悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第287話 運命の女神斬滅戦 七

 寵愛対象を捕捉した女神が、歓喜の笑みを浮かべる。

 

 そうして行われる求愛行動。

 

 人生を詰むための攻撃。

 

 ヴィヴィアナは黒く濁ったゲル状の触手を、幾本も幾本も氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)に向けて放った。

 それは運命を詰むための攻撃だ。『運命の袋小路』──その実態は『選択肢消去攻撃』。人には無数に選択肢がある。人が何気なくする行動はすべて、無意識下・意識下で何かを選択した結果である。

 その選択肢を消していく。運命に直接働きかける術式。

 

 これを受けすぎると、できる行動が減っていく。

 当たるはずのない攻撃にあえて当たるかのような選択しかできなくなったり……

 

 なびくはずのない女神(おんな)に、なびくしかない状況に追い込まれたりする。

 

 人の術式ではない。神の生態、神の息吹だ。

 だからこそ、たとえ神威(かむい)を消費しての攻撃であっても、梅雪はこれに対して神喰(かっくらい)を使うことができなかった。こんなモノを己の体で回しては、どんどん選択肢が減っていく。

 これはほぼすべての『神威による致命の一撃』を吸収し自己強化を可能とする梅雪にとって、ほとんど唯一の『避けるしかない攻撃』だ。

 

 ……いや。

 

 避けるしかない攻撃だった。

 

 梅雪に黒く濁った一撃が迫り──

 

 ──直撃。

 

 無限、とも思えるほどの、細長く鋭いゲル触手がどんどん梅雪に突き刺さる。魔界のモノどもを分解し純粋神威として吸収した『運命の袋小路』が、梅雪を詰んでいく。

 

 ……詰まれていく、はずなのに。

 

 

「神喰」

 

 

 小さなつぶやき。

 

 ヴィヴィアナは、遅れて気付く。

 

 自分が放つ『運命の袋小路』が、何かにぶつかり、跳ね返される。

 最初は一つ二つ。次には十、二十。そして、百、二百。

 指数関数的に跳ねあがる『跳ね返される数』。同時に削ったはずの選択肢が爆増していくのを女神的感覚で察する。

 

 運命の女神は見た。

 

 腰の後ろから、美しく透き通った水の触手を生やし、自分の『運命の袋小路』にぶつけ、はじき返している氷邑梅雪の姿を。

 

 せめぎあっている。

 

 ぶつかり、跳ね返され、またぶつかる。

 攻撃のために尖らせた先端が削られ、押し返される。数で圧倒していた自分の触手が、その数を次第に同等に持ち込まれている。

 

 これは、莫大な神威によって、ヴィヴィアナの操る手数、威力、速度に対応している──

 ──のでは、ない。

 

 対応されているのは、運命だ。

 

 触手同士のぶつかり合いなどというのは、人間が観測するためにミニマム化された現象にしかすぎない。

 削っているのが選択肢なら、増やされているのも選択肢。

 

 氷邑梅雪は運命に干渉している。

 それも、運命の女神ヴィヴィアナに拮抗するようなレベルで。

 

「神に昇った」

 

 ヴィヴィアナの声が歓喜に震える。

 

「神に昇った?」

 

 梅雪はそれを鼻で嗤った。

 

「いやいや、『運命』。貴様は根本から間違えている」

 

 氷邑梅雪が、『運命の袋小路』をはじき返しながら、ゆっくりと距離を詰めて来る。

 

 ヴィヴィアナが現在は魔界塔をもしのぐ巨体となっているがゆえに、梅雪の姿は豆粒ほどの大きさにしか見えない。

 

 だが、一歩一歩、上って来る。

 一歩一歩、大きくなるかのようだった。

 

 何もない空間を踏み、階段でも上るかのように、ヴィヴィアナの上半身がある、巨大スライムの頂上へと、近付いてい来る。

 

「そもそも、『神』は昇って成るモノではなかろう」

「神は、上に居る者ですよお?」

「客観的視点を持てぬ異常者はこれだから困る。──今の貴様は、どう見ても、生物として底の底。ただの醜いデカいスライムだろうが」

「……」

「始まりの街周辺で出てきそうなヴィジュアルに成り下がっておいて『神は上にいます』などと、よくドヤ顔で言えたものだ。ただのデカいドロドロした汚物に申し上げよう──」

