集落の若者たちはディエゴの悩みを余所に、素早く解体を進めた。
島落としを含むドラゴンの解体では、まず最初に心臓を取り出す。戦いに協力した竜たちの機嫌をとらなければいけない。
巨大な心臓が引きずり出されると、ワイバーンもドラゴンも機敏な動きで鎌首をもたげた。
オセロのドラゴンが舌なめずりをし、じりじりと足を進める。その顔に、大きな翼が被せられた。ディエゴのワイバーンだ。
グルグルと喉を鳴らし、窘《たしな》めるように翼でドラゴンを押さえる。ドラゴンは脚を畳み、しょげた様子で伏せた。
「よく躾けられたドラゴンじゃねえか」
ディエゴは身を乗り出し、明るい声で言った。
ドラゴンは調子に乗りがちな生物である。特に地上ではワイバーンをナメた仕草をとることが多い。
しっかりと格や戦果を理解できるのは、よく調教された――痛みを知っている証だ。
オセロは誇らしげに胸を張った。
「私がこの手でぶち転がしたからね!」
ディエゴはスカートの端から出た、オセロの健康的な脚を見た。しっかりと肉が付き、ふくらはぎの筋肉が浮いている。
「なるほどな。ドラゴンライダーらしい」
三頭の竜が順序を守って心臓をついばんでいる間にも、解体は進んでいく。
臓器は桶に入れられ、肉はブロック単位で切り出されていた。
集落の女たちが肉を受け取りにきて、それぞれの家庭に持ち帰っていく。顔に浮かんでいるのは笑顔だ。日々の生活を営む彼女たちにとっては、ただのドラゴンだろうと島落としだろうと関係がない。肉の分け前が増えることが大事だ。
解体に戻っていた中年の職人《カマヨ》が、桶に入れた臓器をディエゴのところに持ってきた。酢に少し似た強烈な臭いが漂っている。
酸嚢《さんのう》。ドラゴンとワイバーンどちらにも存在する器官だ。ここで生成された強力な有機酸が、燃料と混合して発火させる。炎の吐息を放つための着火剤である。
ディエゴは鼻をつまみながら、酸嚢を覗き込んだ。パイナップルに似た大きさと形をしている。眉が寄せられた。
「小さいな」
イザベルも覗く。
「あれ、普通のドラゴンとほとんど同じ大きさですね?」
「島落としサイズならこの倍はなくちゃいけねえ。あまりブレスを撃たない奴だなとは思っていたが、酸嚢が未発達だったとは……おかしいな。酸嚢だけ未発達の島落とし、聞いたことねえぞ」
首を傾げるディエゴの前に、薄青色の煙が漂った。呪術師の老人が、タバコの葉を巻いたものを吸っている。
「こひゅーっ、こひゅーっ」
「死ぬぞ。なんで吸ってんだよ!」
「こひゅっ。こ、ここ、こっ、この島落としは、お、落ち子、だろう。竜星軍に混じれなかった、不完全な子ども」
「は? 子ども?」
老人は枯れ枝のような指で空を示した。枯れ葉で葺《ふ》いた屋根の隙間から、小さな光が差し込んでいる。
「ツィツィ・コアロックが真上にいる」
はっきりとした言葉だった。それだけ言うと、老人は焦点の合わない目をゆっくりと回しながら、げふげふと掠れた咳ばかり吐き出す。
「なんだよ、それ。全くわからねえぞ」
「あー、ごめん。外の人にはわかんないよね」
オセロは老人の背をさすりながら苦笑した。
「彗星龍ツィツィ・コアロック。太陽と島の間をぐるぐると回りながら飛んでいる巨大なドラゴンだよ。ツィツィ・コアロックが近づいてくると、竜星軍が始まる合図なんだ」
「ちょっと信じられねえな。伝承か?」
ディエゴは疑念を隠さない。オセロはまるで幼子を見るように優しい顔をした。
「外の島は星見の技術がないのかな? たぶん、太陽塔《トレオン》の窓から見られると思う。見に行く?」
「ああ、頼む」
三人は料理を手早く掻き込むと、オセロの案内で歩き出す。
太陽塔《トレオン》はすぐ近くにあった。段々畑の最も高い場所に、コップを引っくり返したような、シンプルな作りの塔が建てられている。
高さは四メートルほどで、白っぽい石材が隙間なく組み上げられていた。随分と長い間そこにあるのか、表面は風化して滑らかになっている。
「中に入って大丈夫だよ」
扉もなにもない、石の切れ間から中に入る。
内側には、冷たくしっとりとした空気が満ちていた。ほんのわずかに、甘ったるい匂いが残っている。
