オラリオに至る病   作:ヤン・デ・レェ

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『ノーブル・ハンド』(健康優良アルフィア)

オラリオで最も有名な姉妹と言えば、誰もが口を揃えて一組の名を口にする。

 

人口に膾炙する一対の名はそれぞれ、アルフィアとメーテリアと言った。

 

殊に、姉であるアルフィアの著名ぶりは甚だしく、自身に取り不愉快を感じさせる者を全て沈黙させてきた豪壮に因る、『静寂』という異名を与ることに一切の過不足がないほどである。

 

彼女の台頭は若木の身分から顕著であった。

 

才覚で劣るところは、これを欠片とも許さず。

 

天才性を惜しみなく世に示すこと幾度か。

 

時代がより古くあらば、同時代の人々からも後の世の人々からも異口同音に、オラリオに生まれるべくして生まれた、古典英雄の再来として礼讃されたであろう。

 

妹の才覚をも吸い尽くして、共にこの世に送り出されてきた、と口さがない人々と当人は言ったが、二人分にしては過剰なほどの才能に恵まれていたのだから、その言葉が真であるか否かを知ることに益体があると言えるものか。

 

とはいえ、妹メーテリアの方は平凡ではあったが、姉によく似た整った容貌であったし、顔よりも何よりも、その人柄が非常に整っていた。

 

姉の苛烈に過ぎる性格が取り沙汰されるたびに、姉は才覚を妹から、妹は姉から性格を、それぞれの好いところへと根こそぎにし合ったのだと言い合う人々もあった。

 

つづめて言えば、姉妹は能力や性格は全く似ていなかったが、その雰囲気とも性質とも呼ぶべき所は非常に似通うところが多くあることを、彼女らをよく知る者ほどに理解するのであり、また、如何にも二人は実の姉妹であることを痛いほどに承知するのである。

 

姉は才覚でオラリオの時の人になり、妹は人格でオラリオに新たに薫風を齎したのである。

 

だが、神々の喜びは余り大きなものだとは言えなかった。

 

そも、神々は、英雄的人間というものには、是非とも自分の懐中に招かれて、その内側で存分に絵空事に励んで欲しいという神情があった。

 

しかし、この姉妹は生まれも育ちも、オラリオの南東区画であり、生家は新興でこそあるものの、歴とした近衛兵の家門であった。

 

何の因果か、この双子の姉妹の祖父母の代において、彼女たちの祖父は冒険者を辞して一兵卒としてエルゴの幕下に参じ、そこで新設された南東区の衛兵の職に就いており、後に真面目な職務態度が報われて、古参近衛隊にまでは至らずとも中堅として、在オラリオ近衛隊において一席を安堵されていた。実に六十年以上も昔の話である。

 

そして、曲がりなりにも近衛兵としての立場を得た彼女たちの祖父は、当然の如く、その恩恵を息子に引き継がせた。

 

姉妹の父は南東区の学園に通い順当に学び上げ、長じるや、同時期のエルゴの身辺で唯一、部隊の編制権を合法的に本国から預かってきていた、リヴェリアの手により新設された青年近衛隊の門戸を敲いたのである。

 

この段階では未だ平凡な一族であったらしく、姉妹の父は実技の段階で一度弾かれていたことが記録として残っており、翌年の再挑戦に際してどうにかこうにか合格し、晴れて入隊を果たしていたようである。

 

そして、勤め上げること二十年ほど、姉妹の自立に伴い、現在は退役して平生の仕事を穏やかに熟しているものの、姉妹が生まれた時点での彼女らの生家は、言葉を選ばずに言えば紛れもない中流の特権階級であった。

 

一般に、近衛兵は貴人の身辺警護が主任務とされるため、実戦を経験することが相対的に少ないことも珍しいことではないが、戦時におけるエルゴの在所は努めて常に流動的であり、機を見るに敏、時には激戦の中心に身を置くこともしばしばであった。

 

そのため、彼の麾下で動く近衛兵は指揮者の志にも増して常在戦場を求められる立場であり、事実、彼らの実戦経験は近衛兵としては異常である。

 

また、エルゴの直属である古参近衛隊兵士の選定条件は、一概にすれば『常に戦場で生き残ること』のみであり、各部隊で不死身の戦績を持つ者だけが集められており、彼らの出自も経歴も多種多様ながら、いかなる激戦地に投入されても生存率が驚異的に高い点は特筆すべき点である。

