2人はそんな学校をさがし、子供達は学校生活を楽しみながら成長していった。
「ねえ、結局学校はどれがいいと思う?」フロルがリビングの大きなテーブルの上の何枚かのパンフレットを見ながら聞いた。
リビングは庭に面していて床から天井まである大きな吐き出し窓が開け放ってあり、広い庭がよく見えた。庭の片隅ではアリの巣を見つけた子供達がアリの行列を見つめている。先ほど子供達の様子に気づいたタダがアリの巣のそばに角砂糖を置いたため、子供達はアリが次々に角砂糖に群がってごく小さな塊を列を作って巣に運ぶ様を時が経つのも忘れて見入っていた。子供達の後ろには気づかれないように育児ロボットのナニーがそっと立って2人を見守っている。
「僕はこれがいいと思うな」タダはパンフレットの1枚を取り上げた。
「ああ、おまえが最初に見つけてパンフ取り寄せたヤツだな」
そのパンフには『我が校は家庭を大切にしたいが仕事の関係でお子様を全寮制の学校に入れなくてはならない方を全面的に支援します』と書いてあった。
「うん、パンフだけじゃわからないけど、ここの校長の書いた物読んでて、いい教育をしてくれそうな気がするんだ。それに確かに初等部から全寮制だけど、初等部はできるかぎり毎日バーチャルルームを使って家族の団らんをすることを条件にあげている」
「なるほどね。見学は随時受け付けてます、とあるから、まず行ってみようか」
タダとフロルの2人の子供達が学校に入る時期が迫ってきていた。またタダとフロルも子供達が学校に行きはじめるタイミングで宇宙パイロットの仕事に復帰しようと考えていた。そのためには小学校から全寮制の学校に入れなければならない。
その学校は都市の郊外の自然に囲まれた環境に建っていた。丘の上の明るい校舎とグランド。周りは森とその他の住宅地。ちょっと離れたところにあるのが寄宿舎でこちらも森の横に建っていた。
タダとフロルと子供達は校舎内の校長室に通された。
校長は穏やかな感じの中年の女性で、にこやかな表情で家族を出迎えた。
「タダトス・レーンさんとご家族の方ね。ようこそ」握手を交わした瞬間、タダの直感力はこの校長が真剣に教育に取り組んでおり、子供達を安心して預けられる事を見抜き、この学校で大丈夫だと確信した。また同じ瞬間に校長もこの夫婦が子供達の教育について深く考えている家族だと見抜いていた。
一通りの説明が終わると、タダはおもむろに話し始めた。
「申込書にも少し書きましたが、僕らの子供達は両性種です。現在は未分化状態で、男性でも女性でもありません」
校長はにっこりして答えた。
「私も両性種については聞いた事はあります。実際にお会いするのは初めてですが、大歓迎ですよ。子供達は世界にはさまざまな人がいる事を知るべきですし、お互いの違いを尊重する事も学ぶべきです」
他にも校長と両親は様々な事を話しあった。
「では、今度は私がお子さん達とお話しましょう。ご両親はその間、副校長が校内の施設を案内いたします」
2人は副校長の案内で校舎内を見てまわった。教室では初等部の生徒達が授業を受けていた。教師と10人ほどの生徒が輪になって何やら楽しそうに話し合っている。離れていてよくは聞こえないが、先生が何か質問すると一気に数名の生徒が元気よく手を挙げ、熱心に話し合っていた。
「1クラスは20人ですが、ほとんどの授業は分割して10名で受けています。高学年になると教科によっては4人から6人程度のクラスもあります」
「すごいね。オレの星じゃ1クラス50人はざらだったよ」
「それじゃ討論なんてできなかったんじゃないかい?」とタダ。
「討論なんかしないよ。教師が一方的にしゃべるだけ。つまらなかったな」
「ふーん。僕の通った学校はここみたいな授業だったよ」
「色々しゃべってて楽しそうだな」
「確かに楽しかったな。でも特に高学年になると、しっかり予習して準備しないととてもしゃべれない。討論なんかできないよ」
生徒達はこういった見学には慣れっこらしく廊下を歩く2人にはまるで注意を向けなかった。
