竜騎士、ナステカへ行く   作:乾茸なめこ

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16 天には闘竜、地には聖者

 イザベルは追ってくるドラゴンの集団を横目で見ながら、鞍を左足の爪先でトントンと叩く。意図を汲んだワイバーンが方向を微調整した。

 

 イザベルが飛ぶ方向、ドラゴンが進む方向、そして風の流れがぴたりと一直線に並ぶ。マスケットが火を噴いた。黄金の弾丸が、中型ドラゴンの鼻に飛び込んで行く。たった一発の中距離射撃でドラゴンが地に墜ちていった。

 

「ナステカ高地と違って、地形による風がないから楽ですね!」

 

 膝を曲げ、鞍にしっかりと体重を預けると、再びマスケットに弾を装填した。

 

「そこの竜騎士さん! 少し待ってくれたら、私の仲間が来ます! ドラゴンライダーなので誤射に注意してくださいね! ああ、あと……」

 

 イザベルはペドロの真下に潜り込み、手綱を掴む。

 

「そこの雲から飛び出してきますよ。軌道的に、そう回り込んでくるはずです」

 

 誘導されたペドロの騎竜が、大きく左に旋回した。さっきまで正面に見えていた雲の塊から、闘竜状態の島落としが飛び出してくる。

 ペドロは目を見開いた。

 

「なんで分かった!? 見えていなかっただろ!?」

 

 イザベルが小首を傾げる。

 

「なんでって。どこに何が、どんな向きで飛んでて、数秒後にどこにいるか。それくらい分かりませんか?」

「分かってたまるか!! そんなこと出来るのは、最強の竜騎士ディエゴくら……い……?」

 

 ペドロは口を開いたまま固まった。イザベルが何気ない口調で言う。

 

「師匠は意味不明ですよ。予測しないで勢いでやってるのか、予測してるのかわかりません。はい、次は右上行きます」

 

 的確な誘導によって、三次元的に襲ってくるドラゴンたちの間をするすると抜けていく。その間にも射撃が行われ、数頭のドラゴンが錐揉みしながら墜ちていった。

 ドラゴンの位置関係のみならず、気流まで頭に入っていなければできない動きだ。

 

「じゃあ、雲に入って撒きます! というかアレですね。これだけドラゴンが多いと逆にやりやすいです。真っ直ぐ殺意を向けられる方が苦手なんですよね。睨み合いみたいなの、間合いがよく分からなくなります!」

 

 自分の手すら見通せない雲の中で、ペドロが恐る恐る問う。

 

「まさか、お前……イザベルか?」

「はい、イザベルです! もしかして私、有名人ですか?」

「有名ではなくて、その……」

 

 ペドロは申し訳なさそうな口調で続けた。

 

「僕は第二竜騎士団の、ペドロ・デ・バルボアだ」

「敵じゃないですか! 助けて損しました! ええと、ええと、殴って皮剥がすんでしたっけ……!?」

「か、勘弁してくれ! 申し訳ないことだったと反省している!」

 

 ナステカでの出来事を雑に記憶しているイザベルの発想に、ペドロの顔が青くなる。

 雲を抜けた彼らの前に、一騎のドラゴンライダーが現われた。銃ではなく、黒曜石の投げ槍を持っている。オセロだ。

 

「イザベル、敵って聞こえたよ! そいつ殺せばいいの!?」

「分かりません! 微妙なところです!」

「そうなの。じゃあ、終わった後にナステカ連れ帰って裁こうか!」

「はーい!」

 

 勝手に決められる運命に、ペドロの顔がくしゃくしゃになった。殴られて皮を剥がされる可能性が残っている。

 

 オセロは飛行の進路をイザベルに任せ、懐から湾曲した棒を取り出した。人間の前腕くらいの長さで、先端に鉤のような窪みが付いている。

 アトラトル――投槍器だ。人間の手より長いリーチで回転の先端速度を向上させ、押し出すように槍を飛ばす道具である。

 

「ドラゴンが多すぎるね。こんな数と戦うことないから、絶対に槍が足りなくなるよ」

「良いじゃないですか。ドラゴンライダーならパンチだけで倒せるんですから」

「殴るときには、殴られる距離にいるんだよ?」

「じゃあ、そのときは私が注意を引きますね!」

「お言葉に甘えようかな」

 