 

古参は例外とはいえ、中堅近衛隊も青年近衛隊も似たように過酷な職場であるため、一般に近衛兵の給与は相応に高く、最初年の新参兵でさえ一般兵士の二倍は確実に支給されてきており、給与以外にも指揮官、果ては皇帝に直接物申す直訴権を与えられてもいる。

 

古参ともなると退役年金の額は莫大であり、高級将校や上級幹部級ともなれば継続的な報酬の額は第一級冒険者の生涯年収にも迫る勢いである。

 

だが、近衛兵になる最大の恩恵は何かと問われれば、それは皇帝との親近感が非常に強いことであり、同時に最優先でエルゴの『ノーブル・ハンド』に傅くことが許される、という一点に集約されるであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目まぐるしく世界が変わっていく。

 

オラリオの景色が変わっていく。

 

私は、時代の節目に立っていた。

 

そのことを周囲の環境の変化が、痛いほどに教えてくれた

 

幼い頃のことだ。

 

私と妹が生まれたばかりの頃の我が家は、当時まだ平凡な家だった。

 

だが、父が近衛兵になった日から、私の暮らしは変わっていった。

 

あの日、帰ってきた父の姿は今でも酷く鮮烈に覚えている。

 

ダンジョン産の熊の毛皮で編まれた背の高い熊毛帽子を被って、白と深い森緑の色をした軍服を着た姿だった。

 

規定のモンスターを自らの実力で倒し、その素材で軍服一式を用意することこそが、近衛兵になる為の第一の条件であるという話は、父が誇らしげに教えてくれた。

 

暫くしてから、私が学校に通うようになる頃、家族で通りに面した広い家に引っ越した。

 

周囲には父と同じように、背の高い熊毛帽子を被った人を家族に持つ人たちも多かった。

 

そこでの暮らしが、私の新しい当り前を形作っていった。

 

 

 

 

 

私が学園で中級生になる頃に、妹のメーテリアもようやく学園に通えることになった。

 

同じ瞬間に生まれたというのに、妹と同じ教室で学ぶことはなかった。

 

妹も私も、生来身体があまり強いわけではなく、メーテリアは私以上に病弱だったのだ。

 

私も、父も、母も、そしてメーテリア自身も、普通の学園生活が送れるなどとは到底、夢にも思っていなかった。

 

そのことに落胆はなかったが、不満がないわけではなかった。

 

私たちの身体が弱いことも、私と妹の間に歴然たる違いがあることも、それはもう、この頃になると当り前のことの一つだった。

 

だが、自分の身体を差し置いて心配くらいはするものだ。

 

上手く行ってくれればいい。漠然と、この先のことをそんなふうに考えていた。

 

そして、通学を始めてから直ぐに、メーテリアは休みがちになった。

 

毎週のように家に足を運び、メーテリアと学校生活との繋がりを保とうとし続けてくれた教師陣の努力は傍から見ても明らかだったが、メーテリアの身体は気を遣っても限がないほどで、どうにもならなかった。

 

家で学ぶ方法を提案されたが、妹は学校に行きたがった。

 

私は、あまり学校というものに拘りがなかったが、それは私にとっては出来ることの方が多かったからでしかなくて、妹は出来ないことの方が多い中で、数少ない普通に手が届きそうな気持だったのだろう。

 

学校でも、家でも、私は何であれ、大抵は教えてくれたその人よりも遥かに上手くそれを熟した。

 

持て囃されると、最初の内はこそばゆくもあったかもしれないが、今では鬱陶しさすら感じている。

 

私の身体も大概弱いのだろうか、無分別に大きな声で褒められても、キンキンと頭に響いて酷く痛む気さえしてくる。

 

何はともあれ、私は妹の身体をどうにかしてやりたかったけれど、妹の身体のことだけは、どんなに医術書や薬学書を読み込もうとも、どうにもならなかった。

 

この無力感は、他のことで出来ることが多ければ多いほどに、強く、私の内で滲み、長く長く、そこで居座り続けるように思われた。

 

私が一人、どうしようもないことで悩む日々の中で、ある日、遂にメーテリアが入院することになった。

 