タダとフロルが出て行くと校長は隣の部屋で本を読んでいた2人の子供を手招きした。
「2人ともお利口さんでよく待ってういられましたね。さあ、今度はあなた達の事を私に話してもらえるかな?」
2人は一瞬顔を見合わせたが、すぐに金髪の子が口を開いた。
「僕はリーファスフェルド・フロル・レーン、みんなはリーファって呼んでいます。こっちは‥」
「エリルナチェルヌム・フロル・レーン。エリって呼ばれています」黒髪のエリは自分の事は自分で話すぞとばかりにリーファを軽くにらんで言った。
「2人とも素敵な名前ね」校長先生はにっこりして言った。その瞬間2人の目が輝いた。
「僕たちの名前はヴェネ語なんです。僕の名前のリーファスフェルドはヴェネ語で『命の輝き』という意味です」リーファが熱心に言った。
「それから僕のエリルナチェルヌムと言う名前は『未来の希望』と言う意味です」エリが誇らしげに続けた。「この星にはヴェネ語の名前を持っている人は3人しかいません。僕たち2人と母のフロルベリチェリ・フロルです」
——あ、それ、僕が言いたかったのに。
リーファは悔しくてあわてて続けた。
「フロルベリチェリってのはヴェネ語で『美しい花のきらめき』って意味です」
「まあ、そうなの!」校長先生はにっこりした。
「僕たちが生まれる時、父は母にヴェネ語の名前にしたいから考えてくれって頼んだんだそうです」エリが続けた。
リーファも熱心に話し続けた。
「父が何度も話してくれました。『君たちは僕とフロルの子供だ。そして僕はシベリース人でフロルはヴェネの人間だから、君たちは本当はこの2つの星の文化を引き継ぐべきだ。でも色々な事情があって、君たちはシベリースで生まれてここで育った。だからせめて名前はフロルの星の文化を引き継いでほしかった』って」リーファは誇らしげに一気に話した。
「素敵な話ね!」校長先生は感心したように言った。
それで2人は勢い込んで、かわるがわる、物心ついてから今まで父とは銀河共通語で話したが、母とはヴェネ語で話した事、そしてこれも父が母にお願いした事を話した。そして2人は最近宇宙パイロットである両親の操縦する宇宙船で母の星ヴェネを訪れ、生まれて初めて祖母に会った事など熱心に話した。そして2人は同じ学年になるが、双子ではなくリーファの方が11ヶ月年上な事。
それから2人は自分達の家族について話した。父と母と父を育ててくれた長老と言うおじいさんと暮らしている事。最近までナニーと言うロボットがいた事、長老は庭を挟んだ先にある建物で医師をやっていること、家の庭は広くて、たくさんの木や花があり、2人でよく遊んだ事、父と母は仲がよいこと、何度もキャンプに行った事など、かわるがわる熱心に話した。
「2人とも本当によくお話ししてくれましたね。おかげで予定よりかなり長くなってしまったわ」校長先生はくすくす笑いながら言った。
「さあ、そろそろ終わりにしないとご両親が心配してますよ」
校長先生が合図をすると両親が入ってきた。
「素敵なお子さん達ですね。お話してて楽しかったわ」
「先生に名前の事、聞かれたんだよ!」エリが誇らしげに言った。
「はは、よかったな」タダは2人の頭に手を置いて微笑んだ。
「入学試験にはまた来てもらいますが‥」校長先生は続けた。「私もお二人の入学を楽しみにしてますよ」
そして2人の全寮制の学校での暮らしが始まった。
朝、自分の部屋で目覚めると制服に着替え、顔を洗って食堂に向かう。食堂では寮母達が出迎え、他の子と挨拶をかわし一緒に朝食をとった。
その後は用具を入れたカバンを持ち、おしゃべりしながら学校へ向かう。
