悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第282話 運命の女神斬滅戦 三

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の懸念点。

 

 あの都合の良い奇跡を起こす『女神』が果たして本当に、『詰んでいた』から剣桜鬼譚(けんおうきたん)異聞(いぶん)に入ったのか?

 

 そうではない。

 恐らく自分はまだ、あの女神を『詰めて』はいないだろうと、梅雪は考える。

 

 だが、実際──

 

 自分は無事で、剣桜鬼譚・異聞を出た。

 そして、ヴィヴィアナも、そこにいる。

 

 場所は剣桜鬼譚世界ではない。クサナギ大陸──『現実の』クサナギ大陸だ。

 龍ゾン寺(ドラゴンゾンビ・テンプル)領の湿地帯。無限に広がるのではないかというジメジメした地面の中で魔界ムツゴロウが飛び跳ねる場所。肉色の魔界塔がプレス機に挟まれたようにぺちゃんこになってそこに広がり、上空の黒雲からはピンク色の雷が断続的に降り注ぐ、この場所……

 

(俺のスキルは消えていない。その上で戻ったということは、ヴィヴィアナが『死んだ』ということ。だが……)

 

 梅雪は、呆然とそこに立ち尽くすヴィヴィアナを見ている。

 

 体が透明な水でできたような、神。あるいは妖精。

 クサナギ大陸において河童(ウンディーネ)と呼ばれる種族の──原種であることを、梅雪は知らないが。似た特徴を持ち、透けるような白い羽衣をまとった女。

 立ち尽くす足は地面についてはいるが、その場所だけ豊かな緑と清浄な露があった。周囲の湿地帯ではない。『神の領域』──

 

(……スキルは最初から見えんが、弱体化はしているとは、思う。思うが……『神』はもともとのステータスが高すぎるのか、弱ってもなお、強靭さがある)

 

 現に……

 

 今、ヴィヴィアナは、大友(おおとも)国崩(えくす)を始めとした手練れに囲まれている。

 その全員が、呆然と立ち尽くすヴィヴィアナを視界の中心に捉えているわけだ。

 

 だが、誰一人、攻撃を開始しない。

 

 剣桜鬼譚・異聞がどういう攻撃かを知っているウメやアシュリーさえも、行かない。

 かく思う梅雪さえも、足が前に出ない。

 

 隙だらけに見えるのに、動けない。

 

 ──都合の良い運命を引き寄せる権能は、消えていない。

 

 隙だらけだったヴィヴィアナの顔に、『我』が戻る。

 

 そうして視線は、梅雪の方向を見ていた。

 

「無視、されちゃいましたねえ」

 

 笑っている。

 この女神は、いつでも、気が抜けたような微笑を浮かべていた。

 だが、今の顔は……

 

 笑顔の質が、これまでと違う。

 

(まずいな、(さくら)になった)

 

 厄介女の厄介度が最高潮に達した時に向けられる視線のねばつき。

 梅雪は遺憾ながらそういう視線に詳しい。

 

 あの視線は剣聖であり、桜であり、それから、ぶっちゃけるとウメであり、最近のはるでもあった。

 

「衝撃……」ヴィヴィアナが己の胸に手を当てて、何かを噛みしめるように目を閉じた。「そう、衝撃、なんでしょうねえ。無視された……無視された、こと自体は、いくらでもあった気がしますけどお。……うーん、うまく、言えませんねえ。どうしましょう。どうしたらいいのでしょう?」

 

 目がこちらを見ているので、梅雪は舌打ちをする。

 

「今すぐ死ね」

「……ああ、そうでした、そうでした。そういえば──あなたたちは、わたくしを殺さないといけない状況でしたねえ」

 

 ヴィヴィアナが、空を見る。

 そこには、龍ゾン寺領にいつもある黒雲をぽっかりその部分だけのけて、白いものが──『異世界』がある。

 

 最初に見た時よりも、『異世界』が地上に迫っている。

 

 その動きで、梅雪の中で、『あの上空に浮かぶヤバいものの原因は、やっぱりこいつだった』という事実が確定した。

 

 ヴィヴィアナは視線を梅雪に戻した。

 

「神の座にあっても、運命という大いなる流れに組み込まれること、あるんですねえ」

「……」

「あれは、わたくしの世界です。わたくしは、ほどなく、あの世界に帰ります。神に戻ってしまったから、そういうことになっていたんですねえ」

「……そうか。さっさと帰るなら見逃してやらんでもないぞ。今すぐ目の前から消えて欲しいからな」

「ですが、あなたと離れたくないと思ってしまいました」

 