私には、驚くべきことに、沈黙し、ただ案じる以外に、彼女の為にしてやれることが無かった。

 

危篤ではなかったが、無理が続いているようなので絶対安静にするように、と医師から説明を受けたのは憶えている。

 

その場には父もいて、母もいて、私がいて、妹だけは病室で静寂の中、生きているのかも分からない静けさの中で眠り続けている。

 

症状はただの風邪のようなもので、熱が下がればまた元通りになるらしいが、何時、再び同じように体調を崩すのかどうかは、かの医神も知らないことだと言われた。

 

 

 

 

 

 

その晩、家に帰っても頭からは静かな部屋の中、一人で眠るメーテリアの情景が浮かんでは沈み、良くなって、悪くなって、また良くなって…病室に根を張ったように、病魔の蔦に絡めとられるように、彼女の世界が狭まっていく。

 

そんな気がしていた。

 

自分の胸に手を当ててみると、いつも通り、人一倍細やかな心音が、それでも鼓動を刻んでいた。

 

一応、生きた身体をしてはいるようだ。

 

だが、それもいつまでになるだろう。

 

この先…いつも考える、漠としたこの先。

 

この先、私は何になるのだろう。妹は、何になれるのだろう。

 

何にだってなれるだろう。何にだってしてやろう。

 

ただ、だから、どうか、このまま、半ば沈んでいようとも、顔だけは水面から出して、出し続けて在り続けていたい。

 

私も、妹も、まだ何にも成れていない。

 

何かに、成ろうと、成りたいと思ったことすらもない。

 

悲しいことだとは言わない。贅沢だとも思いたくない。

 

ただ、斯く在りたかった。

 

ただ、そこまで続く道を望んだ。

 

その先に、妹以外は、例え何もなくてもいいから。

 

だから私は、この道の続きが欲しい。

 

 

 

 

 

 

次の日のことだった。

 

メーテリアが帰ってきた。

 

意味が分からなかった。

 

私は昨日のこともあり、平日なのに、初めて学校を休んで家にいた。

 

そうしたら、なんだ、あれだ、めーてりあだ。

 

目元の赤い母にしっかりと手をつながれて、妹が帰ってきた。

 

「ただいま!」

 

と、初めて聞く快活な声を張って。

 

見たこともないほどに元気なメーテリアが帰ってきて、病弱な私に飛びついた。

 

「治ったの」

 

「きれいな人に治してもらったの」

 

「お姉ちゃんのこともお願いしたのよ?そしたら、いいよって」

 

メーテリアは捲し立てるようにそう言うと、人生で一番たくさん、お腹いっぱい食べてから、午後の授業から参加するために学園に向かって駆け出して行った。

 

私は、風のように疾駆しているつもりになって、しっかり運動不足な妹が、ぽてぽて走っていく後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くしていた。

 

なんだったんだろうか、アレは。

 

私は白昼夢を見た気になって、珍しく母から諭された。

 

曰く、「現実よ」と。

 

それから直に、入れ替わるように父が、平日の昼間だというのに帰ってきて言った。

 

「アルフィア、これから病院に行くから急いで準備をしなさい。昨日と同じところだけど、その寝癖は一応直しておきなさい」

 

穏やかだが堅忍で頼もしい父なのに、この時ばかりは声が裏返るほどに焦っている様子だった。

 

私は妹の話を思い出して、件の『きれいなひと』とやらに、メーテリアが受けたのと同じ施術を受けるのだろうと想像し、ここまできてようやく現実感が戻り、次いで危機感が沸き上がってきた。

 

よく考えてみればおかしい話だ。

 

昨日の今日だ。

 

どんなに腕がいい医師でも、医神でも、どんなにすばらしい薬があったとしても、昨日の今日はさすがに無理がある。

 

もしや、妹は得体の知れない新薬の実験台にされてしまったのだろうか?

 

或いは、今の状態は奇跡的な小康状態か、もしくは薬が効いている間だけの一過性の栄華だとでもいうのだろうか?