初等部の1年生はまだ授業は午前中だけだ。その後は思い思いに学校のグランドや隣の丘で色々な遊びをした。教師はおらず子供達の自主性に任されていた。ただ子供達から少し離れたところにそっと育児ロボット達が立っていて、子供達が危ない目に合わないように見守っていた。ロボット達は基本的に子供に危険が及ばない限り何もしなかった。子供達がケンカを始めた時ですらぴくとも動かなかった。ケンカも基本的には自分たちで解決しなければならないと教えるためだ。後にも先にもリーファがロボットが動くのを見たのは一度だけだった。女の子が丘の斜面を走っていて転び斜面だったため転がってしまったのだ。次の瞬間3体のロボットが信じられないような速さで駆け寄り、1人は下から女の子を救い上げた。女の子は非常に驚いていたが、怪我もなくまたすぐに友達の所に走って行った。ロボット達は何事もなかったかのように、静かにまた子供達から少し離れて見守る位置に移動して行った。
生徒達の家庭環境は様々で、中には親がプライベートジェットを持っているような富裕層の子供もいた。そして最初は子供っぽく何かにつけて自慢をしたがる子供もいた。
「僕は学校に入るまでに10回以上宇宙旅行をした事があるよ。リーファにエリ、君たちは宇宙旅行した事あるのかい?」ある富裕層の子供が聞いた。
「あるよ。でも1回だけだ。ヴェネっていうすごく遠くにあるお母さんの故郷の星に行ったんだよ」
「ふうん。1回だけね」その子はにやにやしながら言った。
「でも」とリーファは続けた。「僕たちは父さんと母さんが操縦する宇宙船で行ったんだ」
「え?お父さん達の操縦?」
「うん、父さんと母さんは宇宙パイロットで、自分たちの宇宙船を持ってるんだ」
他の子供達は驚いて口々に「すごーい!」と叫んだ。
本当はタダとフロルが持っているのは小さな探査船で、リーファとエリが乗ったのは、タダが要請のあったテラ系の星まで探査船を運ぶために子供達を乗せて連れて行ったのでヴェネまでずっと個人の宇宙船で行ったのではないが、そんなことはどうでも良かった。それ以降、宇宙旅行に10回以上行ったと自慢した子はその話題を持ち出さなくなった。
リーファとエリの2人はあっという間に学校の生活に馴染んでいった。
夕方は食堂で皆で食事をする。その後は自由におしゃべりをする時間だ。学校で一緒なのに子供たちは際限なしに楽しくおしゃべりを続けていた。すると寮母が「さあ、みんな、ファミリータイムですよ!」と声をかけた。
生徒達はみな、おしゃべりを続けながらそれぞれの部屋に向かった。
リーファも自分の部屋に入ると慣れた手つきで壁にかけてあるゴーグルを取って身につけ、スイッチを入れて椅子に座った。
バーチャルルームに入るとタダとフロルがすでに入って来ていて並んでソファに座っていた。
「やあ、元気かい?」タダが声をかけた。
「ヤッホー!」と言ってエリが入ってきた。
「遅いぞ!何してたんだよ!」とリーファ。エリは全く気にせずにフロルに話しかけた。
「ねえ、ママ、今日、僕の作った紙芝居で褒められたんだよ!あのヴェネの神話の白い鳥になった少女の話」
「ああ、あれか。エリはあの話が好きだったもんな」とフロル。
「そうそう、何度同じ絵本を読まされた事か」タダもくすくす笑いながら言った。
「ねえ、パパ達は今はロケットなの?」
「いや、今は宇宙ステーションにいる。明日からロケットだ」
「ふうん、すごいなあ」
量子テレポーテーションを使って情報を超光速で送る通信網はテラ星系では普及していて、テラ系内ではよほどへんぴな星に行かない限り、バーチャルルームを使ったリアルタイムでの通信が可能だった。
そして2人の通う学校では特に初等部では毎晩このバーチャルルームを使って家族と話す事が義務付けられていた。しかし中には量子テレポーテーションを使っても連絡を取る事のできない親もいた。科学者などで、テラ系以外のへんぴな星に行っていたり、親が機密を守る事情から全く連絡の取れない研究所にこもっていたり、また軍に所属していて軍事上の機密のために連絡できない親もいた。そういう子供たちには代わりに寮母たちが話を聞いてあげた。このバーチャルルームのおかげでタダとフロルは遠く離れていてもリーファやエリの友達や学校生活について非常によくわかっていた。
