我々は矮小な生き物だ。
自分にできることは限られていて、その範囲も極狭い。
人間の一生を注ぎ込んだとて、成し遂げられることの範疇は全知からも全能からも著しくかけ離れている。
その限りある生において、如何にその魂を美しくするのか、そこまでの道程は神々にとっては最大の興味関心の的であり、何よりの娯楽である。
全知全能の神々の理解の範疇を外れて、まったく新鮮な驚異を、まったく奇特なる物語を、まったく劇的な非現実的な現実を、神々は望んでやまない。
そのような、およそ平坦な生を歩むうえでは断じて生まれ得ない異常を、異質を、埒外を、非常識をこそ、神々は好むのであるらしく、このような現実を生み出すためにと、彼らはせっせと試練を積むのだという。
彼らは試練を積む。人は之に挑む。死ねばそこまで。試練を乗り越えれば英雄として称賛される。物事は非常に単純な作りをしているが、一つだけ。
神々が積んだ試練へ挑むか否か、その否応は無きに等しく、その試練は非常に困難を伴う。
英雄とはなんだろう。決めるのは誰であろうか。その誰を決めたのは神々ではなかったか。そして、その誰かを神々に定めたのは、他ならぬ神々ではなかったか。
繰り返す。我々は矮小な生き物だ。
できることは限られている。生きていられる時間は限られている。
神々とは違って。
神々とは違って。
我々、矮小な人間には、元来、神々の相手は荷が重い。
我々は、神々の相手をしていられるほどに暇ではない。
彼らのごっこ遊びに付き合ってやる義理はないが、誰もが神々のもたらす恩寵と、その人知を超えた力による報復の可能性を恐れ、アメとムチによる支配を受け入れている。
私は、断じて、神々の存在を、彼らの稚拙なママゴトへの強制参加を、我々人間が心の底から快諾した覚えがないことを宣う。
彼奴らの如き豎子。かような、思慮を欠き、愉快犯的でありながらも、しかし人々の安寧を脅かすような強い力も持つ存在を、どうして人々はのさばらせられようか。
どうして、このような不埒者共を相手に、神よ、聖よなどと崇拝できようか。
我々は矮小な生き物だ。
だが、だからこそ、認められるべき存在を、敬うべき存在を、何が気高く美しいのかを、何が褒め称えられるべきかを、長い年月と多大なる犠牲の蓄積の上に築き上げてきたのではないか。
『よく生きる』が為に。かくあるべしと、学び、教え、語り、伝え、受け継いできたのではないのか。
倫理を。道徳を。哲学を。人の人たる道をこそ。
我らの歴史を鑑みれど、かの、神を僭称せるが如き野郎べらに、与えるべき、相応しき言の葉の内に、如何なる美辞麗句も含まれてなどいない。
その行動の傲慢がいかなるものであるか。その振る舞いの傲慢。その言動の放縦恣意。人を人とも思わず。にもかかわらず我こそは人でございと、愉快犯的に『人』を装い、恰も然にあるように振る舞う悪辣よ。
やろうと思って悪をしようとも、やらずと思って悪をしようとも、その余りにも強い力は人の世には不釣り合いが過ぎた。
神々の我侭で苦しむ人間を神々は一瞥とせず、或いはこの罪科に対して平然と「それは人の領分である」と嘯く。
過ぎた介入は人間をダメにする。そんな声が聞こえてくる度に、思う。思わずにはいられぬ。
神々よ!どうぞお帰り下さい!
貴方の言う「過ぎる」とは何を以てそう仰られるのか!
「過ぎぬ」介入とは何処までを仰られるのか!
「過ぎぬ」限りは何をしても宜しいと仰られるのか!
神よ、地上に降り、その身を人に晒し、自ら神を名乗っておきながら、一体、どうしてそのような怠慢が許されるとお考え遊ばされたのか!