 オセロが隊列から離れる。狙って飛んできた中型ドラゴンと、オセロの騎竜が体勢を持ち上げる。お互いに腕を伸ばし、がっぷり四つに組み合った。

 アトラトルが唸った。射出された槍が、いとも容易くドラゴンの胸に突き刺さる。

 

「半端に知能がある中型は、牽制から入ってくれるから楽だね!」

 

 力を失ったドラゴンが、空を掴むように藻掻きながら墜ちていった。

 あっさりと中型を落したオセロは、誇るでもなく変わらない表情で隊列に戻ってくる。当然のことをしたまで、という様子に、ペドロは言葉を失った。

 

「な……な……」

「どうしたの?」

「げ、原始的な投槍で、空中で一撃……」

「そんなもんだよ」

 

 ペドロは冷や汗を流しながら、イザベルを見た。彼女もまた、平然としている。

 

「手早いですね。あとは問題といえば、アレなんですけどね……」

 

 イザベルがマスケットで指す先には、仁王立ちするように宙に浮く島落としの姿があった。腕が長く、まるで翼が生えた悪魔のようなシルエットだ。

 オセロが頷く。

 

「やるしかないね。けど、厳しそう」

 

 宙に残る三頭の島落としは、次々とドラゴンが落されていく姿をはっきりと認識していた。互いに助け合える近距離に集まり、下手に手出しをせずに様子を窺っている。

 

「一人一体でやるべきか、三対三でやるべきか迷いますね!」

「自信あるねえ。でも、ちょっと厳しいかもね」

 

 オセロがちらりとペドロを見た。ペドロは悔しそうに下唇を噛む。

 追放したはずのイザベルと、辺境の謎の戦士がこれだけ戦えているのに、彼は足手まといだ。所属している第二竜騎士団は、守るべき王島を見捨てて、情けなく地上を逃亡していた。

 

 誇れるものが何一つない。

 それどころか、島落としという厄災に挑むにあたって、彼が弱いことで作戦が定まらない。

 追放されたイザベルも、謎の原始的な武器で戦う戦士も、ペドロよりよほど強かった。その事実に、肩の震えが止まらない。

 

「うん。そこの竜騎士さんは、死なないように頑張って。二対三でどうにかしよっか」

 

 オセロの言葉は妥当なものだった。ペドロは弱々しく頷くことしか出来なかった。

 

 

 ◇

 

 

 歩兵部隊の勝ち鬨が響く。

 落ちてきた小型ドラゴンが建物から這い出る前に、投槍の雨を浴びせ、被害無く殺すことに成功したのだ。

 

 王は歩兵たちの様子をじっと見つめる。

 誰もが高揚し恐怖感が薄れているのが如実にわかる。だが、数人の兵が貧乏揺すりのように膝を震わせていた。

 

 疲労だ。

 ひどい緊張を強いる戦場。視界を妨げる雨。奪われる体温。何より、歩くだけで足を奪おうとする洪水によって、歩兵たちの体力は削られていた。

 

 再びどこかで竜が落ちる音がした。一発、二発、そして三発目。

 時間が経つごとに頻度が上がっている。

 王は東の空を睨んだ。

 

「案の定、東側から崩れ始めたな!」

 

 懐から異様に銃身が太い拳銃を取り出し、空に向けて撃つ。上空で強い光が迸った。信号弾だ。第一竜騎士団に、第二の瓦解を知らせるものである。

 

「ここは君たちに任せる! 私は東側の部隊に参加――!?」

 

 凄まじいダウンバーストに、王も歩兵も身を竦ませた。落ちてきた空気の塊が、道路を浸す水を押しのける。

 どん、と重たい音が響いた。

 

 深緑の鱗に、殴打を得意とする長い手足。人間など容易く蹂躙できる、二〇メートルの巨体。

 島落としが、歩兵隊の前に着地したのだ。

 東の空を散々に荒らした個体が、低空飛行で突っ込んできたのである。

 

「投げ槍放てぇぇぇぇえええええ!!」

 

 瞬間の判断。王が叫んだ。歩兵たちは目を見開きながらも、戦いで熱くなった体を動かし、一斉に槍を投げる。真っ直ぐに飛んだ一〇〇以上の槍が、島落としに殺到した。

 

 島落としが鼻から大きく息を吐き出す。まるで人間の足掻きを嗤っているようだった。

 翼を曲げ、翼膜で顔を隠す。地上に降りれば無用の長物となる翼に、全ての槍が突き刺さった。

 

 翼膜の端からゆっくりと片目を出す。眼球を覆う瞬膜が開いた。

 