タダは仕事に復帰してからも毎日子供達のファミリータイムに参加するため時間を合わせて休憩を取れるように契約を交わしていた。時にはそのために収入を減らすこともあったが、タダとフロルにとっては多少の収入よりは毎日の家族の時間の方が大事だった。
またタダとフロルは学校のある都市の中心部に日にち割で借りられる家具付きのマンションを借りた。仕事の合間のオフの期間はその期間だけマンションを借りる。マンションには大きめのクローゼットが付いており、服や寝具、その他各自の持ち物はこの部屋にしまっておく。このクローゼットは内部から取り外して保管してもらえる。そして次に部屋を借りる時には管理会社は次の部屋に個人のクローゼットをセットする。部屋はその時々で変わるため、窓からの景色が色々変わる1日単位で借りられるこのマンションを2人は気に入っていた。
そして両親がオフの時はリーファとエリの2人は週末にはこのマンションへ帰ってきて両親と楽しい週末を過ごす事ができた。
学校に入ると2人ともあっという間に友達が大勢できた。1学年60名の集団は全員が友達と言ってもいいような集団だった。学校に入ってしばらくすると、生徒たちは週末も仲の良い友達と過ごしたくて、オフの親がいると、その子の家に泊まりに行ったり招待される事が多くなった。「みんながみんなのお子さんと思ってください」という校長の方針の元、タダとフロルも自分たちがオフの週末は2人の子供の友人もよく自分たちのマンションに泊まらせて一緒に過ごしたりした。
また学校では週末前の午後に「親達の時間」がしばしばもうけられた。これはその時にオフである親が学校に出向いて自由に話す場だった。多くの親たちは自分の仕事について説明した。科学者の親は自分の研究について。経営者の親は経済の基本についてわかりやすく説明したし、工場を経営する親はシベリースの産業とテラ系全体の流通について基本的な事を説明した。軍に所属している親が国防について説明する事もあった。何を話すかは全く自由なので、自分の趣味について話す親もあった。ミニコンサートを開いた親もいたし、自分の絵画を並べて色々説明をした親もいた。
自分の親が他の生徒たちの前で発表するのは子供にとってはとても誇らしい事で、週末が近づくと生徒達は今度は誰のお父さんとお母さんが話すとか色々噂しあったりした。
タダとフロルも頼まれて、2人は惑星探査の仕事での船外活動の際、360度カメラで自分達の活動を撮影し、それを教室の壁や天井に映して披露した。
この「親たちの時間」には他の親たちもリモートで参加できたし、動画はアーカイブに保存されるので、その時に忙しかったり、連絡の取れない所にいる親たちも後から見る事ができた。それで、親も子供も顔を覚えてしまい、本当に「みんながみんなの両親」のようになっていた。
一年生の親達がほぼ全員「親たちの時間」の発表を終えた頃、タダとフロルは校長先生に2度目の発表を頼まれた。今度は両性種について話してほしいという。
2人はまた学校に出向き、今度はリーファとエリもステージにあげて4人で生徒達の前で両性種についての話をした。
まずタダが両性種全般について、分化型、周期変動型、完全両性型と種類があることについて話し、次にフロルが自分の生い立ちと故郷ヴェネの男女比や制度などについて話した。
初等部の生徒達とその親たちは興味深げに2人の話を聞いていた。
「興味深い話をありがとう」司会をしていた副校長が言った。「それからリーファとエリ、何か付け加えたい事はあるかな?」
「はい」とリーファは答えた。
「僕は今までに何度か三人称はどう呼ばれたいかと聞かれました。でもこれ、とっても困る質問なんです。僕とエリは未分化なんで、彼でも彼女でもないんです。で、僕はこの点について提案があります。ヴェネ語には未分化の子供を指す「あの子(ヒュイ)」と言う言葉があります。それから僕は授業で、銀河共通語は色々な星の言葉から取り入れた外来語がたくさんあると習いました。だから銀河共通語もヴェネ語のヒュイを取り入れたらいいと思います!」
エリも付け加えた。