 

どちらにせよ、根治ではないというのならば、妹は悲しみ、苦しむことになる。

 

妹が悲しみ、苦しむようならば、私も悲しみ、苦しむことになる。

 

一体どこの誰の仕業なのかは知らないが、私はこのことを到底許容できそうにない。

 

だが、向こうから迫ってきてくれている今を置いて他に、この問題を解決する糸口へと通じる道は、直近では手に入らないだろう。

 

そのことも十分に理解していた。

 

だから私は、黙って父に従った。

 

身繕いを終えて、私は父にいざなわれるままに昨日と同じ道を辿り、妹が一晩だけ入院した病院に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

覚悟は出来ていた。

 

だが、白亜の応接間で寛ぐ耳長の貴人を見て、私の中で固まりつつあった様々な疑念も、怒りも、不安も、或いはぬか喜びも。

 

そのすべては清浄の奔りに押し流され、霧と散り、引き換えに余りにも崇高な匂いに胸は満たされた。

 

疑心と憔悴の廉は奈辺に身罷るや、自然体で椅子に座り、ただ待っていた様子のその人は、私を視界に収めると、須臾の間、目を合わせて、それから気負いもなく立ち上がった。

 

視界の隅、私を引率してここまで来た父と医師長が恭しく傅くのが見えた。

 

私は動けなかった。

 

目の前には、とうにその人が立ち、実に緩慢な動作で手を差し伸べた。

 

私はその手を取らなかった。

 

いや、取れなかったというべきか。

 

重厚巨大な存在感が、一切の重圧を感じさせないことに、私は畏れを抱いたのである。

 

それは本能的に敵対してはいけない存在に対して、私の肉体と精神が迷わず服従することで一致を見たことを示していたが、そのことすらその時の私の眼中にはなかった。

 

極度の緊張と興奮。

 

体温の上昇と、よくわからない高揚感が湧き起こり、これに抗いがたかった。

 

ただ、そんな私の内心など露と知らぬその人は、私が握手による接触は拒んだものと見たようだ。

 

父と医師長は微動だにせず平伏していた。

 

私は微動だにせず、ただ、漠然とその瞬間を待っていた。

 

その人は視線を私の頭に移し、差し伸べられた手は、決して急ぐことはなく、だが確実に私の頭を撫でる方向へと転換した。

 

そのことに私は気づいていた。

 

だが、今度こそ私は動かなった。

 

従容とした姿勢を合意と受け取ったのか、今度こそ、その人の手は、確かに私に触れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、お大事に」

 

それだけ言うと、その人は足早に去って行った。

 

帰り道、私と父は無言で並んで歩いて帰った。

 

家に着いて、まだ昼間でしかないことを認識し、いつもよりも多めに昼食を摂った。

 

父と母と私の三人で昼食を摂るのは、随分、久しぶりのことだと感じられた。

 

「で、どうだった?」

 

父か、母か。おそらく父だろう。

 

父が問い、母が聴く姿勢になった。

 

「とても、あたたかかった」

 

私の素っ気ない回答に、なぜか父は納得し、母は困った子ね、とでも言うように微笑んだ。

 

けれど、すべて事実だ。事実だけだ。

 

ただ、あたたかくて。

 

それ以外に、一体何が言えるというのか。

 

でも、直接触れられた、あの僅かな時間だけで、私はあの人が何者であるのか、なぜ人は崇高と呼ぶのか、高貴であるとはどういう意味なのかを。

 

私は、これ以上ない端的さと説得力とを伴う体験を介して学んだのだ。

 

父が近衛兵になった日、私は父に尋ねた。

 

なぜ、そう成りたいと思ったのか、と。

 

父は答えた。

 

「父の姿を見て近衛兵に憧れた。だから父に尋ねたんだ。そしたら父は答えた。自分も、この街に初めてあの近衛兵が足を踏み入れた日に、彼らの隊列を見て憧れたのだと」

 

「そして、こうも言った」

 

「だから近衛兵に尋ねた。あんたはなんで近衛兵になったんだ?って。そしたら彼らの内の一人が答えた。あの人に触れて貰ったからだ、と」

 

「父は近衛兵になった。はじめは憧れだけで。仕事は大変だ。辞めたくなる時もあった。けれどある日、あの日の言葉が蘇った」

 

「父は近衛兵の戦闘教本の片隅で、確かに直訴権が認められていることを確かめてから、これを使うことにした」

 

「父の願いは、あの日の経緯まで含めて聞き届けられた。そして、父は言葉の意味を知った」

 

「御傍に寄ると、好い香りがしたそうだ。そして、その手は熱く、唯一確かなものだと感じて、ひどく安心したんだ」

 

