悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第126話 プール・パレード 終幕の六

「お願い、もうし、あげます」

 

 ウメは額をまだ水の浅く残る床につけながら、不慣れに言葉を発する。

 

 その土下座は……

 

 シンコウに挑みかかり、死に行こうとしている梅雪を止めるため。すなわち……梅雪の身を気遣ったものか?

 ……そういう意図がまったくないわけではなかった。

 だが、それは本質ではない。

 

 その土下座で乞うもの、それは。

 

「ウメに、成長の機会、ください」

 

 強さ。

 

 すなわち、己の欲ゆえの土下座であった。

 

「…………待ってやる。話せ」

 

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が静かに押し殺したような声を発する。

 

 梅雪はウメやアシュリーなどに甘いところがある。

 だがその声は、これから始まる話次第では、貴様であろうが斬るという、油断ならない響きがあった。

 

 紛れもなく大名の声である。

 ただのわがままなお坊ちゃんではない。ただの優しい御曹司でもない。下の者の諫言の道理をきちんと検討し、その結果次第ではお気に入りであろうが斬るという、大名のものである。

 

 ウメは梅雪の声に、銀雪(ぎんせつ)がごとき響きが見いだせたことに、感涙を流しそうになる。

 かつての、かかわるだけ損だったわがままお坊ちゃんの時代を知っている。

 だからこそその成長は嬉しく……

 

 だからこそ、ここから先の言葉の重みが増すのを感じた。

 

「ウメ、は、愛神光流を修めたく、存じ、ます。師、斬られると、困り、ます」

 

 今回……

 

 梅雪の戦いに、ついて行けなかった。

 

 それは最初、梅雪が殿(しんがり)をかって出た時から、そうだった。

 どこか遠い場所へ向かおうとする梅雪に、まずは精神面でついて行けなかった。

 

 そして今回、異界の騎士ルウと剣聖シンコウの戦いに駆けて行った梅雪に、速度でも及ばなかったし……

 

 追いついたあと。

 見ているしかできなかった。

 

 あの位階の戦闘に、噛む隙間が見当たらなかった。

 あれはウメから見て自然災害にしか思えない戦いであり、サトコを戦いの余波から守るのに精一杯で、とてもではないが、梅雪の左側に立つことなどできなかった。

 

 だが、あの戦いが、梅雪が当たり前に到達しようとし、ついに到達した場所である。

 剣聖シンコウを殺すとは……

 銀雪から家督を奪うとは、そういう位階の戦いを前提としているのだ。

 

 ウメは痛いほど実感させられたのだ。

 ──明らかに、実力が足りない。

 

「強く、なり、ます。時間を、お許し、ください」

 

 ゆえに求めるのは、愛神光流。

 ……ウメは、秘密裏に、銀雪から氷邑一刀流を習ってもいる。

 

 その剣術は強い。

 

 だが、戦いで使えない。

 

 ……梅雪以外のすべてを……アシュリーでさえ、目撃者は斬り殺す前提でのみ使用可能な氷邑一刀流。

 その覚えの早さは銀雪からお褒めの言葉をいただいたほどである。

 

 だがその条件でしか使えない剣術、梅雪の傍仕えである限り使う機会がない。

 

 なぜなら梅雪は自分のモノを大事にする。

 それを斬らないで済む状況を整えるのは難しく、それを斬る前提で振るわれる流派など、梅雪に利さない。

 

 ゆえに氷邑一刀流は役に立たない。

 愛神光流を修めるのが、梅雪に役立ち、常にその左側にいるために必要だとウメは考えた。

 

 ウメの言葉を受けた梅雪の表情、不機嫌そうにも見えるし、なんら感情がないようにも見える。

 