豎子ともに謀るに能わず。
言葉が通じず、道理を解さず、或いは己の道理のみを恃み、剰え力だけは強い。
どんなに強大なモンスターよりも、背中を預けるべき神々の方が遥かに恐るべき敵である。
モンスターよりも神々の方が遥かに怪物的ではないか。
私の目の前には巨大な塔が聳え立っている。
私の知識はエルフの森の外について、さほどの厚みを有してはいないが、それでも太古の昔、モンスターが湧きだしたばかりのころは森の外へも旅に出たことがあった為に、この白く巨大な塔のことも知らないではなかった。
だが、少なくとも私が知るのは塔の基礎が形作られる前後のことでしかなく、塔が形成される以前のモンスター狩りの記憶の方が鮮烈に覚えがあった。
当時の私は…いや、今も昔も同じだが、私も当時はただのエルフでしかなかった。
当時すでに、ほんの少し年寄りのエルフではあったし、私の同年代はとっくの昔に全員が死んで代替わりしていたから、いうなれば一番の長老であったことは間違いないが…。
ともかく、当時の私は今よりは若く、今と変わらずほんの少しだけ腕っぷしに自信があり、実際にほんの少しだけ強くはあった。
なので、モンスターが出るといつも一番に切り込んでいって、手当たり次第に狩っていったわけである。
私にとっては家の周りの雑草を毟り取るくらいの、些少の仕事であったと記憶している。
ともかく、朝起きて、朝食を摂り、散歩がてら森の中と周りをぐるりと一周して『雑草』を毟り、帰って昼飯を食べ、腹ごなしに詩を書いてみたりして過ごし、夕飯前に森の中と周りをぐるりと一周して再び『雑草』を毟り取り、家に帰って夕食を摂って眠る。
而して、あまりにも毎日モンスターが出るので、その巣を絶つことに決めて、私はこの時、久方ぶりに森の外に出たのである。
あの時と同じ道のりを、今度はモンスターとほとんど遭遇することなく進み、今日、この場所、今や巨大な塔を遠望するこの場所に辿り着いたのである。
あの日からの変わりように驚愕を禁じ得ないのだが…これは長い時間を生きていると頻繁にあることなので頓着せず、私はただ、モンスターの死屍累々を築きながらその湧出の根源へと向けて槍を振るい続けた、あの日のことを思い出す。
私は、あの日、私が何も知らなかったばかりに、後世に多大なる迷惑を掛けている自覚がある。
あの日、私は何の痛痒も感じることなく、返り血を浴びることさえなく、ただ進んでいた。
無人の原野を逝くが如く、私は蠢くモンスターの海原を切り裂いて進んでいた。
その先に何があるのかを、全知でも全能でもない私は知らなかった。今も知らないままでいる。
だが、これだけは確実に言える。私は、あの時、あのまま進んでさえいれば、何の波乱をも世に齎すことなく、世に言う『ダンジョン』の殲滅を完遂していたであろう、ということだけは。
溢れだすモンスター共も、一顧だにせず、歯牙にもかけず、ただ根源のみを目指して進み、持参した数打ちの槍で薙ぎ払い続けていると、ある時、天から眩いまでの光が注ぎ、その光と共に得体のしれない何かが降りてきた。
奴らの顔を、私は覚えていない。それは定まった何かを持っているようには見えなかった。だが、明確に神を自称したことだけは覚えている。
彼らは私に対してこう言った。
「それをしてもらっては困る」
「ようやく、ようやく育ってきたところなのだ」
と。
その時の私には、およそ何のことであるか理解できなかったが、振り返れば目の前の、この不埒なる者どもの巣を見上げるほどに身に染みて理解させられるようである。
あの日、あの声共が言うことに対して、私は特別な疑問を抱かなかった。
ダンジョンにもモンスターにも、私は拘泥していなかったから。
だから、私は端的に問うただけだった。
「毎日近所にモンスターが出るのだが、これの駆除が面倒でな」
「いっそのこと根切にしようと思いここまで来たのだが、君が代わりにやってくれるのか?」
その時、声共は口々に「諾」を述べた。
私はそのことに納得し、矛を収めることにして、大人しくエルフの森へと帰った。
