悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第283話 運命の女神斬滅戦 四

「気に入りませんねえ」

 

 ヴィヴィアナの攻撃が降り注ぎ続けている。

 だが、大友(おおとも)国崩(えくす)は、その攻撃の質の変化を感じ取っていた。

 

(雑ですわね)

 

 梅雪(ばいせつ)の姿が視界からなくなった時点から、ヴィヴィアナの攻撃ははっきりと雑になっていた。

 

 これまでも別に、『針の穴を通すような精緻さ』とは言い難い。だが、少なくとも『いくぞ』という気合みたいなものは、わずかにあった。

 今は『垂れ流している』と言いたくなるぐらい雑。どこも狙っていない。当てたいという意識もない。ただただ惰性で続けている──そういう、雑さだ。

 

 だから、国崩は笑った。

 

(非常にまずい)

 

 この雑さを知っている。

 

 かつて、故郷の世界で王太子殿下を殴り倒したが……

 

 その時にも、あった雑さ。

 

 これは……

 

 一方的に嬲れると思っていた格下の予想外の抵抗に苛立ち。

 これまで視界にも入っていなかったその格下の弱者が、自分の行動を阻害したことにストレスを感じ……

 

 ……本気で殺しにくる。

 

 その直前の、雑さだった。

 

 故郷世界での王太子殿下は、実力的に国崩に及ぶものではなく、ただの思い上がり、ただの根拠のない傲慢、ただの思い込みによって自分を絶対的上位だと信じていただけの空虚なものであった。

 

 だが、目の前の女神は、こちらを殺せる力がある。

 大友、島津(しまづ)龍ゾン寺(ドラゴンゾンビ・テンプル)の九十九州三大国の連合が今、梅雪によって組まれていた。

 この三軍の連合に勝てる勢力は九十九州に存在しないし、クサナギ大陸全体を見回しても、限られた一部の軍以外には対抗できないだろう。

 

 だが……

 

 たった一柱の女神は、この三軍連合を殺し得る。

 

 国崩はそれを感じ取っていた。

 龍ゾン寺はわからないが、島津も恐らく、感じていることだろう。

 

「ああ、面倒くさい、面倒くさい……どうして、好きなことをしたいだけなのに、たびたびこうやって、邪魔が入るのでしょう? 神の座を落とされた時も、みんな、わけのわからないことで怒るし。クロードさんにわたくしの『選択肢』を与えた時も、なぜかわたくしを狙う国家が出るし。……おかしいですよねえ。人にも、神にも、やりたいことを好きにやる権利も、それをいちいち邪魔されない権利も、あるはずなのに。なんで、わたくしは、好きなことをしているだけで、こうも邪魔されたり、怒られたりするのでしょう……」

 

『本気でわかってない』感じがありありと伝わる声だった。

 この女神は『人に迷惑をかけてはいけません』という、人間の基本がわかっていない。

 自分が行う『好きなこと』が、誰かの人生をねじまげ、終わらせるようなことであるというのを、わかっていない。

 

 ……あるいは、わかっていても、気にしていない。

 

 人間にも、思考と社会性が破綻した結果、『誰かが自分の行為のせいで迷惑を被るかもな』という考えが抜けている者は存在する。

 

 だが、国崩から見えるヴィヴィアナは、そういうのともまた違っているように感じられた。

 あれは……

 

(破綻していない。あのお方は、神々が人と交わる中で得てきた『変化』をまったく受容していない、神らしいまま生き抜いてきた、神なのですね……)

 

 人と神とは、時代を経るごとにその距離を近くしてきた。

 

 神の実在が確認されている世界においてはもちろんそうだし、神が与太話・実在しないものであると多くに思われている世界でさえ、そうだ。

 

 神話というのは『ただ、そこにある、どうしようもない、荒々しいもの』として神を著すところから始まり、だんだんと『利益(りやく)』や『祝福』という方法によって、人に恩恵を与えるものだという書き方に変化していった。

 そうしなければ神は存在できないからだ。

 人とまったく無関係な世界で生きる、人にまったく資さないものなどに、人は人格を認めない。

 神という人格は人口に膾炙(かいしゃ)することで維持される。であれば、神はだんだんと人に寄っていくものとなるのが必定だ。神の行動や思考は人に関係するものにダウンサイジングされていき、『ただ、そこにあり、人のことなど眼中になく振る舞う神』は、人格を失い、ただの自然現象に解体されていく。

 

 ……だが。

 

 世界の環境か、はたまた生まれ持った権能か。そういった要素で、人に寄らず神のままでいられる神というのも存在する。

 

 たとえば人の才能を祝福する神。

 運命を操る神。

 

 その存在意義・権能に最初から『人』が含まれている者は、無情で無慈悲で、そして人におもねることなく、あり続けることが可能になる。

 

 運命の女神ヴィヴィアナは、まさしくそういう女神だった。

 だから、人に寄った者の増えた神の社会から排斥されたが……

 

 今、滅びた世界の、唯一神に返り咲いてしまっていた。

 

 その唯一神が、『自分の行いを邪魔する、雑には殺せない人間』に対し、どう出るか?

 

「召喚」

 

 それは世界に対する命令だった。

 だが、剣桜鬼譚(けんおうきたん)異聞(いぶん)によって後天的に得たスキルを失っているヴィヴィアナは、異世界へと渡ることはできない。

 

 ……だが、剣聖がそうであったように。

 人格や知識は損なわれない。

 

 なぜ、この場を『異世界召喚』の儀式場に選んだのか?