「書類を書く時によく性別の欄があります。男、女とその次に「言わない」とか「わからない」なんかの選択肢しかない時があります。でも僕たちは言いたくないのでも、わからないのでもなくて、未分化だから本当に男でも女でもないんです。僕たちみたいな人はこの星では少ししかいない事は知ってます。でも選べる選択肢が全くないのは本当に困ります!」
「それから」とリーファがまた続けた。
「友達の家に2人で遊びに行って、僕の方が11ヶ月年上だと言うと、必ず、『あら、お兄ちゃんなのね』って言われます。僕は未分化なのでお兄ちゃんでもお姉ちゃんでもありません。これもヴェネ語の「年上の子(ヴァリル)」って言って欲しいです。」
「それから僕は「年下の子(ヴォーレル)」です」とエリも付け加えた。
聞いていた生徒と親たちは拍手をした。
「2人とも大勢の前でちゃんと自分の思っている事を言えたね。すごいぞ。よくやった!」
話が終わって同じ街のマンションに帰ってきた時、タダはそう言って子供達を褒めた。
「ただねえ」とフロルが口をはさんだ。「ヒュイってヴェネ語じゃ物にも使うんだよ。だから共通語だったら「あの子」よりも「それ」に近い感覚かな。未分化のガキなんて人扱いされないからね」
「いいんだよ!」リーファは反論した。「共通語で「あの子」の意味で使えばいいんだから」
「それにね」エリが熱心に言った。「もうちゃんとわかってくれる子もいるんだよ。アーディの所に行って、リーファが自分の方が年上だって言ったらアーディのお母さんが『お兄ちゃんね』って言ったんだ。そしたらアーディが、『2人は未分化だからリーファは『年上の子』(ヴァリル)だよ』って訂正してくれたんだ」
「お前たち、本当に成長したなあ」タダが楽しそうに言った。
友達の家に遊びに行って自分のとは異なる家庭を経験し様々な事が見えて来たのもこの頃だった。だいたいは仲の良い父と母の家庭が多かったが、シングルマザーあるいはシングルファーザーの家庭、母親が2人、あるいは父親2人の家庭。両親がそろっていてもケンカばかりしている家庭などもあった。ある時友人の家で友人の両親が口論を始めた。母親は子供達をチラと見ると父親を引っ張って別の部屋に連れて行った。
「こう言う時は親の部屋に行っちゃいけないんだよ」友人は言った。
「わかるよ」リーファが言った。「キスしてるからだろ?」
「何言ってんだよ。ケンカしてるとこ子供に見せたくないからだよ」
「ふーん。うちはパパとママがそっとベランダに出て行ったらついて行っちゃいけないって規則があるよ。キスしてるから」とエリが言って友人はそれを聞いて吹き出した。
2人は寄宿舎に帰った後でそれを思い出して笑った。2人がまだ学校に行く前の幼かった頃はタダとフロルの2人は子供達の前でもお構いなしに大っぴらに抱き合ったりキスしたりしていた。しかし学校に上がった頃から何故か2人は子供達の前ではキスしなくなった。
「ねえ、どうして僕達のいるところでキスしなくなったの?」一度リーファは聞いた事があった。
「『僕が昨日遊んでいた時、パパとママは隣のソファでキスしていました』なんて作文に書かれないようにさ」そう言ってフロルは大笑いした。
「そんな事作文に書かないよ。今までみたいにキスすればいいのに」エリも言った。フロルもタダもそれには答えず大笑いした。
でもリーファとエリはベランダでのタダとフロルを何回か目撃した事があった。ある時リーファが2階の部屋にいた時、エリがベランダから手招きした。リーファが出て行くとエリは唇に指を立てて静かにしろと合図して、一階のベランダを指差した。その先を見ると一階のベランダでタダとフロルが固く抱き合ってキスをしていた。リーファはその2人の姿が素敵に思えて見とれていた。リーファとエリのテレパシーはまだ未発達だが、2人が手を繋いだりしていると2人の潜在テレパシーが共鳴して働く事があった。そしてその時リーファとエリは父と母が信じられないほど幸せなのを感じた。すると次の瞬間エリがリーファの手を引っ張ってしゃがませた。2人は2階のベランダで手を取り合いドキドキしていた。
