竜騎士、ナステカへ行く   作:乾茸なめこ

5 / 24
5 神官と竜火薬

 王都の外縁。先の戦争の貢献から教会に与えられた荘園には、真新しい建物が並んでいる。

 ここ近年で改築を繰り返している街らしく、日干しレンガの建物が、まだ土の気配を感じる匂いを立ち上らせていた。

 

 灰色の法衣を着た男が、強い日差しを避けるように道の端を進む。大きな荷物を背負い直すように、ときどき足を止めて小さく跳ねた。

 

 巨大な猛禽類を思わせる鋭い相貌。しかし目には優しげな光をたたえたこの男は、スラム街の顔役でもある神官――サンチョである。

 彼はディエゴを見送ってすぐに行動を始めていた。

 

「おや。サンチョ司教ではありませんか?」

 

 通りの横、建物の中から深みのある声をかけられる。

 扉を開け立っていたのは、老いていながら背筋の伸びた、威厳のある男だった。艶やかな黒地に銀糸をあしらった法衣がよく似合っている。

 

「これはこれは……フランシスコ枢機卿。ご無沙汰しております。ちょうど貴方のお目にかかりたいと思っていたところです」

 

 サンチョは慇懃に頭を下げた。

 フランシスコ枢機卿は頬を緩める。

 

「サンチョ司教。貴方ほどの人が、肩書きなどのために頭を下げるべきではない。外は日差しが強い。どうぞ中へ」

 

 頑なに再度頭を下げ、サンチョは促されるまま建物に入った。その様子にフランシスコの顔が苦笑いに変わる。

 中はまるで、都市の中流市民が暮らす家そのものだった。手狭な一室に、テーブルからベッドまでぎゅっと押し込められている。宗教的に権威のある枢機卿が住むような間取りではない。

 

 フランシスコはテーブルに掛けるよう勧め、丁寧に磨かれたブドウの粒を皿に盛って出した。

 

「すまない。湯を沸かすのは少し億劫で」

「いえ、とんでもない。すぐに会えただけで僥倖です」

「そう言われると助かる。で、どうだろうか。貧しき者にも神の光は届いているのだろうか」

 

 サンチョは色あせ埃にまみれ、灰色になった自身の服を軽く撫でる。

 

「それはもう。黒を白に近づけるくらいには、強く照らされておりましたよ。しかしながら……愚か者により、その光は隠れてしまいましたが」

「どういうことだ?」

 

 ごとり。重たい音が鳴る。テーブルに、鮮やかな金色の光を弾く球体が載せられた。ガラス玉ほどの大きさで、表面には複雑な刻印が刻まれている。

 フランシスコはそれを手に取り、しげしげと眺めた。

 

「これは……竜騎士の金弾」

 

 この国で金は大きな意味合いを持つ。それも富の象徴ではなく、武力の象徴として。

 鉛の二倍に迫る比重を持つ黄金の弾丸は、限られた武装で戦う竜騎士の切り札だ。堅固な外殻を持つ巨竜を叩き落とす、一撃必殺の聖弾である。

 

「竜騎士ディエゴが、私に残してくれたものです。彼の家の権利書と、私財を譲り受けました」

「なに!?」

 

 ディエゴとサンチョが懇意にしていることは、教会内で知られている。サンチョが金弾を持っていてもおかしなことはない。それでもなお驚かれたのは――。

 

「ディエゴが、家を手放した……?」

「彼は王島を去りました」

 

 端的な言葉に、沈黙が齎された。重たい空気が部屋を包む。

 

 ディエゴは、分かりやすい抑止力だ。緑の光が空に上がれば、兵もドラゴンも地べたに落される。民は蛍火を見て安心し、敵は恐れ逃げ出すのだ。

 それがいなくなった。

 サンチョはゆっくりと事実だけを口にする。

 

「第二竜騎士団。そこにディエゴの弟子がいました。職務怠慢と横領の罪で、追放の罰を申しつけられたようですが……それに不満を抱き、共に追放先の辺境へ向かったようです」

 

 フランシスコは表情を歪めて唸る。

 

「む……それは、妥当な処分だったのか?」

「さぁ、存じ上げませんね。王都からスラム街に流れ着くのは、ゴミしかない故」

 

 サンチョはのうのうと言ってのけると、ブドウを一粒口に含んだ。その仮面じみた顔の裏側を見ようと、フランシスコは身を乗り出す。

 持ち込んだ大きな荷物を開きながら、サンチョは話を続けた。

 

「ただまぁ……お弟子さんが第二竜騎士団に入団した時期と、戦果を挙げ始めた時期が重なっているのは確かです。もうしばらく東の空を眺めていれば、自ずと真相が見えることでしょう」

 

 ぼろ布で巻かれたアスファルトに似た黒い固まりと、黄色い鉱石をサンチョはテーブルに載せた。

 

「さて。一人の若者に仕事を押しつけ、怠惰の罪を重ねた竜騎士団があるとして……万が一にも竜星軍が起きれば、王都に地獄の釜が開くことは間違いありません。そのときに防衛の任に就くのは、教会騎士団でしょう?」

 

 フランシスコは小さく頷いた。彼の目は黒い固まりに釘付けになっている。

 

「荘園の改築には随分と物入りだったことでしょう。火薬、足りていますか?」

「ふぅ……。何が望みだ」

 

 枢機卿ほどの人物が、交渉のテーブルに簡単についた。

 人の太ももほどもある黒い固まりは竜薬だ。ドラゴンの腎臓を煮出し、濾過し、脂と練りながら乾かして作り上げる。これと硫黄の粉を混ぜると火薬が誕生する。

 

 戦いには欠かせない――だというのに、非常に希少な軍需物資だった。

 

「陛下にこの告発状をお渡しください。それと、第二竜騎士団から流れている竜素材の販売経路と帳簿を調べ、陛下にお伝えください」

「陛下か。とても恐ろしい方だが……むしろ恩を売れそうだ。我らには利しかないというのに、随分と大きな対価を差し出すものだ。スラムは意外と豊かなのか?」

 

 差し出された手紙を、フランシスコは懐にしまった。サンチョは大きく唇の端を吊り上げる。

 

「主は清貧を尊びます。常に我らは、主に見られておりますので」

 

 フランシスコは溜息をついた。

 

「掃き溜めの聖者もまた、常に荘園を見ているようだ。不義理を働けば、大量の火薬を有した聖者から天罰が下る、と。サンチョ司教の目と耳はどれだけあるのだ?」

「これはまた不思議なことを。二つずつですよ」

 

 用件は済んだとばかりに立ち上がるサンチョに、フランシスコは疲れの滲む声で言う。

 

「サンチョ司教。戻ってくるつもりはないのか? 政治も嫌いではないだろう」

「恐縮ですが、今の場所を気に入っておりますので」

「なぜ、司教といいディエゴといい、こうも王都から離れたがるのだ」

 

 サンチョは笑った。

 

「蝶も花も、遠目に見るのが美しい。逆に泥濘などは、手に掬って顔に寄せてこそ、輝く鉱石の一粒が見えるというものですよ」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。