「……この俺が、『見逃す』ということを嫌うのはわかるな」

「はい」

「俺は、嘘はつかん。……二度と、口だけの殺意など発さぬ。その俺が、剣聖に、殺すと言った。俺は、この言葉を呑まんぞ」

「……はい」

「だが、殺す時期については言及しなかった」

「……」

「貴様の土下座に免じて、見逃そう。あの変態女が生意気にも、『今はまだ』俺を斬らぬと言う。であればその命乞いを一度だけ聞いてやるとする。『今はまだ』、俺は剣聖を斬らないでおいてやる。せいぜい、貴様のために役立てよ」

「……はい」

 

「お話し中のところ申し訳ありませんが、わたくしの意思などは確認なさらないのですか?」

 

 シンコウが、ウメの向こうで微笑んでいる。

 しかしその手に残ったフラガラッハ右剣、すでに左手逆手で持っていた。

 鞘は交戦開始地点に落としてきたゆえに、あれは納めているということだ。

 

 梅雪は鼻を鳴らす。

 

「いつから愛神光流は弟子を選ぶ流派に変わった?」

「なるほど、道理です」

「貴様を見逃す。ゆえに、ウメを弟子入りさせ、すべてを教えることを命じる」

「……いいでしょう。感謝を以て、慈悲にお応えしましょう」

 

 剣聖シンコウを見逃す──

 

 実は、強がりではない。

 

 シンコウは梅雪にとって、いつか剣の術理で超えるべき相手である。

 だが一方で、殺すだけならば、銀雪に通報して時間を稼げばいい。

 

 以前は『集団で取り囲み攻めかかる』という、ほとんどの相手に必殺の方法で逃げられたが……

 その経験を経た銀雪は、今度こそシンコウを逃がさないように単身でかかるだろう。

 

 そうすればシンコウと言えど必ず勝利できるとは言えない。

 もっと政治的に立ち回るのであれば、帝を動かしクサナギ大陸中にシンコウ討伐令でも出せば話が早い。

 いかに領主の独立独歩の気風が強いとはいえ、帝の号令であれば無視はされない。

 そうすれば、政治的に……補給などが難しくなった剣聖を、(かつ)え殺しにすることも不可能ではなかろう。

 

 梅雪が己の手で、剣の技量で勝ろうという条件でないならば、剣聖を殺す手段はある。

 

 絶対に死なない強者などいない。

 手段を選ばずただ目的のために他すべてを犠牲にすれば、どのような強者であろうが殺し得る。

 剣聖を相手に手段を選んでいるのは、梅雪が己の意地さえ捨てたくないからであった。

 

 そのことを理解しているのかしていないのか、シンコウが唇を動かす。

 

「発つなら早い方がいいでしょうね。……トヨ……ではなく、ウメ。今からあなたは、わたくしの直弟子です」

 

 剣聖は歩いてウメの横にしゃがみ……

 その左肩に突き刺さったままの刃を抜いた。

 

「ッ」

 

 刃が抜けると同時、血が噴き出す。

 剣聖は、命じる。

 

「治しなさい」

「……」

「神威循環による治癒は、神威がまったくない者を除いて誰でもできることです。しかも、あなたは剣士。肉体に神威を流す術は才能で知っているはず。早く血を止めなさい。死にますよ」

 

 これは才能のある者の傲慢な物言いであった。

 普通、できない。

 

 そもそも神威とは他者にぶつけるためのもの。クサナギ大陸の人が生まれつき持つ闘争本能である。

 剣聖が語ったのは、『拳を握ることができるなら、拳の骨を自力で継ぐこともできますね』とか、『剣で丸太を斬れるなら、斬れた丸太を元通りにすることもできますね』などの無茶振りでしかない。

 

 だが、神威操作に熟達した者は、これを可能にする。

 

 ……それは神威関連で圧倒的な才能を持つ梅雪でさえ未だに到達しない領域の、超超高等技術であった。

 

 それを今、この場でしろと言われているウメ。

 

 ……しかし、ウメにはわかった。

 

 これは、入門試験だ。

 

