オラリオに至る病   作:ヤン・デ・レェ

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『最古のエルフにして光の源たる大帝エリゴール』

つまり、『エリゴール・デ・エルステ・リヨスキルデ・アールヴ・マグヌス』。

 

或いは、自称するところの『ただのエルゴ』。

 

乃至は『エルフのエルゴ』。

 

彼は何者でもない唯一人だった。

 

彼のことを知る者は、エルフと神々を除けば誰もおらず、完全なる無名の一人でしかなかった。

 

増して、もとより彼に功名心はなく、また立身出世への渇望もなかった。

 

『エルフのエルゴ』。

 

そう名乗り、ギルドの窓口で冒険者として登録したのが、記録に残る中で最も古く、かつ確実なエルゴによる足跡だった。

 

彼に対して注目していた者は、当時のオラリオには極少数が滞在するばかりだったエルフを除けば、真に驚くべきことに神々の中でさえ、殆ど存在しなかった。

 

誰も彼の名前を知らなかったというのもあるが、それ以上に、神々が下界の子らに用いる『眼差し』が、何故なのか、彼にだけは反応しなかったからである。

 

魂を視ることのできる神だけが、その魂を視ることができ『ない』という事実に気づき、この得体のしれない存在への関心を抱いたことを除けば、大半の神々はこの人物に対して一切の意識を向けていなかった。

 

エルフ自体は珍しいものの、エルゴはありきたりな旅装に、武器と呼べるものは狩猟用の小さなナイフしか持っておらず、言うなれば実力者とは見えなかったのだ。

 

目深に被られた旅装のフードが顔を隠していたこともあり、オラリオにおいては、彼はまだ何者でもありはしなかった。

 

しかし、エルゴと言う人間もといエルフが、どういった類の者だったのかが判明するのに大した時間は要されなかった。

 

彼は冒険者登録を果たした翌日に、邪神を含む十数柱を、よりにもよって先述した『狩猟ナイフ』を用いて天界に強制送還したのである。

 

 

 

それは、オラリオは元より史上稀にみる大事件であったと同時に、一つの物語の核を破壊しながらも、別の運命を模索しようとする力強い意志の鼓動が、この世界の万象をも震わせる鐘のごとく鳴り響いた瞬間でもあったのだ。

 

 

 

 

 

 

エルゴが神を殺すのに使ったナイフは変哲のない代物であり、エルゴが神を殺すために用いた技術も変哲のない『突き刺し』でしかなかった。

 

エルゴはオラリオをぐるりと一周し、全てを睥睨するかの如く観察すると、須臾の逡巡も無くオラリオの街を駆け抜け、半日と経たぬ内に目を付けた神々を通り魔的に抹殺した。

 

それは暗殺と呼ぶには大胆すぎる振る舞いであると同時に、公然の殺害と呼ぶには鮮やかに過ぎるものだったと伝わる。

 

現に、その日は神々が天界に送還される証である光の柱が、一時間の内に七つも立て続けに天に伸びたという話が残っている。

 

ただ神々を殺戮しただけならばそこで話は終わるはずであったが、エルゴの手腕はこの後に本領を発揮した。

 

エルゴが排除した神々の中でも著名な名を挙げれば、イケロス、ソーマ、そしてデュオニュソスが天界へと送り返されていたが、彼らが保有していた人や物を含む資産は、極めて円滑にエルゴの領する所となったのである。

 

そして、この事態を第一に追認し、既成事実化することに貢献したのが、歓楽街の支配者として名を馳せるイシュタルであった。

 

オラリオの南東で歓楽街に強力な地盤を保持し、実効支配を行っていたイシュタルにとって、エルゴの存在は対抗馬の出現をも意味していたが、彼女の態度は終始一貫してエルゴに対して好意的だった。

 

この為、事前に密約があったのではないか、という噂が実しやかに囁かれた一方、神創武器以外の凶器を用いた神殺しが達成されたという現実から、神々も人々も、オラリオと言う都市全体が現実逃避に走るほどに、街には新たな混沌が齎されていたのである。

 

エルゴの所業は恐るべきことであり、オラリオ中のファミリアを敵に回す危険が伴っていたが、何れかのファミリアが彼を殺しにかかるよりも、彼が自ら殺した神々の財産を整理し、これを完全に掌握する方が遥かに早かった。

