悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第28話 母

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の母は、とうに亡くなっている。

 

 もともと病気がちな人であったようだ。母が亡くなった当時の梅雪はその死因を根掘り葉掘り聞くほど言葉を理解出来なかったので詳しい病名は分からないが、家人が『あんな病でねぇ……』とさめざめ泣いている様子は覚えている。つまり、普通であれば死なないような、取るに足らぬ病であった、ということなのだろう。

 

 ……普通であれば。

 あるいは──

 剣士であれば、死なないような。取るに足らぬ、病であったのだ。

 

 梅雪が通されたのは本邸にある、とある部屋だった。

 使われていないその部屋は、畳の張り替えが定期的に行われているらしく、日当たりのいい廊下に面した障子を開くと、新鮮な青臭さが広がった。

 調度品と呼べるのは桐の箪笥と化粧台ぐらいのものだろうか。

 

 はるの母であるトモリは、途中まで従者を引き連れ、この部屋の中で『話』が出来るセッティングをさせた。

 しかし、それが済むと従者どもを部屋から出し、遠ざけてしまった。

 どうにも人に聞かせられない話が始まるらしい。

 

 部屋に残されたのは、梅雪、トモリ……

 それから、はるの三人だった。

 

「本当に憎たらしい子供」

 

 さて話そう──というタイミングになってトモリが発したのは、余りに挑発的な一言だった。

 かつての梅雪であれば、立ち上がって『無礼者!』と叫び、下手をすると刃傷沙汰にまで発展していただろう。

 

 だが、梅雪は座布団の上に正座をしたまま、黙って続きを待っていた。

 トモリは、つまらなさそうに鼻を鳴らし……

 

 寂しそうに、笑った。

 

「……癇癪持ちのきかんぼうが、少しは成長したようですね」

「ありがとうございます」

「…………違う。違うのです。こんなことが言いたかった訳ではなかった。梅雪殿、お詫び申し上げます」

 

 そこでトモリが余りにも自然にした行動に、梅雪は思わず、目を見開いて驚いた。

 深々と、頭を下げたのだ。

 あの癇癪持ちでヒステリックで、梅雪を見るたび『後継者にふさわしくない』だの『氷邑の家名を汚す』だのうるさいこの女が、余りにも自然に、頭を下げた。

 困惑が先に立つ。

 

 トモリは頭を上げ、話を始める。

 

「勘違いなさらぬように。あなたにつらく当たって来たと気付き反省した訳でも、あなたを『後継者にふさわしくない』と述べ続けていることを後悔した訳でもありません。あなたは後継者にふさわしくない。これは、いまだにそう信じております」

「……」

「……ただ、あなたの母について語ろうと誘いだして、つい、いつものように接してしまった。その卑怯な振る舞いは、深くお詫びします」

 

 ただのヒステリックな女──それが、梅雪から見たトモリである。

 だが、今の一言は、トモリの裏側になんらかの物語があるのではないかと想像させるに充分な何かを梅雪に感じさせた。

 

 トモリは懐を探って煙管(きせる)を取り出す。

 だが、はると梅雪を見て、煙管をしまった。

 

「わたくしとあなたとの関係、わたくしからあなたへ向ける感情は、普段の通りです。けれど……その感情が、あなたの母への想いに発していることは、否定のしようもありません」

「……」

「あの人は、わたくしの姉のようなお方でした」

 

 意外──でも、ないのかもしれない。

 冷静に思い返せば、トモリが梅雪につらく当たる時、梅雪個人の資質のなさをなじるようなことは言われたけれど、梅雪の母のことを悪く言ったことだけは、一度もなかった。

 

「あなたたち子供からすると、我らのような者にも子供時代があったことを不思議に思うやもしれません。……しかし、わたくしどもにも確かに、子供であったころはあったのです。……銀雪(ぎんせつ)様。わたくし。そして、あなたの母。梅雪殿、我々はね、竹馬の友でしたのよ。わたくしと、あの方との間には、確かに、秘密の遺言を託されるだけの関係性があったのです」