「暗いな」
「暗いからいいんだよ」
灯りは一切無く、人の手がぎりぎり入る程度の窓が三つあるだけだ。
オセロは順番に窓を指していく。
「この窓から真っ直ぐ光が入るようになったら、太陽が一番長く空にいる日。こっちの窓から光が入ったら、太陽が一番短い日。そして、この窓からツィツィ・コアロックが見えたら、竜星軍が近いんだ」
彗星竜を覗くための窓は塔の頂上にあり、段々と先が細くなっている。ディエゴは目を細めながら、窓越しに空を見上げた。
「全然見え……ああ、いや。あれか? 小さいな」
ディエゴの視線の先には、少しでも気を緩めれば空の青に溶けて消えてしまいそうな光の点があった。
「たぶんそれだよ。普通にしてたら小さな点にしか見えないんだけど、呪術師や神官様たちは特別な薬を飲むことで見えるようになるみたい。言えばお爺が分けてくれると思うけど、いる?」
オセロの提案に、イザベルは首を伸ばした。しかし、すぐにディエゴが頭を押さえつける。
「いや、やめとく。人間から遠ざかる薬だろうよ」
「そうだね。呪術師も神官様も、神様に近い人が多いから」
抗えぬ大自然と向き合う職種の者は、どこか世俗から離れていく。神々と相対する者は、特にそうなりがちであった。
「ツィツィ・コアロックは、大きな背中で無数のドラゴンを飼っているの。この星に近づいたときに、それを落すんだよ。本当は戦えるドラゴンたちを落したいんだけど、間違えてまだ弱い子も落しちゃう。それが野生のドラゴンと、今回の島落としみたいな落ち子って言われてるんだ」
「ドラゴンがどこから来たか、だな。各地に色んな神話が残されている。何が正しいとか言うつもりはねぇが……」
ディエゴは窓の先、ツィツィ・コアロックに指を向けながら、何気ない調子で訊ねる。
「大事なのは、竜星軍のタイミングを知れるってことだな。で、竜星軍はどこに落ちるんだ?」
「大きな神殿の神官様によると、ここから北東にたくさん進んだところにある、大きな島に落ちるみたい」
イザベルは息を飲んだ。ディエゴも顔をしかめる。
「……王島じゃねえか」
三人が広場に戻った頃には、島落としの解体もほぼ終わろうとしていた。
骨、脳や気道など使い道が少ないものだけ残されており、使い道が多い部分はすでにどこかへ運ばれていた。
一部の若者だけが広場に残り、焚き火で肉を炙っている。彼らはディエゴに気がつくと大きく手を振った。
夕暮れの赤い太陽が、山頂に姿を隠そうとしている。呪術師はもう帰ったのか、火鉢も片付けられていた。
竜たちはお腹がいっぱいになったらしく、のんびりと水路の水を舐めている。ワイバーンはディエゴを見て、小さく翼を持ち上げた。
職人《カマヨ》が大きな木の盆を持ち上げ、ディエゴに見せる。
「ようやく戻ったか。手土産だ、持って行け。皆感謝していた」
盆の上にはトウモロコシ、ジャガイモ、トマトを中心として、様々な穀物と野菜が載せられていた。
イザベルが受け取り、頭の上に持ち上げる。
「重たいです!」
「だろうな」
ディエゴは素っ気なく答えた。
職人《カマヨ》が心配そうに訊ねる。
「お前たちは泊まる場所はあるのか? どういう身の上かは知らないが、せめて今夜くらいはここで泊まっていくだろ?」
「あー、そうだな。空き家とかはないよな?」
職人とオセロが同時に頷いた。
「そうだ、うちに泊まる? 女一人で独立してる家だから広いよ」
ナステカ高山地域では、成人男性一人を中心として一個の「家」を形成する。
基本的には成人男性のみが家を持ち税を支払うのだ。
物で納税するのではなく「労働力」で納税するナステカでは、成人男性一人だけ労役に就けば良いため、大家族であればあるほど得をする。
女性ながら戦士として一人で家を持つオセロは、広い建物を完全に持て余していた。
「そうか。じゃあ世話になる」
「し、師匠大丈夫ですか? えっちなことして処刑されたりしませんか?」
「しねえが??」
オセロは表情の見えない顔で、小さく首を傾ける。
「出来るならしてもいいけどね」
「やめておく。俺はワイバーンライダーだ。しなくていいなら、ドラゴンライダーと地上戦はしねえよ」