 

エルゴは彼が自らの手で神を殺した事実を認めたうえで、主神を喪ったファミリアの構成員を一人残らず自らの配下として召し抱えた。

 

主人を殺しておきながら、一人の例外も出さずに自身への忠誠を誓わせるという、更なる常識外れの所業を成し遂げたのである。

 

エルゴに会うまでは誰も彼もが主人の敵討ちに、或いは不届き者への懲罰への意志を煮えたぎらせていたにもかかわらず、主を殺した者の顔を一目見ようと集まった屈強な猛者共も、いざ現れたエルゴを前にすると揃って恐懼し、遂には彼が一言も発するまでもなく膝を屈して平伏した。

 

 

 

 

 

 

 

エルゴ。

 

この男はエルフである。それは誰もが口を揃えて断言することである。純然たる事実であり、自他ともに認める所であった。

 

だが、その顔を認識できるものは居なかった。どんな顔だったのか、どこが、どのように、美しかったのか。そのことを、誰も説明できないのである。

 

だが、間違えることはない。断じてない。

 

終生に一度だけだとしても、一瞥だけだとしても。

 

人の目を以てして、彼を見間違えることはないのだ。

 

長い耳だけが記憶に残るが、彼の眉一つ、彼の瞳一つ、彼の毛穴一つさえ、目の前で肉眼により目視しておきながら、それを理解することも、それを形容することも、記憶にとどめおくことすらもできなかった。

 

彼は輝いているわけではない。彼は何か特別な加護を受けているわけではない。むしろ、彼は何者からも、何れの神々からも加護を受けてなどいない。

 

見たものは口々に「美しかった」と言うが、具体的なことなど何一つ言い表すことができなかった。ただ「美しい」と言うのだ。

 

害するつもりで対峙したにもかかわらず、誰一人として彼のことを害そうなどと思い続けられる者は、その場には誰一人残されていなかった。

 

それは、神々の知る如何なる『魅了』でもなかった。

 

エルゴは顔を見せただけであり、その場では何一つ要求せず、ファミリアの運営を引き継ぐことを宣告し、それから淡々と今後の経営方針を伝えただけであった。

 

彼は何か特別な要求をすることはなく、ただそれだけを告げてその場を後にしたのだ。

 

そして、後に残された元眷属たちは一人の例外もなくエルゴへの恭順を選び、今では異様なまでの忠実さで彼の指示の下で歓楽街の運営に従事しているという。

 

神々も、人々も、恐らくは従っている当人たちでさえも当初は、この得体のしれない推移に対して脳が理解することを拒んでいたことだろう。

 

だが、いつの間にかそれは歴然たる既成事実と化し、今となっては元眷属たちに含むところなどなかった。

 

結果的に、エルゴは文字通り神懸かり的に有能な為政者だったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルゴの自己認識は元より英雄などではなく、歴とした為政者としてであり、オラリオの歓楽街のネックであった治安の問題を持前の統率力で引き締めると、日を置かずにイシュタル・ファミリアを実質的に統制下に置き、その勢いのままにオラリオ全体の流通と商業に対して影響力を行使し始めた。

 

彼の活動の主軸は齎された結果が持つその劇的な機動力とは比べ物にならないほどに地味なものであり、大半が事務作業と人事差配、並びに商談と治安維持の為の執行力の裏付けであった。

 

彼の仕事は大半が組織の、ひいては人間関係の信頼性を絶対的に担保することに主眼が置かれていたが、彼はこの仕事を神よりも、尚卓越した手腕で淡々と熟し続けることが出来たのである。

 

それは退屈な仕事であり、非常に地道であり、派手さを欠き、功名として劣るものでしかなかったが、彼はこれらの仕事を恐るべき速さで、オラリオ中の案件を半日で熟して尚も時間が余りある程の尋常ならざる速さと精密さで処理していった。

 

ただひたすらに、エルゴは書類を捌き、人事を尽くし、案件をまとめ続けた。

 

エルゴが歓楽街に根を張ってから、オラリオと言う街は変わった。

 

一年が過ぎる頃には都市全体の総生産の過半をエルゴの勢力が占めるに至り、二年が過ぎる頃にはオラリオで最大の富を保有する者としてエルゴの名を知らぬ者はいなくなった。

 