父の話を思い出して、その顛末も思い出す。

 

私は尋ねた。

 

貴方もそれを知っているのか、と。

 

父は答えた。

 

「お前が生まれた日に、肩を叩いて祝ってもらったんだ。忘れるわけがないよ」

 

服越しであろうとなかろうと、その手は熱く、唯一確かなものだと感じて、ひどく安心するものであったらしい。

 

父の言っていたことを、今日、私も知った。

 

点と点が繋がって、一本の道になった。

 

私は、自分の胸に手を当ててみる。

 

昨日の晩、寝る前に感じた不安が、今はどうやら此処には居ない。

 

それは昨日よりも、今朝よりも、ずっとずっと遥かで確かなものであるように感じた。

 

家に帰ってきたら、メーテリアに話をしよう。

 

これからの話をしたい。

 

この先のことを、道の続きの話を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アルフィアとメーテリアはオラリオ南東区の中流家庭で育った。

 

経済的には過不足のない家庭で、どちらかと言えば裕福な方だった。

 

祖父も父も近衛兵であり、二代続けて輩出したことから新興だが歴とした名門として認識され始めていた。

 

姉妹は時期に差こそあったものの学園に入学し、紆余曲折ありつつもこれを卒業する。

 

メーテリアはというと街の診療所で精力的に働く傍ら、悪い人間ではないが、傍から見れば不釣り合いにも思える男を捕まえて早々に結婚、間もなく元気な男の子を出産した。

 

噂が語ることには、お相手に選ばれたのはゼウス・ファミリアに所属するウサギの如き男であるらしかった。

 

男の話はさておき、アルフィアは自分の思い描いていた何者かになるよりも一早く、伯母となったのである。

 

そして、学園卒業後のアルフィアは破竹の勢いで冒険者としての実績を積み、堂々たる貫禄を醸す超大型新人としてオラリオにその存在感を轟かせた。

 

だが、籍をリヴェリアと同様にイシュタルではなくロキの元に置くと、無数のファミリアからの勧誘を全て蹴り払うや、迷うことなく青年近衛隊の門戸を敲いた。

 

父と同じ道を選んだかに見えたが、その先で続く道の景色は全く異なるものだった。

 

アルフィアは面接において逆圧迫面接を展開し、脅威のマイナス満点を叩き出すも、実技において過去最高記録を更新してプラス満点を超過し、遂には文句なしの首席合格者となったのである。

 

念願叶ったかに見えたが、彼女のなりたい何者かは漠とした近衛兵という枠組みをはるかに超えるものであるらしく、近衛兵の職責に就いてからは尚水を得た魚の如く、オラリオに歓呼が響かぬ日などないと言わんばかりの活躍を始めたのである。

 

彼女は履歴書に生来病弱であったと記載しており、それは事実に違いなかったのだが、そのことを素直に信じる者は皆無であった。

 

なぜならば、アルフィアと言えば強力無比の魔法使いとして名を広めたはずだが、ならばと、生来の病弱につけ入り接近戦を挑んだ者は漏れなく、「魔法を受けた方が遥かにマシだ」と誰もが訴える程度には剛腕無双だからである。

 

アルフィアは元よりその無類の天才ぶりから多くの神々の注目するところだったが、病弱さもあり冒険者としての活躍が短命で終わることを危惧されていた、という経緯があった。

 

しかし、今や彼女に弱点や隙と呼べる箇所は何一つなかった。

 

事実、魔法はオラリオでも最強の腕前と呼んで差し支えなく、徒手空拳ではその細腕からは信じられぬ剛力を振るい黒鉄や巨岩をも粉砕し、機知には富み、整った容貌と均整のあるしなやかながら嫋やかでもある肉体を持ち、心身は圧倒的な実力に裏打ちされた鉄壁の自負心と神懸かり的な健康によって付け入る隙は僅かばかりも見当たらない有様である。

 

逃す以前に、釣り針にすら見向きもされなかった神々の落胆は大きかったが、アルフィア当人にとっては知ったこっちゃないことであった。

 

紛れもない、嘘みたいな超人として完成したアルフィアは新鮮な軍隊生活の中でも昇竜の勢いで成長を続け、ダンジョン内部の巡回警備任務に配属されるや僅か二日でレベルを上げ、一年を待たずにレベルを五つ更新し、新年を迎えると同時にレベル7を達成した。

