竜騎士、ナステカへ行く   作:乾茸なめこ

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3 第二竜騎士団

 王島中心部に位置する、砂岩と朱色のテラコッタに彩られた都市――カスティラ王国王都。

 この都市最大の特徴といえば、主要な建物に取り付けられた尖塔だろう。高さ二〇メートルを超える塔がそこら中に建てられている。

 

 第二竜騎士団の詰め所も例に漏れず、建物の左右に大きな塔を備えていた。

 建物入り口に向かって左側が、竜騎士を誘導する灯台。右側が野生のドラゴンを誘引する香を焚く塔である。今日このときも、強い風に煙をのせて大空に誘引剤をばらまいていた。

 

 塔に挟まれた大きな屋敷の最上階。執務室の分厚い窓ガラスから街を眺めながら、中年の男が若い女騎士を抱き寄せる。ねっとりとした手つきで尻を撫でた。

 

「砂嵐か……。うむうむ、まさにあの戦役を思い出すな。うむ」

 

 勿体ぶった口調で語り出したこの男――エルナン・デ・バルボアこそが、第二竜騎士団団長である。

 王都の気候は乾燥しているというのに、脂ぎった前髪がべたべたと額に貼り付いていた。

 

「まぁ。大変ご活躍されたというアンダルスでの……!」

 

 女騎士は媚びた声を出す。エルナンはにちゃりと上の唇だけをめくるように微笑んだ。二本の前歯だけ飛び出し、まるで齧歯類のようである。

 

「酷い戦いだった。激しい撃ち合いで、空中で弾が切れてしまってな。それでも敵は元気に飛んでいる。そこで私はマスケットに銃剣を取り付け、ぐさーーっと! なはは!」

「流石ですわ!」

 

 嘘である。

 戦場の低空を怯えながらふらふらと飛んでいたら、若かりしディエゴが蹴り落とした敵の騎士が落ちてきて、持っていた銃剣に刺さったという、偶然と奇跡の産物だ。

 それ以来、この戦果を自慢し続けて三〇年になる。

 

 部屋の隅に立つ、まだ十代で線の細い青年が冷め切った目でそれを見ていた。

 青年はエルナンと似たデザインの、豪華なマントを羽織っている。ペドロ・デ・バルボア。エルナンの息子であるが、カエルの油漬けのような父とは違い、金髪碧眼の美青年であった。

 

「父上。よろしいですか?」

「なんだ。言ってみろ」

 

 エルナンは振り返りもしない。

 

「竜騎士イザベルの追放は、早計だったのではありませんか? そもそも彼女は勤勉で、かつ優秀だったように思えます。それに常に出撃していた彼女が横領の罪を犯す時間はありませんでした」

「堕落した者が常に出撃しているのであれば、いくらでも自由な時間があるではないか」

「では、誰がドラゴンを迎撃していたというのですか?」

 

 ペドロは鋭く問う。だが、返ってきたのは小馬鹿にしたような声だった。

 

「スラム上がりの汚い小娘に何ができるんだ? ありもしない戦果を誇る嘘つきが横領していても、何もおかしなことはない」

「詭弁です」

 

 ようやくエルナンは振り返った。隣の女騎士もペドロを見る。二人とも薄ら笑いを浮かべていた。

 

「ペドロ。お前が鶏のような娘が好みだったとは知らなかった。これは悪いことをしたなぁ。だが、スラム上がりはいかん。股間に貧乏くささが伝染る」

「品のないことを……!」

 

 ペドロの顔が赤く染まり、額に血管が浮く。言葉が喉に詰まったように、歯を噛みしめた。

 女騎士が舌っ足らずな声を出す。

 

「ですけどぉ、雑用がいなくなったのは大変ですわ」

「そんなものは下男を増やせば良いのだ」

「それもそうですわね。みすぼらしい貧民が竜騎士に混ざっていると、格が落ちて見られますもの」

 

 もうこの場にいないイザベルを見下すような発言をする女騎士。しかし、その表情に浮かんでいるのは安堵だった。

 貴族なのに貧民より劣るなど有り得ない。イザベルを追放して以来、第二竜騎士団に流れる空気は「安心感」という仮初めの穏やかさだった。

 

 エルナンはちょろりと伸びた口髭を引き伸ばしながら笑う。

 