そして、三年目、エルゴはオラリオに巨大な孤児院と病院が併設された複合型かつ一貫制の総合学園を私財を投じて建設し、これらすべての名目上の責任者に貧窮の女神ぺニアを指名した。

 

ぺニアはお世辞にも外見的に優れた女神とは呼ぶことができず、また多くの神々から好まれているわけではなかったが、この指名に際してエルゴは三度にわたって彼女の在所を訪れ、何らの気後れも見せずに伏して頼んだ。

 

結果として、ぺニアはこの申し出を受け入れた。

 

この際、エルゴは重要な協力者であるはずのイシュタルによる口出しをも許さなかった。この決定に対して、彼は断固とした態度で臨んだのである。

 

 

 

 

 

 

孤児院と病院に学園を建設した後も、エルゴはオラリオにメスを入れ続けた。

 

彼の勢力範囲は日を追うごとに拡充され、彼に恭順を誓うものは日増しに増えていった。

 

中には改宗…コンバージョン…を自ら行うものまで現れる事態になり、有力ファミリアによる妨害もまた日を経るに従って激しいものへと変わっていった。

 

だが、当時の最強派閥であったゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアは英雄をこそ好む武闘派の派閥として名を馳せていたものの、『現実主義者』を超越した『実現主義者』とさえ称されるエルゴとの政争は不調不発続きであり、相手にさえされていなかったのが実状であった。

 

真っ向からの戦闘には意気込みを見せても、神殺し以降の実態としてエルゴが行ってきた仕事の大半は、総じてオラリオに対して好意的に働くものであり、これを排除することは相対的には正義を標榜している両陣営にとっても腰が重くならざるを得なかったのである。

 

加えて、五年目に突入したエルゴによるオラリオへの影響力の行使は、最早、オラリオという都市全体への実効的な支配を確立している段階にまで移っていたのである。

 

少数精鋭と呼ぶべき実力ある冒険者達をこそファミリアに囲ってはいるものの、オラリオという都市の全人口に占める割合の圧倒的多数が既にエルゴの影響下に置かれていたのも事実であった。

 

そして何よりも、どれだけ強力な武力を誇ろうとも、果たして実際に神殺しを成し遂げたエルゴに勝つことができるのか、という問題が重くのしかかっていた。この厳粛な問いこそが、この点こそが最大の不確定要素だったのである。

 

二大派閥の逡巡は続き、結局のところ、彼らがエルゴに対して直接的に介入することは出来なかった。だが、この点についてより厳密にいえば、彼らは最早介入を許されなかったというべきであろう。

 

そんなエルゴは五年目にしてオラリオのほぼ全区画を実質的に総領するに至るも、息つく暇もなく、今度は南東部の乱れた居住区画の整備に乗り出した。

 

彼は自身肝いりの巨大学園を中心に据えた新たな都市計画を、上下水道設備の基礎から引き直し、一から十まで手ずから設計図を書き上げたのである。

 

しかして、少しの躊躇も見せることなく、かと言って貧者に負担を押し付けるでもなく、竣工から完成までを驚異的な手際の良さで当然の如く乗り切り、ダイダロス通りをオラリオ最大のメインストリートとしてダイダロス大通りへと生まれ変わらせた。

 

南東区画を丸ごと空っぽにするべく、前年末までに増設した宿泊施設を三年先まで満室で予約し、これを南東部の住民に提供した上で、エルゴはオラリオ全体に建設ラッシュを宣言した。

 

オラリオ中から集められた職人と大工により丸三年かけて一から南東区画の改造が行われ、あまりの質と量に人手が足りずに外部からも職人を招聘して何とか人員を満たした程であった。

 

三年間を予定されていた建設期間だったが、最初の一年半で南東区画は完全に整備されてしまい、残った一年半はエルゴの意向により東部と西部の一部、特にエルゴの実効支配地域を中心に改造のために費やされた。

 

 

 

 

 

 

きっかり三年後、住民たちはエルゴの事前告知通りに家に帰ったが、彼らが目にしたのは変わり果てた景色であった。

 

自分の家が元あった場所と同じ場所に、明らかに依然とは大きさも内装も外装も不釣り合いな真新しい住居が建っており、戸建ての者には戸建てが、借り家の者には戸建てにも見劣りしない立派な個室が宛がわれた。