 梅雪の浮かべた表情が苦々しいものだったのは言うまでもない。

『運命』。特に梅雪は女難の相があるのか、女が絡むと事態の厄介度が雪だるま式にふくらんでいく傾向にあった。

 

「なので、『異世界墜とし』を完遂して、この世界をわたくしの世界にしちゃいましょう」

「……貴様のしていたことがようやくわかった。一応、聞いてやる。……その『異世界墜とし』とやらは、最初、特に目的や理由があってしたわけではないのか?」

「え? はい。実行できそうだったので、試したくなっただけですよお?」

「そうか。貴様がド迷惑な行き当たりばったり女だということがわかった」

「でもですねえ、過去のわたくしがしたことで、今、この世界をわたくしの世界にして、あなたとずっと一緒にいられる可能性が生まれたんです。これは──運命ですよねえ? まるで、こうなるために、あらゆる要素が詰みあがって、組みあがってきたみたいな……これが、人間の感じている『運命』というものの感触だったんですねえ。すごいです──」

 

 さすがにこれ以上たわごとを重ねられたくなくて、梅雪は飛び出した。

 

 もっと早くに飛び出して、剣でもってあの口を閉ざすべきだった。

 できなかった。まるで会話し、『見』に回るのが当然のように動けなかった。

 

 そういう選択肢があった。なので、そうなった。

 

 相手はやはり、運命を掴み取る力を失っていない。

 

(デフォルト、スキルでもなんでもない──運命操作はこいつの生態か! くそ、厄介だな、神は!)

 

 忌々しく思いながら振った剣は、ヴィヴィアナの首を断った。

 だが、体が水そのものでできているのか、断たれたそばから首がつながる。

 

 ヴィヴィアナが、手を前に出す。

 

 ゆっくりした動作だったが、梅雪はまるで吸い込まれるように、ヴィヴィアナの掌の前に体が流れるのを感じる。

 

 何かが来る──

 

「梅雪様!」

 

 ──直前、黄金の輝きをまとった国崩が、梅雪を突き飛ばす。

 

 直後にヴィヴィアナの掌から放たれたものが、梅雪のいた位置を貫いた。

 氷の槍。そう見えるだけの『運命の袋小路』。

 

 ヴィヴィアナは梅雪の運命を詰もうとしている。

 そして、先ほど見せた梅雪への執着を考えれば──その『詰み』は、『死』ではないのだろう。

 

 死よりおぞましいバッドエンドが、氷の槍の形状で放たれている。

 

「国崩──」

「何かを用意なさっているのでしょう」

「──……」

「時間が必要と見ました。わたくしどもにお任せを!」

 

 梅雪は、『運命をどうにかする術式』を組みながら戦っている。

 剣桜鬼譚・異聞も言ってしまえばそのための時間稼ぎ。あの運命の女神を殺すには、『詰みしかない袋小路を用意する』か、『運命操作をやめさせる』しかない。

 だから梅雪は解析し、準備をした。……用意された試練に正道で立ち向かってやるのは癪だが、剣桜鬼譚・異聞で弱体化させても止まらない『生態』ならば、どうにか対抗するしかない。

 

 ……だが、わかる。

 

 知識が足りない。

 

 運命の術式化──ヴィヴィアナは梅雪にその才能があると見込んだのだろう。

 だが天才だからこそわかる。才能だけでできることには、限度がある。知識というのは、どうしても必要になる。特に、時間がない時には。

 車輪の再発明をしている場合ではないのだ。知識がいる。神の知識が。

 

 そして、その『神の知識』は……

 

 この先。

 

 龍ゾン寺領よりも西。

 

 ニニギの迷宮に、眠っている。

 

 しかし梅雪が今からニニギの迷宮に行くには、あの厄介すぎる『女神』の足止めを誰かに託さねばならない。

 ……そもそもにして、『異世界墜とし』が完遂される前にニニギの迷宮を攻略できるかも未知数だ。シナツの迷宮を攻略した経験、ホデミの迷宮を攻略した情報から、間に合う可能性はないでもないが、ニニギの迷宮が特別広大でない保証はどこにもないのだから。

 

 その賭けのために『味方』の命をチップにすることは、梅雪にはできなかった。

 

 甘さ。

 

 氷邑梅雪は『己の物』に執着する。

 大人になった。精神は安定した。だが、『分の悪い賭け』に味方の命を使うことには抵抗がある。

 

 それを、

 