 

 それは、そもそもこの場が、他の世界とつながっているからだ。

 クサナギ大陸は『神がこまごまと発生し、消滅し、消滅した余白に異世界のつけ込む隙ができる』といった事情から、異世界との穴が空きやすい。

 だが、空いた穴は、穴が空きやすいのと同じ理由で長持ちしない。空白地帯にまた新しい神が生まれ、その穴を塞ぐからだ。

 だから通常『異世界とつながりっぱなし』にはならない。人などのその世界の生物が迷い込むにとどまる。

 

 しかしこの場所は──

 

 龍ゾン寺領は、魔界塔を通じて、魔界とつながり続けている。

 

 だからこそその『つながり』を経由して、穴を広げるだけで『異世界そのもの』を召喚可能だと、ヴィヴィアナは踏んだ。それが、この場所を儀式場にした理由だ。

 

 ……この場所は、魔界とはすでにつながっているのだ。

 

 だから、女神ヴィヴィアナは、呼びかける。

 

「魔界の方々~。少しだけ広げますねぇ」

 

 すでにつながっている魔界から、稀人を招く。

 呼びかけだけならば可能なのだ。

 異世界召喚のように『魔界とのパスを経由して……』という複雑なことをする必要もないし……

 

 呼び出したものをコントロールする気もない。

 

 だから、呼びかけて、呼び出すだけならば、充分に──この場所に『儀式場』を形成した知識があれば、可能だった。

 コントロール、つまりスキルのいらない呼び出しに応じて、そこらじゅうに、魔界からの穴が開く。

 

 そうして触手どもが無尽蔵に湧き出し始める。

 

 人為的な『魔異(まい)』の発生。

 ただの野放図な異世界から魔界のモノを送り込む方法。

 

 この魔界からのモノらによって、国崩らを倒す腹積もり──

 

 ──では、ない。

 

 神が、雑には殺せないモノを殺そうとする場合、どうするか?

 

 どの世界でもそうだが、神はそもそも雑にしか振る舞えない。

 それは人間という矮小なる者の視点で神を観測すると、必ずそうなる。だからこそ、神話の神はやりすぎる。たとえば、世界に巨大な洪水を発生させて生物という生物を押し流したり。たとえば、『世界を喰らう獣』なんていうものを発生させてしまったり。そういうことを、する。

 

 なので、神が『雑に処理できないもの』に阻まれた場合、こうする。

 

「ああ、たくさんですねえ。──取り込んで、格を上げるには充分ですう」

 

 雑に処理できるように、自己強化をする。

 

 魔界の触手どもが、女神ヴィヴィアナのところへと吸い込まれ、取り込まれている。

 

 女神ヴィヴィアナの、透き通るような水の玉体(ぎょくたい)が、魔界のモノどものせいで黒く濁っていく。

 ヴィヴィアナの体が肥大し、肥大し、肥大し……

 

 巨大になっていく。

 

 国崩たちは、洪水のように流れ出し、ヴィヴィアナに吸い込まれていく魔界のモノどもに巻き込まれないようにするのが精いっぱいで、この女神の肥大化を──格の上昇を止めることが、できなかった。

 

 ……かくして。

 

 女神ヴィヴィアナは、新たな神として新生する。

 

 ……いや、新生し続けている。

 

 開けた魔界からの穴を閉じる気がまったくない。

 どこまでも吸い込み、どこまでも巨大になっていく。

 

 そのサイズは見るまに無事だったころの魔界塔を超え、スライムのようにぶよぶよし、数えきれないほどの触手をうごめかせる、おぞましいものへ変化していった。

 その黒いスライムの超常に、体を黒く濁らせたヴィヴィアナの上半身が生える。

 

「……キモすぎるんだけど」

 

 島津の三女、トシヒサが率直な感想を述べた。

 

 ……先ほどまでは『美しい』と言える容姿だったヴィヴィアナが、今は、触手を大量に生やし、ボコボコと泡立つ粘度の高い、巨大に肥大した体を持つ、醜い姿になっていた。

 

 だが、当のヴィヴィアナは気にしない。

 

 巨大スライムの頂上付近に生えた上半身。そこにある黒く変色した顔がにっこりと微笑み……

 

 超巨大なゲル状の体から、超巨大な触手を生やして、国崩たちを薙ぎ払う。

 

 サイズが違いすぎる神からの、あまりにも雑な一撃。

 

 数や質を雑に覆すにはサイズをデカくすればいいという極めて雑な思考による『邪魔者の処理』が、国崩らを襲う──

 

 ──だが。

 

 国崩、島津、龍ゾン寺。

 

 こちらの陣営には、まだ一人、味方がいる。

 

 

 超巨大なゲル状触手の薙ぎ払いを、青銀の一閃が斬り裂いた。

 

 

 その一閃は、神の触手を斬り落としてなお前進し、龍ゾン寺領に空いた『魔界とつながった穴』をも斬って、強制的に閉ざす。

 

 その一閃を放ったのは──

 

「さて、状況がわからないが……」

 

 銀髪の。

 碧眼の。

 身長の高い、美丈夫。

 

「……一目でわかってありがたい。アレは、斬っていいモノだね、国崩嬢」

 

 重代宝刀・銀舞志奈津(ぎんまいのしなつ)を構えながら国崩の横に立つ男性。

 

 氷邑(ひむら)銀雪(ぎんせつ)が、龍ゾン寺領にたどり着いた。

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