しばらく時が経ち、実際に森にモンスターが来ることはなかったが、その理由は定かならず。私は原因を知るために、もう一度、この場所へと向かったのだ。あの日の声共のことも気がかりとなっていた。
果たして、そこには、ダンジョンの上には塔の基礎が建てられており、幾らかの神を自称する者どもが、その眷属と共に街を作り始めていた。
私は神だと名乗る何とか言う者に問うた。
「ここしばらく私の森にモンスターが来ていないが、何があったのか教えてくれないだろうか?」
私の問いにそいつは答えた。
「英雄が生まれてモンスターの群れを見事に押し返し、ダンジョンの中に閉じ込めたのだ」と。
それは嬉しそうに語り、それから、こうも言った。
「これからは神と英雄の時代が幕を開けるのだ」と。
今。この場所で、見上げるように高い塔を前にして、あの日の会話が蘇ってきた。
私はお世辞にも頭がよくないが、記憶力は多少なりとも好い方だという自覚がある。
だから、あの日、私に、私の代わりにダンジョンをどうにかすると宣った声共の、顔は覚えていなくとも、その声だけは、一つ一つ、そのすべてを鮮烈に覚えている。
嘘を吐いた、とは言うまい。
だが、私はあの時の出来事を、何にもまして不誠実な振る舞いであると感じたのである。
それは私の感想でしかないが、私には、この不誠実を懲罰することが出来るだけの実力がある。
アレスを殺そうとした時、私はあくまでもエルフが自ずからそのように行動することを願った。
そのために、私の抵抗は弱く、私を抑える兵士を力任せに押しのける真似はしなかった。
あの時の私には立場があり、同族への情があり、組織への忠誠があり、森への愛着があった。
だが、今の私には、これらのうちの何一つをも持ち合わせていない。
私は、望めば自力のみで之を再び拾うことが出来る。だが、それは未だ、今ではない。
私は、あの日に見た、神を僭称する者の無邪気な喜びを忘れられない。
あれは、断じて平和を愛する者の微笑ではなかった。
現に、世界はダンジョンの脅威を抱えたまま、神を名乗る第三者による援助と仲介の下で、仮初の安穏を得ている。
冒険と伝説への熱狂に身を浸して、人々は、この愛するべき定命の輩は、オラリオと神々に無節操な欲望と憧憬を抱いている。
脅威の時代は過ぎ去ったと彼は言う。世界は緩やかな停滞の渦に沈み、世界は得体の知れない高揚に塗れている。
興奮する群衆。目にする華やかな神々、煌びやかな伝説、英雄の凱旋を祝う歓呼は高らかに、古の再現かのように輪唱が鬩ぎ、乞う人の手には銭。
神が居る。好いことだ。本来ならば。
だが、神が居るにもかかわらず、世界の住み心地に特別の変化はない。
むしろ、眷属を名乗る者どもが神々の名のもとに、実を伴う暴力を与えられて、己の神の名の下に、放縦に振舞っているようにも見える。
乞食は居る。貧者は居る。病気に伏せるものは居る。
だが、金がなければ医神は之を診ず。農神は自身が経営する店先の値札にこそ忠実である。美神を名乗る者は醜悪を嫌悪するが、その振る舞い、人品は余りあるほどに醜悪である。
笑止。
気まぐれの慈悲を振舞えば、流石は神ぞと寿ぐ無神経さには是非もなし。
彼奴らの言うファミリア。それは疑似家族に似たり。よく似たものを私は知る。之、反社会的勢力に非常によく似る。
情で縛ることの悪辣さに、まるで無頓着なのだろうか。それとも。
それとも心の底から、神々は人を愛しているとでも言うのか。
一人の例外もなく、そう、『嘘』ではないと。
私は進む。旅装は森を出た時と全く同じもの。武器らしいものは何一つ持たず。それに類するものと言えば、旅の道程で調理に用いた小ぶりのナイフだけである。
オラリオ。このふしだらな街に至るまでの道程で、私は野獣を少々狩り、これを金銭や物と換えて道を進んだ。馬は無く。伴も無く。一人、徒で進んできた。
遠く、望む。果てある青空の彼方に見える不穏の雲よ。
薄墨を零したような過失の染みが、今となり、おどろしくも威勢で世を耕し来る。
私は義務感でも、必要性でもなく、ただ、私がこの不愉快と不誠実に対して耐えかねたればこそ、ここに立ち、オラリオに臨む。
混濁した街へ、いざ。