「何を悩んでいるかは存じません。しかし──今のあなたは強壮(ノブレス)ではございません」

「……」

 

 ヴィヴィアナの攻撃が雨あられと降り注ぐ。

 詳しい効能は不明。だが、当たれば『詰まされる』。死ぬ可能性が少しでもあれば、肩をかすめただけで死ぬだろう。あの攻撃は、そういうものだし……死ぬ可能性がないならば、死ぬ可能性のある状況に運命が追い込まれる。そういう、対処の不可能なものだ。

 

 それが降り注ぐ中、それを避けながら、

 

「必要なものがあれば、なんでもわたくしにおっしゃいなさい。わたくしがすべて、用意してみせましょう」

「……なぜ、そこまで言う?」

「あなたの母親になりたいからですわ!」

 

 絶句。

 梅雪は、この『死』が降り注ぐ戦場で、一瞬、呆けてしまった。

 

 攻撃に当たらなかったのは、運が良かったとしか言えない。

 ……あるいは。

 

 運命がまだ、死ぬなと言っている。

 

「つらい時! 困っている時! 欲しいものがある時! 子は母に甘えても良いものなのです! 弱っている時! 悩んでいる時! 母は子を無条件に抱きしめるべきなのです! わたくしが、それをします!」

「貴様は俺の母ではない」

「だからこそ行動で示すのです!」

「……」

「立場は先にあるものではありません。行動についてくるものなのです。──さあ梅雪様、欲しいものを言ってごらんなさい! わたくしが、なんだって用意して差し上げますわ!」

 

 ……正しくは。

『梅雪の母になりたい』ではなく、『銀雪(ぎんせつ)の妻になりたい』というのが、国崩の望みなのだろう。

 

 だが。

 ……だが。

 

(……どうして俺の周囲には、厄介な女ばかりが集まる)

 

 梅雪は、確かに、感じた。

 

 体格は確かにデカいが、年齢は、自分とそう変わらないであろう大友国崩……

 

 その『母』としての覚悟を、感じさせられてしまった。

 

(厄介だ。ああ、本当に、厄介極まりない。だが、だが……だが……その厄介な女にここまで言われて、まだグダグダ決断を先延ばしにし、その結果敗北でもしたら──さすがに、間抜けすぎる!)

 

 氷邑梅雪は、覚悟を決めた。決めさせられた。

 

「大友国崩! 時間を稼げ! 俺が戻るまでだ!」

承諾(エレガント)! さあ聖騎士団のみなさまァ~! わたくしの結婚の前祝いですわ! はりきってまいりましょう!」

 

祝着(ノブレス)!』

 

「島津一党! 大友と協力しそこの厄介な女神をこの場に留め置け! ウメ、アシュリー、イバラキは俺とともに来い! これよりニニギの迷宮を攻略しに行く!」

 

「ぞんちゃんは!?」

 

「そもそも貴様はなぜ味方ヅラでここにいる!? 好きにしろ!」

 

 龍ゾン寺と大友国崩のやりとりを知らないので、梅雪にとって龍ゾン寺は『なんか味方っぽく立ち回ってるが、その理由は一切わかりません』という相手だった。

 

「クソ女神め。父とともに迷宮攻略をする予定だったというのに、貴様のせいで色々なものがめちゃくちゃだ。殺してやるから首を洗って待っていろ!」

 

「待ってくださいよお」

 

 ヴィヴィアナの視線が梅雪を捉え、その指先から『運命の袋小路』が放たれる。

 

 だが、その射出攻撃を、国崩が黄金の神威をまとった拳で叩き落とした。

 

「人の子供に勝手に魔法攻撃をするなどと、このわたくしが許しませんわ!」

 

「貴様と父の結婚を認めたわけではないからな!?」

 

「きっと認めることになるでしょう!」

 

「ならんわ!」

 

 梅雪がシナツの加護で加速し、郎党とともに戦場を離脱する。

 追いすがろうとするヴィヴィアナの前に、国崩が立ちふさがる。

 

「短距離テレポートは使えなくなっているようですわね! 実に祝着(エレガント)!」

 

 剣桜鬼譚・異聞は、『生態』ではない後天的に得たスキルを確かに剥奪していた。

 

「………………」

 

 女神が静かに、しかし、これまでと質の違う笑みを浮かべた。

 その笑みには、目的を邪魔する者への殺意が宿っている。

 

 ……かくして。

 

 梅雪らはニニギの迷宮へ。

 そして……

 

 国崩らは、神の足止めを、開始する。

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