「空中戦?」
「しねえよ、何すんのかわかんねえよ」
ディエゴは嫌そうに頭を掻いた。
◇
オセロの家は集落の端にあった。集落にある他の建物と同じ様式で建てられている。壁は石組みで、切妻屋根にはトウモロコシの葉が葺かれていた。
薄暗い入り口に立ったオセロは、置いていた燭台に、小さな金の水差しから液体を注ぐ。パチパチと弾けるような音が鳴り、竜脂が温かい色味の炎を上げた。
炎の吐息を再現した、手軽な着火方法だ。
家の入り口は石材が剥き出しの土間のようになっており、奥は毛皮が敷かれた居住空間がある。
ディエゴたちはオセロが用意した、ハンモックに似ている寝具に腰かけた。
「泊めてくれてありがとうな」
「いえいえ。なんか行き場に困ってるっていうか、ただの通りすがりの旅人じゃない感じもしたからね」
オセロは部屋の中央に吊るされた鉤に、竜脂の燭台を掛けた。部屋全体に柔らかな光が広がる。
「ご明察だな。こいつは俺の弟子なんだが、無実の罪を着せられて、国の騎士団を追放されてしまってな。どうにかして、ここナステカで生活を整えたい」
ディエゴはさらりと言った。口ぶりは軽いものだが、視線は鋭くオセロの表情に向けている。
「故郷の竜星軍はいいの?」
手元に視線を向けながら言うオセロ。口調は柔らかいが、声には固さがある。
ディエゴはゆったりと落ち着いた調子で答えた。
「向こうが要らねぇと言った。向こうが俺のメンツ潰したんだ。自分らで頑張ってもらう。陛下か……身内から助けを求められたら、少しくらいは助力するかもしれねぇが、帰るつもりはない」
オセロの表情が緩む。
「あ、じゃあしばらくはここに住むといいよ。家建てるのも大変だから、新築ってわけにはいかないし、一番場所が余ってるのもこの家だからね」
「いいのか?」
「気にしないで。どこの領地でも戦士は貴重だからね。もしかすると、領主《クラカ》に招かれてお屋敷に住むことになるかもしれないよ。明日にでも挨拶に行こうよ」
「紹介してくれるのですか!?」
イザベルは無邪気に目を輝かせた。オセロは軽く頷く。
「ちょっと儀式があるだろうけど、大丈夫だと思う」
「どんな感じですか?」
「棒で捕虜と戦って貰う。負けた方は、その場で生け贄になるよ。大丈夫、その捕虜を捕まえたのは私だけど、軟弱な竜騎士だった記憶があるから」
「大丈夫じゃないんですけど!?」
涙目のイザベルが目に入らないのか、オセロは誇らしげな顔をしていた。
敵を殺すよりも、生け捕りにする方が難しい。ましてや空の上で戦う竜騎士だと、その難易度は跳ね上がる。敵の戦士を捕虜にできるのは、格別優秀な戦士の証なのだ。
ディエゴはイザベルを心配そうに横目で見ながら訊ねる。
「ちなみに、その捕虜っていうのはどこのどいつだ?」
「ああ、そうだそうだ。カスティラ王国の竜騎士って言ってた気がする! 同郷の人になるけど大丈夫かな? 大丈夫だよね? 弱い戦士とか要らないもんね?」
「うーむ、倫理観のズレを感じるな。まぁ俺は殺れるけどよ。ちなみに、そいつは何をしでかして捕虜になったんだ?」
オセロは部屋の隅にある火鉢を指さした。これにも大きな目の浮彫りが施されている。
「地神《トラロック》様を蹴飛ばしたのと、神官様に偉そうにしたんだ」
「まぁ、しゃあないか」
ディエゴは溜息をついた。
どんな地域であれ、現地で信仰されているものを否定する行為は、命に直結するほどの怒りを招く。
「俺はやるが、イザベルはまだ人を手に掛けたことがねえ。どうにか外せないか?」
「せっかくの機会だから試せばいいのに。弱かったよ? たぶんイザベルなら簡単に勝てると思う!」
オセロの声は明るい。ディエゴは困った顔をした。
「ああいや、強いとか弱いとかじゃなくてな?」
話を聞いていたイザベルの顔はすっかり青ざめている。
「やっぱり死んでるじゃないですかぁ……。快適な楽園はなかったんです。毎日美味しいもの食べながら、人を殺すことになるんです」
「それでいいのかお前は。というか戦って勝つ前提でいるじゃねえか。結構自信あるな?」
殺した後も美味しくご飯を食べる気満々の言葉だった。