 

異常な速さで冒険者としての格の違いを見せつけつつ、彼女は本業においても昇進を繰り返すこと七度、青年近衛隊の司令官たる師団将軍であるリヴェリアの次席、首席旅団将軍の位に就いた。

 

だが、彼女がエルフの皇女の最側近としての地位を固めるものと誰もが思った矢先に、アルフィアは異例の速さで、戦役を未経験の状態での老親衛隊への推挙を条件に、また一兵卒からやり直すことを提案したのである。

 

リヴェリアは呆れつつもこれを受理した。

 

こうして、アルフィアは史上最年少の十代での老親衛隊入隊を果たすこととなった。

 

アルフィア以前の最年少がエルフで七十代、パルゥムで三十代、ドワーフで五十代、人間でも四十代だったことを考えれば、彼女の異常さは際立つばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もがこれでアルフィアの爆進も終わったと思った。

 

既にこの時点でも、彼女はオラリオというか大陸というか世界というか…でも指折りの実力者であったし、成長速度と可能性だけを抽出すれば確実に最大最高の存在として群を抜いていた。

 

これ以上に一体何を求めようというのか、誰もがそう思った。

 

兵士用の熊毛帽子が馴染む間もなく、昇進が早すぎて数回被っただけで御役御免。

 

次に士官向けの簡素な二角帽子が頭に馴染むかと思えば、それすらも置いてけぼりにして今や豪奢な将官用の二角帽子を被り、かと思えば再び熊毛帽子を被っている始末なのだ。

 

頼むから立ち止まってくれ。

 

きっと立ち止まってくれる。

 

というか立ち止まってくれ。

 

頼むからそうであってくれ…と、淡い期待を目まぐるしく配置転換を迫られる、近衛隊の事務方に所属する誰もが覚えたものである。

 

だが、案の定、アルフィアはまだまだ、全く。

 

全く満足していなかったのである。

 

アルフィアは老親衛隊に入隊するや、ここでもやはり他を押しのける力強い勢いで仕事を熟した。

 

一つ違うことは、エルゴがアルフィアの勢いを巧みに誘導し、常に最良の結果を導けるようにと完璧な統制下に置いた点である。

 

アルフィアがエルゴには頗る従順であることもさることながら、彼女の意志と意気を決して取りこぼさない采配の絶妙が、新たな試みの起爆剤として快調に機能したのである。

 

このことにより、アルフィアのイカレた連続昇進はストップし、穏当な年次昇進へとスムーズな移行が達成されたのである。

 

とはいえ、彼女の功績が抜群であることは疑いがなく、それは彼女に負けず劣らずの実力者揃いで、かつ対人戦の実戦経験にも非常に富んでいる古参近衛隊の中でも、到底埋没しようがないものであり、この素晴らしい能力を腐らせておくことは余りにも大きい損失であると言えた。

 

そのため、アルフィアに活躍の場を用意しつつ、定型の軍務にも慣れてもらうための新たな枠組みを提示することを、エルゴは考えたのである。

 

オラリオの治世が粗方安定したことを確認した彼は、次の段階として冒険者全体の向上の為に、独自のアプローチでギルドの手が届かない部分を強力に輔弼し始めた。

 

その手始めとして彼は、ここまで継続してきた異端児保護の為の枠組みとノウハウを、そのまま冒険者の保護と冒険者活動全般の補助へと適用させることを決め、近衛隊を中心にこれらの任務を、新たな仕事としてオラリオに根付かせることも兼ねて、実行に移したのである。

 

ダンジョン内部の治安の向上および冒険者の生存率の抜本的な向上、加えて冒険者の収入安定化の為の選択肢の拡大。

 

これらの三本柱を軸に、ダンジョンの上層を若くエネルギッシュな青年近衛隊に、中層を落ち着きと実力を兼ね備えた中堅近衛隊に、そして下層と深層を不死身の超人だけで構成された歴戦の古参近衛隊に、それぞれ管轄範囲として割り当てたのである。

 

至上命令は生還、人命救助、抑止の三つであり、部隊要員の生存が第一、冒険者と異端児の保護が第二、これらの活動実績が齎す治安の向上が第三である。

 