「第二竜騎士団の名を汚し、盗みを働いた。これだから卑しい身分の者は取り上げるべきでないな。うむうむ。今頃は己の罪を悔いながら、ナステカへの空を飛んでいることだろう。なはは!」

 

 ペドロは肩を震わせながら俯き、堪えていた。

 乾いた声を絞り出す。

 

「もし……もし、竜星軍が起きたらどうされるつもりですか? 今の第二竜騎士団では……」

「ふん。あんなもの、そうそう起きるものではない。お前が長生きしたときにでも考えるといい」

 

 話は以上だとばかりに、エルナンはあごをしゃくった。ペドロは小さく首を横に振りながら扉を開ける。

 入れ替わりに、部屋に竜騎士が入った。顔が青ざめている。

 

「団長、報告が!」

「なんだ?」

 

 竜騎士は上ずった声で言った。

 

「追放刑のイザベルに付き添い、『最強の竜騎士』ディエゴが王島を出ました! 一緒にナステカに向かうものと思われます!」

「なにぃ!?」

 

 エルナンの目が見開かれる。部屋から出ようとしていたペドロも足を止めた。

 

「いかがなさいますか!?」

「引き留め――いや、そのまま行かせろ。平民ディエゴめ、自分からナステカに行ってくれるとはな。なはは、はははは!」

 

 最初は驚きを露わにしたエルナンだが、すぐに喜色を露わにした。

 ディエゴと同じ年に騎士団に入ったエルナンは、薄暗い目で笑う。その声を背中で聞きながら、ペドロは小さく呟いた。

 

「取り返しのつかないことになるぞ……」

 

 扉から離れたペドロは、傷とマメの多い手で廊下の窓ガラスに触れる。

 砂が舞う王都の空はいつもどおりに、塗りつぶしたような青色をしていた。ただ、一点。大きなキャンバスを針で突いたように、黒い染みがある気がした。

 

 ペドロの目に見えたのは一瞬のこと。まるで幻だったかのように、砂のベールが隠してしまう。

 

「僕は何をすれば……」

 

 青年の苦悩は、吹き荒ぶ風にかき消された。

 

 

 ◇

 

 

 ディエゴとイザベルは数日間かけて幾つかの島を渡った。王島から遠ざかるにつれて都市は村落へと変わっていき、竜騎士を誘導する尖塔の数も減っていく。

 ついに宿が一軒しかない島で夜を明かした彼らは、まだ日も昇らないうちに、ワイバーンにドラゴンの死骸と水を与えて出発の準備を整えていた。

 

 ワイバーンはドラゴンの心臓を好んで食べる。

 青いワイバーンは遠慮するように、赤褐色のワイバーンが食べ終わるのを大人しく待っていた。赤褐色のワイバーンはちょうど半分だけ食べ、口周りを舐めながら空を見上げる。青いワイバーンは喉を鳴らし、残された心臓を丸呑みした。

 

「一緒に行動してる期間は短いのに、序列みたいなもんあるのな」

 

 ディエゴはドラゴンの腎臓を、紐で鞍の後ろにぶら下げる。こうしておけば、飛んでいる間に乾燥させられるのだ。

 マスケット銃を手入れしていたイザベルが顔を上げた。

 

「体色でおおよその階級みたいなものがあるらしいですよ?」

「最近の研究ってやつか」

「騎士団厩舎の下男からあがってきた報告なので、まだ検証されていないみたいですけどね」

「ほう。あいつら、いい目を持ってるからな。だいたい正しいだろ」

 

 動物の世話が上手い人と下手な人の違いは、観察力とエゴだ。動物に好かれる人は、しっかりと相手を観察し、自身の気分を押しつけない。騎士団に雇われている下男たちは、そのような者たちであった。

 

 ディエゴはぼろ布でワイバーンの口周りを拭うと、ひらりと飛び乗る。

 

「弾詰めたら飛ぶぞ」

「はーい!」

 

 イザベルは薬包を噛みちぎると、銃口から火薬と弾丸を押し込み、最後に丸めた紙を棒で突き込んだ。急ぎ足で騎乗する。

 飛び立った彼らの視線の先には、まだ島の影は見えない。

 

 

 

 