「次、構え!!」

 

 王の号令が響く。明らかに知性を感じさせる防御に、兵たちの手は震えていた。

 

「まだだ、まだ放つなよ! 防御を解いて攻撃するときが唯一の勝機だ……!」

 

 幾たびもの戦役を乗り越えた王ですら、顔色が悪い。

 島落としが拳を振り抜く瞬間にだけ投げ槍が通る。一度動き出した大質量の攻撃が止まることはないだろう。つまり、狙われた誰かが確実に挽肉にされる。

 それが王だっておかしくはない。

 

 息が詰まるような睨み合い。均衡を崩したのは島落としだった。

 首を揺らしながら、グッグッと奇妙な音を鳴らす。遅れてバチャバチャと水面を叩く音が響いた。

 

 最前線で槍を構える歩兵が悲鳴を上げる。

 

「なんだこれ、油か!?」

 

 島落としを中心として、水面に黒い油が広がっていた。

 王が一歩後ずさった。

 

「油に触れた者は逃げろ!!」

 

 王の警告が届く前に、島落としの口から炎が吐き出される。それは水面を伝い、油に触れた兵を包み込んだ。

 

「うわあああ、熱い熱い熱い熱い!」

 

 叫びながら水の中を兵が転げる。それを一歩踏み出した巨竜が踏み潰した。

 炎に煌々と照らされた島落としが、じりじりと歩兵隊に距離を詰める。

 

「まずいね、これは。一か八かで白兵戦でもしようか?」

「へ、陛下。我々はどうすれば」

 

 恐怖と不安が伝播していく。彼らに残された希望は、偉大なる王だけだった。

 

「陛下!」

「お助けください陛下!」

「許可を、槍を放つ許可をください!」

 

 王はぐっと歯を食いしばる。

 視界の端では、別の巨竜が尖塔に激突していた。教会騎士団を巻き込み、防衛の要はがらがらと崩壊する。

 

 空の第一竜騎士団を呼べば、戦況は取り返しのつかないほど悪化する。西の空を彼らが守っているから、まだ戦いが成立していた。

 第二竜騎士団は既に瓦解し、頼れるものではない。

 近場の教会騎士団の砲台は破壊された。この場所に射線を通せる尖塔はない。

 そして手持ちの札では、島落としを倒す術がなかった。

 

「悪いね、君たち。命を懸ける以外に出来ることがない! 余と共に死んでくれ!」

 

 王は頭上に構えていた投げ槍を、腰だめに持ち直す。

 命一個で槍を一本突き立てる、捨て身の構えだ。

 

「うおおお、母ちゃん、母ちゃん……!」

「すまねえオレ帰れねえみたいだ」

「酒でも飲んどけば良かった!」

 

 兵たちは泣いたり叫んだりしながらも、槍を低い位置に構え直す。

 覚悟が定まらずとも、戦う気概だけはあった。

 

「次の一歩に合わせて突っ込むぞ……! 誰がどんな死に方をしようと、槍一本突き立てることだけを考えよ!」

 

 王の言葉に、兵たちは身を固くする。

 島落としの後ろ足に、ぐっと力が込められた。

 

 緊張の一瞬。そこに、もう一つの深緑が割って入る。

 島落としに匹敵する体格のドラゴンが、地を這う低空飛行で飛び込んだ。

 

 サンチョ司教が跨がるドラゴン――バアルのタックルが、島落としを吹き飛ばす。巨竜が首を曲げながらひっくり返った。

 仰向けになった島落としに、バアルが飛び掛かる。覆い被さるようにマウントポジションを取った。

 

「バアル、纏いなさい!!」

 

 サンチョの命令を受け、バアルが吼える。眼が爛々と輝き、全身の筋肉を怒張させた。

 より太くなった腕を、島落としに向け振り下ろす。ずん、と地面が揺れた。島落としの鱗が砕け、頬が凹む。

 左右の連打が島落としを砕き、その下の石畳すら破砕した。

 

 揺れる背の上で、サンチョが小さく手綱を振るう。

 

「止まりなさい、バアル」

 

 その一言で、バアルはピタリと静止した。息絶えた島落としの血が水面をゆらゆらと漂う。

 サンチョは歩兵隊に、柔らかな笑みを向けた。

 

「ご安心ください。主に代わり、私が地を這う皆様に力を貸します」

 

 王は複雑な顔で頭を掻いた。

 

「借りを作ってしまったな――教皇の刃、サンチョ司教!」

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