「……はい」

「では、あの方の言葉を伝えます。……『好きなように生きなさい』」

「……」

「たった、これだけなのです。死病の淵にあるあのお方が、あなたへ託そうとしたのは、ただこの一言だけなのです。この言葉は、銀雪様にも伝えておりません。わたくしが、あなたが、この言葉を聞けるだけの(はら)の深さを得たと信じられた時に伝えようと、秘密の小箱の奥底に大事にしまっていたものなのです」

 

 梅雪は、目を閉じ、その言葉を噛み締めた。

 奥歯を食いしばる。

 そうしないと、泣き出してしまいそうだったから。

 

 トモリは、

 

「……わたくしがあなたの母であったならば……」

「……」

「いえ。失言でした。……ここは空気が悪いですね。少し、外に出ています」

 

 そう述べると、立ち上がり、部屋を出て行った。

 障子がカタンと閉められる。

 

 その音を合図にしたように、梅雪は涙を流した。

 

『好きなように生きなさい』。

 

 なんてことのない一言だ。特別でもなんでもない言葉だ。もっと気の利いた言い回しはこの世の何万言もあり、もっと大事なように聞こえる表現はこの世に無限に存在する。

 

 だがそれは、死病の淵にある、名門の家の嫁の、それも長男を生んだ人の言葉であった。

 

 家督というのは当然ある。名門の長男に生まれたからには、その家を継がねばならない『縛り』が、世には当然ある。

 

『好きに生きなさい』。

 

 その言葉がどれほど重いのか、今の梅雪には深く理解出来た。

 

 見捨てるようにも聞こえる言葉だ。

 ……実際、剣士の才能がない子を産んでしまって、それを見捨てるための言葉であった可能性も、排除は出来ない。

 

 排除は、出来ない。

 排除出来ないのだ。だって、死者の言葉なのだから。

 

 死者の言葉、だから──

 その解釈は生者にゆだねられる。

 

「母上」

 

 今の梅雪は、母の遺言を……

 憎々しく思っている義理の母から告げられたその言葉を、

 

「私は、最強になります」

 

 前向きに捉えることが出来るだけの強さを宿していた。

 

「……何もゆずらない。何も渡さない。何も、奪わせない。名門氷邑家の後継者という立場だって、捨てはしません。私は……私は、この社会が求める才覚を持たない。しかし、私は……」

 

 梅雪は目を開き、

 

「誰にも負けない」

「……あにさま」

 

 気付けば、はるがすぐそこにいた。

 梅雪は、はるを抱きしめた。

 ……力いっぱい、抱きしめた。

 

 でも、はるからすればきっと、弱々しい抱擁なのだろう。

 ただいたずらに、妹のはるを可愛がっていたころの梅雪は、はるの『事実』を見ようとしていなかった。

 

 剣桜鬼譚(けんおうきたん)の知識で、はるが剣士という兵科であることを理解していた。でも、氷邑梅雪は、はるが剣士である事実を無視していた。

 ……この妹が自分より強く、事実として、氷邑家後継に望まれる才覚を持って生まれたことを、意識の外に置いていた。

 だって、そうしなければ、唯一信じられる、可愛い妹にさえ、嫉妬と憎悪を抱いてしまうから。

 でも、今は──

 

「お前にだって、負けない」

「……あにさま」

「俺は、最強に成る」

 

 誓いは繰り返すほどその強固さを増し、輪郭を明確にしていく。

 明確になった輪郭は陰影を帯び、陰の深さでその目標がどれだけ高いかが明確になっていった。

 

 だがそれでも、誓いをたがえることはなし。

 最強になる。

 

 誰にも負けない。

 死体であった氷邑梅雪は、この世界で、生きていく。

 

 

 余談も余談。

 母の言葉を告げられてから、暫くして、トモリは部屋へ戻って来た。

 そのころにはすでに梅雪の涙もやみ、はると梅雪とは適切な距離を保って座っていた。

 

「はる、帰りますよ」

 

 トモリの発言に梅雪がつい笑いそうになってしまったのは、本当に彼女が『いつも通り』だったからだ。

 

