悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第288話 運命の女神斬滅戦 八

 かくして神の巨大な玉体(ぎょくたい)は打ち壊され、力なくへたりこむ一人の精霊がそこに残された。

 魔界のモノを取り込みに取り込んで黒く染まっていたその精霊は元の透明度を取り戻し、自分を囲む者たちを見る。

 

 しかしすでに、その力は打ち砕かれている。

 

『ぼんやりへたりこむ精霊を、黙って見つめる』という可能性は、存在する。

 だが、先ほどの反省から、その選択肢をあえて選ぶ者はいない。

 

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が、銀雪が、ウメが、アシュリーが、イバラキが、島津(しまづ)の軍が、龍ゾン寺(ドラゴンゾンビ・テンプル)が、大友(おおとも)国崩(えくす)と聖騎士団が──

 

 へたりこむ神に迫る。

 

 その首を落とさんと、迫る。

 

 そんなことをせずとも、あとは消え去るのみ──すでに『死』が決定された精霊に、『一刻も早く死ね』とばかりに迫る。

 

 神は、

 

「うえっ」

 

 えづく。

 

「ひぐっ」

 

 喉を震わせる。

 

「うぐっ」

 

 しゃくりを上げる。

 

 そして、

 

「お、お、お、おええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!」

 

 口から、吐き出した。

 

 ──死者を、吐き出した。

 

 それは土石流のように流れ出る『死』の軍勢だった。

 異世界勇者四天王のヴィヴィアナが持っていた本来の能力。神に昇らずとも使える生態──異世界から来て妖魔認定された者らが持つ神威の能力。死霊術師(ネクロマンシー)

 

 ヴィヴィアナの口という小さな穴から吐き出され続けるのは、無数・無限の死者の群れ。

 

 彼女が生前殺したモノどもが、彼女の兵として吐き出される。吐き出され続ける。

 

 ヴィヴィアナ──

 

 ──異世界滅亡の遠因。

 

 確かに直接殺害ではなかった。

 だが、ある意味で、異世界勇者四天王の中で、最も多くを殺したとも言える。

 

 その因縁(せんたくし)があるならば、結果として引き寄せる。

 その方法でヴィヴィアナは、勇者を含む異世界四天王の中で、最も多くの者を、己の影として使役することができた。

 

 同時に──魔界との穴を、広げる。

 

 無節操に広げる。もはや吸収して肥大化することはできない。そうしたってともに死ぬだけだ。

 だから広げて、どんどん呼び込む。

 

 死者の影と、魔界のモノ。

 

 万、十万、百万でも利かないモノどもが、ヴィヴィアナを中心にあふれ、梅雪たちを押し流す──

 

「き、さ、まァ!」

 

 土石流のような黒いモノどもに流され、その流れにどうにか抗いながら、梅雪が怒りのこもった目でヴィヴィアナを見つめた。

 

 ほぼ空っぽになるまで吐き出し終えたヴィヴィアナは、『大きなもの』を吐き出すための一瞬の呼吸の中で、梅雪に微笑み、言葉を告げた。

 

「これが『悔しさ』なんですねえ」

 

 息を吸い、また、吐き出す。

『大物』が、出て来る。

 

 梅雪は、その視線、物言い、声で、理解させられた。

 

 あの女神──精霊は、よくも悪くも、何かに強くこだわることがなかった。

 自分に可能なことを漫然と続けていただけ。こだわりはない。やってきたことを大事に想う気持ちもない。

 だからこそ、『それ以外』なんてどうでもよかった。だからこそ、あの程度の迷惑で済ませていた。

 

 その女神が今。

 

 悔しさを覚えた。

 

 仕返しに迷惑をかけてやろうという意思で、迷惑をかけ始めた。

 

 その被害規模は、あの女神がもうじき完全に死ぬとしても……

 

 クサナギ大陸全土に及ぶだろう。

 

「無敵の人か貴様はァ!」

 

 土石流のような妖魔・死者の影に、梅雪らは抵抗する。

 

 だが押し流される。ただただ単純に数が圧倒的で、ただただ単純に勢いが圧倒的だった。

 

 流される。流される。流される。

 

 だが、今はまだ『この程度』だ。流されつつも、どうにか踏みとどまれる程度だ。

 しかし、このまま流されて……流されて、どんどん流されてしまえば。

 

 この圧倒的な物量で、この場所に近寄ることが難しくなる。

 この場所に近寄ることが難しくなれば……

 

 魔界からの穴が、開きっぱなしのまま、放置される時間が増える。

 

 銀雪が斬り捨てたはずの『魔異(まい)』が、より深刻に九十九州を蝕むだろう。

 ……九十九州だけで済めばまだいい。本当に、物理的に、圧倒的な物量によって、クサナギ大陸全土に触手が流されていく可能性も高い。

 

 今すぐあの首を刎ねなければ。

 

 だが、梅雪の運命操作は通じない。

 