「あ」タダがぽつんとつぶやいた。
「ん?何?」
タダは2階のベランダを見上げた。「リーファとエリが僕たちを見ていた」
フロルも見上げた。「いないじゃん」
「僕たちに気づいて隠れたんだ」
フロルは笑った。「別にいいじゃん。悪い事してるんじゃないし」
「そうだな」タダも笑った。
そして月日は飛ぶように過ぎ、子供たちは4年間の初等部を済ませ同じく4年間の中等部へと進んだ。寄宿舎では相変わらず夕食後にファミリータイムが設けられていたが、初等部と異なり中等部では必ずしも毎日家族と話さなくてもよくなったが、それでも週に一度は家族と話すようにと言われていた。そしてかなりの生徒がファミリータイムをやめてしまい、まるで家族と話さなくなった生徒も何人かいた。
そんな中でリーファとエリは相変わらず毎日ファミリータイムにはヴァーチャルルームでタダとフロルと話をしていた。
「お前まだ毎日親と話してんの?」などと聞く子もいたが、2人は気にもとめなかった。
ただいつ頃からか、2人はタダやフロルの意見にやたらと反対するようになった。いわゆる反抗期だった。しかし奇妙な事に親の意見にいちいち反論しながらも2人は1日も休む事なくヴァーチャルルームに入ってきて会話をするのだった。
ある週末、タダとフロルがオフだったため、2人は学校の近くのマンションに帰って来た。
「ママ、あの、僕たち最近反抗的でごめんなさい」リーファとエリはこっそりフロルに謝った。
「ああ、あれ?」フロルはのんびりと返事をした。「そう言えばこの前、タダが言ってたなあ。『子供が反抗期ってのも面白いもんだな』って」
「おもしろい?」2人は顔を見合わせた。
「ああ、大学の頃、よく一緒に映画や演劇見にいったり、講演を聞きに行ったりしたけど、その後タダは必ず『君はどう思った?』って聞いてくるんだよ。そしてオレがあいつと違う感想を言うとそれをものすごく面白がるんだ。あいつ、反論されると面白がるんだよ。で、しょっ中話してたなあ」フロルは懐かしそうに言った。
「それからタダを言い込めようとしたら、よっぽど念入りに準備しないとダメだぜ。あいつは頭の回転が速いし、子供の頃から討論形式の授業受けてて、ディベートは得意なんだから。シベリースの学生ディベート大会で優勝した事もあるんだよ」
子供たちはタダが手強いという事よりもタダが自分達の反論を楽しんでいると知って戦意を完全に喪失してしまった。
それでも4人は毎日ヴァーチャルルームでの話を楽しんだ。子供たちが成長するにつれて話題は減るどころかどんどん増えていった。
しかしこの頃別の問題も持ち上がっていた。ある時週末に学校近くのマンションに帰ってきた子供達は口をそろえてグチを言った。
「ねえ、もう両性種とか未分化なんてイヤだ。今すぐ男か女になりたい!」
「何があったんだい?」タダはこれは真剣に考えなければならない問題だと直感で感じ、子供達の間に座ってしっかりと目をのぞきこんで尋ねた。
実はこれはタダとフロルも感じていた。家に遊びに来るシベリース育ちの早熟な友人達は、中等部に上がったころから二次性徴を見せ始めていた。まだ小柄ながらも男の子はたくましく、女の子はしなやかに変化していった。子供達のおしゃべりに耳を傾けていると、幼いながらも恋バナも始めて盛り上がっていたりした。しかし未分化のリーファとエリはそういった話にはついていけない。異性に対する感情というものがないし、異性に興味どころか未分化のため異性というものがまだない状態だったのだ。
「君達は両性種でまだ未分化だから仕方ないよ」そうは言ってみたもののそれがまるで解決になってない事はタダも百も承知だった。
「そうだなあ。オレが変化したのはテラ標準年で二十歳少し前だったもんなあ」とフロルの言葉もまるで救いにならなかった。
「20歳なんて100億年も先じゃない!そんなに待てないよ!ねえ、今から性ホルモン注射したら男か女になれないの?」