 

 氷邑梅雪が、上る、上る、上る。

 

 そして半ばで、膝を曲げ、力を溜めて──

 

「──貴様が下で、俺が上だよ、『神』!」

 

 跳ねる。

 

 その跳躍はあまりにも高く、あまりにも速かった。

 ……人間の視点では、そう見えた。

 

 だが実際に神に接近したのは、高さゆえでも速さでもない。

 

 神同士の戦いは、領域の書き換えによって行われる。

『こうです』『いや、こうです』のぶつかり合い。そもそも、神というのは場のルールを造り替えるモノ。であるならば、神が『かくあれかし』と望んだことは、『かくある』。

 だからこそ、人間程度がいかに速く、いかに強くあろうとも、神が『負け』を否定し続ける限り負けない。『接近』を否定するなら近寄られない。

 ヴィヴィアナの玉体(ぎょくたい)黄金龍(ゴルディオン・ドラゴン)や氷邑銀雪(ぎんせつ)などにより削られていたが、それでも体積と魔力量を維持している。それは、神がそう望んだからだ。

 

 人には神の袖を引く程度が精一杯。

 

 神の存在を滅することなど、不可能。

 

 まして神が寵愛対象に向ける興味があらば、『認識できないほどに興味のわかない有象無象』には許されていた余地さえなくなる。

 

 神はよくも悪くも大雑把だが、気に入った人間を相手には強い強制力を発揮する。

 だからこそ、氷邑梅雪は、ここまで肥大化したヴィヴィアナには勝てない。この神の興味の対象となってしまった時点で、神が細やかなに丁寧に選択肢を詰んでくるからだ。

 

 それが、ここを離れた時点での、梅雪とヴィヴィアナとの力の差だった。

 

 しかし……

 

 氷邑梅雪は、知識を我が物にし、運命を解体した。

 

 そして神喰により、ヴィヴィアナと同質の存在力を得た。

 

 だから今、ようやく、この戦いは──

 

「さあ、比べ合いだァ!」

 

 ──『力で勝てば勝てる戦い』に、変化した。

 

 梅雪の剣が鞭のようにしなり、ヴィヴィアナの上半身に叩きつけられる。

 人のサイズを維持したその場所に迫る剣はしかし、ヴィヴィアナの放った触手に阻まれ、届かない。

 

 ……別に、『この、肥大化する前の形状・大きさを維持している場所が弱点だ』ということも、ない。

 だが、この場所に氷邑梅雪の攻撃が届けば、そこが弱点になる。

 

 世界のルールを、そう造り替えられている。

 

「疑問を投げかけましょう」

 

 無数の触手を放ちながら、ヴィヴィアナはゆったりと問いかけた。

 いわゆる『禅問答』がなんのためにあるかと言えば、それは『領域の取り合い』のためだ。

 

『そもさん』『せっぱ』とやりとりをする。

 答えのないものの答えを求める。

 科学的ではない。錬金術的でも、魔法的でもないそのやりとり──

 

 ようするに。

 

 ──神はレスバトルで、領域を取り合う。

 

「あなたは『神』を生物の底と言う。しかし、あなたの今の力は神としか思えません。ならば──あなたもわたくしも、『生物の底』同士なのでは?」

 

 ヴィヴィアナの問いかけ。

 梅雪は、やはり、嗤った。

 

「肥大しすぎて脳味噌までゼリー化したか? この俺が神? そんなわけがなかろう。俺は人だよ。神なんぞであるものか」

「しかし、我が権能に対抗している──これは紛れもなく、あなたが神である証拠ですよお」

「『神は上』『神の力に対抗できるならば神』『だからお前も神に違いない』──神とかいう連中がすべて貴様ぐらいに傲慢であるならば、ろくでもない迷惑者だなァ」

「……」

「答えてやろう、『神』。神を殺す者があるならば、それは人に相違ない」

「けれど、あなたはまだ、わたくしを殺せていませんよお」

「そしてもう一つ」

「……」

「神を殺せない身で生まれ、神を殺せる位階に至る者──成長する者は、人に相違ない」

「……」

「俺からも問おう。『成長』と、貴様がしたような『肥大』。この違いが、貴様にはわかるか?」

「……違いはないでしょう。人が強くなるならば、それは、何かを取り込んだ成果ですから」

「いいや、違う。違うよ。全然、違う」

 