 太陽が中天に差し掛かった頃、ようやく朧気にナステカ島の輪郭が見えてきた。

 宙に浮かぶ島々は、天然の雨雲よりも高い位置にある。だというのに、島の上には真っ黒な積乱雲が差し掛かっていた。

 スリットのゴーグル越しにそれを見たディエゴが、喜色の滲む声で叫ぶ。

 

「おいおい、上位竜じゃねえか!」

「雷管はめます!」

「おう、空戦用意! 低空迎撃戦だ、横に撃てよ!」

「水平空戦は長くなるから嫌いなんですよね……!」

 

 イザベルは口をへの字に曲げながら、マスケットの後ろ側に小さな金属製のキャップを嵌めた。中に火薬が詰まっており、これをハンマーが叩くことで発火する。その炎が銃身内部の火薬に引火し、銃弾が飛び出す仕組みだ。

 旧式のライフルだが、まだ未熟な薬莢式のライフルよりも不発が少ない。

 

「のんびり辺境生活の始まりだ。空戦ものんびりやろうぜ!」

「ナステカ島ですよ!? のんびり出来る訳ないですよ!?」

 

 イザベルの悲鳴を置き去りに、ディエゴは速度を上げた。

 ワイバーンの大きな翼が風を打ち付けるたびに、加速度的に島と積乱雲に近づいていく。ディエゴのツナギに、ぽつぽつと水滴が浮かび始めた。

 

「すげぇ湿気だ……。薬室掴んでおけ、水入れるなよ!」

「はいぃぃ!」

 

 二人の声が少しだけ小さくなっていた。気圧が下がっている。

 イザベルは腹に力を込め、声を張り上げた。

 

「目標観測! 上位ドラゴン、体色は緑です! 迎撃している竜騎士一名発見、ドラゴンライダーです、誤射に注意してください!」

 

 迫る嵐を前に、イザベルは竜脂の入ったランタンに雷管を入れ、火付け木で強く叩く。軽い破裂音の後、オレンジ色の光が灯った。同様に、ディエゴも緑の光を放つ。

 

「緑。『島落とし』だな。気合い入れてけ! 騎士団で変なクセついてないか見てやるよ!」

「何も教わってないから大丈夫ですよ!」

「はっ、そいつはいい! 不幸中の幸いだな!」

 

 ワイバーンが体色によって序列を定めるように、ドラゴンにも体色の区別がある。

 最も小さい個体が黒色、次が水色。そして大きく成長するにつれて深い緑色に変化していくのだ。

 前方に見えているような、苔に似た濃い緑色のドラゴンは、既に島を破壊できる力を有した成体のドラゴンである。故に、島落としと通称されていた。

 

 手足が長く、より地上での行動に適応した姿。ゆっくりと羽ばたきながら、前肢の拳を握り固め、格闘戦の構えを見せている。

 現地のドラゴンライダーはその周囲を旋回しながら、隙を窺っていた。体色は水色。まだ若く小柄なドラゴンであり、正面からの殴り合いでは不利を強いられる。

 

「突入します!」

 

 イザベルが騎乗する青のワイバーンは、大きく胸を膨らませた。

 島落としとドラゴンライダーの間に割り込み、口腔から火炎を吐き散らす。突然の目眩ましに、島落としは宙返りしながら距離を取る。

 銃声が響き、島落としの頭部で火花が弾けた。

 

 ディエゴは敵意を持っていないことを示すように、大きく両手を挙げながら、現地のドラゴンライダーに近寄る。

 

「無所属の竜騎士だ! 島落としが相手だ、助力する!」

「助力に感謝するよ!」

 

 警戒しながらディエゴの接近を見ていたドラゴンライダーは、投擲用の手斧を下ろした。

 

 ディエゴたち以上に風変わりな格好の女だった。

 ジャッカル頭の毛皮を頭巾のように被り、体には大きな山猫――オセロットのポンチョを羽織っている。下半身には鮮やかな多色のスカートを身につけていた。

 大きな目と薄い唇、褐色の肌だけがジャッカルのアゴの間から覗いている。

 

「俺はディエゴ。元カスティラ王国所属の竜騎士だが……今は旅人みたいなもんだ」

「カスティラ王国……聞いたことあるようなないような。私はナステカの都市、テオココ所属の戦士、オセロトルヨトル。近しい人はオセロと呼ぶよ」

 

 オセロは真っ白な歯を見せて、朗らかに笑った。

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