「変化の時期にならなきゃ何も起こらないよ」とフロル。「未分化のガキがいたずらとか間違って性ホルモン飲んじゃった例はいくつか聞いた事あるけど、基本的に変化の時期にならないと何も変わらないんだよ」
子供達は他の不満もぶつけた。学校では性教育もオープンにきちんとなされているのだが、未分化の2人には感覚的にわからない事も多く、きゃあきゃあと盛り上がりながらもきちんと話を聞いて学んでいるクラスメートに少々引け目を感じていた。
タダは言葉を選びながら話した。
「一つには君達が変化するのはフロルほど遅くはならないと思うよ。僕の遺伝も半分はある訳だし、僕は君達ぐらいの年で普通に二次性徴があったしね。それからやっぱり自分に正直にする事だよ。わからないのにわかったフリをするのは良くないね。君達が未分化で性的な事がわからないのを馬鹿にしたりするのは、そんな事をする方が明らかに間違っているからね」
「わかってくれる子もいるんだ」エリが熱心に言った。「アーディはとてもよくわかってくれてて、僕たちをからかう子がいると本気になって怒ってくれるんだ」
2人は同じ学年でいつも助けあえるのと、2人の事をよくわかっている友人もいたため、なんとかこの問題も乗り越えて行った。
2人は高等部に上がっても毎日家族で話し合った。もはや学校生活の報告などではなく、読んだ本や授業で習った事柄、政治や社会問題、人生についてなどありとあらゆる事が話題になった。
高等部になるとファミリータイムどころか、もう一年以上両親と話していない生徒も何人かいたが、リーファとエリは高等部でも毎日両親と話していた。今家族の話題になっているのは次の大統領選だった。無論リーファとエリはまだ選挙権はなかったが、各候補の公約や、これからこの星はテラ系連合体の一部としてどうあるべきかなど4人は熱く語り合った。
高等部に入ると将来の進路によってコースを選択する事になる。2人は当然のように進学コースを選んだ。2人ともがんばって両親のように宇宙大学に行くと決めていたからだ。
それは多分に両親の会話によるところが大きかった。タダとフロルはよく大学時代の思い出を話し合った。そして2人は口々に「あの頃は本当に楽しかったね」と言い合うのだった。
「一体、大学のどんな所が楽しかったの?」リーファは度々タダやフロルに聞いた。
「全部!」と答えたのはフロルだった。タダはもう少し詳しく話してくれた。
「そうだな。まず授業が面白かった。毎週ものすごい量の本を読まないといけないから予習は大変だったけど、毎時間面白かったな。毎日新しい発見があったように思うよ」
フロルも付け加えた。
「とにかく毎日朝から晩までしゃべってた気がする。何話してたのか覚えてないけど、いつも何か話してたよね」
「授業以外でも討論してたな。教授相手だったり、友人達と話したり。それぞれ専攻は違うんだけど、だからいろんな分野の面白い話が聞けたよ」
「それから毎週のように演劇やら講演会やらコンサートやら映画なんかがあったね。とても全部見きれなかった。そして見るとそれを元に話をしたよね」フロルは楽しそうに話した。
「アルバイトもしたし、よくみんなと旅行にも行ったよね」
毎日が楽しく忙しく過ぎていった。勉強をがんばって自分達もパパやママみたいに宇宙大学に行くんだ。そこで勉強して友達を作って、友達といっぱい話してそして将来の仕事も見つけるんだ。そしてその頃には自分たちも変化の時期が来て男か女になってるだろう。
未来は希望で満ちていた。そしてリーファとエリはそんな生活がこれからも続くと何の疑いもなく思っていた。
そう、あの日が訪れるまでは。
実はこの話は、次の「誰も皆ただ1人の存在だから」の冒頭、タダとフロルの長子リーファの回想として書き始めました。が、小学校入学直前から書き始めたところ、書きたい物がどんどん増えていき、かなりの量になってしまったため、独立した小説として投稿することにしました。
次作は構想はできていますが、これから書いていきます。しばらくお待ちください。