悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第289話 旅程の終わりに 一

 あとは『掃除』にしかすぎなかった。

 

 ヴィヴィアナがいなくなったことで、魔界とのつながりを断ち切れるようになった。

『無限』をゼロにすることはできない。だが、有限なるものをゼロにすることは可能だ。

 

 苦戦はした。しかし、面倒だったな、という感覚の方が大きい。

 ともあれ、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)らは、ヴィヴィアナのやらかしの後始末を、終えたわけである。

 

「で」

 

 梅雪は空を見上げる。

 

 そこにはもう、白く輝く『異世界』は存在しない。

 龍ゾン寺(ドラゴンゾンビ・テンプル)領の黒雲がふさぎ、ショッキングピンクの雷が落ちるのみである。

 

 梅雪は視線を下げる。

 

 目の前には、龍ゾン寺。

 それから……

 

 暗殺者(アサシン)

 

「これからどうする?」

 

 そもそも、この九十九州での戦い……

 

 ニニギの迷宮へ行く道を空けるためのものである。

 

 しかしその目的は達成された。

 なので梅雪には今さら、龍ゾン寺をどうこうする理由はない。

 

 ……まあ、ないこともないのだが(煽られたので)。

 あれほどの激戦のあとだ。そんなに元気ではない、さっさと帰りたい気持ちが勝っている──というのが、正直なところだった。

 

 だが、異世界勇者(さくら)は未だに梅雪の討伐対象である。

 そもそもニニギの迷宮に知識を求めて行ったのは、謎に不死身な桜と、謎に無敵なイワナガを倒す手段を求めて、というのが大きい。

 

 なので。龍ゾン寺はどうでもよくとも……

 

「暗殺者。未だに異世界勇者の味方というなら、この場で完全に消滅させてやってもいいが」

 

 梅雪は殺気を向ける。

 

 暗殺者は──

 

「ほっほっほ」

 

 笑った。

 

 ……ゾンビになっての蘇生、とはいうが、その見た目は生前と……『ヴィヴィアナの影』であったころと変わりはない。

 もともと緑の皮膚の、小柄な、老爺だ。ゴブリンゾンビ──いかにも雑魚くさい種族になってしまったけれど、ともかく見た目は変わりないし……

 

 ……梅雪は『その状態』を見てはいないが、客観的事実として、あの鎧を着た形態で正気を失うことも回避できる。

 その出力を、梅雪は一瞬だけとはいえ、見ている。ヴィヴィアナにとどめを刺す際のわずかな動きだけだが……かなりの強者であることを、梅雪の目は認めていた。

 

 そいつとここから一戦かもしれない状況に、緊張が走っている。

 

 だが、そんな中で、暗殺者は笑うのだ。

 

「いやいや、この老骨にこれ以上鞭を打てはしません。戦いとなるとおっしゃるのであれば──まあ、せっかくです。生き延びることを優先せねばなりませんなあ」

「……貴様のしたことは、九十九州じゅうに迷惑をかけ、そこの龍ゾン寺を騙してこき使ったというもののはずだが。今の貴様が『異界』判定をされるかは微妙なところだが……九十九州に居場所はなさそうだぞ」

「で、あればどういたします?」

「俺に仕えろ」

「……」

「貴様は役立つ。異界絶対殺すロボもまあ、もしも領地に戻るのに邪魔な場合、どうにかしてやらんこともないぞ」

 

 それは暗殺者の能力への評価もあったが、それと同じぐらい、『主人公からNTRしてやる(※寝るわけではない)』という気持ちもあっての提案だった。

 

 暗殺者は少しだけ、考えるようなそぶりを見せる。

 それから、

 

「それは、できませんな」

「……」

「矜持はございませんが、信義は失っておりません。わたくしはやはり、今度こそ、我が意思で主人に仕えるのみにて」

「そうか。ならば殺すが」

「命乞いの種は用意してございます」

「……」

「はる様がどこにいるか、知りたくはありませんか?」

 

 梅雪は異世界転移術式を我が物とした。

 ……だが、戦闘中に入った場所で、はるを見つけることはできなかった。

 