 そもそも存在しない運命を選び取ることは不可能であるから、これだけの物量に押し流されるというどうしようもないことに対して運命を多少操作したところで無意味である。

 加えて……

 

 命を運ぶ、と書いて運命。

 

 運命の女神から奪ったこの力、この権能は……

 

 ヴィヴィアナから発する『死者の影』には通じない。

 

 ……さらに。

 

 ヴィヴィアナから、『大物』が出てくる。

 

 神威から勝手に漏れ出すような雑兵ではない。

 ヴィヴィアナが苦戦した強敵。その死後の魂が縛られて囚われた影。

 強壮なる者どもが、土石流のような魔界のモノおよび死者の影の噴出の中で、意図をもって動き始める。

 

 それはこの状況でまだ踏みとどまり、ヴィヴィアナに剣を届かせようとしている大駒──銀雪や国崩、島津の三姉妹、龍ゾン寺に迫っていた。

 

(くそ! 選択肢が足りない! こちらの戦力で選びうる最善を選んでも、あのクソ女神の首をさっさと刎ねられない! もう一枚……いや、もう二枚は、大きな戦力がいる!)

 

 あふれ出る黒いモノどもを斬り捨て、少しでも押し流されるのをこらえながら、梅雪は舌打ちをした。

 

 舌打ちをしながら、選択肢を探す。

 ……神喰(かっくらい)による、選択肢表示権能である。

 

 この権能には、時間制限があった。

 

 だからこそ、梅雪は焦る。

 焦る──

 

 ──その時。

 

「きいいいいいいいいいいいいいいいいえええええええええええええええええ!!!」

 

 猿叫(えんきょう)

 

 島津の三姉妹の方角ではない。ヴィヴィアナの背後にあたる場所からの猿叫だ。

 

 ヴィヴィアナはあくまでも『梅雪ら』をターゲットにしてありとあらゆるものを吐き出していた。

 その『ありとあらゆるもの』は全方位に広がってはいるものの、一部に薄い場所がある。

 

 そこを猿叫をあげながら突き進む者──

 

「──ヨシヒロねえちゃん!」

 

 イエヒサの声が、その名を呼んだ。

 島津の次女にして島津最強の剣士が、土石流の中心にいるヴィヴィアナに剣を持って迫る。

 

 だが。

 

『大物』が、ヴィヴィアナからさらに吐き出された。

 

 そいつは、黒い鎧をまとい、黒い盾を右手に、黒い剣を左手に装備した小柄な人型のモノ。

 ……そいつは。

 

「ここで出て来るかよ、暗殺者(アサシン)……!」

 

 梅雪が思わず苦し気に唸った。

 

 ヴィヴィアナの影の中で最大級の大物。

 異世界勇者四天王にも数え上げられるゴブリン。

 

 それが、正気を奪う鎧を身に着け、限界以上の力を引き出させる剣と盾を装備した状態で、ヨシヒロの前に立ちふさがり──

 

 

「いやあ」

 

 

 ──老爺の声が。

 

 

「信じていただけて恐縮です。だからこそ──」

 

 

 くるり。黒い鎧の人型は、ヨシヒロに背を向け──

 

 

「──騙しがいがございますな」

 

 

 ヴィヴィアナに、その剣を、突き立てた。

 

 

「……ほわ?」

 

 ヴィヴィアナの『吐き出し』が止まる。

 

 それは純粋な驚愕ゆえだった。

 ありえないことが起こった。神の選択肢にないことが──いや、すでに、選択肢を表示する権能はない。だから、単純に、想定にないことが起こっていた。

 

 死者の影。

 生前の人格を宿しながら、『死人に口なし』──目でも表情でも声でも、何かを語ることのできない存在。

 暗殺者はヴィヴィアナにより『特別製』にされて、『語れない』くびきからは逃れていた。

 だが、影は影。持ち主に反抗心を持っていようとも、持ち主に逆らわないのは、梅雪もアカリの影で体感した。

 

 その影が、主人の胸に剣を突き立てている。

 

「…………え、なん、で」

「いやいや、わたくしが誰に仕えていたとお思いですか? ぞんちゃん様でございますよ」

「……?」

「完全なる蘇生は不可能でも、タイミングがあればゾンビとしての復活はできたのです」

「……」

「ただ、ヴィヴィアナ様にばれると邪魔されますからなあ。あなたがこうなるまで待つしかなかった。警戒もなさっていたようで。けれど、今、出さざるを得なかったのですな。いやはや、長い雌伏の時間でござましたが──」

 

 暗殺者が、剣を引き抜く。

 兜を外した顔。緑の皮膚。鷲鼻。好々爺とした笑顔。

 

 その笑顔が、怒りへと変わる。

 

「──ようやく、俺は俺の人生を始めることができそうだよ。じゃあな、クソ女神」

 

 剣の一閃。

 

 ヴィヴィアナの首が舞う。

 

 その顔には、最後まで疑問の色が浮かんでいた。

 

 かくして──

 

 ──運命の女神は、報いを受けた。

 

 斬滅、完了。

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