アルフィアは古参近衛隊の中では最年少であり、尚且つ最も新参者であったが、散歩にでも出かけるような気軽さで自身が所属する部隊と共に出撃し、本当に散歩から帰ってきたような平然とした様子で任務から帰ってくるのである。

 

周囲の古参兵たちが、アルフィアに呆れつつも一目置くようになるのは時間の問題であった。

 

一方、実力は折り紙付きだが性格だけが問題だったアルフィアも、あくの強い超越的な個軍の寄せ集め、といった趣の古参近衛隊では今までよりも居心地の良さを感じていた。

 

事実、アルフィアを含め、彼らの大半は自分が世界の中心だと思っている嫌いがあり、エルゴ個人に忠誠を誓っている点を除けば共通点を探すことの方が難しいような面子ばかりであった。

 

ある意味で似たもの同士で構成された古参近衛隊は、エルゴの期待に適う、いやそれ以上の成果を淡々と上げ続けた。

 

 

 

 

 

 

そんな古参近衛隊は全百名で構成されているが、全員がレベル5以上に相当し、上澄みに至ってはレベル7以上相当のアルフィア級がダース単位で存在する。

 

エルフの帝国の軍制において、青年近衛隊が一個師団規模で二万名に及び、中堅近衛隊が一個旅団規模で七千名に及ぶことと比べれば、古参近衛隊は一個小隊規模で百名程度であり、実力毎に大雑把なグラデーションが設けられていることは明らかなことである。

 

軍制という言葉通り、これらのシステムは組織戦闘を前提とし、また対人戦を前提として構築、改良、発展が繰り返されてきたものである。

 

しかし、今日、ここに至っては対ダンジョン戦、対モンスター戦を前提とした改組、最適化が急務であった。

 

そのため、基本行動単位として十二から十六名からなる班を導入し、上記の至上命令に則して管轄とされたダンジョン内部を規定時間、規定範囲まで巡回しつつ、救助要請があれば之に即応する旨が定められた。

 

モンスターの間引きは許容され、ノルマは存在しないが、救助人数は基本給に加えて歩合報酬として追加支給される仕組みが整えられた。

 

そして最後に、これらの活動に対して虚偽報告や自作自演による報酬等の窃盗を画策した場合は、巡回部隊による救助優先順位を容赦なく下げる旨が布告された。

 

基盤が整えられるのに合わせて、冒険者産業の保護と活性化を念頭に置き、オラリオ全体の自衛能力向上をも視野に入れた哨戒システムが産声を上げ、その成果はアルフィアを始めとした実行者の手により淡々と、だが確実に積み上げられていったのだ。

 

人命救助と保安の為の哨戒システムが開始されてから一年あまり、アルフィアの功績は抜群に過ぎており、遂には既存の功労賞の中からは相応しいと言える勲章が見当たらず、あのエルゴに勲章を新設させる始末であった。

 

だが、神懸かりの仕事の速さで知られるエルゴの方が一枚上手であるようで、この機会こそ幸いとばかりに、純粋な年季に応じて授与される勲章以外にも、複数回の受賞を可能とした上で新設の恩典や勲章、恩賜を複数追加した報恩システムを数日の内に編み上げるや、この新たな栄典制度に基づいてアルフィアの働きに大いに報いて見せた。

 

アルフィアは初年兵ながら給与を倍額で支給される倍給兵として遇されることとなり、階級は少尉から三階級特進して上級大尉へと進み、軍事功労勲章の他、物心両面において複数の恩典を授けられた。

 

全ての恩典を授与された後で、アルフィアはオラリオで最近俄かに流行っているゴシップ紙からコメントを求められた。

 

この際、彼女は『恩典の中で最も嬉しかったものは何であったか』という当たり障りのない内容を問われた。

 

アルフィアは極めて珍しいことに気分がよさそうで、そのままの微笑を湛えて言い放った。

 

「愚問だな、また、頭を撫でて貰ったことに決まっているだろう」

 

「今度はちゃんと握手もできたからな、もはや、何も言うことはない」

 

「それじゃあ私は行く。道を開けろ」

 

アルフィアは足取りも軽く、ピカピカのメダルを眩しいくらいに沢山吊るしながら去っていった。

 

取り残された記者たちは、一様に開いた口が塞がらなかったそうである。

 

 

 

 

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