 このあと、あたりをしらみつぶしに入ってみて、はるを探す──という作業に入る予定だったが。

 ……確実性は低いだろう。時間も、長くかかりそうだ。

 

 領地の運営は夕山(ゆうやま)とヨイチに任せているとはいえ、領主一族の大部分が領地にいない状況が好ましいとは言えない。

 迷宮ピクニックの予定もクソ女神のせいでおじゃんにされてしまった今、さっさと家族全員で家に帰りたいというのは紛れもない本音だった。

 

「……なるほど。命乞いとして機能する。しかし──貴様に、はるの居場所を特定することはできるのか?」

「六百年。お傍で、ヴィヴィアナ様の研究するお姿を見ておりました」

「……」

「『門前の小僧、習わぬ経を読む』──と、申すのでしたか? 我が主人がそのようなことをおっしゃっていましてな。六百年もお茶くみをしていれば、『習わぬ経』を読むこともできるようです」

「……なるほど」

「ただ、わたくしに異世界転移術式が使えるというわけではないので、あくまでも『知識』でしかありませんが。この知識、あなたならば実際に活かせるのではありませんか?」

「……聞いてやる。役立てば、この場は見逃そう」

「ありがたく。では……」

 

 ニニギの知識には、ニニギの知っていることしかない。

 ……加えて言えば、梅雪は、まだ、ニニギの知識を十全に引き出せてはいない。

 

 制限がある。

 

 これは、一気にすべての知識を引き受けることができないと察した梅雪が講じた安全措置だ。

 

 知識をすべてダウンロードするのではなく、必要な部分だけ検索して落としておくことにより、三千年……いや、それさえもごまかしで、それ以上の年数に渡る、幾人もの人格データを含む知識に、『自分』を取り込ませずに済んでいた。

 もっともその措置は、梅雪の天才性と、『一度、自分のものではない人格を吸収している』という経験あってできるものではあった。その手段を講じられただけでも偉業と言える。

 だが、すべてを吸収できていないという点もまた、紛れもない事実であった。 

 

 暗殺者から伝えられた知識は、確かに『異世界転移先の座標検索』に役立つものであった。

 

 はるのいそうな場所も、ヴィヴィアナの性格から逆算してわかる。

 

「……実際にはるを見つけるまで、貴様の命は取り置きだ。妙な行動をするなよ」

「わかっておりますとも。そもそも、この老爺が、これだけのそうそうたる方々に囲まれて、一体何ができましょう?」

 

 梅雪は視線を巡らせ、イバラキが充分に警戒しているのを見た。

 

 ウメとアシュリーにも目を配ってやると、そちらもうなずく。

 

「……いいだろう。ひとまずはその言葉を信じてやるとする」

「ありがたく」

「はるを連れ戻しに行く。それまでこの場を維持しろ」

 

 軽く命じると、梅雪は、その場から消え去る。

 異世界転移──

 

 それを見届けた暗殺者は、龍ゾン寺に体を向けた。

 

「ぞんちゃん様」

「ね~~~~~~え~~~~~~~~~~!!!」

「は、はい、なんでございましょう」

「ぞんちゃんのおうち、潰されちゃったんだけど!」

 

 龍ゾン寺が大きなサメしっぽで示す先には、プレスされて地面で汚いシミになっている魔界塔の姿があった。

 

「中にあったやつもたぶん全部ぺちゃんこだよ! どうしてくれるんだ!」

「……わたくしのせいではないのでは?」

「なんか回り回って暗殺者Pのせいでしょ!?」

「それはまあ、そうかもしれませんな」

「だからさ……責任とれよ」

「……」

「もっかい、ぞんちゃんとこで、軍師やれよ。そしたら……許すよ。いろいろ」

「……」

「酷いこともいっぱいされたけどさ。なんか騙されてめっちゃお金も兵力も使わされたけどさ……でもまあ、許すよ。だから……戻ってこいって」

「ぞんちゃん様」

「うん。許すよ」

「いえ、そうではなく……」

「?」

「お断りします」

「えええええええええええええ!? い、今、今、すごくいい雰囲気だったじゃん! 断る空気じゃなくない!?」

 

 暗殺者は喉を鳴らして楽し気に笑った。

 

