかいませんでした、この空ではいつも通りですね!」

 

 地獄のような空で、底抜けに明るい声だった。

 飛行帽からはみ出した金色の髪をたなびかせ、ワイバーンの背に立つ少女がいた。

 

 イザベルが、乱気流などものともしない様子で、鞍の上に横向きに立っている。余裕のある手つきで、マスケット銃に火薬を押し込んだ。

 

「そこの竜騎士さん! 闘竜と戦うときにはですね! 風に乗るんですよ!」

 

 イザベルはどや顔で言い放つ。まるで自分の言葉のように、ディエゴの教えを引用した。

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