 愛神光流はそこらじゅうで教えられている流派である。

 目録持ちは多く、『新光流』を名乗る者も多い。

 剣聖シンコウはそれを許している、が……

 

 皆伝者は一人もいない。

 

 ……恐らく、皆伝のための修行をつけられる者と、目録止まりの修行をつけられる者とは、入り口が異なるのだ。

 そして今ウメは、皆伝のための修行の入り口にいる。

 

 ゆえに、ここが、人生の岐路。

 

 ウメは戦いの中で枯れ果てるまで使った神威を励起させ、全身に回していく。

 剣士である。無意識に神威による肉体強化は行ってきた。

 それに、肉体の修復を使える者は、剣士が最も多い。もとより、剣士とは神威を肉体に回す才能を持つ者であるゆえに、修復できる段階に至りやすい存在でもあるのだ。

 

 そしてウメの才覚は……

 

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、クサナギ大陸有数。

 

 そこに使命感が加わり、それから、欲望も加わっている。

 

 梅雪に……

 並ぶ。ともに歩く。再びその左側に立つ──

 

 才能ある少女が、理想と欲望を原動力に、今を逃せば二度とない機会に挑む。

 その結果……

 

 彼女の才能は、彼女の欲望を肯定した。

 

 深く抉れていた左肩の傷が、みるみる塞がっていく。

 

 シンコウが微笑んだ。

 

「あなたは、わたくしについて旅をなさい。三年以内に皆伝まで育て上げましょう」

 

 合格であった。

 

 ウメは全身から汗が噴き出るほどの疲労の中、「はい」とかすれた声でつぶやく。

 

 ふらつきながら立ち上がるウメを横に、シンコウが梅雪に話しかける。

 

「では、おあずかりしましょう。あなたはあなたの道を行くとのこと。であれば……三年待ちます。もしもウメが皆伝を達成するまでに、わたくしの期待に届いていなかった場合、弟子入りさせることとします」

 

 この我の強い梅雪をどのように説得するのか──だなんて疑問を抱く者はいない。

 無論、暴力によってだ。

 

 三年でウメに追い抜かれる程度であれば、梅雪を暴力で屈服させることなどたやすい──

 シンコウは暗にそう述べていた。

 

 梅雪は鼻で笑う。

 

「貴様こそ、三年で衰えるなよ。俺たちと違って、貴様はあとは衰えていくだけの年増だからなァ」

「ええ、まったくです。わたくしも留意せねば」

「…………ふん」

 

 この、煽っても受け流される感じもまた、梅雪がシンコウを気に入らない理由である。

 

 かくして……

 

 プールでの乱痴気騒ぎ(パレード)はここに終結する。

 

 のちの殺し合いを約束し……

 のちに成長し再び並び立つことを約束し……

 

 剣聖はウメとともに、騒ぎが大きくなる前にこの場を離脱していく。

 梅雪は黙って見送った。

 

 話についていけていないサトコが、梅雪に声をかけようとする。

 だがその前に、梅雪が言う。

 

「青毛玉」

「……だからぁ~、呼び方ぁ~」

「貴様の故郷、この俺が救ってやる」

「…………いいの?」

「ふん。貴様のためだと思ったか? 残念ながら勘違いだ。ただ、俺が『実戦』を必要としているだけのことよ。恐山の妖魔程度殺せぬようでは、この俺に未来はない」

 

 父・銀雪を殺す者を殺すことも、剣聖に勝利することも、できないだろう。

 ……それらは敗北しても生き延びることはできるはずだ。

 

 だが、それらに敗北しては、梅雪の心が死ぬ。

 

 我を通すために強くあること。

 それが、梅雪が、自分の未来を知ったあとに決意したことゆえに。

 

「俺は最強になる。……必ずだ」

 

 今再び、誓いを新たに。

 氷邑梅雪の旅路が加速していく。

そろそろストック尽きるので、この章終わったら時間稼ぎにside掲載しようかどうしようか

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