 梅雪などいないかのようにする態度。はると梅雪を長く接させたくないという態度。

 ただし、いつものトモリは無限に梅雪への悪態をつく。それがない、ということは、彼女も癇癪持ちの利かん坊のヒステリックの煽り耐性皆無女に思えて、しっかり『大人』であったということ、なのだろう。

 

 普段見ることのないその人の内側みたいなものが見えると、たまらなくおかしくなってしまうものだ。

 だから梅雪は、こらえきれずに笑ったのだが……

 

 案の定、というか、なんというか。

 トモリの赤い瞳が、ぎろりと梅雪をにらみつける。

 

「今、わたくしを嗤いましたか、梅雪殿」

 

 それはまあそうなのだが、別に馬鹿にして笑った訳ではない。

 だがしかし、ああもケンカ腰で来られると、梅雪の方としてもいちいち弁解をし、フォローしてやる気が起こらない。

 

 だいたいにして、梅雪はそもそもトモリのことを癇癪持ちの利かん坊のヒステリックの、こうして煽りでもなんでもない発言や反応をあげつらって煽り扱いしてくる妄想の中で生きてる頭あっぱらぱー女だと思っているのだ。

 

 母の遺言を渡された時には気の迷いのせいで感謝しかけたが、そもそも、母から自分に伝えてほしいといった遺言を受け取って、勝手な判断で取りおいていたあの判断も、思い返せばいたく気に入らない。

 なので梅雪の対応はこうなる。

 

「おや失礼。そういえば奥方様は周囲の者が常に笑顔でいるように感じ取る、素敵な頭をしておいでのお方でしたね。歩く道もさぞや美しき花畑なのでしょう。素敵な生き方です。感服いたします」

「梅雪殿」

「いかがなさいました?」

「そもそもにして当主夫人に招かれたというのに手土産の一つも用意がないというのは礼儀作法としていかがなものかと思いますが。あなたからの手土産など欲している訳ではありませんけれど、急にこのような場を設けられても世話役を務める子飼いの従者の一人や二人、後継者たらんとするならば心当たりがあって当たり前です」

「子飼いの者でしたらおりますが」

「その者は当主夫人に土産を渡せるほどの家柄ですか? よもや奴隷だの忍びだのといった日陰者しかいないなどとはおっしゃいませんよね?」

「これは一本とられましたな。いやはや、役立つ者をと見繕っていましたら、いつの間にかおっしゃられる通り、奴隷だの忍びだのといった者との付き合いが深くなってしまいました。なぜって、この家には家柄やら血統やらを誇るくせに役にも立たない奴隷未満の者が余りにも多く……おっと、失礼。そういえば奥方様の従者は二言目には家柄、血統と、まるでそれ以外に誇るものなど一切ないかのような話運びをする者ばかりでしたな。いえいえ、素敵な方々だと思います。『類は友を呼ぶ』という言葉が身に染みる思いです」

「梅雪殿──」

 

 二人の言い合いが『言葉選びの速度と肺活量がどうなっているんだ』という領域に到達しそうになったところで、二人の間にはるが割り込んだ。

 

「お母様、戻りましょう!」

「……梅雪殿。それでは」

「ええ、奥方様もどうぞ足元にお気をつけて。離れの掃除はあなたの従者の務めでしょう? 『家柄』だけでは雑巾にもなりませんので、床が汚れていないか心配です」

「梅雪殿──」

「帰ります! あにさま、また!」

 

 はるがグイグイとトモリの背を押して去っていく。

 完全に気配が遠ざかったところで、梅雪が「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「全く、どうしてあのような女から、はるのような者が生まれるのだか。一体誰に似たんだ。よもや俺の母か?」

 

 生まれた時期的に、はると、梅雪の母とは全く面識がない。

 ……そしてもう一方で、はるが梅雪の母に似ているとすると、その梅雪の母と似ていない梅雪は、一体誰に似たんだ、という話になるのだが……

 

 そこから先は、思考を進めるだけでも危険な領域。

 もしも気付いても触れぬが仏の、余談も余談であった。




三章まで終了
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