 そして、その場にいる者たち──島津、大友、ウメ、アシュリー、最後にイバラキを見て、

 

「みなさま、お力添え、本当に感謝いたします。お陰で、わたくしは、わたくしの人生を取り戻すことができました。感謝の意味を込めて、一つ、真実をお伝えします」

 

 穏やかな笑みのまま、

 

()()()()()()()()は、一度しかできません。この場所で、今、この状況だからこそ、わたくしにも、できることでございます。なので、今後、みなさまを煩わせることは、ございません」

 

「殺せ!」

 

 イバラキの号令に、大友国崩(えくす)が真っ先に反応した。

 

 黄金の神威波が一瞬にしてチャージされ、暗殺者に迫る──

 

 ──だが。

 

 その前に、暗殺者は『こと』を終えていた。

 

「では、お元気で。またお会いしましょう」

 

 暗殺者の姿が、一瞬にしてかき消える。

 

 その現象は……

 

 ()()()()()

 

 ……正しくは、転移を利用したテレポート。

 それも、ヴィヴィアナが『影』を転移させたような、長距離のもの──少なくとも、その場にいる者たちの気配感知に引っかからないほどの距離まで移動できるもののようだった。

 

「くそ!」

 

 イバラキが悔し気に拳を動かす。

 

 その次の瞬間、梅雪が異世界から……

 

 はるを連れて、戻ってきた。

 

「……ふ」

 

 場の騒然とした雰囲気。

 それから、暗殺者の姿が消えていること……

 

 この二つから状況を把握した梅雪は、

 

「ふ、は、はははははははは!」

 

 笑った。

 

 ……異世界に行って、ここまで戻ってくるのに、それなりの時間がかかった理由。

 はるから、話をされていたのだ。

 

 暗殺者の話を。

 戦いの話を。

 

『全部終わったよ』と言う梅雪に、『終わってしまったのですか!? 斬りたかった!』とついうっかり本音を漏らしたところから発して、この九十九州であった印象深いことを、話されていた。

 

 だから、梅雪は、『暗殺者』を知ることができた。

 

「ああ、騙されたようだな、すっかり。……まァいい。この俺の勧誘を断って、あちらにつくのだ。次に会った時には殺す」

 

 好ましさと親しさの中に、はっきりとした殺意があった。

 ただし、怒りや憎悪ではなかった。

 

「……では、戻るか。せっかくのピクニックだったが、クソ女神のせいでめちゃくちゃだ。……父上、はる、この埋め合わせはいつか」

 

「ええ、そうです! ……きっと、次は、わたしが斬ってみせます」

 

 ひょんなことから兄に本性がバレてしまったはるは、ぷりぷりと、恥ずかしさを誤魔化すように怒りながら、とんでもないことを言い出した。

 

 ウメとアシュリーが、『急にどうした』とばかりにぎょっとしている中……

 

 父の銀雪は、穏やかに微笑んでいた。

 

「埋め合わせと言うなら、私がお前たちを守れなかったというのもあるからね。……ああ、私にもっと力があれば、あの……女神? も、一刀で斬り伏せられただろうに。……まだまだ弱いんだね、私は」

 

 銀雪がヴィヴィアナを斬れなかったのは、たぶんに存在の相性の問題ではあるのだが……

 銀雪視点において、そのようなことは関係ない。

 

 息子、娘とともに来て、この二人を守り切れなかった。

 これは父としての失態だ。……相手がなんであろうとも。

 

 だから、強くなる必要がある。もっともっと。

 それが銀雪の、父としての論理的帰結だった。

 

 かくして、九十九州での旅は終わり、氷邑家はこの地をあとにすることとに──

 

 

「お待ちになって!」

 

 

 ──なる、のが梅雪がしたかった流れ、なのだが。

 

 ドリルのような縦ロールをばいんばいんさせ、仁王立ちで腕を組む巨大な乙女が立ちふさがる。

 

 その乙女の名は。

 

「わたくしと銀雪様との結婚について、この場で協議をさせていただきますわ!」

 

 大友国崩。

 

 梅雪にとって、ある意味、ラスボスと言える女が、まだ残っていた。

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