 

建設費用、土地代などなど実費はすべてエルゴが支払い済みであり、住宅費と光熱費は収入が安定するまでは据え置きとされた。当然ながら、ローンなど存在しない。

 

更には、エルゴは三年間の忍耐に対する正当な補償事業として、三年間の更なる生活保障に加えて就労支援を徹底することを公言し、実際に言う通りのことを行った。

 

常人であれば困難だが、エルゴは一切の不満も苦痛ものぞかせることなく、実にあっさりとやってのけたのである。

 

その方法は極めて単純なものであり、誰よりも早く問題を解決し続けた、ただそれだけであった。それだけを、しかし、それだけのことを顔色一つ変えずに熟したのである。

 

だが、ここまで規模が巨大化すれば、エルゴがどれほど神懸かり的に有能であっても一人では限界が生まれるものである。

 

ゆえに、エルゴは自分を増やすかのように、自分の仕事を任せられるだけの人材を、仕事を熟すような手際で量産した。

 

彼は個人として神懸かり的であったが、それ以上に組織の中では神そのものの如く、万象を総攬するかのように人事に絶妙の采配を振るい、人を育成する上でも、この塩梅が怖気が走るほどに巧かったのだ。

 

孤児院を出た子供は就職するにしても学校に通い、自分の道を見つけた子供はより高度な学びを得るべくより高次の学校へと進み、最終的には大学校に相当する最高学府で学を積み、中でもほんの一握りの頗る優秀な者達が、あろうことか冒険者の街オラリオにおいて真っ当に官僚の道を選ぶ事例が続出していた。原因は言うまでもなかった。

 

エルゴは子供の教育に対して、並々ならぬ情熱を抱えており、そのことを隠そうともしなかった。彼は誰よりも膨大な量の仕事を、誰よりも早く片付けるや、誰よりも長く自身が手塩にかけた学園で、孤児院で、病院で、子供や患者と触れ合いながら過ごした。

 

エルフは身体的な接触を、殊に皮膚を通じての直接的な触れ合いを非常に忌避する。多種族に対して、一般的に蔑視の傾向が強いエルフだが、エルゴは例外中の例外と呼んで差し支えない。

 

彼は身体的接触を厭わなかったが、それを安売りすることもなかったのだ。

 

彼は自らの好き嫌いや関係の親疎に基づいて身体的接触を行うことは貴人や為政者としてあるまじき行為であると考えており、その考えの通りに振舞った。

 

彼は必要なものに触れ、必要だとは思われない者にも、その事由に納得できれば迷わず手を差し出した。

 

何の効力もないのならば、彼はこれほどに肌を触れ合わせることに意味を見出さなかったかもしれないが、実際に彼との触れ合いには確実に、また非常に重要な意味が伴ったのである。

 

彼は触れ合ったものを何かしら癒すことができたのである。彼はこの力を神のものだとは考えていなかったし、自分のものだとも考えていなかったが、現に余りにも多くの人々が彼と触れ合うことで、ただそれだけで何かしらの癒しを得ていた。

 

それは万病に効くわけではなかったが、それは直すことが難しい病の種類があるというよりも、必要に応じてのことであり、確実に生命や精神に差支えのある、心から救いを求める悲痛な声を聞き逃すような真似だけはしなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルゴは明らかに神ではなかった。

 

だが、現に人々が考える神の神たる条件を、彼は余りにも満たしすぎていたのも事実である。

 

彼は断じて神ではなかったが、その存在がこの世界の埒外の代物であることだけは誰の目から見ても明らかなことであった。

 

彼は、神の掣肘を受けることなく、恐らくは、本来ならば神がより高度に、より早急に、いとも容易く実現できる業績を、あくまでも人間としての地道さで、例えどれだけの長い年月が掛かろうとも、確実に成し遂げようとしているのである。

 

彼に言わせてみれば、それは彼が望んで行うことである一方で、成すべき神が成さぬが故に、また偶然にも必要な実行力に恵まれたがために、必要かつ可能だからという理由で、代わりに遂行しているに過ぎないのやもしれないが…。

 

何はともあれエルゴは神ではないが、唯の一柱とて、エルゴを止めることのできる神など、少なくともこの世界には存在し得なかったのである。

 

 

 

 

 

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