 肥大。

 それは、氷邑梅雪が順当に──『中の人』が入ることなく、歳を重ね、肉体的成長によって成った姿のことだ。

 

 成長。

 それは、氷邑梅雪の今の姿だ。

 

 その二つの違いは。

 

「成長とは、『この方向に行きたい』という願いを抱きながら進み続けた旅路のことを指す」

「……」

「いいか、『神』。ただ漫然と歩く者は、距離は歩けよう。だが、自分がどこに向かっているか、どこに向かうかを意識していない。その歩みには、何の重さもない。だが、『ここにたどり着きたい』『こちらに進みたい』と意識して歩き続けた旅路には、重さが宿る」

 

 何に抵抗することもなく、何に抗うこともなく。

『こう生まれた。だから、こうなる』という道。

 ……いや。『こう生まれた。だから、こうなる』とさえ思わず歩いた道。疑問に思うことをさぼって、検討することを怠けて、そうして出来上がったのが、ただ肥大化しただけの氷邑梅雪。『ざまぁ』されるためだけに設計された、『既得権益を保持した小物』だった。

 

 生まれつき用意されていた道でも、『こうなるんだ』と決意して歩みを進めれば、その歩みには重さが宿る。

 生まれつき用意されていなかった道でも、ただ『生まれつき』から遠ざかろうと漫然と進めば、その歩みには重さなんか、宿らない。

 

「大事なのは自分の意思だ。自分の意思で届かないかもしれない場所を目指すことだ。届かないかもしれない場所を目指してあがくからこそ──人は、奇跡を起こせる。神と違ってな」

「……」

「一瞬でも『できる』ことを疑ったか? 一瞬でも『負け』を心に描いたか? ……ふん、その雑な肥大化で、そんなこと、してもいないだろうな。ただありのままでいて、そうしたら、すべてうまくいく──なるほど、神はそうなのだろう。だが、人は大抵の場合、そうではない。自分の意思で歩まなければいけない時期は絶対に来る。その時に自分の意思での歩みを開始できなければ、死ぬ。すぐに死ぬか、ゆったりと死ぬかはわからんが、死ぬのだ。だからこそ……」

 

 氷邑梅雪が、ヴィヴィアナの目の前にたどり着く。

 

 幾多の『運命の袋小路』を乗り越え、かわし、打ち消し、叩き落とし──

 

 ──その歩みは、運命に届いた。

 

「……自信を持って宣言しよう。これは、俺の人生だ。神程度には阻まれん、俺が、俺の意思で歩んだ結果の『現在』だ。──神ならぬ人の、生き様だ!」

 

 梅雪の剣が、ヴィヴィアナの脳天に迫る。

 

 ヴィヴィアナは対抗する。

 だが、その対抗は、あまりにも、神らしい雑さだった。

 

 ヴィヴィアナは趣味神である。

 今、している研究。実験。それ以外はどうでもいい──

 

 ──否。それさえも、どうでもいい。

 

 結果を見届けずに帰ろうとしてみたり。

 実験の最中にかわいい子を見つけたら、目的がそっちになったり。

 寵愛を与えるべき者を見つけたら、他のすべてがどうでもよくなったり。

 

 ただ漫然と、散発的に発する『興味』に忠実に振る舞った。

 それは……

 

 何一つ、惜しくないから。

 

 自分が趣味でしていることさえ、惜しくないから。

 

 ただ、漫然と生きているだけだから。

 

 自分の意思で歩んでいない人生を大事だと思うことは難しい。

 

 だから、『死』が迫っている今でさえ──

 

 ──その回避手段は、雑で。

 

 研ぎ澄まされた精緻な人生(つるぎ)を止められるはずもなかった。

 

 剣がヴィヴィアナの脳天を割る。

 

 選択肢が、削られていく。

 

 ヴィヴィアナは、最後に残った選択肢を選ばざるを得ない。

 すなわちそれは……

 

 死。

 

「……ほわ」

 

 かくのごとく。

 

 神は、『詰んだ』。

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